上 下
41 / 61

41

しおりを挟む
 ハンター女子になって数回のハントで簡単に見習いは返上した。上物が取れるわ、森のお友達はいるわ、そりゃそうなる。髪を伸ばしている間はずっと知識吸収に努めてたのもあり、晴れて弟子からは卒業だ。

「とは言え、交渉は難しいですね。駆け引きが、特に」

 一番難しいのは文化的ノリだけど。

「個人間交渉で粘らなあかんほど、困窮してへんし、苦手な奴はエージェントに任す奴もおる。ハンターとしてはもう一丁前や」
「ありがとうございます。雨情さんのおかげです」
「おう、褒めたって褒めたって」
「凄い!天才!」

 定型の流れには慣れてきました。

「つうわけで、見習いから相棒に格上げな。今日から敬語もさん付けも無しで」
「でも、雨情さんの方がベテランなので」
「嫌や」

 え?

「そんなん寂しいやんけ」

 1人でずっとお仕事してたのに?

「あの、雨情さん」
「雨情」

 ピシッと指を刺された。目が三角ですよ、雨情さん。

「……雨情、雨情はなんで1人でお仕事してたの?」

 ハントは数人でやってる人も多い。家族で、という場合もあればグループを作る人達もいて、仲間募集は取引所の掲示板で良く募集されてるのに……って。
 目の前で雨情は白くなっていく。

「……俺な、15才で独立やーって、親のパーティー蹴り出されてから、10回はコンビ組んだり仲間作ったりしてん」
「う、うん」

 あ、なんかこの流れデジャヴ。

「うち3回詐欺やった。残り4回は痴話喧嘩に巻き込まれて空中分解。残り3回は……」
「元嫁?」

 ガバッと雨情は私に抱きついた。

「せやねん。ユウキ、俺の相棒なったってー!募集出しても有名人過ぎて誰も申し込んでくれへんねん!」

 なんでやー!

「わ、私は兄様を探していてっ」
「おお、それは見つけたるで」
「マンチェスターの兄達にも会いたいし、魔王征伐もしなきゃだし」
「おお、ほなら俺もついてくで。俺強いし」

 は?

「その後!その後でええし!2週間ももったん、ユウキが初めてやねんて」

 その後?その後も前も何も無い。私の大事なアンズに相談もなく、将来なんて決められない。
 修行が終わって、私が居ない事に気づいたアンズを思うと不憫でたまらない。というか、アンズが居ない事自体が、私にとっても辛い。

 じっと雨情は私を見つめると、はぁぁあっとため息をついた。

「……、ユウキには待っとるやつおるんやな」
「うん、ごめん」
「ええよ。しゃあない。そいつ、マンチェスターの方の家におる奴やな?」
「うん」

 彼は良く人を見てる。察する能力も異常に高い。どうしてダメ人間ウォーカーなのかは謎だ。

「……俺な、作戦考えてん。ユウキの話を総合すると、ファンレターに紛らせて居場所を伝えるんがええと思う」

 すちゃと出したのは可愛らしい封筒だ。

「ファンレターとユウキの髪の毛を入れる。ほんで兄貴に送る。ファンレターは手元に届いとんにゃろ?送り元で居場所が分かるやん。後は、どうやって早ように開けてもらうか、やけど」
「……苗字で出せば、リオネット様なら気づくかもしれない」

 リオネット様はファンレターも動向調査として確認してる。している事を私が知っているから、連絡手段に使う可能性は把握してそうだ。それに私の匂いがする物なら、アンズが早々に掘り出してくれそう。

「苗字?」
「うん、あちらでは家を表す名前は平民も持っていて、こちらでは公表してない。それをリオネット様は知ってるから……」
「それ、偽名の時に使えば良かったんちゃうん?名前として」
「あ」

 確かに。

「……今更変更とか?」
「怪しすぎるで、それ。マンチェスターの兄貴達が動いた時、敵側にマークされる可能性が上がってまう」
「すみません」

 雨情は苦笑いした。

「抜けてるとこあるんが、ユウキらしいわ」

 わしわしと頭を撫でられて、髪がぐちゃぐちゃです。

「手紙は二通。近場の街からと、隣の領地から出す。こことお隣さん、貴族同士の派閥もちゃうし輸送ルートも違う。ついでに強い商人同士も反目中。どっちかあかん様になっても片方は絶対届くはずや」
「隣の領地に行くの?」
「うんにゃ、係累に有償で頼むねん。西の地域は帰還人や異世界人にルーツがある奴が集まっとる。全体みたら多くはないけど、他の地域と比べたらむっちゃ多い。まぁ、そんだけ異世界から来た奴の力はよわあて、だから集まるんやけどな。その分、連帯感があるし、情報網は貴族同士には負けへんで」

