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29 ちう

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 アッシャーが人を殺している?

「まさか」
「私が知る限りは1人ですが、実際、幾人いくにん手にかけたのかは知りません」
「それは怨嗟にやられてしまった人、ですか?」
「いえ、そうでは無いようです。私と出会う前。もっと言うと、原石として養子に入る前ですね」

 アッシャーの住んでいた村で、それはどう言う意味があったのか。

「なぜ……?」
「それを知るのが貴女の近道でしょう、仮面の君」

 そうだった。もし理由を、例えば食べるためとか事故だったとか、それをリオネット様から聞いてもアッシャーは救われない。それにしても、

「リオネット様って意地悪ですよね」

 過保護で優しいかと思えば、突き放すような冷たさを持つ時もある。その全ては気分というより、もっと計算された物に思える。

「それは心外」
「ナルさんが忠誠誓った時も、100年前に恋愛沙汰になった事教えてくれませんでしたし」
「カリンはナルニッサに恋愛感情を?」
「無いです。でも、それは今現在の話で、人の心は本人にも思い通りにいかないから分からないじゃ無いですか」
「ならば、それを知っていても仕方ないでしょう?それに、もしカリンがナルニッサを好きになったとしても問題ありません」
「どうして?」

 何となく横並びで立っていたリオネット様は、私に向かい合った。そして、右耳のすぐそばに顔を近づけた。

「もし、カリンにナルニッサへの恋愛感情が宿りそうになれば、その時は貴女が私以外考えられないようにするまで、ですから」

 は?

 囁くように甘い声を出されて、目が点になった。

「リオネット様、からかうのはよしてください」
「大真面目なんですけどね」
「へー」
「おや、つれない」
「流石に、それには引っかかりません」
「残念。もっと直接的な方が宜しいですか?」
「え?」

 ぐいっと顔を上げさせられたと思うと、口に感触があった。

 ちゅっ

「え?」

 屈むようにした彼は私にキスをした。

「な?」
「キスを迫られたら目は閉じるものです」

 は?

「私のファーストキスがぁぁぁっ!」
「しかもムードも無い」

 やれやれとため息を吐くリオネット様を見て、ぶちんと何かが切れた。
 身体が勝手に動き、基礎武術で習った型の通りリオネット様の襟首を締め上げたる。

「カリン、苦しいです」
「何てことしてくれたんですか?何てことしでかしてくれたんですか!」

 ブンブンと振ったが、流石に身長差があり持ち上げる事は出来無かった。

「カリンは、もう少し自覚を持った方が良いですね。隙がありすぎます」
「自覚?自覚って何?!」
「こちらでは家族内でも養子は婚姻を結べます。絵本でお知らせしておいたと思いますが」
「私は男なんでしょー!?」
「こんなに可愛らしいのに、いつまでも男だと通せるとでも?種々の事情が片付けば、正式に身分を養女に変えることは難しく無い。それまでは、虫がつかないように可愛い弟でいてくださいね」

 意地悪腹黒笑顔だから、本気だとは思えないがっ!

「ひどい、です。私のファーストキス……」
「……と言うわけでは無いんですけどね」

 ほらやっぱり!本日大活躍の私の涙腺により、リオネット様は両手を挙げて、苦笑いした。からかうためのおあそびにしては酷すぎる!

「さて、とりあえず隙があるのはよろしく無い。これからはお気をつけください」
「言われなくても!」

 私は一歩下がったけれど、手足の長いリオネット様の方がリーチは長い。余裕で上から頭をぽんぽんと撫でられてしまった。

「……アッシャー達の打ち合いが終わったようです。恐らく就寝までそれほど時間は無い。お食事はお部屋に運んでありますので、お早めにご準備してくださいね。では、良い夢を」

 ぐ、ぐあー、腹立つ!腹立つけど!寝なきゃ!

 アンズはまだ走り足りないのか、帰ってこない。このペンダントって魔力……使わないのかな?
 魔石が嵌っているなら自動で使える。でもその場合は回数制限がありそうな?

 動かなかったら、リオネット様に頼むの……?
 とりあえず、やってみよう。それでダメなら、考えよう。アンズが帰ってくるかもしれないし!

