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 アレッタの身に起こる事は、他の子達にも起こりうる事だった。元々家のために他の家に嫁ぐという事自体が自分に選択権の無い賭けのようなものだ。だからこそ芸や接遇を学ぼうとしたり、逆に婚姻に諦めを感じてローズやレフィとの疑似恋愛にのめり込んでしまう。

 外交が上手くいって、時代の流れがそうなれば彼女達に選択権は無いまま嫁ぎ先は国外になるだろう。
 リサはそれとなくドール達の食事などについてもダイエットに良いと称して公開する事にした。体をちゃんと作って運動しているドール達の腹筋は割れているのだが、カロリーの制限はゆるい。舞台裏は見せないようにしていたが、やる気のある人には教えていく。そして、やはり真面目に黙々とそれらを吸収して言ったのは……親が一部の役職に就く者と商人の娘達だった。
 語らぬ彼女達の気配を読んで、他の子達には不安が広がる。それをドールが慰め続けるのは、いつかは限界を迎えるだろう。

 そんな中でもリサ考えなくてはならない事はどの様な事態になっても自分の家のドール達を守る事だった。それは時には誰かを、見知っている人達を踏み台にしなければならないかもしれないという事だ。

「また、難しい顔をしているね」
「レフィ……」

 レフィはこの件に関して、直接アレッタが関わらない時もサポートしてくれていた。アレッタから頼まれたのか、それとも彼の判断かは分からないけれど、この時リサには自分とレフィの向いている方向は同じように思えた。

「どうすればハウスを守れるのか、それを考えているだけだよ。いつも通り」
「開国が不安なのかい?だけど、それはまだ当分は先だよ。まだいくつもクリアしないといけない工程がある。その間にプティサレの働きが認められれば、国が君達を守るよ」

 開国はそれほどに先なのだろうか。確かにゆっくりと外交を重ねていき、アレッタが嫁ぎ、他の子達も外に出てその価値が認めてもらえれば、それを指導したとしてリサは認められるかもしれない。それは全てただの可能性でしか無く、陽の目を見ない事も考えられる。

「開国はそんなに先かな?」
「マイプティ。フォンス様から何か聞いているのかい?」

 レフィは本当に何でも知っている。

「いいかい。あまり彼に近づき過ぎてはいけない。そう、ブロも言っていただろう?」

 頭をぽんぽんと撫でられても、リサは返事をしなかった。レフィは少し腰を落として、リサと目線を合わせた。
 リサはレフィが目に魔力を込めた事が分かった。けれど、リサは以前のように魅了されなかった。

「フォンスの集まりに、君は、もう行かない。いいね?」
「もう、行かない?」
「そうだ」

 多分、レフィは暗示をかけたつもりなのだろう。けれどリサには何故かかからない。かからなかった事はあえてレフィに伝えないまま別れた。

 レフィやブロは何故私とフォンスを遠ざけようとするのだろうか。アレッタとは取り持ってくれるのだから、国内外の動きを知られたくないとまでは思って無さそうだし。
 リサはそう考えて、それからまた少し視界がチカチカしている事に気がつき、慌ててガーデンに向かった。
 ガーデンの花の色は鮮やかだった。魔力のコントロールの訓練とやらをやり始めてからそう感じられる様になった気がする。訓練をやったから鮮やかになったのか、訓練をやったから鮮やかに見えるようになったのか分からないが、花はリサがガーデンを進むたびに赤く染まる。

「それはレフィの力ですか?何の術をかけようとしたのか……今の貴女に魔法をかけられる者はいないでしょうに」

 ブロもちょうどガーデンに入った所らしく、リサは後ろから声をかけられた。

「私に魔法はかけられないの?」
「リサがきちんと訓練を続けたからですね。悪い者達に惑わされる事の無いようにと思ったのですが、予想以上に貴女は優秀でした」

 そんな凄い訓練だったっけと悩む所もあるが、そういえば例のチカチカは訓練をやるようになってから起きるようになった気もする。他人から力が移るのだけが原因なら、もっと前、レフィと知り合った後にこの症状が出てもおかしくなかった。という事は実は凄い訓練だったのかもしれない。

