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アッサム視点

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 流石に真夜中を過ぎて彼女がここに来るとは思わない。思わないのに、ここで俺は待っている。良くない兆候に思えた。これ以上、ヤバい感じがしたら流石にリオンに止めてもらう必要があるかも知れない。
 けれど、自分でも良くわからないこの感情をリオンは理解できるだろうか。

「待ち人はいらっしゃいませんよ」
「っ!」

 リオンの事を考えていたら現れる。いつもの事だが、毎回心臓に悪い。

「待ち人ってのは?」
「では、待ち人もいないのに、外で何やってるんですか?」

 リオンは呆れた様に庭のウッドデッキに腰掛けた。俺は真向かいのテラスの手すりに身体を預けた。

「ナルニッサ預かりの、あの女の子は来ません」
「誰の事だ?」
「律儀ですね。私はあなたの記録を確認させていただきました」
「見たのか?」
「ええ、仮面の姫君ですね」

 リオンが一線を越えない様に、日頃から俺は監視していた。同時にリオンも俺を監視している。リオンの監視は俺の方法より直接的で使令を一匹記録係として派遣していた。小さな虫で、常時は俺の影に潜ませている。互いに見張り合う事は互いを守るために必要だ。

「必要が無けりゃ見ないじゃ無かったのか?」
「必要が出来たんですよ。彼女にお願いされました」
「何?」
「彼女はあなたともっと話がしたかった様です」
「んなバカな」

 何故彼女はリオンに俺との事を話した?それに、彼女が俺と話したがる理由は思いつかない。

「彼女はナルニッサの恋人ではありません。理由がありこちらに滞在している。頻繁には人と話せる状況では無い。けれど、アッシャーと話してみたいと思った様です。だから、アッシャーの兄で白魔道士の私にお願いされた、と。ですのであなた方のやりとりを確認させていただきました。その上で、あの子はアッシャーに必要だと判断しました」

 少し安堵した。あのやりとりを見て、ここで阿呆みたいに待っている俺に、とりあえず合理主義の塊からは是と判断されたという事だ。

「必要な事なのか?」
「少なくともあなたには必要です。彼女にも必要なことかどうかは分かりません。私は彼女には詳しくない」

 そう言ってリオンはペンダントを投げてよこした。

「満月の夜に夢で逢えるようにする魔具です。まだ彼女には渡していませんが、伺った事情が本当ならナルニッサも彼女に渡してくれるでしょう」

 少し離れて座るリオンは不敵な笑顔だ。

「これは、お前も覗けるのか」
「ええ、もちろん。けれどご希望でしたら、覗かないようにしましょうか?」
「いや」

 覗けない様にしても、リオンなら必要があればどうにでもするだろう、それに。

「お前に監視ててもらえなきゃ、逢えねぇなってって思ってたところだよ」
「それは良かった」
「ところで俺が留守の間、カリンに何があった?ナルニッサの主人の選定の件、お前は知ってるんだろう?」

 彼女の問題が片付き、部屋に帰ろうとしたリオンを引き留めた。リオンがカリンとナルニッサの関係の詳細を知らないはずは無い。知らなければこれ程冷静では無いだろう。

「いい加減、力なき愚妹の幼き日々とカリンを重ねて見るのはおよしなさい。それに、執着する女性は1人にしておいた方が良いですよ」

 呆れた様にそう言ってリオンは部屋に戻っていった。
 重ねてたのだろうか?似ても似つかない2人だと思うが、そう言われれば2人とも自分が護る対象で、外を知らない子供だとは考えていた。
 カリンがソフィアの様に壊れてしまうと、俺は無意識に考えているのかも知れない。そんな事はさせないが……。

「くそっ、また頭痛がしてきやがった」

 深く自意識に潜ろうとすれば生じる頭痛は、本来他人が自分の奥に干渉してくると起きる物だった。いつから、それが自分にも働く様になったのか。
 だが、これも防衛本能だ。深く考えてはいけない。深くハマりそうになれば、リオンに止めてもらう。仮面の姫君とは話す機会がまだある。以上。シンプルだ。

