上 下
102 / 172
帰還

第101話

しおりを挟む
 「いました。ウサギです」
 コグモが静かに呟く。

 木の上を移動していた俺達は、地面を跳ねるウサギを見つけた。
 見つけてしまった……。
 
 「あぁ、そうだな……」
 俺は思わず頭を抱える。
 せめて……。せめて、シカやイノシシにして欲しかった。
 ウサギはない。ウサギを殺すなんて想像したくも無い。
 
 「ルリ様……?やはり、体調が悪いのでは?」
 頭を抱え、顔色を悪くしていれば、心配されて当然だ。
 
 「い、いや……。流石に、家の仲間にウサギがいるのに、ウサギを襲うのはどうかと思ってな……」
 俺は正直な感想を話す。
 流石に縁も所縁ゆかりもない生物に対して、ああだ、こうだと言うのは、通らないかもしれないが、仲間に同じ種類がいるともなれば、考え直すと思ったからだ。
 
 「…………」
 コグモの理解に苦しむ様な、それでも必死に何かを返そうと、戸惑う表情。
 それでも、何も言葉が浮かんでこない様だった。
 
 「わ、悪い……。俺がおかしかった」
 俺は、少し甘く見過ぎていたのかもしれない。
 コグモに、無駄な気を遣わせてしまった。
 
 気まずくなった俺はコグモの腕から飛び降りる。
 
 「ゴブリン、投網」
 俺の指示を受け、ゴブリンが木の上から投網を投げた。
 見事、ウサギの真上で広がった投網はウサギの上に覆いかぶさる。
 
 「プゥ~~~!」
 網に絡まり、暴れながら、威嚇するウサギ。
 そう簡単には逃げられないが、いつまでも拘束できる訳ではない。
 
 「ヴァウ!」
 ゴブリンは木から飛び降りると、訓練通り、止めを刺しに行く。

 俺は、それを止められなかった。止める勇気がなかった。
 そして、そんな間違った勇気は不必要だと思った。

 ゴブリンが近くに転がっていた木の枝でウサギを叩く。何度も叩く。
 俺は木の上から動けない。近寄るのが怖い。生物が物になって行く瞬間を見るのが、音を聞くのが、感じるのが怖かった。
 
 「ウギャァ!」
 その内に、ゴブリンの動きが止まり、血濡れた笑顔で振り返る。
 それはとても無邪気な物で、正しかった。
 正しい事をしたら、褒めてあげなくてはならない。
 
 「やったな!」
 俺はゴブリンに向けて親指をグッと突き上げると、笑顔を作る。
 しかし、上手く笑えていないのか、コグモが心配そうな表情でこちらを見ていた。
 
 「わ、悪い……。やっぱり、調子が悪いみたいだ……。二人で食べていてくれないか?」
 今のゴブリンなら、俺がいなくとも、逆らうと言う事は無いだろう。
 俺は、ゴブリンの後ろに隠れているであろう、ウサギだった物を見る事が出来そうも無かった。
 
 「ちょ、調子が悪いならっ!!」
 俺はコグモが伸ばしてきた手を反射的に叩き落としてしまった。

 瞬間、コグモは驚いたような表情が目に映る。
 仲良しだと思っていたペットに噛まれたような、信じられない事が起こっているような表情だった。
 俺自身、驚いているのだから、無理は無い。

 「わ、悪い……」
 俺は、その次に浮かぶであろう、コグモの表情を想像して、すぐに顔を逸らす。

 「本当に調子が悪いんだ……。一人にさせてくれ」
 この場の全ての空気に耐えきれなかった俺は、逃げる様に木から飛び降りた。
 ……いや、逃げ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

宝箱の中のキラキラ ~悪役令嬢に仕立て上げられそうだけど回避します~

よーこ
ファンタジー
婚約者が男爵家の庶子に篭絡されていることには、前々から気付いていた伯爵令嬢マリアーナ。 しかもなぜか、やってもいない「マリアーナが嫉妬で男爵令嬢をイジメている」との噂が学園中に広まっている。 なんとかしなければならない、婚約者との関係も見直すべきかも、とマリアーナは思っていた。 そしたら婚約者がタイミングよく”あること”をやらかしてくれた。 この機会を逃す手はない! ということで、マリアーナが友人たちの力を借りて婚約者と男爵令嬢にやり返し、幸せを手に入れるお話。 よくある断罪劇からの反撃です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...