上 下
43 / 63

43

しおりを挟む

 死んでも、と言うのがボケなのか本気なのか。自分の手取りと魔石の宝石の値段から考えると、ボケているとも言えない様な。

 時計を見るときっちり30分。雨情は少し離れたテーブルで他の人と話していた。話相手が席を離れると、合図をしてきたので席を移動した。

「アシェリーさんって、少し面白い方でした」
「2番目の元嫁や。改心しとるし、仕事は確実。せやけど、俺にとったらトラウマの元凶その2や」

 お金の方の人か。

「俺の元弟子達はハンターやエージェントとしては優秀らしいんやで……。あ、これ見てみ」

 前半は白い人になってたけれど、秒でいつもの雨情に戻る。表情がコロコロ変わってる顔面劇場的。

「ユウキと同じ名前のモンは西にはおらん。偽名使こてる可能性も薄い。あっちから渡って来たっぽい奴はここ20年でおらんって調査結果や」

 ほれ、と渡されたのは詳細な資料だ。私が頼まなくても、他の人に調査を依頼してくれていたらしい。

「ほんでな、ユウキさん?」

 私を上目遣いで見て、雨情は目をパチパチさせた。

「俺金欠やねん、昼飯代貸して!」
「……調査でお金吹っ飛んだんだよね?調査費出すよ」
「うんにゃ、俺が知りたかったんやし、俺出すて。とりあえずここの昼代出せたら、後は稼ぎに行けばええんやし」
「ありがと。はい、これくらい?」
「おおきにな」

 全力で親切で、金払いが良く、でも時々抜けている……。ダメ人間ウォーカーじゃなくて、雨情は多分、天然サークルクラッシャー系だな。
 ホクホク顔で昼ごはんを調達した雨情は、やはり私の分のご飯も買ってきてくれていた。
 この人に惚れたら、絶対しんどくなるやつだ。ある意味怖い。


 それから、村の宿屋を拠点に西の森中魔石と兄様を探し回った。
 森の行く先々で新しい動物おともだちとお知り合いになり、魔石採集は順調。そして、そのお友達は森で私を護ってくれてもいた。アッシャーに貰った武器は魔石ハンター用の鞄の奥底に布を巻いてしまったまま、満月の日は2回過ぎた。心がざわつく日はアッサム人形を抱いて祈る。アッシャーの無事を願いながら、その人形がいる事で私が支えられていたように思う。

 魔石の交換でたんまり稼いだ後、雨情は魔石が水の中に出来る事を皆に教えた。じわじわと噂は広がり、ワイトで何かがあると注目させ、そして満を持してそれが『失踪したカリンと思われる男の子からの情報』という話も流した。

「ほんで、例の……、宝石のありかを教えてくれた男の子は見つからんのか?」
「あれきりや、食いもん路銀、それと武闘家の衣装一式渡したけど、交換条件であのテリトリーからは手を引いてもろたし違うとこにおると思う。言うたかてワイトの森からは出てへんと思うんやけどな」

 雨情の話す内容は彼らの情報網で四方八方に広がっていく。すでに西の森全域は一通り調べて兄様がいないであろうと分かっていた。懸賞金に釣られて多くの新参者も流入し、それでも何も変化が無ければ完全に白だ。森のお友達も探してくれている。

 次は東に移らなくてはいけない。敵の目を西に向けている隙に東に移る。

「もう向こうに着いとるはずやねん。お前の毛」
「毛って言わないでください」
「毛やんけ、体毛」
「より嫌な言い方に変えないでよ」

 こちらに届く情報では王都周辺の様子は変わりなかった。けれど、王都と、マンチェスターの領地では最近アッシャーやリオネット様を直接見た人は居ないのだそう。ワイトへの流入者は予想より早く多く、そして中には貴族の手の者も混ざり始めた。敵か味方か分からない人は敵と見做して動くべき。だから、そろそろ兄様を探しに東へ立たなくてはならない。
 
 だけど、手紙を受け取ったリオネット様達がもうそこまで来ているのではと思うと、一旦諦めると言う踏ん切りがつかない。

 新参の魔石ハンターは多くなり、過密になったので街の宿屋に移った。人が増えたので需要が伸び、どこもかしこも全てが高騰している。
 今の宿屋のご主人は雨情の知り合いだ。以前と変わらない値段で泊めてもらっていて、ご主人は「雨情のお陰でバブル来た!感謝!」という風に言ってはくれていたが、2部屋も借りてるのと万一が有れば迷惑をかけてしまう。そろそろ諦めて明日移動すると決めた日の午後、身なりの良い紳士然とした人が雨情を訪ねて宿屋にやってきた。

「話を聞きたい。マンチェスターの末弟を見かけたのはお前か?」
「まぁ、まずは酒場で話そうや」

 雨情が私に目配せをして、宿屋で待てと伝えてくる。

「いや、ここのサロンを借りる」

 ドンっと札束が宿屋の主人に押し付けられた。耳には銀のピアス。上の方のお役人だから、宿屋の主人は断れはしない。

「……サロンやのうて、ただの食堂やで?オヤジすまんな」
「気にすんな」

 食堂に雨情とエセ紳士が入って、扉は閉められた。
 ちょいちょいとご主人がボディランゲージで付いてこいと指示してくる。そして、厨房側のカウンターの下へご案内。サロンじゃなくて食堂なので、当然渡し口があるのです。私はそこで小さくなって待機した。

