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「しーちゃん、これやるわ」

 夏樹は前触れなく従姉妹の自宅兼事務所にダンボールを一箱持って来た。彼の従姉妹である山本椎子はその中を覗いて目眩がした。

「これ、ナツが集めてたアニメキャラグッズじゃん。要らないよ。こんなの。フリマに出すか……捨てたら?」

 箱いっぱいに入っていたのは国民的アニメちびはるこちゃんの主人公のぬいぐるみやらキーホルダーなど。それを夏樹がこっそり集めていた事を椎子は知っていた。

「あかんて、俺の念こもってるかも知れへんやん」
「じゃあうちじゃ無くてだんだんに有料で引き取ってもらえ」

 だんだん、山田美衣子は椎子の友人で神霊現象関連の仕事をしている。椎子はあまりよく分からないが、美衣子も夏樹も霊力が強いらしい。椎子は仕事上の経験と長い友人関係から彼女達が嘘を言ってないと確信はしていた。

「まぁ、せやな」

 あっさりと引き下がった夏樹に椎子はコーヒーを淹れさせた。夏樹は器用で、料理も飲み物を入れるのも美味しくソツなくこなす。ただし、自分のためだけに手間をかけるのは好きじゃないらしい。それから、現在彼は椎子に大きな借りがあるため彼女に逆らうことはできなかった。

「で、なんでソレ手放す気になったの?飾りもせず大事そうにしまってたじゃん?他に収集するもんでもできたの?」
「……別に集めてたつもりあらへんかってんけどな。こういうタイプの顔のもんはつい大事にしてまうねん。せやけど、大の大人の……男の部屋にこんなんあったら引くやろ?」

 そこまでこのタイプの顔が好きか、と椎子は呆れた。出されたコーヒーは甘みもミルクの量も、ついでに温度まで椎子好みジャストだ。夏樹の頭の中はどういう構造になっているのか椎子には理解しがたい。

「そういう顔が好きなのは結構だけどね、しーまんはそんなんあったって別に引いたらしないと思うけど?てゆーか、部屋に呼ぶの?」
「鍵渡した」
「はぁあ?」

 コーヒーを吹き出して椎子は慌てて台拭きで周りを拭いた。この事務所で唯一の貴重品である革張りのソファーにシミがついては敵わない。

「あんた、あの、億ションの、部屋の鍵を渡したの?部屋にも呼んだ事ない人間に?あんな貴重品とっちらかしてる部屋の?」
「いつこられてもええように掃除はしたで?」
「そういう問題じゃないっしょ?!」

 椎子は夏樹の部屋に入った事がある。彼の部屋は家具は多くはないが全て質がよく、ついでに身につける高級品は普通にそこらへんに置いていた。

「そりゃ、しーまんは盗人じゃないけどさぁ。こんなキャラグッズがあるより、そっちの方が引くでしょ、普通」
「つい、な」
「馬鹿だ。あんたは馬鹿だ」
「えいこサン絡むとあかんねん。知っとるやろ?」

 従兄弟はえいこが絡むとぶっ飛んでいる事を椎子はよくよく知っていた。そもそも、自分の中学の卒業式に暇だからとやってきた夏樹がえいこに一目惚れした。ズドンと恋に落ちて見惚れた結果、自失してしまい初恋の相手を見失ったのだ。椎子は偶然その一部始終を見ていたが、あんなに分かりやすく瞳孔が開くものかと衝撃を受けた。
 えいこが学校で神隠しに遭い、公開捜査になった段階で夏樹はえいこが行方不明になった事を知った。そして、同じ学校に通っている従姉妹に鬼電し、色んな情報を集めまくっていた事もよく知っている。少し怖くなった椎子は、えいこが帰った際には夏樹が接触しないようにそれとなくガードもしていた。
 表面上夏樹はえいこの事を気にしなくなったので、ここまで壊れるとは思わず仕事先として紹介したわけだが……椎子は失敗したかなと少し反省した。

「まぁ、しーまん傷つけなきゃなんでもいいけどね。ついでに、はい。仕事の依頼。だんだんから」

 美衣子からの依頼はとある特殊な結婚式に出る事だった。新婦のイトコ夫婦、として。

「前とおんなじタイプやな。ええけど、夫婦って俺としーちゃん?」
「いんや、しーまんとでお願い。私も現場で違うお仕事やってるから」
「えいこサンと?いや、せやけど……」
「仕事、仕事。いいじゃん、しーまんの着飾った姿見れるんだし。だいたい、だんだんの依頼、今は断れないっしょ?」

