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 雨情は魔石の案内を終えた後、アッシャーやリオネット様を連れて物資を運んでくれた。気がつけば、確かにここはもう拠点。

 「何をやってんだ」と言うアッシャー達を雨情が診療室の裏の部屋に連れて行った。諸事情により、患者様が絶対立ち入り禁止になってる区域。うさぎ3にガーゼが足りないと言われて、私もその部屋に失礼する。

『これは……酷い。腕を失ったのはいつですか?』
『3年前です。農作業中に倒れてきた農具に挟まれて』
『こちらの病院の白魔道士は?』
『病院なんて、我々には!診療所で腐らないよう手当と痛みは止めてもらいました』
『信じられないですね。民は貴族の宝。すぐに処置すれば失う必要は無かった。……すみません、再生する事はできません。手と同じように動く義手で許していただけますか?失ってそのままという例を知りませんでした。いつか再生する様な技術を、……探し出してみせます』

 迫真の演技で、リオネット様は涙ぐんでる。しかし、その後にペラペラ義手の多機能性を語り始めて台無し。
 絶対義手の方が便利だと思ってるでしょ、リオネット様。と思ったのは見ている私達だけらしく、診察を受けていた患者さんは泣いて喜んで跪いていた。

『そんな、膝をつくなど。貴族の勤めを果たしているだけですから』

 まだやるか。一緒に膝をついて立ち上がらせる。

「まぁ、この辺で。手術シーンは見ん方がええ。患者さんらも後でそこだけ記憶落とさせるし」

 直後断末魔の様な悲鳴がこだました。

「診療室とここ以外はぐるっと防音魔法も透視不可もかけてあんねん」

 私が外でうさぎと働いている間にそんな事に。おっと、ガーゼのストック忘れちゃダメダメ。

 流石にここでの作業にアッシャー達はいなくて大丈夫だなーと思っていたら、騒ぎを聞きつけたお役人さんが現れた。

 やれ届出がどうたら、治安がああたら。
 でもよくよく聞くと、グレーだけど禁止でも無いみたい。要はいちゃもん。
 これでリオネット様を呼ぶのはちょっとな、困ったな。と思っていたら、ナルさん達が出てきた。

「ごめん、ナルさん、助けて」

 パッとナルさんの表情が輝く。おや?
 お役人さんはナルさんの色香にやられて言いくるめられて、回れ右。後十分来るの遅かったね。残念。

 ナルさんにお礼を言うと、彼は感涙した。なんか、ちょっと情緒不安定じゃ無いか?

「ナルさん、どうしたの?」
「いえ、我が君に触れる価値も無くなった自分には光栄すぎて……」

 へ?

「ナルさん……、もしかして婚約者が出来たから?ナルさんの一番が他に出来ても、私はナルさんを頼りにしてるし有り難く思ってる。関係は変わらないよ。でも、もし、私から離れたくなったらそう言ってね」
「まさか!あり得ません」
「戸惑ってるのかもしれないけど、信頼や忠誠と恋愛の情は一致しないよ。ただ、グーテン様の気持ちも分かるから、あまり二人で親しくし過ぎるのはダメだと思ってる。婚約者の方を1番に想ってあげてね」
「……カリン様は、私を信頼されていますか?」
「もちろん」
「もし、いつか、お子ができたら、私や私の子供がお仕えする事も?」
「本当にそれが望みならありだけど、できたらフラットに付き合いたいかな……?」

 ナルさんは膝をついて頭を深く下げた。

「承知いたしました」

 最近またナルさんが分からなくなってきた気がする……。

 てんやわんやで、夜遅くに引き上げての翌朝。

 アッシャーに、今日もロイヤルグレイス公への面会のお願いに行くのかを問われて「え?行きませんよ?いそがしいですから」と笑顔でお答えのリオネット様。

 ウッキウキで病院にご出勤。私付きです。
 昨日より患者様は増えたけれど、昨日ほどの混乱は無い。どこからか聞きつけてきた商人達が現れて、幅を利かせようとすると雨情が拘束するし、リオネット様は「商人だから受けない訳ではありません。並んでください」と言って順番さえ守れば治してくれるしで、両方向から大人気。

 本日の私の仕事はファンクラブ入会手続きでした。

 更に翌日、朝からロイヤルグレイス公の使いの方が『面会のお許し』を言いにきた。

「すみません。あいにく体調が優れないので、また後日」

 リオネット様は顔色良くにこやかにお断りをして、宿屋の窓から私を抱えて診療所にご出勤。

 アッシャー達は機械を配ったりなんなりしているらしい。彼らにもらった入会のお届けを、病院で私が受け取る怪。

 一回だけ荷物運びに雨情と一緒に昼間の街を歩いたけれど、来た時と比べて明らかに活気が出ていた。そして、溢れるグッズ達。全身コーデネートの猛者までいる。

 そんなこんなでとうとう、ロイヤルグレイス公ご本人がリオネット様に面会を申し込んできた。

「流石に断りはしませんよ」

 ホテルの寝室一つは改造されて応接室になっていたので、そのままお通し。この地域で作られる最高級の応接セットでお出迎え。ロイヤルグレイス公は顔を真っ赤にしていながらも笑顔は一応張り付けてはいらっしゃった。

