上 下
43 / 172
旅立ち

第42話

しおりを挟む
 ……クリナの香りがする。
 
 俺は、白が支配する空間で目を覚ます。
 白以外何も見えない。見えるのは、自分の体だけ。

 ここは天国なのだろうか?

 体が、魂が、溶けていく感覚。
 いや、実際に、少しずつ溶けているのだ。この世界の白に。
 
 不思議と不安はなかった。それどころか、世界と一つになるような、心地の良い、安心感が心を満たす。
 
 体が薄れていくほど、意識も薄れていく。
 このまま、俺は消えていくのだろうか?

 ……まぁ、良いか。俺に思い残す事なんて……。
 事なんて……?
 
 何かが頭に引っかかる。
 ……駄目だ。頭が朦朧として、なにも思い出せない……。
 
 「ごめんなさい!ごめんなさい!」
 ……あれ?誰かが泣いている。一体、どこで……。
 俺は、辺りを見回すが、誰もいない。
 
 「ごめんなさい!ごめんなさい!」
 ……何故、君は泣いているんだ?
 何処から聞こえているかも分からない声に、俺は問いかけた。

 「ごめんなっ!ごめんなざいっ!!」
 しかし、当然、答えは返ってこず、泣き声だけが、響き続ける。
 
 「全部、全部、私のせいなんです!全員、私が殺したんです!私が!私が生まれて来なければ良かった!あの時死ねばよかった!」
 そんな……。そんな悲しい事言うなよ……。
 誰の物かも分からない嗚咽おえつに、俺の心はき乱される。

 お前のせいじゃない。生まれてきたのも、間違いじゃない。強く生きて欲しい。
 どんな方法でも良い。泣き声の主に、伝えたかった。

 「神様。私は悪い子です。悪いのは私です。私が罰を受けます。私が死にます。だから、だから、全部元通りに……」
 次第に弱まって行く、少女の声。

 ……駄目だ。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ!
 そんな事、許さない!絶対に許さない!
 世界が許しても、俺が許さない!
 神が彼女の命を奪うと言うならば、俺は、さくしゃであろうと、絶対に赦さない!
 
 ……そうだ。これはクリナの香りじゃない、もう、彼女の香りだ。
 
 それに気が付いた瞬間、誰かの気配を感じ、振り返る。

 …あぁ、クリナ……。ここにいたんだな。
 姿は光のように揺らいで見えないが、紛れもなく、それはクリナだった。

 でも、ごめん。……また、一人にしちゃうけど、もう少ししたら、また迎えに来るから……。その時まで、待っててくれるか?
 光の影が、首を振るように揺らめくと、俺の頬に触れて来た。
 
 え?神様に逆らったら、地獄行きだから、もう、帰って来るなって?
 そんな、つれない事、言うなよ……。

 俺の中に、言葉や感情が流れ込んでくる。
 
 うん。うん。うん……。
 そうか、クリスもこっちに来ちゃったんだな……。
 ……はははっ。確かに、お互い、一人じゃないなら、寂しくないな。
 …うん、うん。……え?二人から、あいつに?
 うん。うん。……きっと、喜ぶよ。絶対に届ける。
 
 …そうだな……。長くなるかも知れないからな。先に行ってくれていて、良いよ。

 うん。うん。
 うん。色々と、ごめん……。助かるよ。
 うん。最後まで、ありがとう。
 うん。うん。……うん。

 ……じゃあ、行って来るな。
 
 俺はちょっと出かける様な口調で、挨拶を済ませると、光から、一歩、遠ざかった。
 光の影は、笑うように、優しく揺らめくと、そのまま風のように消えてしまう。
 
 俺は、それを見届けると、彼女の香りが、漂ってくる方向へ歩き出す。
 どれほどの距離があるかは分からない。
 俺の体がもつかも、分からない。
 
 しかし、この心は、名前だけは、絶対に届ける。彼女が強く生きて行けるように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

宝箱の中のキラキラ ~悪役令嬢に仕立て上げられそうだけど回避します~

よーこ
ファンタジー
婚約者が男爵家の庶子に篭絡されていることには、前々から気付いていた伯爵令嬢マリアーナ。 しかもなぜか、やってもいない「マリアーナが嫉妬で男爵令嬢をイジメている」との噂が学園中に広まっている。 なんとかしなければならない、婚約者との関係も見直すべきかも、とマリアーナは思っていた。 そしたら婚約者がタイミングよく”あること”をやらかしてくれた。 この機会を逃す手はない! ということで、マリアーナが友人たちの力を借りて婚約者と男爵令嬢にやり返し、幸せを手に入れるお話。 よくある断罪劇からの反撃です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

処理中です...