「ブロ、貴方結局何者なの?」
「それは、貴方が当ててくれるのでは?」
「うーん、レフィのお兄さんかな?」
「何故そのように?」

 ブロはお茶の準備の手を止めた。

「レフィの元の家名が分からないから、まだズバリ名前までは分からないけど、ブロの『ブロ』ってお兄さんという意味かなって」
「残念ながら、当たり、とは言えませんね」

 そりゃそうだろうな、とリサは思った。

「しかし、もう充分かもしれない」

 小さく呟いて彼はリサのカップにお茶を注いだ。そして、お菓子を一掴みほど彼女の前に置く。リサは話が長くなる予感がした。

「……アレッタの事、ありがとうございました。彼女の力になってくれて、嬉しく思います」

 アレッタ?王族の姫君を呼び捨てた事に驚いたが、ブロは淡々としている。

「今日は貴女に貴女の魔力についての恐らく最後のレッスンをします」
「私の魔力について?」
「そう、私の魔力は黄色と青の力で構成されています。そして、貴女は赤青黄の全てが揃っている」
「三つとも?なんか凄そうだね」
「ふふ。色素が黒いゆえに瞳が黒い方ももちろんいますが、三種類の力を持つ者は瞳は黒なのですよ。しかも、貴女の力はとても強い」

 道理でカサブランカが愛される訳だと思った。魅了と癒し、それから庇護欲を掻き立てるなら女としてはそりゃあ強い。リサ自身もリサと向き合ってくれる人には概ね良好な態度を取ってもらっている事に気がついた。

「その三種の力を持つ力の強い人間のみ許された能力がある事を貴女は知っていますか?」
「知らないよ」
「相手の容貌変化を見破る能力だそうです」

 驚いて彼を見ると、ブロは微笑んだまま頷いた。

「全ての力を目に集中してください。均等になるように、今のリサなら出来ます。大丈夫。意外と簡単らしいですよ。練習台は目の前に居ますので」

 全ての力と言われても……戸惑いながら目に力を込めようとすると以前と違い、力の要素それぞれの違いが感じられた。それらを同じレベルで出力しながら目元に力を集める。するとブロの姿がぼやけ始めた。やり方はあっているらしいと、出力を上げていく。ブロの本来の姿が露わになっていく――

「嘘でしょ」
「生憎。良くご存知の顔でしたか?」

 その姿での微笑みは初めて目にする。リサの顔色は青くなって、それから白くなった。
 会ったことなんて無いけれど、強い瞳で前を向いた姿は毎日目にしている。紙幣に描かれて全ての国民の手に渡ったのは王太子として立った時だった。

 リサの目の前にいたのはカレル・カイゼル王太子であった。

 「何故ですか?」

 何故既に成人済みの王太子が学院に居るのか。何故王太子が私の前に居るのか。何故私にその正体を晒すのか。

「何故って?」
「全ての意味が分かりません」

 限界を感じて力を霧散させると、目の前には良く知るブロが困ったような微笑みで居た。

「約束をお忘れですか?私の事はブロと呼んでください。それから、言葉遣いも。ここでは、この私の庭だけでブロでいさせてください」
「……うん」
「この庭、ガーデンは強すぎる私の力を調整するためにあります。調整には赤の力が足りないのでレフィに手伝ってもらっていました。彼は私にとって弟のようなものですから」

 本当の弟はフォンスだ。フォンスは確かにレフィと同学年である。席を立ったブロはリサをエスコートしながら東屋を出て、真っ直ぐに校庭が見える場所まで行った。少し開けたその場所にはベンチが一つ置いてある。

「残念ながら私は学院に通う事はできませんでしたが、この庭では種々の行事を見聞きする事ができます。必要に応じて、この場所に教室内を映す事も出来るんですよ」

 しかしながら、ドームの壁から天井にかけて映し出されたのは教室の様子では無かった。舞台が設えた校庭の壇上で、誰かが舞っている。リサだ。

「あの日貴女を見つけた時は驚きました。レフィに貴女の情報を集めさせて……貴女の力を確信した時は運命を感じましたよ」

 レフィは王太子の部下だったのか……
 レフィが自分を助けてくれでいた理由が分かると、リサは何故か心の痛みを感じた。

「貴女は素直で賢く、何よりその能力がある。全ての条件が揃っています」
「素直って、上手くブロの掌で転がされたって事だね。もったいぶらないで、私に何をさせたいのか話して」

