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第1章 初心者冒険者

第8話 ワイルドボアキング討伐 前編

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 冒険者としての基礎体力向上を目的とした訓練を始めて一週間ほどが経過した頃。
 それぐらいの期間で劇的に力が上がるほど簡単な話は無いが、ケインたちの顔つきは確実に変わってきた。

「さぁ、今日は実際に魔物を倒しに行くぞ」

「いいんですか?」

「もちろん。それにお金は稼がないといけないだろ?」

 訓練中はまともに依頼を受けられていない。
 たまには街の中で出来る、まさに初心者冒険者の仕事な雑務の仕事をこなして貰ってはいるが、そろそろお金も厳しいものがあるだろう。

「ちゃんと考えてくれてたんですね。本当にもうぎりぎりなので助かります!」

「そうか、ならもう依頼は選んであるから、これを受注してきてくれ」

──────────────
ワイルドボアキング討伐
ランクD

最近ワイルドボアによって行商の被害が増加している。
ワイルドボアの親玉であるキングの討伐をし、脅威を排除してもらいたい。
ワイルドボアキングの牙の納入で依頼達成とする。
──────────────

「ランクDですか……」

「確かにランクはDだが、ワイルドボアはそんなに危険な相手では無いぞ。魔法を放ってこない分、対処もしやすい」

 ワイルドボアの攻撃は突進だ。
 その際に硬化魔法で前面が覆われているから、普通の人では対処できない。
 動きも早く一撃の攻撃が重いからランクDに設定されているようだが、対処を誤らなければ初心者でも倒せない相手では無い。
 ワイルドボアキングはもう少し厄介だが、しっかりと連携出来れば倒せないことはないだろう。

「分かりました……でもレックスさんも付いてきてくれるんですもんね」

「ん? 確かについては行くが、今回は手を貸すつもりはないぞ」

「えっ!?」

「当たり前だろ。何かがあったら助けてもらえると思いながら戦う冒険者なんていないだろ? まぁ全員が戦闘不能になったら助けてやらんでもないがな」

「それってもう死んでるんじゃ…………いえ分かりました。俺たちだけでなんとかしてみせます!」

「ああ、その意気だ。なら早く依頼を受けてこい」

「わかりました!」

 ケインが代表して依頼を受けに行く。
 そして街の外に出て、ワイルドボアキングのいる森へと向かう。
 俺はあくまでも付き添いの立場なので、後方から付いて行く。
 しかし、その途中で出会いたく無かった連中に遭遇してしまう。

「なんだお前ら……って、例の馬鹿みたいに走り続けてる奴らじゃねぇか。今日は走らないで、一体どこに向かおうとしてるんだ?」

 絡んできたのはCランク冒険者アジン、ドゥヴァ、トゥリー、の三人組だ。
 アジンの言葉に残りの二人がクスクスと笑う。
 そしてどうやら俺のことには気付いていないようで、ケインに話しかけている。

「ワイルドボアキングの討伐です」

 ケインは素直に答える。
 どうやら本当に名前の知れた三人組なようで、少し萎縮気味だ。

「はぁ? ワイルドボアキングの素材を手に入れる依頼を受けたのは俺たちだ。何かの間違いだろ?」

「いえ、確かに討伐依頼を受けました……」

「ということは、依頼の重複か……なら当然、俺たちに譲ってくれるのだろう?」

 アジンたちが受けた依頼はワイルドボアキングの牙を手に入れること。
 そして俺たちが受けたのはワイルドボアキングの討伐だ。
 違う内容ではあるが、狙う標的が同じなのである。
 本来はこんなことが無いようにギルド職員が調べなければいけないのだが……。

「いいじゃないか。俺たちが先に倒すか、君たちが先に倒せるか勝負しよう」

 俺は前に出て、アジンたちに提案をする。

「お前は、あの時のオッサン! ってこいつらの仲間なのか?」

「ああ、そうだ。同じ時に冒険者になった縁でな」

「って、ということはオッサンも初心者冒険者なのかよ!」

「ああ、まだEランクだぞ」

「ぷっ、あははははは! まじかよオッサン。その歳で初心者って……怖えのは顔だけかよ!」

 三人に大笑いされるが、まぁ事実なので構わない。

「それでどうだ? 勝負を受けるのか、受けないのか?」

「いいぜ、受けてやるよ。だが先を越されて依頼を達成出来なくなったなら、失敗報告をちゃんとしろよ?」

「ああ、当然だ。それで問題ない」

 依頼の達成率は冒険者を評価する大事な指標だ。
 それは何も最初だけに影響するものではない。
 達成率が低ければそれだけ評価は下がり、ランクの昇格に影響する。
 そしてそれは降格にもだ。
 依頼が重複した場合はランクの高い人が優先され、下のランクの冒険者が受けた依頼はキャンセルすることができる。
 しかし今回は勝負する代わりにそれをせず、先を越された方が失敗を報告するということだ。