「貴公は他人の領地の宿に勝手に自らの応接間を作らせるとはどういう了見か」
「いえ、必要ですねとお話したら宿の方がしつらえてくださいました。皆様のご好意です」
「この応接セットは東の森の一本木から作られた物では?」
「ええ、必要ですねとお話したら、街の方がご用意してくださいました。皆様のご好意です」
「まぁ、都の細工の見事なものとら比べると田舎臭い……」
「そうですか?こちらの職人の方は腕だけで無く、目利きも良い。この美しい木目を生かす最高の技術だと思いますよ。長年陛下のお側に控えさせていただいている私からすると」

 全ての苦情も嫌味も笑顔で打ち返しすリオネット様は絶好調だ。

「……こ、此度の用件は?」
「女王陛下の命で森への出入りの許可を取りに参りました。ついでに、それに伴う街への滞在許可も」
「街の滞在許可の方は聞いておらぬが?」
「こんな酷い治世とは思っておりませんでした。民は宝です。貴族は民を守るもの。ロイヤルグレイス公への越権行為にならぬ程度、お役に立ちたいと思いまして」
「ならない!民を甘やかす事はイタズラに民を堕落させる事!無駄な力を民が持つ事は怨嗟を呼ぶ事として、女王陛下も好まれない筈だ!」
「……それは確かに一理ありますね。失礼、我々が出過ぎました。森への滞在のための買い出し等のためだけの滞在は?」
「……許可する」
「ありがたき幸せ。女王陛下には、到着二日目に、未だ面会ならずとお知らせしたのみですから、ご安心ください」
「うむ」

 ロイヤルグレイス公は勝った!という顔で帰っていった。

「と言うわけで、これから私は皆様の治療ができません。お手伝いも禁止されました。申し訳ありませんが、私達を待っている方々にすみませんとお伝え願えますか?我々は最早、お知らせする事もできません」

 心の奥底から申し訳ないと言う表情で、応接間の横の部屋にいた人々、宿の支配人やら街々の有力者、ファンクラブ会長そして、ナルさんのインタビューにきていた有力紙の記者に向かってリオネット様は謝罪した。

 宿の支配人には、素晴らしい宿だと言う事を公にお伝えするため、すぐに呼ばれるのではないか、と。
街々の有力者には、今後の手伝いと具体的に街で困っている事を直接公に伝えるために、と。
 ファンクラブとインタビューはそのままの理由で隣の部屋にリオネット様が集めていたのだった。

 もちろん応接間の部屋の話は盗聴してスピーカーで大きくして隣の部屋に流していました。

 全員お帰りいただいて、リオネット様は上機嫌。

「あの、これからどうするんですか?」
「カリンの兄君に会いに森に行きます」
「兄様に?どう言う事ですか?」
「あそこの結界ならば、ようやくご説明できる。それまでお待ちください」

 他の皆にも特に驚きは無かった。むしろ、予定通りという感じで荷造り等も済ませられている。

「前後したが、概ね予定通りだな」
「一旦森に行くより、早かったのでは無いか?」
「ある意味、ロイヤルグレイス公のおかげちゃいます?」
「え、ニイサマに会えるの?わぁい!あ、でも、家出したの怒られるかも?それはヤダ……」

 アンズはプチパニックなので、知らなかったな。

「アンズはカリンの影に入ってください。あそこは今、影に潜めない強い魔力の奴の乗り入れが制限されているとの事です」

 地蔵の様に固まったアンズを影に放り込むと、リオネット様は私を騎獣の前に乗せた。
 サラリとやってのけたけど、アンズの扱いが私より手慣れていませんか?

 森に近づくと、体に馴染む魔力の香りが感じられた。懐かしい、という感覚。

 入口にはもう数ヶ月くらい姿を見ていなかった索冥が立っていた。その辺りだけハッキリ見えて、その周辺はぼんやりと認識が出来ない。ここが入口だ。

「索冥、ご苦労」
「ナルニッサも成長したか、なにより」
「……いつまでもお前無しではいられまい」

 索冥はふっと笑むと、私に視線を移した。

「久しいの、カリン様。森の王の代理は奥にて待ち侘びておる」
「森の王の代理って」
「おもとの義兄君じゃ。ついて参れ」

 索冥の先導で私達はまた駆ける。少しでも離れると、索冥の姿がぼやける。多分、逸れた森の外に出てしまう。

 ぽんっと明るい場所に出た。懐かしい場所だ。小さな仔達は皆、知らない仔ばかりで、大きな仔は面影が残っている。
 その中央で相変わらず無表情に近い、それでも良く見れば分かる笑顔。

「兄様!」
「おかえり、カリン。皆もご苦労」
「念のため言うておくが、こやつに敬語や礼儀は求めるでない。森で人と隔絶して時が永い」

 索冥にフォローされる兄様って、いったい……。

「カリンは……、あまり大きくはなら無いんだな、獣と違って」
「兄様もお変わり無くて、良かった。私は間に合いましたか?」
「間に合った。俺を止めに来たのだろう?」
「はい。『動物達への怨嗟の元を断つために行動する』『危険だからお前は帰れ』、それだけじゃ分からなかった。あちらに帰ってから、こちらの単語の意味が『玉砕』『総力戦』だと気がついたので止めに来ました」
「……お前を送り出した後、未だ敵は現れてはいない。そして、お前がリオネット達との縁を結んでくれた。その未来は変わった。お前のおかげだ」
「リオネット様達との縁、ですか?」
「本当に、お前は不思議だ。予定調和というのだろうか。ルシファーの一族を従えるとは」

 ルシファーって……誰?
 
「まずはカリン様に我がルシファーの一族の話をしましょう」

 そう言えば、以前ナルさんがそんな事を言っていた様な気がする。

「我が君、私の祖、ルシファーは瑞獣であった。獣だったのです」
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