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第2章 中級冒険者
第14話 ゴブリン討伐 後編(27,28)
しおりを挟む魔物が共喰いをすることは普通はありえない。
共喰いは進化という恩恵を得られる僅かな可能性があるとはいえ、自ら自殺を図るようなものなのだ。
本当にゴブリンキングが居たならば、そして共喰いが俺たちが来た時に起こったということは偶然とは思えない。
最大限の警戒をしながら洞窟の深部へと歩を進めると、奥に火の揺らめきが見える。
おそらくはゴブリンたちが居住している場所なのであろう。
しかしここまで近付いても襲って来ることがないということは、俺は誘われているのかもしれない。
罠があるかもしれないが分かっていても進むしかないので先に進むと、洞窟の中とは思えないほどひらけた場所に出た。
そしてそこにいたのは──。
「本当にいたか、ゴブリンキング!」
「グォォォォオ!!」
俺の声に人の何倍もの大きさを誇るゴブリンキングが咆哮する。
咆哮を不意打ちでくらえば意識を飛ばされることもあるのだが、分かっていれば対処は難しくない。
「キングのくせにそれで終わりか?」
「……ニンゲン、コロス!」
「なっ、喋っただと……まさか人も喰っているのか?」
ゴブリンキングに到達すると、人の言葉を話せるほどの知能を有するらしい。
そして人の言葉を話すということは、これまでに人をも喰らっている証拠でもある。
つい先ほど進化をするために仲間のゴブリンを喰らっていたのか周囲はゴブリンの残骸と血で溢れているが、もしかすると人のそれも混ざっているのかもしれない。
「オデ、イッパイクッタ。オマエモクウ」
ゴブリンキングは俺の言葉を理解して返して来る。
「はっ! やってみろ!!」
巨体に似合わぬ俊敏な動きで迫って来るゴブリンキングの攻撃を、剣で受け流しながら交わす。
その攻撃を完全に受けきれば、刃こぼれして戦えなくなってしまうほどの力だ。
さらにゴブリン謹製の剣にもかかわらず、その刃には魔力を纏わせている。
どうやら本当にキングの名に違わぬ力を有しているようだが、しかしキングになってから間もないせいか攻撃は単調で対処はむずかしくない。
「ゴガァァア!!」
単に誘われているだけなのかと試しに反撃してみたのだが、普通に攻撃が通った。
「この程度がお前の実力か?」
「コロス、コロス、コロス……」
キング級ということで警戒をし過ぎていただけなのかもしれないが、想像を遥かに下回る弱さだ。
俺たちが来たと同時にゴブリンが進化を果たした理由が分からないままだが、このキングに聞いても答えが得られるとは思えない。
「やれるものならやってみろ!」
「グルラァアア!!」
再びゴブリンキングが突撃をして来たのだが、今度は攻撃を受け流さずに受け止めた。
工夫が足らない突撃など取るに足らないし、魔力障壁で幾らでも衝撃を緩和出来る。
「俺と戦うには早過ぎたなキング。これで終わりだ──」
ゴブリンキングの首に剣を振り下ろす。
しかしガキィンと鈍い音が鳴り響き、キングの首が落ちることは無かった。
一塊の黒いフードを被った者が間に割り込み、剣で俺の攻撃を受け止めたのだ。
「チッ!」
突然の乱入者に距離をとる。
どんな状況であれ俺の一振りを受け止めた事実は、警戒する理由としては充分だろう。
それにその体から迸る魔力が、乱入者の実力を物語っている。
「いやぁ、さすが特記戦力。ゴブリンキングぐらいでは手も足も出ませんね」
「なんだお前は?」
「ああ、言ってなかったですね。僕は──ゴブリンエンペラーのフロウです」
フードを取り外し姿を表したそいつは少年のような背丈をし、ゴブリンらしい緑色の肌と角があるもののその本質は全く別物だ。
「エンペラーだと?」
「ええ、そうです。でも出来れば名前で呼んで頂きたいですね」
これでこの洞窟で共喰いによる進化が行われたのかが分かった。
おそらくこのフロウと名乗ったエンペラーが強要したのだろう。
しかし何故、わざわざそのようなことをしたのかが分からない。
「なんでエンペラーがここにいるんだ?」
