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「……いえ、男です」
「マンチェスターの末の娘より聞いておる。情報が漏れて、貴族の一部はそなたを女だとすでに知っておるようだ」

 末の娘、ソフィアさんだ。ソフィアさんは……、怨嗟が発露する前なら、アッシャー達が知らせててもおかしくない。

「すみません」
「かまわぬ。だが、済んだ事としてしまうには大き過ぎた。女ならば聖女になるだろう。勤めを果たす前の聖女が一貴族とゆかりを結ぶ事を良しとしない者達がいる。一貴族に、その栄誉は過ぎる。また、神聖性も欠く。先程のアレは怨嗟に似せた魔術で、何者かはカリンの命を狙っているのだ」

 女だとバレると色々不味いとアッシャー達も言っていた。そのせいで、今私は命を狙われていて……、アッシャー達に迷惑をかけている。

「カリンには勇者の加護をすでに与えている。聖女の加護は恐らく与えられぬ。すでに変質した身体はもはや無垢では無い。だが……」
「究極、やってみないと分からないって事ですか?」
「いかにも。魔法陣の中央に参れ」

 陛下の説明だと聖女の加護は、ほぼほぼ与えられるとは思えない。なら、ここで聖女にはなれなかった女の勇者見習いって明らかにした方が良い。これからずっと命を狙われるより良いはずだ。
 それに、そもそも断る方法も無い。凡ミスから始まってはいるけれど、それは偶然に偶然が重なってしまった事で、今現在私は狙われている位置にいるのはどうしようも無い。女王陛下は確認がしたいだけで、あえてここでこじれさせるのは良くない、と思う。いくらリオネット様に権力ちからがあっても、陛下に逆らって無事な訳はない。

「カリンに聖女の加護が無効であった事、確認が取れれば狼藉者を押さえる事ができる。その後、それら不穏分子は処罰する」

 私が少し逡巡していると、陛下は慈しむ様にそう仰った。一抹の不安が何故湧くのかは分からないけれど、やる事は決まっている。
 
 魔法陣はすでにある。というか、呼び出された時のと同じだ。その中央に立ち、来た時の様に陛下から私は加護を受ける……。

「そなたに、加護を与える」

 ……。

「やはり、か」

 かなりドキドキしたが、何も起こらなかった。以前に加護を受けた時は多少魔法陣が光ってたけど、それもない。

「しからば、此度の結果を公表する事としよう。助力、助かった」
「いえ、こちらこそありがとうございました」

 これで不安な事は一個減ったわけだ。リオネット様達がいなかった割に良くやったと自画自賛しておこう。我ながらハードル低いな。

「大気中のマナがまた充足して来ている。聖女は間もなく現れるだろう。その時にはカリンには黒魔道士として魔王制圧に同行してもらう」

 黒魔道士?

「サンダーランドの地での活躍、耳に入っている。あれ程の使い手は他にいない」

 氷を張ったあれだろうか、と思いを巡らせる。あれ位の力が有れば役に立てる?
アッシャー達と魔王退治。兄様の問題がそれまでに片付ければ、その提案はやぶさかでは無い。

「ありがとうございます。私の力量は兄達が存じております。ご期待に添える様努力いたします」
「謙遜か。確かにリオネットの意見は聞かなくてはならぬな」

 ふっと笑ったクラリス陛下に、初めて人間らしさを感じた。完璧で気高い女王の笑みは、少女の様に可憐だった。

「その際は補助役として、サンダーランドの黄金の血にも同行してもらう事になると思う。カリンやリオネット達と懇意と聞いたが、やはり噂通りの実力を持つ者だろうか?こちらもリオネットの意見を聞かなくばならないが」
「ナルニッサ殿はおそらく陛下のお耳に届く以上に優秀な方だと思います」
「そうか」

 花がほころぶ様な笑顔だ。緊張が少しとれた陛下は、思っていたより気安い方なのかもしれない。

「……カリン、そなた、異世界から参ったのか?」
「え?」
「あの召喚、綻びは感じられず、異世界からの女子おなごを呼び出した手応えはあった。けれど現れた時、カリンはこちらの言葉を知ってた。それが解せぬ」
「はい、実はこちらに来るのが2回目なんです」
「そうか、その様な者もいるのだな。前回参った時の事、わらわの耳には届いておらぬが?」
「森で動物相手に過ごしていました」
「動物相手……?」
「はい」
「……異世界では人や獣を殺めたりはしたか?」
「いいえ!全然」
「そうか……、あちらの世界はこちらと違うのだろうな」
「そうですね。魔法などもありませんから」

 クラリス陛下が少し悲しげな顔になった。

「異世界人にとって、こちらはどの様な世界であろうか。わらわは正しく王として相応しいか不安になる」

 見たところ若いけれど、絵本の知識通りならば陛下は不老。あの警戒感から恐らく今回の狼藉者っていうのは貴族だと思う。貴族を掌握しきれていないのが現状だろう。

「私の世界でも国をまとめる人が完璧という訳ではありません。クラリス陛下は少なくとも民のために最善を願ってらっしゃると思います」

 クラリス陛下が個人的に私を守る訳がない。黒魔道士としての力が必要だという事だ。黒魔道士は強ければ強いほど、人に攻撃ができない。だから、保護されてるに過ぎない。

「いかにも、わらわはなによりも、民を愛しておる。この世界を護ること、其れが定めであり、望みでもある」

 強い瞳のまま彼女は笑った。その笑顔は女神レベル。

「カリンは好ましいな。また、話をしに参れ。次回は役目しごとでは無く」
「ありがとうございます。是非」

 緊張がとれた後の陛下はかなり可愛らしかった。これは慕われそうだけど、同時に舐めるやからもいれば、庇護欲で暴走する輩もいそう。

「リオネットも一緒にな」
「リオネット様もですか?」
「ああ、リオネットも……、いけない。黙ってさらう真似をした。早々に送り届けなくては。帰り道にかどわかされれば笑い話にもならぬ。屋敷に戻れば早々、朗報を伝えよう」
「ありがとうございます」

 しまったと慌てる陛下は、見た目と同じ頃の少女の様だった。可愛らしく、けれどその双肩にはこの国が背負われている。それはとてもアンバランスな事に思えた。

 陛下に礼をとって、部屋を出る。召喚のための部屋は二重扉になっていて、ちょうどコンサートホールの扉の様になっていた。
 その内扉を開けて閉めると、一瞬だけ真っ暗になる。続いて外扉を開けると、とても眩しくて目を瞑った。次に目を開くと、そこは森の中だった。


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