そうじゃない!

吉瀬

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英雄だが色は好まない

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 後日、マドリーンからアップルトンのお家で私と週末に話がしたい旨の手紙が届いた。

 いやー。

 と、叫びたくなる。

 これはどれだ?

①ラセツ様とユイ様はそんな仲ですの?不潔!
②私のラセツ様への気持ちを知ってるのに酷い!
③ラセツ様もう無理ですわ。慰めて!

 個人的には③番が好ましいけど、彼女の性格を考えて一番無い選択肢だ。

 血を啜ることに嫌悪感を持ってしまっても、自分の不出来を責めるか、慣れるまで頑張るかって感じなんだよね、姫なら。

「ユイ、ラセツ殿に血を与えたと聞いたが?」

 田中君を視界に外すべく学園の中庭で昼食を取りながら、そんな事をぼへーっと考えていると、フロイドがやって来た。

「フロイド、午前中で公務終わったんだ?お昼は?」
「済ませてきた」

 フロイドには姫とラセツの仲についての報告はまだ早い。何でもかんでも言えばいいわけじゃ無いし、マドリーン姫の考えが分かってからでないと。
 うーん、どの辺りまで言うか?ラセツに魔力を与えた事は言っておいた方がよいか。あくまで事実のみ淡々と……。

「奴はユイの傷口を啜ったのか?」
「いや、そういうのじゃ無くて」

 フロイドが少し険しい表情になったので、慌てて否定する。ラセツが見境なく傷口を襲ったとなったら大問題だ。

 結局経緯も説明して、所感としてアレはマドリーンに諦めさせるためのパフォーマンスであった様に思うと、付け足した。

「そうか、舐められた場所は?」
「左手の掌。ほら、もう傷もないだろ」

 掌を見せると、フロイドは私の手首を掴んだ。

 ん?

 柔らかな感覚を手のひらに感じた方が先だった。フロイドは舌先でくすぐる様にそこを舐めた。

「フロイド!」

 引き離そうとするが、奴の方が力が強かった。ぶつけて怪我をさせられないから、こちらは強くは振り解けない。

 ちゅっ。

 更に吸いやがったぞ!こいつ!

「何をする!」
「仕置きだ。ユイの手が傷つくのは俺の手が傷つくような物。勝手にそんな事をした罰を与えた」

 いや!その説明!無理がある!

「わ、私の手は、フロイドの手じゃない!配下の手は道具だろ!」
「精巧な道具にだって換えは無い。とりあえず、以後傷をつければ同じ罰を与える。これでもう無闇な怪我をしたりはしないな?」

 ふざけてる顔ではない。マジか。

「そんな罰があってたまるか!」
「顔が赤いぞ?ラセツ殿が舐めた時はそんな様子では無かった様に聞こえたが?」
「ラセツは手のひらを吸ったりしてない。犬みたいにベロベロ舐めた、だけで、フロイドみたいに……」
「俺みたいに?」
「っ!そうやって揶揄からかうな!とにかく!掌は綺麗な場所でも無い!舐めたり吸ったりする場所じゃない!」
「なら、舐めたり吸ったりしても構わない場所を代わりに罰しようか?」
「しつこい!」

 お前は田中君か!と言いたくなる。埒が明かない時は逃げるべしと立ち上がると、また手首が掴まれた。

「すまない、やりすぎた。けれど、傷をつけるのはやめて欲しい」

 何故か悔しげにフロイドはそう呟いた。

「……分かった。傷をつけなくても魔力の玉を作る方法も分かったし、もうしないよ」

 なんなんだ一体と呆れて、その後、もしかしてと思い当たる事に気がつく。
 アレで精神的に追い詰められてるのかも。
 苦労の多い王太子の横に、私はため息をついて座り直した。

「アレの日にちが決まったのか?誕生日までには催されるんだろ?」
「ああ、感謝祭の日にぶつけられてきた」
「マジか」
「クソッたれな慣習だな。俺が国を治めたら廃止してやる」
「言葉遣いが上品すぎるよ、フロイド」
「俺は抗う」
「夜伽の相手を決めるまで連日開催されるんだろ、その相手を決める夜の茶会とは。連日徹夜で過ごすのか?」
「ああ」

 やはり、だ。
 私に嫌がらせしたくなる程にフロイドは苛立っていた、と。

 国の方針は国王の意向により、治世によって変化していく。今の国王陛下は強い羅の国の血を欲していて、源流に血を混じらせるつもりだった。
 血の交換でやってくる姫をフロイドの許嫁とすべく、フロイドには現在公に婚約者はいない。

 しかし、血の交換が適齢期に開催されない可能性もあるので、マドリーンと同様に公にしていない婚約者が必要だった。
 今まではその縁談をフロイドはどうやってか潰してきた経緯がある。

 来月にはフロイドは18歳になる。フロイド曰くクソったれな慣習として、その歳で女を知らないというのは英雄色を好む的な意味で忌避されてきた。
 完全に、ハレムまで作って遊びたかっただけの過去の王族の言い訳にしか思えなくても、慣習は慣習。

 というか、相手を決めても一夜を過ごせば良いだけで、実際のところ目的が未完遂でも外聞として整えればいいのである。
 マドリーンと違って、みんなが知ってる内々の婚約者となるが、内々なだけあって将来的に解消するのは容易い。

 適当に政治的に重要なポジションの姫ときっちり婚約してしまうか、当たり障りない姫とかに決めてしまえば良いものを姫にその噂がつく事を嫌ってか、フロイドは断固拒否している。

 ちなみに、低位の姫とでも『遊べば』茶会は回避できる。深窓の姫風で裏で遊んでる子とか、私は何人か紹介できるんだけど、そういうのは嫌なのだそうだ。

 潔癖なところも誠実で王として好ましく、周りが敵だらけな状態で、無責任な親友はとりあえずフロイドに味方しているのです。

「うちがせめてもう少し上の侯爵だったら、仮初で立候補したんだけど。変な噂も立たないだろうし」

 茶会の招待状が届くのは公爵と位が高い侯爵家の娘達。もしくは女性として非常に優秀な者。婚約者になっても問題がない家柄の娘だ。
 当然男性として優秀なだけの私に声はかからない。

 そもそも、私は王家にとって女ですらない……。

「噂がつかなければ、それはそれで意味が無いだろう」

 あくまで冗談の提案にさえ、フロイドは真剣な目で返してきた。
 真面目過ぎて、一旦誰かにハマった時が少し怖いぞと苦笑だ。
 それから、私はフロイドの肩を抱いた。
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