「無視ですか……まぁいいですよ。僕は貴方を試しにきただけですから」
「どういうこと──」
「グォォォォオ!!」
質問をしようとしたらゴブリンキングが突然に走り出し、俺に攻撃を仕掛けようとする。
「邪魔ですよって、あ…………まぁいいか」
「なっ!?」
走り出したキングの首をエンペラーが手刀で切り落としたのだ。
「良いのか殺してしまって? お前らは仲間だろ?」
「仲間ですか……はは、笑わさないでくださいよ。僕をこんなオモチャと一緒にしないでください。この程度のオモチャは幾らでも代わりがききますよ」
「それはどういうことだ?」
「教えて欲しいですか? 教えて欲しいですか?」
エンペラーはいたずらっぽく笑みを浮かべながら、聞いてきた。
その姿は答えを知っていることを自慢したい子供そのものである。
「……ああ、教えてくれ」
「ふっふっふ、いいですよ。ですが、僕を楽しませてくれたらですがね!」
「はっ! 望むところだ!」
こうしてフロウを名乗るゴブリンエンペラーとの一騎打ちが始まり、一気に距離を詰めてきて剣を振るってきた。
そしてそれは先ほどのゴブリンキングとは比べものにならない力が込められているので、一撃も食らわぬように捌き続ける。
「どうしたのですか? 反撃してきてもいいんですよ?」
「……言われなくても、そのつもりだよ」
小手調べにファイヤーボルトで足場を崩させ、一気に距離を詰める。
そして剣を振るうのだが、致命傷どころか傷を付けることすら出来ない。
「はは、流石ですね! あの人が特記戦力に上げるだけのことはある」
そういえば先ほどもそのようなことを言っていたが、一体何のことなのだろうか。
「なんだその特記戦力とは?」
「あっ、気になりますか? うーん、本当は教えてはいけないんですが、次の攻撃を止められたら教えてあげても良いですよ!」
「なっ……おいおい、まさか──」
何をするのかと思えばゴブリンエンペラーの纏う魔力が急速に上昇する。
そして狭い洞窟内にも関わらず、全てを崩壊させかねない極大な魔法を放ってきた。
「エクスプロージョン!」
「ちっ──プロテクション!」
ゴブリンエンペラーが引き起こした魔法による爆風によって、洞窟が崩れる。
防御魔法で爆風と落石を防ぎ、生き埋めにならないように岩を弾き飛ばしていく。
しかしここはどうやら地表に近い場所にあったらしく、完全に生き埋めになることはなく天井が開けた。
「へぇー、これでも無傷なんですね!」
ゴブリンエンペラーは無邪気に笑い、嬉しそうに語りかけてくる。
やっていることは完全に頭のおかしい奴なのだが、ゴブリン相手にそんなことを言っても無駄だろう。
「……防いだが、これで教えてくれるのか?」
「フフフ、そうですね。では約束通り教えましょう……」
ゴブリンエンペラーの話をまとめると魔物を進化させ、世界を牛耳ろうとしている一団がいるみたいだ。
そしてその中で俺は警戒すべき敵の一人として認識されているらしい。
「今頃、さまざまな場所にいる特記戦力に対して刺客が向けられているからね。君のお仲間の騎士団員も殺されているかもよ?」
「へぇー……」
「あれ? 意外だね。もっと慌てると思ったんだけど?」
「勘違いしているみたいだが、俺はもう騎士団とは関係が無い。そういう話は騎士団長のダグラスにでもしてやれ」
目の前で起こっていることに関しては全力で対処するが、他所で起こっていることに関してまで首を突っ込むつもりはない。
そういう面倒なことは組織の長に就くという貧乏くじを引いた、騎士団長のダグラスにでも任せておけばいいのだ。
「そうですか、なら先ほど一緒にいたお仲間でも殺してあげましょうか?」
「お前……」
「あはっ! いいですねその表情!! ほら、本気でこないと大事なお仲間が死んじゃいますよ?」
「後悔するなよお前──」
既に手加減をして戦う理由はない。
洞窟は崩壊し守るべき仲間もここにはいないのだ。
「ハハ、そんな攻撃とめ──」
先ほどと同じだと思っていたゴブリンエンペラーは受け止めようとするが、止められる気配すらなく吹き飛んでいく。
高位の魔物が持つ魔法障壁を破壊しなければ、トカゲとは戦うことが出来ないのだ。