 メイドさんに、こちらの城での私の部屋に案内してもらい、速攻で食事とお風呂を済ませて、私はベッドに飛び込んだ。

――――――――――――――――――――――――――

 ナルニッサは俺には勝てない。だけど、余所事を考える暇は与えてこない。全集中力を持っていかれて、俺の中は綺麗に空っぽになる。

「……相変わらず、バケモノ、だな」
「まぁ、これしか取り柄ねぇしな」

 ナルニッサの動きが荒くなり、この時間がもうすぐ終わる事が感じられた。この後は……、夢で彼女に逢うのか。

 かつっ。

 ほんの少し思考が逸れたのが見透かされて、奴は俺の剣を弾いて飛び込んできた。体勢を立て直そうとして、その時初めて右の軸足に疲労が集中しているのに気がついた。

「遅い!」
「くっ」

 押し倒される形で、爪が俺の喉元に突きつけられていた。

「どうした?私に負けるのはかなり久方ぶりだな」
「軸足狙いかよ。今日はちょっと熱すぎねぇか?」

 剣士同士としての打ち合いだと、寝技に持ち込む事はしない。相手をクリーチャーだと仮定しているなら、一緒に倒れ込むのは悪手だからだ。つまり、これは俺を疲労させる事だけが目的では無い。

「当然だ。カリン様が泣いていた。けれど理由を聞く事すら許されなかった」
「泣かせた事は悪かったな」
「我が君はアッシャーを理解しようとされている。それは致し方ない事だとは、私も分かっている」
「んじゃ、なんでこうなんだよ」

 喉元には爪が触れている。そして、ナルニッサからは殺気が感じられた。とても納得している風ではない。

「……分からない」
「なんだよ、それ。八つ当たりってやつか?」
「八つ当たり、なのだろうか?」

 ようやく引いたナルニッサは本人も当惑している様だった。

「獣の血が、前より強く感じられる……」
「本能が強くなり過ぎてんのか。最近カリンに付き合ってるから、芸事……理性を厚くする訓練が減ってるとか?」
「いや、それは早々に感じていたので逆に多く時間は取っている。時間が足りず睡眠を削ったらカリン様に……叱られた」

 頬を染めて気まずそうに片手で顔を覆う姿は妙な色気を醸していて、恋でもしている様な表情だ。

「まさか、獣に戻りすぎて発情期が来たとかはねーよな?」
「それは有り得ぬ」

 索冥が人化して現れた。

「ナルニッサの始祖に発情期は在らぬ。ゆえにナルニッサにも無い」
「にしても、情緒不安定過ぎじゃね?」
「それに心当たりは無くは無いが、こればかりはナルニッサの問題。我もアッサムも手出しできぬ」

 扇子を口元に当ててはいるが、索冥の声には笑が含まれていた。

「そう言う事だ。私の問題は気にするな」
「いや、俺らの生活に実害が……」
「仕方ない。我が一族の秘蔵写真を詫びに譲渡しよう」
「いらねぇよ」

 いつになったら、俺がお前ら一族の色香に惑わないと理解するのか。
 ぐらっとナルニッサがふらついた。

「どうやら互いに限界の様だ」
「まぁ、スッキリしたぜ。付き合ってくれて、さんきゅ」
「……これくらい大した事無い。気分が塞いでいる自覚があるなら、声をかけろ」
「そうさせてもらう」

 ナルニッサと索冥に再び礼を言って、先に部屋に上がらせてもらった。部屋に戻ってシャワーを浴びると、前回リズの結婚式に出た時を思い出した。

「あん時は俺が部屋に篭ってから、リオンがナルニッサを拉致ってきたんだよな」

 夜中にも関わらず叩き起こされ明け方までやり合った。そして、助けられたのだ。

 だが、あの時と違い今回は気力は萎えた感覚は無かった。
 不思議な事に前回感じた空洞感は、今回はない。ただ、カリンに触れられた手がずっと熱を持った様な不思議な感覚がして、気分も落ち着かず堪らなかった。

 ナルニッサがいてくれて良かった。帰った時のままの気持ちでは、仮面の姫とは会えなかった。やはり、助けられている。

 用意されていた食事を少し摘むと、体は食事を欲していた事がわかった。時計を見ると、意外と時間は経っていなかった。
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