 レフィの嘘吐き。カサブランカの事口外しないって言ってたじゃない!
 友だちだと思っていた二人に思惑があった事にリサは怒りを感じていた。怒りと、悲しみと、寂しさとで居た堪れない。
 ブロはリサに向き合い、その手を彼女の頰に寄せた。

「リサ・カルスさん。私の妻になってください」
「つま……妻?!」
「このような姿で申し訳ありませんが、こちらでは術を解く訳に参りませんので。ご不満でしたらしかる場所でもう一度申し上げますが?」
「えーっと、それはいいや。でも、何故私なのか教えてくれる?」

 ブロはいつも通りだった。並みの女性なら、いつも通りである違和感に気付かなかっただろう。けれど、カサブランカとして数々の男性の求愛を受けてきた彼女には、ブロの求婚に少しの恋の気配がない事に気がついていた。

「その冷静な観察眼と容貌変化を見破る能力が王妃に必要だから、です」

 リサがのぼせ上がらない事すらブロには分かっていた様だった。愛しているからなんて甘い事は言わない。王妃としての資質がある人をスカウトしている事を隠してはいない。

「ここ数代王は黒目の女性を迎えています。それは、外国との交渉を見越した手の一つでした。内外で愛妻家である事を周知させ、外の者と会う時も妻を側に置いてもてなす。容貌変化を破る技は他にも害意のある魔法を真破る事も出来ます。花に偽装した銃器、菓子に混ぜられた毒物、多くはチェックをすり抜けるほどの魔法がかかっていますから」
「外国からの接触は既に始まってるの?」
「流れ着く者の数は増えています。そして、そのうち数人はあちらの国がこちらと交流を持ちたがっている事を証言しています。あちらから正式な特使が来るのはそう遠くないでしょう」

 道理で前王妃が亡くなってすぐに元王妃を娶った訳である。いつ外国から接触があるか分からないから、能力者を手元に置いておきたかったからだ。仲睦まじい噂話と裏腹に子供の数が少ない理由も何となくわかる。

「私は、私にはしたい事、すべき事があります」
「婚約してくだされば、ハウスの事は私が守ります」

 違う。そうじゃなくて。
 リサはハウスを守りたい。守るのは義務でもあるし意思でもある。けれど、この国には何かしっくりこないおかしな所を感じている。セレネの街が特殊だと思っていた。孤児院のある様な地域が特別だと思っていた。だけど、街の普通の商人や普通の貴族、果ては王太子まで自由に恋愛すら出来ず皆が義務に絡まっている。

 娼館であるはずのドールハウスで、ドール達の待遇と娘を重ねたカルスは小さな改革をした。その意識はリサに普通と違う感性を育てていた。リサはこのおかしな世界の当然の中に絡め取られる事に激しい違和感を感じていた。

「私には荷が重すぎるのだと思う。話を聞いて、私の能力の必要性も分かったんだけど……」
「即決できるとは思っておりません。世継ぎを身篭った時などは流石にテーブルに付かせる訳にはいきませんので、全て貴女の能力を当てにしているわけでも無い。ただ、やはり王妃の器がある者は少ないのです。だから、結論は急がないでください」
「……分かった」

 ブロは優しく頷いて、また東屋のテーブルにリサをエスコートした。冷めたお茶は程よく美味しい。ブロの指示に従って、自身の魔力を下げると彼の癒しの魔力が流れて来た。
 ブロが王太子でなければ、私はブロを好きになっただろうか?さっきブロが自分を好いているから妻になって欲しいと言われていれば、自分は頷いただろうか?
 自問自答しながら、それでもやはり友人としてブロが好きな事は間違いないと思った。

「レフィはブロの諜報役?」

 少し落ち着いたので、レフィの事も聞いておく。本当に諜報のみが目的なら、今後接触すらしない可能性があった。それは嫌だと、リサは思った、

「いえ、彼は私にとって本当に弟の様な存在なのです。上とか下はありませんよ。優秀なのでお願い事はしますが、レフィも私に頼み事くらいします」

 王太子に気軽に頼み事ができるって何よそれ。という感想はリサの顔に出ていた。ブロは新しいお茶を注ぎながら、含み笑いを見せた。

「レフィの事を勝手に貴女に教えて差し上げる権利は私には無いのです。後は本人に聞いてみてください」

 言われなくてもそうする。会えるなら、それでいい。
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