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40 レックスさんの正体

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 ようやく迎えた平穏な日常はわずか三日で過ぎ去った。食堂にルルーさんが来たのだ。それも、帝国の遣いとして。

「お前に出頭要請が出ている。店主、こちらが要請書だ」

 何をやらかしたのか分からなくて顔が青くなりつつ、私は馬車に乗せられた。

「出頭要請だ。命令ではない。実質拒否はできないが、一応請われている側だ。安心すると良い」

 その説明は是非とも同僚と店長達の前で聞きたかったです。ポカン顔で見送ってくれた皆は、多分私の拘留期間でトトカルチョを開催してる気がする。

 帝都には本を貰いに行ったきりだった。高い建物と賑わいのある通りを抜けると、広い道と画一的な白壁赤い屋根の建物がズラリと並ぶ景色に変わった。黒い服に鎖の人が昼間にも関わらずチラホラいる。鎖をつけた人は他にもいて、思わずアルバートさんを探している自分がいた。

「鎖を付けてる方多いんですね」
「管理できる者達の方が裏切りにくい。自らの権利を放棄するような境遇である奴隷や、そうでない者達への褒賞だけではこの国はここまでのスピードでは育たない」

 はぁ、成る程。と思って再び見ると、確かにタグ付きの人は居なかった。

 どの建物で取り調べがあるのかと思っていたが、馬車はどんどん宮殿の方に進んでいく。絵葉書か何かで見た事がある白亜の宮殿は縦にも横にも大きく、手入れは大変だろうと心配になった。その宮殿に続くであろう門に差し掛かる。

 宮殿にいるような知り合いはいない。心当たりもない。これは多分、人違いだ。これまでの人生でおよそ神と名乗るような王族と関わりがあるような出来事は無いはず……。

 宮殿への門の先は美しい花で彩られた庭が続き、手間暇がかけられたオブジェもある。可愛らしくて白いそれらはピカピカで、だれが苔むさないようにしてるのだろうと思うとこれまた目頭が熱くなる。権威の象徴って下っ端の汗と涙の結晶に他ならない。

 馬車は宮殿の前のロータリーは回らず、横にそれて行った。更に厳重な門を通って着いたのは宮殿の奥向きの建物か。華美ではなく落ち着いた広い家……家というには城に近いけど、比較的実用的な見た目だった。

 家事能力が認められてスカウト?それとも、絶滅した準神族だから、とか?
 何か家庭料理のデータをとるつもりなら困った。文化的な記憶は無いんだけど。

 そのまま客間に通されて、しばらく待つように指示された。適当に寛いで良いと言われ、一向に次の指示もなく、仕方なしに部屋にある本を読んだり、窓から庭を眺めたり過ごしていると辺りはだんだん暗くなってきた。あまり遅くなると帝都内で宿を取らなくてはならなくなる。要請で来たのだから、手配してもらうか無理矢理帰りでも送ってもらうか。
 ダメならここで泊まらせろとか言ってやろうか。

 間も無く、食事が出てきた。しかも一人分。

 豪勢な食事で最後の晩餐?と不安になる。

「お食事が終わりましたら湯浴みへご案内いたします」

 誰かと会うなら順番がおかしい。これはもしかして、偉いさんと会う予定で呼び出されたけど先方の予定が合わなくてなったのではないか。

「もしかして……私、今日こちらで泊まるのですか?」
「左様でございます。お着替えもご用意しております」

 それなら早くに言って欲しかった。美味しい食事を堪能し、湯船のあるお風呂も頂いた。侍女っぽい人が色々やってくれて、恐縮しながらどこか懐かしく、慣れている自分を感じた。
 もしかして、私は準神族の姫君だったとか。いやいや、それにしても一族滅んでるし、本人奴隷だったし。種族同士で争った仇の生き残りで、やはり禍根を残さないようにこれから処刑……。

 よく分からない妄想が広がりすぎて、おかしい。集中して……周りを感じると、怪しげな香りが出ているインテリアがある。これの影響?エウディさんに、私は特殊だから稀な症状があるかもしれないとは言われていた。
 初めてのタイプの香りだ。何らかの影響があるとしたら耐性は無さそう。なるべく頭を空っぽにして、侍女に促されるまま寝室に入った。

「レックスさん?」
「サヤ?え?どういうことだ?」

 寝室にはレックスさんとルルーさんがいた。

「宰相殿よりお連れするよう指示を受けました。こちらが命令書です」
「あいつ……、さっさと釣り上げろってか」
「陛下が毎日遊び歩いている事に関する苦言もございますが?」
「……それは、いらね」