 手紙をしたため、伸びた毛先の髪を一房ずつ入れる。あちらにはアンズがいて、匂いで私だと分かるに違いない。

 一通を街で速達で出した後、私達はハンター御用達の酒場に向かった。そこには登録所にいたおじさまが飲んでいた。

「まいど」
「おお、雨情!連れは……噂の嫁候補か?」
「せやで、やらんで」

 あれ?と驚いていると、おじさまは手を差し出した。

「驚いとんな。俺はサキョウ。登録所んとこにおったんはウキョウ、双子やねん」
「はじめまして、ユウキです。知らずに失礼しました」

 握手に応じると、サキョウさんは雨情に「マジメやんけ」と楽しそうに絡んだ。

「今日は隣の領地までのお使いしてくれる奴探しとんねんけど」

 手紙をピラっと見せると、サキョウさんの雰囲気が変わった。目が鋭く、これは交渉の時の空気だ。

「ほう、また危ない事に手ぇ出すんか?」
「聞かん方がええで」
「……、ファンレターに紛らせる……、女がええな。ついでに足がつかん奴……、アシェリーは?」
「……しゃあないな」

 出されたのは大体一万円札程度の紙幣。

「呼んでくるわ」

 サキョウさんは奥に引っ込んで行った。

「手紙出すのに、それくらい?」
「ちゃうで、紹介料。交渉はこっからや」
「え」
「この街は金持っててナンボやねん。息を吸うにも金がかかる。それを負けてもらえるとしたら、よっぽどの恩がある時ぐらいで……」
「お久しぶり、雨情」

 現れたのは艶やかな美人だ。赤い髪にウェーブがかかり、出るとこ出てて引っ込んでるとこ引っ込んでる身体は私から見ても惚れ惚れとする。

「これ、隣の領地から発送してもらいたい」
「いきなり本題だなんて、無粋だわ。こちらのお嬢ちゃんはあなたの新しい嫁候補かしら?」
「ちゃうわ。仕事で来とんねん。報酬は?」

 珍しく雨情はちょっとイライラしてる感じ。ボケてない。

「そうね、十万円でどうかしら?」

 私の翻訳の加護がお金にまで対応し始めた!
 しかし、郵便一通で十万?高過ぎない?もはやレートが分からない。

「……、ほな、これな。よろしく」
「あら、下げの交渉無しなの?」
「今回は確実性が欲しいねん」
「ふーん」

 彼女は私を見た。その目には興味津々と書いてある。

「……五万でいいわ。その代わり、このお嬢ちゃんと一杯お酒飲ませて」
「あかん」
「あら、過保護?悪い様にはしないわ。女性ハンター同士の交流って大事よ?」

 雨情はぐっと詰まってから「30分な」と言って席を立った。

 私はどうすれば?

「初めまして、アシェリーよ。あなたの噂は聞いているわ。雨情の一族で貴族の下でハンターやってたってね」
「ユウキです。あの……」
「ふふ、貴族の話なんか聞き出さないわよ。命が惜しいもの。安心して」

 彼女は私に確認してからジュース一杯と、カクテルを一杯注文した。もちろん、私にはジュースだ。

「あなた、雨情の下で2週間も生活してるんだって?本当?」
「はい、そうですけど、何かあるんですか?」
「嫌にならない?」
「え、何がですか?」
「雨情の無神経さに」

 無神経?

「いえ、むしろ細やかな性格だなと思っています」

 着替えの時はぴゃっと消える気の使いようだし、食べ物やら衣服等あれこれ世話を焼いてもらっている。

「優しいでしょ、あいつ。誰にでも」
「そうですね、人に限らず動物にも優しいです」

 ハントをやる時は大暴れする事もあるけれど、それは許可を主から取った時のみ。下手に争いにならない様にできる限り動物の邪魔はしないし、怪我をしている動物を見ると蹴り飛ばされても治療しようと挑んでいる。私が見開きをしてからはそんな事は無いが、あの行動は1人でやってた時からの癖の様だ。