その時と同じだけの力を使えば、エンペラーだとしてもゴブリンごときに止められる気はしない。
「死んだか?」
崩れ落ちた岩の中に落ちたゴブリンエンペラーに問いかける。
しかし返答はなく、いきなり起き上がったと同時に剣を振るってきた。
「……コロス」
「ハッ! やってみろ!!」
ゴブリンエンペラーはそれまでの人の皮を被ったような態度から、ようやく目が変わり魔物らしくなる。
魔物が人の言葉を話すだけでも違和感なのに、理性を持って戦ってくるなど更に気持ちが悪かった。
我を忘れて人を殺しにくる方が、魔物としてしっくりくる。
そして手数多く攻撃してくるゴブリンエンペラーを再び弾き飛ばし挑発を行う。
「口だけか? やっぱり所詮はゴブリンだな」
「……いいでしょう。本当は見せるつもりは無かったですが……貴方には使わざるを得ないですね」
何をするかと思えばゴブリンエンペラーは懐から魔石を取り出した。
そしてどうするかと思えば、それを喰らったのだ。
「何をして──」
注視していると、いきなりゴブリンエンペラーの魔力が増大した。
何が起こったのか分からないので、何があっても対処できるように距離をとる。
「これまでの僕と同じだとは思わないことですよ!」
「──なっ!!」
これまでの動きとは段違いに早くなっただけでなく力も格段に上昇していて、振るわれた剣を受け止めきれず後ろに吹き飛ぶ。
そうして剣に加わる力を逃したにも関わらず、剣が刃こぼれしてしまった。
「ふはっ! やっぱり、素晴らしい力だねこれは!!」
「何なんださっきのは……普通の魔石ではないんだろう?」
「分かりますか? これはですね──」
ゴブリンエンペラーが話そうとしたその時、空から見覚えのある奴が現れ周囲に影を落とす。
「おいおい何でここにトカゲ……ドラゴンがいるんだよ」
「…………なぜきたのですか、エンヴィ?」
ゴブリンエンペラーはドラゴンの方に話しかける。
すると、その上から人影が現れた。
「遊びすぎだフロウ。それに何故、それを使っているんだ?」
「これはですね、いや、僕は特記戦力を倒そうとしただけですから……」
「はぁ、喋りすぎだ……だがこの男に熱くなるのは仕方ないか」
ゴブリンエンペラーにエンヴィと呼ばれた男がこちらに顔を向ける。
老人のような風格を持つその者には鱗があり、尻尾を持つ。
「お前はまさかドラゴニュートなのか?」
「おや私たちのことをご存知だとは流石、ドラゴンの天敵ですね」
ドラゴンはその状態で既に完成された魔物だ。
だからこそ普通は進化するということは無い。
だが新たな力を求め姿を変えた者がドラゴニュートとされている。
ドラゴニュートは大きさを捨てたことで人の姿をしながらドラゴンの力を持ち、更に俊敏性まで持ち合わせているのだが、俺も見るのは初めてだ。
「ドラゴン……いやドラゴニュートまで、そのあの人とやらに従っているのか?」
ドラゴンは誇り高い魔物である。
そのドラゴンが簡単に他の者の配下になるなど信じられない。
「本当に喋りすぎですよフロウ。全く……ですが、これ以上教えることなどなければ時間もありません。早く帰りますよ、フロウ」
「ちっ、しょうがないね。だが、この決着は次会ったら必ずつけてやるからな!」
ゴブリンエンペラーはドラゴニュートの言葉に応じてドラゴンに飛び乗った。
「なっ、待て!」
刃こぼれし使い物にならなくなった剣を投擲する。
しかしそれは敢え無くドラゴニュートに止められる。
「この距離では無理か……」
「いえ、良い攻撃ですよ。本当なら私も貴方と戦ってみたいですが、今日は時間切れです。また直ぐにお会いすることになるでしょうがね」
「それはどういう……」
しかし俺の声は届くことなく、ドラゴニュートたちは飛び去って行ってしまった。
投げ捨てられた剣を回収し改めて周囲を見渡すが、洞窟は既に原型を留めていない。
こうしてゴブリン討伐は思わぬ展開を迎えてしまったのだが、拠点を潰すことには成功したのでファスタの街へと帰ることにしたのであった。
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