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君の名は

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 私は現場を見ていないが、リオネット様は現場を見た。それにしても言葉の淡々とした調子と、血を見て起こした貧血って感じでも無い酷い症状は明らかにおかしい。

「リオネット様、もしかして……」
「違います。私は魔力が強く怨嗟には絶対にかかり得ません。これは……白魔道士の加護によるもの、です」

 カウチにリオネット様は横になった。私は彼の指示に従って準備されていた飲み物やら薬やらを手元に運ぶ。

「加護ですか?」
「ええ、白魔道士の加護は能力上昇だけで無く、人間の血で病む様になります」
「血?」
「怪我を治す時などは大丈夫なのですが、人の死や怪我を受けている所に遭遇すると、体調を崩します。それも能力の高さに比例して。場外乱闘はあり得たので、この様な部屋を準備はしていました」
「……加護にそんな効果もあるなんて」
「人を癒す力さえ、過剰な力は人を傷つける事もできます。先程の無頼漢の様な者と組んで最高の白魔法をかければどうなるか事か。逆に人を傷つけるためには白魔道士は役に立たないと知られているので、悪用をされずにすむ利点があります」

 確かにこのドSなリオネット様なら何かやりかねない……。

「カリン、何か?」
「いえ、えっと勇者の加護にもその様な事って有るんですか?」
「勇者の加護自体は特に。ただ、勇者と確定すれば召喚に寄らないアッサムの様な者でも、聖女の加護により勇者は聖女に恋に落ちます」
「は?こい?!」
「正しくは身を挺して守りたくなるほどの思慕の情だそうです。実際、過去のパーティー、でも、勇者と聖女は帰還後ご結婚される例ばかりの様です。ちなみに黒魔道士の加護は人への直接攻撃がその攻撃力によってセーブされます。髪を焦がす程度は人間に対してできますが、マルコゲにはできません」

 思慕の情……。それで義理の妹はそんな事を考えたのが。

「パーティーは帰還してるのに、今まで魔王は倒せて無い……?」
「ええ、力を削ぐ程度までしか過去の者達は成功していません。帰還できずに力尽きた者達ももちろんいます。今の時代では勇者となるアッシャーがすでに居ますので、だからこそ私達はあなたに勇者になる事も本物のパーティーに加わっていただく事も望んでいません。大丈夫。私達があなたを兄君の元へ連れて行って差し上げますから」

 優しく頭を撫でられて、穏やかに見つめられて、なんだかよくわからない居た堪れなさを私は感じた。

 なんだかんだ言って、アンズが現れた時も今もリオネット様は私を守ろうとしてくれている。生活に困ってないし、私を鍛えたのだってこんな場所ならその方が安全ってのも有ると思う。同郷のよしみにしては甘え過ぎな感じも……。

「この辺りで兄弟愛のテーマも良いですね」
「……リオネット様。脳内の声が漏れてますよ」

 前言撤回。また市中に何か噂話をばら撒く気だな。この人。

「おや、そうでしたか。さて、私は回復しましたし、現場も清められた事でしょう。一仕事してきますね、折角なので皆で帰りましょう。待合で待っている様に。可愛い弟よ」

 チョンチョンと私の頭を今度はペットでも撫でる様にして、軽やかにリオネット様は部屋を出て行った。体調が回復されたのは良かったんですけど、ねぇ。

 気を取り直して、移動する。控え室には流石にもう人は残っていないだろうし、少し仮眠でもとりたい。この部屋のカウチで今仮眠したら起きる自信が無い。アッサム様に馬鹿にされる程度ならいざ知らず、今ならリオネット様が嬉々としてお姫様抱っこして帰りそう。

 しかし、部屋にはナルさんがいらっしゃいました。

 仕返しの闇討ち……な訳ないよね。

「先程の試合は見事だった。……貴殿に確認したい事がある」
「はい?なんでしょう?」

 窓際で外を見る様に立っていた彼は、ノールックで問いかけた。私を待ってたの?来るとも限らないし、もし他人だったら恥ずかしいよ?

「あの水蒸気と細氷の虹の幕は中の目隠しであったか?」

 虹?太陽が丁度出ていたのかな?

「はい」
「次兄殿の状態異常を感じて?」
「ええ」
「次兄殿の失態を隠した後、高度な魔術で縛った……。そのまま、得物で貫く事も可能であっただろう?あの怨嗟では、奴の普段の打ち込みは出来ないはずだった」

 本調子の打ち込みなんてされた事ありません。が、

「打とうと思えば打てたかもしれません。それでも勝てた気はしないですけど……」
「何故打たなかった?公平性からか?」

 こちらに振り向いたナルさんは視線を私に刺すように投げた。え、何、こわい。若干瞳孔開いてません?

「公平と言うか、あの時私からは外にアッサム様の異常が伝わってるか分かりませんでした。かと言って、倒して止める事も難しかった。もしかしたら出来たのかもしれないけど、可能性は低かった。それで、そのまま私が負けちゃうと、結界が消えた時にアッサム様が解き放たれてしまう。そうなると誰かを傷つけるかもしれないと思って」

 実際は手のひらコロコロリオネット様がなんとかしてくれたんだろうけど、あの時は何がなんでも止めなくてはと思った。アッサム様は苦しそうで、そしてそのまま誰かを傷つけたりでもしたら絶対落ち込む。そんな人だ。

 ナルさんはまた、かっと目を見開いた。ほんと、怖いよ、なんなのこの人。

「……御事おんことの名を、教えてくれまいか?」

 おんこと?名前聞いてるのかな?さっき名乗ったよね?
 もしかして、養子になる前の名前とか?

「山里花梨」

「カリン、様。我が主人の名はヤマザト、カリン、様」
「は?」

 唐突にうっとりとした表情になったナルさんは聞き捨てならない事を呟いた。

「あの、ナル……さん?」

 ゴタゴタで、ナルさんの本名ぶっ飛んだわ。ちょっと語尾を有耶無耶にして誤魔化す。

なれとお呼びください」
「ナレ?」

 ナルじゃなくて?

「はい、お呼びですか、主人様」

 胸に手を当てにこやかに応じてくる。ちょっと待て。

「あの、どうしちゃったんですか、急に?」
「はい!お待たせしました!帰りましょう!」

 入口に立っていた私は、有無を言う間も無くリオネット様に引っ掴まれた。そして、すごい速さでナルさんから遠ざかっていく……。

「いやぁ、もう、なんて言うか、流石カリン、ですねー」

 小脇に抱えられて私はリオネット様のため息混じりの声を聞いた。
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