「あいつ、絶対助けてくれるの。でも、それは誰が相手でも。だから、良く騙されるし、万年金欠」

 手紙一通で十万ポンと払ってしまうし、私にも収入の一部を渡してくる割に、それら雨情発案の行動では請求はされない。武闘家の服もそうだし、ハンター用の武器のクナイもいきなり買ってきてくれた。ちゃんと私を見てくれて考えてくれているから、サイズも使い勝手も完璧だった。
 そして、困っている人がいたら、同じように助けようとし始める。たまに赤字になるので、私がいただいたお金はその時に使っているが、次の収入の時に利子つけて返してくる義理人情。

「その分働き者ですよね。仕事もできるし。時々猪突猛進で心配にはなりますけど」

 アシェリーさんは、奇怪な物を見るような目で私を見た。

「……本当に雨情にムカつかないの?嫌いにならない?」
「凄く素敵な方だと思っています」

 私にはもったいないくらいの友達だ。

「あんな雨情を理解してくれる子が存在するなんて」

 アシェリーさんの目からブワッと涙が溢れてきた。

「え?どうされました?私何か失礼な事を?」
「ううん、私ね、雨情の元妻なの」

 どのダメ女だ?!

「元々違う仕事に就いてたんだけど、ちょっとトラブっちゃって行くとこ無くてさ。雨情の弟子にしてもらったの。凄い優しいでしょ、彼。だから、持てる技術全部使って落とそうと思ったのに『自分大事にしいや』って抱きしめるだけ。惚れない方が無理だった。……それで、ハンターの弟子を卒業って時にお嫁さんにして欲しいってお願いしたら、簡単に『ええで』って言われて結婚。でも十日も一緒に生活したら、分かっちゃうの。アイツ全然私の事が好きじゃ無くて、ただ優しいだけなのよ。しかも、妻がいても他人にもずっと優しい。特別になれない。別れる時も『もう、一人で食ってけるもんなぁ』で追いすがりもしない。あんまりムカついたから共同名義で借金して高跳びしてやったんだけど」

 これは、ハンター名義の人か、お金の人かどっちか、だよね。彼女から見た景色は雨情の思い出とは違うものらしい。

「サキョウに諭されて、お金は返したし、今はこの世界でもそこそこの仕事をやりながら、夫にも恵まれてるんだけどね」

 アシェリーさんはサキョウさんの方を見ると投げキッスをした。サキョウさんは慌てている。なるほど。

「私の方が年上って事もあって、雨情に合う人がいるって分かったら、なんか親心?感極まっちゃった」

 ん?!アシェリーさん、目が爛々として喜んでる?!もしかして。

「あの、すみません、待っている人がいるので、私と雨情がどうのこうのなる事はありませんので!」
「なんでやねん!」

 やばい雰囲気を察して、ちょっと誇張して牽制したら美女がカウンターに顔からけた。この人もこのノリだったのか。

「でも、だからこそ、雨情の優しさに振り回されずに相棒には向いているかもしれません」
「そうだけどさ。雨情にもようやく春が来たと思っちゃったじゃない」

 肘をついて口を尖らせ、彼女はぶー垂れた。そして、カクテルを一気飲み。

「ま、先の事は分かんないしね。とりあえずコレは死んでも送付まで持ってくから」

 封筒を見せると彼女は立ち上がり、サキョウさんにキスしてから、奥に戻って行った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「子供ができた」と夫が愛人を連れてきたので祝福した

基本二度寝
恋愛
おめでとうございます!!! ※エロなし ざまぁをやってみたくて。 ざまぁが本編より長くなったので割愛。 番外編でupするかもしないかも。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

二回目の異世界では見た目で勇者判定くらいました。ところで私は女です。お供は犬っぽいナルシストです。

吉瀬
恋愛
 10歳で異世界を訪れたカリン。元の世界に帰されたが、異世界に残した兄を想い16歳で再び異世界に戻った。  しかし、戻った場所は聖女召喚の儀の真っ最中。誤解が誤解を呼んで、男性しかなれない勇者見習いに認定されてしまいました。  ところで私は女です。  致し方なく出た勇者の格付の大会で、訳あり名門貴族で若干ナルシストのナルさんが下僕になりました。 私は下僕を持つ趣味はありません。 「『この豚野郎』とお呼びください」ってなんだそれ。 ナルさんは豚じゃなくてむしろ犬だ! √ナルニッサ

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った

Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。 侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、 4日間意識不明の状態が続いた。 5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。 「……あなた誰?」 目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。 僕との事だけを…… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...