 えいこを夏樹に紹介したのは、椎子と美衣子だ。そのせいで夏樹は二人に頭が上がらない。けれど、「そうです」と言った彼は明らかに違う事を考えて顔を赤らめていた。

 結婚式の仕事の件はすぐにえいこに伝えられた。

「私が店長の奥さん役、ですか」
「ん、ほんで新婦の身内役や。ちょっとトラブルが起きるかも知れへんから、念のために潜り込んどいて欲しいにゃと。頼めるか?」
「お仕事なんですね?もちろんですけど、そのうち、ちゃんと私達のお仕事内容教えてくださいね?」
「せやなー。でも、とりあえずえいこサンの今のお仕事は俺のケアかなぁ」

 また、話を逸らされたとえいこは思った。彼女は夏樹が紅茶もちゃんと淹れられないと言っているのが嘘だと分かっていた。確かに夏樹が紅茶を淹れると濃かったり薄かったりする。けれど、きちんと沸騰した湯を使ったり、ポットを温めたりと本当に慣れていない人が気づかないような点は押さえている。茶葉の量だけあえて間違えているとしか思えなかった。
 そうやってできないアピールをするのは、私の仕事を奪わないためか、それとも……

 結婚式の当日の支度は事務所でやった。夏樹の妻の役である。少し大人っぽく仕上げたかったし、親は結婚式に出るなんて言うと、良い相手を見つけてきて欲しいらしく、あれやこれやと手も口も出したがる。
 服やアクセサリー類は仕事という事で夏樹が用意してくれていた。可愛すぎず地味すぎず、自分の肌に似合う色合いだ。
 気合いを入れた割に出来上がりは微妙だった。美人ちゃ美人。だけど、元々黒目が小さいのにアイプチで二重にしたところ見事な三白眼になった。自分でもびっくりな迫力がある。着物を着たら極妻か。

「おっと、えいこサン?」

 予定の時間よりだいぶ早く事務所に来た夏樹はスリーピースのネイビースーツを無難に着こなしていた。自身が目を引くことを知っていて、あえて抑えているがモデルばりの体躯にあの顔である。思わずえいこは見惚れてしまった。しかし、一瞬で我に帰る。この人の横に極妻崩れは忍びない。

「す、すみません。あの、店長の奥さんっぽくなれるように頑張ったんですけどっ」

 幸いまだ時間はある、一度落として普段のメイクの方がマシだろうとえいこは思った。

「……かわいいで?せやけど、いつもの方がもっとかわいいな」
「すみません。すぐ直します」

 顔を洗って、いざ直そうとすると目の前に夏樹が座った。

「なぁ、俺やってもええか?」

 えいこはすっぴんを真正面から見られて、ちょっと死にたくなったが、夏樹の顔が真面目だったのでお願いすることにした。

「目、上見て」
「はい」

 下地から順番に問題なく夏樹はえいこに化粧を施し、アイメイクも難なくやってのけた。
 触れられるのも、顔が近づくのも心臓が壊れるかと思うほどドキドキしたが、永遠に続けばいいなと思ったその時間は長くはなかった。
 出来上がった顔にえいこは驚いた。元々の自分の顔だ。だけど、そこはかとなくちゃんとした感がある。清楚で清潔、だけど華やかな雰囲気がなぜが感じられて服に合わせると落ち着きも感じられる女の人か鏡に映った。これなら、若すぎると言う感じはしない。

「凄い……です。ありがとうございます」
「素材がええとやりがいあるな」

 そう言って仕上げと言わんばかりに左手の薬指に指輪がはめられた。

「抵抗あるかも知れへんけど、今日は俺の嫁さんやから」
「店長……」
「ナツ、な?あと、敬語も無しや」
「は……うん。分かった。ナツ」

 そのお嫁さん扱いは正しくはお姫様扱いだった。会場に行くまでもエスコートされ、えいこは自分が参加するのは実はものすごい旧家の結婚式ではないかと戦々恐々したほどだ。
 しかし、ついたのは普通にホテルだった。そのままウエディングホールの控え室に直行した。
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