「ご主人、内々の話ゆえ、退席してもらう」
「茶の一杯だけ出したら、出て行きますよ」

 ご主人は私にだけ分かるようにウインクして出て行った。勝手口の鍵も開けておいてくれる分かってる感がイケオジすぎる。

「で、や。俺が会うたんが、マンチェスターの末弟さんとやらやったかは知らん。持ち物やら寄越せ言うから魔石と交換っちゅう話になって、玉のありかを教えてもうただけの間柄や。似顔絵を見る限りは本人やと思うし、俺らも懸賞金は欲しい」
「場所は?」
「口で言うて分かるか?連れてけ言うんやったら案内はするけど、礼次第やな」
「ピアスは?」
「金のん、しとったで」
「ほう」

 しばらく沈黙が続いて、緊張感だけが音もなく伝わってきた。

 ガタン、と立ち上がる音。多分エセ紳士の方だ。雨情が立ち上がれば、もっとやかましい。

「なにすんねん!」

 何された?声が詰まった感じ、首を絞められてるみたいな……、胸ぐらを掴まれた?

「マンチェスターの末弟は原石とはいえあの容姿だ。どう考えても異世界人の穢らわしい血が流れている。元々仲間であったんだろう?吐け!」
「原石が養子になったら知り合いは記憶無くすんちゃうの?」
「それこそ国家機密。それを知っている事自体が罪を犯したとの告白とみなす」

 んな無茶苦茶な。雨情が本気出せば、あんなひょろひょろから逃げ出すことはできるだろう。貴重品はあらかじめ服の中だし、これは外で落ち合う事になるかも。万一が有れば、仔熊ちゃん親子の元で合流となっている。私は先に離脱ということで。

「痛っ!」

 そろっと抜け出そうとして、そこに音もなくエセ紳士2号が立っている事に気がついた。

「ユウキ?!」
「ネズミが隠れている事などハナからわかっていた。お前の仲間、アレの仲間だろう?」

 不意に捻り上げられて思わず声が出たけど、力量だと多分勝てる。宿の主人に迷惑をかけるけど、これは逃げ出した方が……。

「エイス様、この娘、髪は長いですが、あの男に似ているように思います」
「ピアスは?」
「平民の色です」

 ピアスは魔法か何かがかかっていたのか取れなかった。だから、精巧なカバーをつけておきました。ナイス。

「やはり、あの男の身内」
「身内やったらどないやねん」
「お前があの娘を預かったのなら、末弟と繋がりがあるはず。お前は殺さないから安心すれば良い。だが、炙り出しは必要だ。その娘を殺せ」
「待てや!こら!その娘がその末弟本人と繋がってるとか考えへんのか?」
「……情報源は一つあれば十分だ。動きを見れば、お前にその娘が預けられてると考える方が妥当。それより炙り出しに使った方が効率が良い。一足先に縁者を彼岸に送っておいてやるのだから、親切だろう?」
「逃げるで、ユウキ!」

 命令された方はり慣れてない。緊張が伝わってきて、隙を感知する。今だ。
 手を解く方向に宙返りして、怯んだ相手の急所に一発、それから相手のオデコの辺りをクナイで軽く切る。
 案の定、戦い慣れてないから己の出血に驚いて身を引いた。頭部は少しの怪我で血が沢山出るもんだ。目に入ったら走るのも難しいよ。
 開けてもらっていた勝手口から飛び出すと、もう少し使えそうな男が数人待機していた。伝令の指令より早く、街を抜けて獣道へ入る。

『おや、カリン』
『追われている。熊の親子の寝床に行きたい』
『案内しよう』

 丁度街近くのテリトリーの主の狸がゴミを漁っていたので、案内を頼んだ。時々ご飯持っていっといて良かった!

 熊の親子のテリトリーは知ってる者が全速力で真っ直ぐ駆けて来ても1時間はかかる。恐らく奴らは追ってこれない。

『どうした?』
『敵に見つかった。連れが来るまでしばらく世話になりたい』
『承知した』

 まずは魔石を拾って回復魔法が行き渡る様に。それから、仔熊ちゃんと一緒に横になった。雨情が来たら東に行かなくては。私がもっと早く出立しようと言っていれば良かった。

 夜に備えて寝た仔熊ちゃんの温もりに包まれて、私はしばしの休息をとった。

 目が覚めると周りはとうに暗く、熊さんが見張ってくれていた。

『ありがとう』
『疲労が溜まっていたようだが、体は休めたか?こちらは変わりない。明け方までまだかかる』
『もう大丈夫。助かった』

 思ったより長く寝てしまっていたらしい。しかし雨情はまだここに来ていない。笛を吹こうかと思ったが、敵が来ているかもしれない今は吹くわけにもいかない。

 雨情にとってこのテリトリーは庭みたいなものだ。私は近くまで案内されないと分からないが、雨情なら真っ直ぐここに来るのは難しくないはず。
 だから、今ここに来れないのは捕まったと言うことか。

『誰か来る』
『雨情?』
『連れの匂いもするが、血の匂いだ』

 怪我をした?小さな音で笛を吹いたら、前方からガサガサと足音が聞こえて来た。

「雨情!」

 迎えに行った私の前に現れたのは血飛沫を浴びたエイスだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...