「あとで後悔しても、知らねぇからな!」

 アジンたちはそう言い残し、俺たちが進もうとする道とは別の道から先へと進んで行く。
 それを見て、大人しく聞いていたレイナが心配そうに聞いてくる。

「ちょっと、本当に大丈夫なんですか!?」

「心配するな。自分たちを信じろ。君たちは誰の教えを受けていると思っているんだ?」

「そうだよレイナ。俺たちならやれるさ!」

 ケインが俺の言葉に素直に乗ってきてくれる。
 こういう時、調子乗りのケインの性格は役に立つ。
 そして他の二人もやる気になってくれた。

「それならあの三人に遅れないよう、先へ進もう」

 図らずしてCランク冒険者との勝負となってしまったが、ケインたちの実力を確かめる絶好の機会でもある。
 思わぬ展開となってしまったワイルドボアキング討伐だが、急いでミスをすることはあってはならない。
 ケインたちの逸る気持ちは分かるが、着実に進ませる。

「ほら、これがなんだか分かるか?」

 俺は皮が剥がれた木を指し示す。

「えっと……何でしょうか?」

 レイナが代表して答えるが、皆が分かっていない様子である。

「これはワイルドボアが牙を研いだ形跡だ」

「へぇー、ということはこの近くにワイルドボアの縄張りということですか?」

「ああ、そうだケイン。だが……」

「どうかしたのですか?」

「いや、何でもない。ここからは気を引き締めて進もう」

 ケインたちは気を引き締めながら先に進み出した。
 しかし俺はもう一度、皮が剥がれた木の周辺を見渡す。

「やはり、無いか……」

 本来は近くにあって欲しかった、ワイルドボアキングの研ぎ跡が無いのだ。
 それがあれば標的の大きさと強さが推測出来るのだが、無いとなると出会うまで分からない。
 しかし俺はこの時気付いていなかっただけだった。
 近くに砕け散った大岩があることを。
 森の中を進み、幾度かのワイルドボアとの戦闘を経てさらに進むと、聞き覚えのある声が響いてくる。

「バ、バケモンだ」
「に、逃げろ」
「こんなの聞いてないぞ!」

 茂みをかき分けて現れた彼らに、どうしたのか聞こうとするも答えは直ぐに現れる。

「プギャァァァア!!」

 地響きのような足音と共に現れたワイルドボアキングは、想像を遥かに超える大きさだった。
 キングの証で黒色に変わったその牙だけで、その辺の木と同じぐらいの太さをしている。

「なんだよこれ! に、逃げろ!!」

 ケインが踵を返し、アジンたちの後を追うように走り出す。
 それにつられて他の三人も逃げ出そうとするも、俺がそれを呼び止める。

「まて、お前ら。逃げてどうなる?」

 もし倒せないぐらい強い相手であるなら、逃げた所で追いつかれるだろう。
 敵と認識された段階で既に手遅れである。
 しんがりを務める者がいなければパーティーは崩壊するだろう。
 そして冒険者が逃げるということは、被害が増大する可能性があるということだ。
 怖いからといって簡単に逃げ出して良いはずがない。

「ですがあんな化物を倒せるわけないです!」

「なんでそう思うんだ?」

「何でって……そんなの見れば分かるじゃないですか!!」

「そうか? 俺にはただデカいだけにしか見えないがな」

 確かにこの大きさは想定外ではあるが、ただそれだけだ。
 力は強くなっているかもしれないが、そもそも攻撃を受ける予定は無い。
 前もって心の準備が出来なかったのでケインたちは面を食らっているが、落ち着いて対処すれば戦えないことはないだろう。

「あ、危ない! 逃げ──」

 ワイルドボアキングが突進を仕掛けてきたので、ケインが思わず声を上げる。
 もちろん交わすことは出来るが、それではケインたちは落ち着きを取り戻せないだろう。
 なので俺は仕方がなく剣を抜き、そしてワイルドボアキングを真正面から受け止める。

「ほら、問題ないだろ?」

 更にそのまま剣を振るい、ワイルドボアキングを弾き飛ばす。
 すると四人とも開いた口が塞がらず、そして驚きながら突っ込まれる。

「いやいやいや! いやいやいや!! そんな……一体どうやって!?」

 確かにこのワイルドボアキングは通常より遥かにデカいが、ただそれだけだ。
 魔力で強化された羽付きのトカゲどもと比べると、遥かに非力である。

「魔力で剣を覆ってしまえば、ケインでもいつかは出来るさ」

「そんな馬鹿な!?」

「さぁ、お喋りはここまでにして、戦闘の準備をしろ。もう怖くはなくなっただろ?」

「確かに……なんだかいけそうな気がしてきました」

「よし、それならここからは手を貸さないからな。お前たちだけで戦うんだぞ!」

「「「「はい!!」」」」

 こうしてCランク冒険者も見ただけで逃げ出すワイルドボアキングと、駆け出しの初心者冒険者との戦闘が始まるのであった。
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