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41-2 42-1 裏切り

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 流石に薬が無くなったのは、エウディさんに知らせないとと思った夕食前、レックスがずばりその人を連れて来てくれた。

「エウディさん!」

 女性バージョンのエウディさんに嬉しくて思わず抱きつくと、エウディさんはちょっと困ったような気まずげな顔で私の背を撫でてくれた。

「どうかされたんですか?」
「えっと、あのね……」

 歯切れが悪い?

「サヤはエウディから太陽光やら魅了の耐性もつけてもらってたんだな。言ってくれりゃ、こっちで一括で払うぞ?」
「ちょっと!……それは良いわ。別から支払いもらってるから!」

 エウディさんが思いっきりレックスを睨んだ。一応皇帝陛下なのにそんな事して大丈夫なのか。流石のエウディさんだ。

「そうなんです。お世話になっていて……」

 エウディさんとレックスは仲が良いのか悪いのか。教育課程のカテキョの話もしたんだな、と思っていた。

「ああ、サヤを無事女にしてもらえて助かった」
「え?」

 レックスの言葉に、エウディさんは目を逸らした。

「ん?俺が人を使ってサヤがひなだって調べたっつったろ?あれ、エウディに頼んだんだよ。ついでに男性化しないように頼んだら、女性化してくれたんだ」

「エウディ、さん、それ、ほんと、です、か?」

 心が凍る音がした。

「ごめんね」

 エウディさんは目を逸らしたままそう言って、私は部屋を飛び出した。部屋に戻って鍵をかける。ついでにカーテンもひく。目に力を込めると、エウディさんが『こちら』を見ているのが見えて、私はそこを塗りつぶした。
 した事はなかったけど、エウディさんにできたんだから私にもできる。千里眼を防ぐ事は。

「うぅ、ひっく」

 悔しい。辛い。初めて会ったあの時から、エウディさんは依頼として私に近づいていたんだ。抱きしめて、慰めて、仲良くなって、油断させて。暗示や催眠療法にラポールが重要だと教えたのは、他ならぬエウディさんなのに!

 寝室の脇に付いている洗面所で歯を磨いで口を濯ぐ。何度も幻覚を見ながら、エウディさんとキスをした痕跡を消そうとした。

「痛っ!」

 口を切って、はっと冷静になる。キスしたのはアルバートさんとだって……。あれは消したく無い。涙で視界が悪くなって、顔も洗った。

 キスなんて、何でもない。幻覚の半分はクロノさんのイメージだったし。あんなの、何でもない。抱きしめてくれたり、そのまま寝るのだって、何でもない。

 友達だと、思ってたのに……
 私が必死に男になろうとしてた時、エウディさんは薬師の能力を使って私を女にしようとしてたなんて。

 しばらくその場でへたり込んで泣いていた。

 どれくらい経ったか、部屋がノックされた。
 あんなに誰かと話したかったのに、今はエウディさんはもちろん、レックスとも話したくない。扉の向こうを透かして見ると、……レックスが土下座していた。何故か上半身裸で。

「……何やってんですか?!レックスさん!」

 慌てて扉を開けると、泣きそうな顔でレックスが笑った。

「良かった。顔見せてくれた」
「エウディさんは?」
「帰らせた。とりあえず中入って良いか?」

 上半身裸のレックスを部屋に入れるのに一瞬躊躇したが、廊下の使用人達の視線の中ではどうにもこうにもだった。

 中に招き入れて、とりあえず何故かあるレックスサイズのガウンを着せる。
 レックスはどこから出したのか分からないおにぎりを取り出した。

「これは?」
「俺が握った。食え」
「あまり食欲がありません」
「一口でも!茶もある!」

 気迫に押されてかじると、軽い塩味で意外と美味しい。

「サヤは細いから、ちょっと食わないとあっちゅう間に骨になる」
「なりません」

 ぐー。と彼のお腹から大きな音がなって、レックスが真っ赤になった。お芝居みたいで少し笑ってしまう。

「では、一つずつにしましょう」
「かたじけない」

 笑わせようとしてるなら、作戦は成功だ。カップももう一つ出してきて、お茶も分けた。

 食べ終わると、彼は再び地べたに這いつくばって土下座した。

「あの?レックス?」
「勝手に身辺調べて悪かった」
「いえ、レックスの事情は知ってるから、大丈夫、だよ。ちょっとエウディさんのやり方が、私には合わなかっただけ」

 エウディさんは仕事をしただけ。私が勝手に友情だとか、仲間だとか入れ込んだだけ、だ。

「それと、今エウディにムカついてるかもしれんが、薬は続けて欲しい。……今辞めると、サヤがやべぇ」

 優しい。レックスは優しい。私の体調を考えて、レックスが土下座しているのが、申し訳なくなった。

「分かった。それとは別に考える。ちゃんと薬は飲む」

 「良かった」と顔を上げたレックスはやっぱり泣きそうな顔で笑った。

「心配かけてごめんね。ちょっとショックで」
「……しゃあねえよ。俺の配慮が足りなかった。エウディにあの後詳細を聞いて、とんでもねぇ事しちまったって思った」
「レックスは、優しいね」
「優しかねえよ。サヤに謝らなねーとって頭いっぱいだったのに、サヤにさん付けで敬語で話されて死にそうになった。……俺の事殺したくなったら簡単だ。サヤが嫌いって言ったら、多分マジで死ぬ」

 いつもなら、そんなの重いわ!と突っ込みたくなるだろう。けど、今はそれ程大事に思ってくれてる事が嬉しかった。私は何かに飢えている。
 記憶の何かが引き起こすのか、エウディさんのあの香水のような香りを感じて、私はレックスを帰したくなかった。

「サヤ、体調が悪いなら、寝るまでついてようか?」
「……いいの?」
「ああ、実はこの部屋から俺の部屋まで隠し通路もある」
「え?」
「今まで使った事はねぇよ?」

 ふんわりと眠気と辛さが出てきて、私は言葉に甘える事にした。
 不意に香りが強くなる。

「……レックス?襲わない、よね?」
「サヤ?汗かいてるが、本当に大丈夫か?」
「……薬の後遺症だと、思う。ごめん、キス、して?」
「襲わないようにキスするとか、拷問か」

 レックスは優しくキスをしてくれた。ついばむ程度の軽いキスにしばらく付き合ってもらうと、衝動は収まってきた。やはり、香水のせい?

 ベッドに運んでもらって、彼に撫でてもらいながら私は眠りに落ちた。

――――――――――――――――――――――――――

 館の外からエウディは中を『見て』いた。

「マズイわね。何とかしなきゃ」

 小さく呟く彼の後ろに、音もなく影が現れる。

「捕獲命令が下った。諦めろ。……生死も問わぬらしい」

 吸血鬼の兵士は、エウディの喉元に手をかけた。

――――――――――――――――――――――――――
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