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50-2 51-1 レックスとクロノと記憶と

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――――――――――――――――――――――――――

 船の一室でクロノはレックスの症状を診ていた。

「調子はいかがでしょうか?」
「悪かねぇな。一時より、渇きが少ねぇ」
「それは、あなたの管理下においた者達の鎖の制御を一旦切り離したから、ですね」
「?!おい、大丈夫か?暴走は?」
「ご心配には及びません」

 クロノはレックスの右瞼の内側を確認した。

「剣は渇いているみたいですね」
「今日でそれも終わりだがな」
「とてもいい感じです。あなたの命のエネルギーは最小で、今あなたは限りなく本来のあなた自身の力のみの状態だ」
「毒は抜け切ったか?」

 クロノはレックスに向かって静かに微笑んだ。

 レックスが訝しんだその時、扉が慌ただしくノックされた。

「なんだ?」

 飛び込んできた吸血鬼の兵士の平素ですら白い顔はもはや青かった。

「失礼致します!姫君が船から飛び降りました」
「ああ?!」
「陛下、落ち着いてください。彼女は無事です。彼女は海水には強い」
「落ち着けるか!船は止めたか?スクリューが万一、ひなを傷つけてみろ!てめぇはタブレット行きだ!」

 兵士が飛び出した後、続いて出て行こうとするレックスをクロノは引き止めた。

「お待ちください。あなたは今、力が無い」
「ああ!くそが!ひなを助けるのが先決だろが?!タブレットよこせ。今回のは延期だ!」
「いえ、タブレットはありません」
「はぁっ?!」
「そして、サヤ以外の女もいない」

 クロノの様子がいつもと違う事を、レックスはここでようやく気がついた。

「おい?クロノ?」
「ですから、あなたはここでは普通のちょっと特性のある準神族でしか無いのです」

 クロノの目が光り、一瞬レックスは体の自由を失った。けれど、クロノにはその一瞬で十分だった。

「ようやく、主人様にお返しできる」

 次の瞬間レックスが目にしたのは、クロノの手に収まる自分の眼球だった。

「な、てめぇ……」

 急激に力が無くなり、レックスは膝をつく。

「ここに、記録と力が収められています。あなたは今度はただの準神族に戻ってしまった」
「クロノぉ、てめぇ、はじめから、それが狙いか?剣と鞘、神力手にいれるつもりで……」
「馬鹿馬鹿しい」

 クロノは丁寧に剣を小さな箱に納めた。

「力に興味はありません」
「じゃあ、なんだ、ひなか?ひなが欲しかったのか?」

 眼球を抜き取る際も穏やかに笑んでいたクロノだったが、今度は不快感をあらわにした。

「貴方は可哀想な方だと感じておりましたが、これだけはずっと許せなかった。私の主人様を物のように口にするな」
「な、」

 クロノはレックスに薬を放った。

「ご存知のように剣の移行に伴う傷はすぐに塞ぎます。命は助かるでしょう。後は人徳でなんとかしてください」
「……ひ、な」

 呻くレックスにクロノは優しく応じた。

「ああ、それと毒が彼女に移ると言うのは方便ですので、ご安心ください」

 そして、クロノは部屋を出た。

――――――――――――――――――――――――――


「……今のは?どういう、こと、ですか?」
「過去視ですか。エネルギーをセーブしているはずなのに、無茶をなさる」

 ずん、と身体が重くなり倒れそうになった私を彼は受け止めた。そして、口移しで私にエネルギーが注がれる。

「大いなる記録はこちらに。これが無ければ、貴女は自由に力を使いこなしはできない」

 彼は微笑んだままで、やはり私の質問には答えなかった。私が一人で立てることを確認すると小さな葛籠から布を取り出した。布は広げると意外にも大きくて、その虹色の布を彼は丁寧に扱っている。

「それは?」
「あなたが遺した記憶、あなたが自身の記憶を抜き取って造られた天の羽衣です」

 造る?織るではなく?理解が追いつかず、呆然としている私にその布は掛けられた。

「もちろん、記憶はこのように返却もできます」

 布は私の肌に触れて蒸発していくように消えた。

 私はクロノさんさんの何?
 尋ねる事も出来ずまた、意識は渦に飛ばされる。クロノさんは寂しそうに微笑んでいた。

――――――――――――――――――――――――――

 神山から滝壺の門を通って本島に行く途中、滝の下の池の周りに赤い花が咲いていた。

「今回は赤い服の子にしようかな」

 御神体として神の山に祀られてはいるが、自分は神としては雛で未完成、そして、身体のほとんどは人と変わりなかった。世の中の出来事を知り、生きていくために自分一人で全ては補えない。だから、セクンダス族の中にご神仏として収まり、その調整役として未分化の稚児を一人神職として側に置くことになっていた。
 一つ前に神職の稚児に就いていたハチロノは先日女性に分化してしまった。今日はセクンダス族で親の庇護から離れた年齢の未分化の子供達から、稚児を選ぶ日だった。

 どの子でも構わない。だから、適当にいつも選んでいた。全ての子達はただ私の前を通り過ぎ、愛する者達から愛する者達へと渡る一時の時間を借りるのみ。

 予定より早く祭事場に行くと、御簾がかかっていた。あちらとこちらを分ける御簾。

「ハチロノはこちらに控えております」
「あれ?もう時間だった?」
「いえ、開始時刻は太陽が一番高くなった時でございます。まだ、半刻ほどお時間はあります」
「だよね、待たせるといけないと思って早く来たんだけど、またハチロノの方が早い」
「恐れ入ります」
「子供達も、もういるんだよね。もう始めちゃう?」
「なりません。儀式に則り半刻後に」

 本当に、ハチロノは頑固で真面目だ。御簾の向こう側を見ると、成人した女性の正装を纏い、律儀に正座している彼女がいた。

「……綺麗に分化したんだね。結婚相手は決まった?」
「ありがとうございます。相手は……リクロノ様に」
「え?ほんと!ハチロノが女性になったの、リクロノの影響下でしょ?良かったね。リクロノから?」
「え、と。ミロノ様の采配です」
「あの子、えらいね。ちゃんと見てたんだ」

 前回のハチロノは真面目で、その前のシチロノは弾けてるタイプ、その前は真面目ちゃん……何故か稚児の性格は交互に育って行く。ミロノが稚児だったのは随分昔で、お調子者で少し心配だったが今は長老として一族を取り仕切っていたはずだ。

「結婚の儀のあなたの姿、楽しみにしてる」
「……はい。恐れ入ります」

 新しい稚児が決まると、その前の稚児とは話をする事は基本的に無い。縁のある稚児の結婚の儀で少し姿を見せる機会がある程度。こんな時は少し寂しく思うが、昔々にこの一族と契約した時にお互いで決めた約束だから仕方がない。

 遥か昔、一振りの剣と鞘だった頃は感情なんて無かった。主神の神力が宿り、そろそろ新しい神として立つべしと、神の資質として足りない物を拾うためにこの世界に堕とされた。その時、この世界は本当に幼かった。
 地のエネルギーは一部の種族の総取りで、それ以外の者は少しのエネルギーをゆっくりと回すように使っていた。全ての進化は止まりそうなほど緩やかで、私は全ての者達に少しずつ力を分け与えた。

 この世界以上に私は幼く、物を知らなかった。
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