 空の縁がうっすらと色づき始めて、俺はようやく部屋に戻った。

――――――――――――――――――――――――――

 同調率を上げる仲直りの儀とやら以降、ナルさんと私の関係は変わってきていると思う。日に日にナルさんがとても美しい犬の様に感じてきている気がする。ボルゾイ的なシュッとした犬。ナルさんはナルさんで、崇め奉る割に自由な感じだし。
 だから仕方なかったのだと自分に言い訳をするしかない。

 寝かしつけして、うっかりその場で眠ってしまい、起きたらナルさんの腕の中in his bed
 どうしてこうなった。辛うじていつも小狐スタイルで私と寝ているアンズが、ナルさんとの間に挟まってはいる。

「おはようございます。我が君は朝からお美しい」

 私が起きた気配か、ナルさんは幸せそうに微笑みながら起床した。

「……おはよう。これはどういう?」
「私が眠りに落ちかけた時、まるで極上の音楽のごと寝息が聞こえました。寝室にお運びしようかと思いましたが、身体は冷えていらっしゃったので、少し温めさせていただきました。以前アンズ殿はご一緒に寝てらっしゃっているとお聞きしていたので」
「へぇ」
「私めなどが触れてご不快でしたでしょうか?」

 うわ、なんかめんどくさいぞ。しかし、きちんと言い聞かせなくては。

「あのね、ナルさんは私にとって男の人なの」
「?はい。性別は男です」
「うーんと、ナルさんが私を襲うとは思ってはいないんだけどね、男性って私にとっては恋愛可能な対象で……」
「……恐れ入りますが、女性である事はお隠しだったのでは?」

 しまったぁああぁ!

「え?いや?わたし男だけど?」

 ダメダメだ。慌てて取り繕って余計ややこしい事を言ってしまった。
 ナルさんは一瞬ポカンとした顔になったが、すぐに居住まいを正した。

「経緯やお立場から政治的に男性である必要があるのではないか?と理解しておりましたので申し上げませんでしたが、初めてお会いした時より女性である事には気がついておりました」
「え、えぇ?」
「お部屋のお支度の方に男性の物もご準備せずおりましたが、何も仰らなかったので私めが心得ている事はご存知の上、お隠しになっているとの了解でした」
「そんなややこしい事できないよ、私」

 ナルさんの顔が綻んだ。

「我が君は本当に愛らしい」

 そのまま、私の左手の爪の辺りに口付けた?

「我が一族は鼻が効きますので」

 いや、匂いを嗅がれただけらしい。

「臭いで性別とか普通分かんないでしょ」
「魔力の香りが違う様に感ぜられます」

 サンダーランド一族はどうなっているんだろう。索冥みたいな特別な使令も受け継いでるみたいだし。

「分かった。私は女で、外では隠してる。ナルさんはそれは外では言わない。そして、異性には無闇矢鱈と触れたり見られたりしたくないの」
「そう、ですか……」

 しょんぼり、というよりナルさんから困惑が感じられた。これは多分、メイドさんに身支度されてる人にはピンと来ない表現だったか?

「えーっと、じゃあ、健康な男性が魅力的な女性に触れたりしたら都合が悪いってのは分かる?」
「それは分かります。けれど私は我が君にそんな邪な感情は……」
「そう、あなたは私を襲わない。だけど、私にとってナルさんは充分魅力的な男性でしょ?」

 キョトン、としたナルさんの顔が突然赤面した。

「私を夜伽にご所望ですか?」
「ちがーう!!」

 うああぁぁあ!めんどくさい!

「うにゃ、おはよー。あれ?ナルニッサ?」

 私の叫びでアンズさんご起床。

「え?ナルニッサ、僕とカリンと寝たの?ダメだよ!僕の方が上でしょ!ベッド狭いし、カリンは僕の!」
「……承知致しました。カリン様にご所望いただくまではご遠慮させていただきます」

 歪んだ認知は更に悪化したまま、とりあえず目の前の問題だけは解決した、らしかった。
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