 へーか?へいか?陛下?……つまり、

「レックスさんが、神王帝国陛下……なのですか?」
「あー、まぁ、一応そんな感じ」

 そんな感じってどんな感じよ?連日町外れの食堂でお手伝いする程暇な皇帝ってあり得ない。

「冗談ですよね?影武者とかですか?」
「残念ながら、ご本人です」

 部下に残念がられるなんて、やっぱり嘘だ。しかし、嘘でも本当でも私がする事に変わりは無い。

「……分かりました。では、仮に本物の陛下としましょう。では、私が呼ばれた理由は何ですか?」

 ルルーさんから返答は無く、恭しく頭を下げただけだった。

「私めはこれで失礼致します。お戻りは明日昼まで猶予がございます。では」
「え?あの?」

 ルルーさんはスタスタと辞去してしまい、私は頭を抱えているレックスさんに視線を送った。

「どういう事でしょうか?」
「あー、えっと、初めにさ、婚約者の話しただろ?」
「はい、ひなさんとおっしゃる逐電婚約者ですね」
「あれ、サヤなんだわ」
「は?」
「セクンダス族族長、神の姫君の雛」
「はぁ」
「フェラスト族の跡取、つまり今は俺だが、跡取は雛が成長したら婿になるって決まってたんだよ。ひなは一向に女性化してくんねぇから、本当は婚約者未満だった訳だ」
「仮にそうだとして、なぜ私は奴隷に?」
「それは分かんね。つか、失踪した理由も俺らは知らねぇよ」

 私が、姫?婚約者?

「皇帝陛下に御婚約者がいらしたとか聞いた事無いです」
「言ってねぇもん。つか、俺が建国して在位百年はあるぞ」
「は?」
「準神族は子孫ができないと老化しない。俺の奥方様が見つからないかったら、お陰様ですげー歳食ってる」
「……すみません、理解が追いつきません」

 レックスさんは手招きして、机に図を書いて説明してくれた。曰く、帝国が作られるより以前に私達はしきたりで許婚いいなずげという間柄だった。その後、私が失踪しセクンダス族はその後潰えた。一方、セクンダス族の生き残り捜索と侵略者の粛清をしているうちにフェラストは国を大雑把に統一してしまった。私が死んだとしても、許婚制度は変わらず、次の族長がレックスさんの許婚となる訳だが、その次のセクンダス族で族長に当たる人物が見つから無かった。
 セクンダスの雛が不在の場合、普通フェラスト族長は他の人と結婚して子を残し、その子に権利を譲るのが慣例だったが、律儀に貞操を守ってたレックスさんは、ひょんな事から私が生きている事を知り、四方八方手を尽くして調べ上げ、食堂に突撃した、と。

「……それ、何故言わなかったんです?」
「サヤが正攻法っつったじゃねーか。俺の事覚えてねぇんなら、じゃあボチボチ距離縮めるべと思ったんだよ。すでに100年単位で待ってたから急ぐこたねぇなって」

 私がその姫だか雛だかだとして、100年以上は行方不明で何やってたのかは分からないらしい。そして、失踪理由も不明。そもそも、私はしきたりやセクンダス族が何たるかも分からない。
 ただ、長い間私を探していたこの人に、分からない、知らないから無しにしましょうとも言いづらい。

「その、しきたりで婚約している理由ってあるんですか?」
「あるっちゃあるんだが、俺としてはサヤに惚れてもらいたい。つか、番にならなきゃ意味がねぇんだ」

 レックスさんは右手を差し出した。

「意義を話して納得しても、好き同士じゃねぇと番にならねぇ。だからまずは一緒の時間を過ごして、俺を知ってもらって、魂が同調してから色々説明するわ。基本的には番になれる素因はあるはずだしな。……んで、万一、どーしても万一番え無けりゃ、何も知らないままの方が良い。それまでは襲いやしねぇし、安心してくれ」

 「ん」と差し出されて握手させられる。私は……アルバートさんが好きだ。でも、アルバートさんとは番えない。
 今の自分がレックスさんを心から愛する想像はつかないけど、申し出を積極的に断る理由は無かった。何かしらの責任が自分にはある事を知り、まずは私の記憶を取り戻さなければ何も言えないと思った。

 ルルーさんは明日までと言っていたが、レックスさんは「理性の問題」で、すぐに宮殿に戻って行った。この建物は一応皇帝妃のための住まいだそうで、目処がつくまで私はこちらでお世話になる事になった。資料室にはセクンダス族やフェラスト族の資料もあり、記憶を思い出す助けになるかも知れないものも多数ある。
 食堂やエラスノの宿には手紙を届けてもらい、エウディさんへの言付けもお願いした。トトカルチョはどうなることやら、とくだらない事を考えて眠りについたのに、入眠直前にはアルバートさんの事を想う。ようやく泣いてしまう事は無くなったけど。

――――――――――――――――――――――――――

「お早いお戻りで」

 ルルーはそう言って主人を迎えたが、こちらに戻る事は予想済みだったのか執務室で待機していた。

「急がば回れ、だ」
「しかし、説明のみをされたにしてもお早いかと」
「してねぇよ」
「してない?」
「『万一番なけりゃ、知らない方が良い』だろ?」
「番えないまま解放するおつもりがお有りですか?」
「……いやに、ひなに拘るな?」
「……失礼致しました。知らぬ仲では無かったのでつい。以外慎みます」
「構わねぇよ。お前より構いそうな奴がいるしな。……宰相殿にも報告するんだろ?」
「私は代行ですので」
「受け答えまで真似するこたぁねぇな」

 ルルーは笑みを浮かべて部屋を辞した。

「ようやく、手に入れたぜ。ひな」

 レックスは皇帝妃の館に向かって微笑んだ。
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