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72-2 まち針カミソリ時々結晶2

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私がこちらに来てから四ヶ月が過ぎようとしていたある日の昼食。
一人食卓についた私にふかふかの暖かいパンが出された。
「…食べちゃダメです。」
けれども、それを運んできたソフィーさんは小さな声で警告する。
え?と思ったけど、彼女はいつもの様に戻っていく。そりゃあ、前菜のサラダが出てくるまで手なんかつけないけどわざわざ警告したと言う事は、違う意味?
「食事中失礼するよ。」
困惑している私の前にキュラスとヒノトが現れた。
「最近時間が取れなくてごめんね。埋め合わせに食事の後に僕の部屋で少しゆっくりしない?」
給仕にパンとスープを頼んで、キュラスは私の斜め向かいに座った。ん?作法的に色々アウトなんじゃないの?ヒノトは壁際に待機している。
「大丈夫。今日はアニーが休みだから叱られないよ。」
なんて事なさそうに彼がそう言うのから察するに、日頃の厳しい食事のルールはアニーさんの指示らしい。部外者がいない時はもっと緩いのかな。キュラスはゲームの作中で15歳の成人を迎えるはずだから今はまだ子供扱いでオッケーなのかもしれないけど。…今14歳かぁ、それにしては老けてんな、キュラス。女性を手玉にとる中学生の同級生なんていなかったよ、秋穂もえいこも。
ついでにフランクで良いなら、壁際の御付きの方も座らせたらどうかしら?
「ありがとうございます。主人からもキュラス様のお時間のある時にお渡しするよう文が届いた所でございます。」
「一体どんな文なんだろうね。」
キュラスが私の言葉に適度に合わせてくれている所へ今度はサラダが運ばれた。流石にキュラスの前だからソフィーさんは何も言わないけれど、サラダにフレンチっぽいドレッシングがかかっている。いつもなら砂糖か練乳なのに。これは、サラダも食べてはいけない感じ?
「どうしたの?食べていいよ?」
キュラスは勧めてくれる、が。
「えーっと、一人だけで食べるのはちょっと。」
「あれ?そんな慎み深かったっけ?」
クスクス笑われたけど、それどころじゃない。キュラスにスープが運ばれたら私が食べない理由が無くなる。突然の腹痛とか?そもそも食べちゃダメなのは毒か何かかな?じゃあ、ほんの少し舐めて確認とか?ダメだ、青酸カリ級なら一発アウトだ。

「失礼いたします。」
考えているうちに私とキュラスの前にスープ皿が出された。そして、中を見て驚く。私がフォークを使って引き上げたのは、
20センチはあろうかという濃緑色の長い髪の束。
「なにそれ、まさかと思うけど髪の毛?」
キュラスが眉根を寄せている。いつも通り対面の一番端同士で座っていたら野菜かパスタに見えたかもしれないけれど、この距離では分からないはずはない。
「その色、さっきのメイドか。」
小さく呟くキュラスも余りに大胆な手口に呆れた声だ。
「失礼いたしました!」
ソバージュのメイドさんが慌ててやって来て、わたしのスープとサラダを回収する。
「待って!持っていかないで!」
持っていかれては困るので、こちらも慌てて静止する。
「ですが…」
「えいこの言う通りにして。」
渋るソバージュさんにキュラスが命令し、皿は再びテーブルに戻った。
「それから、ソフィーさんとディアナさんを呼んで来てください。」
キュラスは、何故か面白そうな顔をしている。壁際のヒノトは、無表情。ソフィーさんの名前を出したことにソバージュさんは驚いた顔をしていた。
ソバージュさんに連れられてやって来たソフィーさんは意外と落ち着いていた。ほぼ同時にディナさんも現れた。
「それで、どうするの?」
やっぱりキュラスは興味深そうに聞いて来た。
「この食事に髪の毛以外に何が入ってるか調べたいのですが。」
「ふうん。ヒノト、やってあげて。」
壁際に待機していたヒノトが特に感情も無く近づいて来た。鑑定系の魔法使えるのですか、あなた。まぁ、そんな魔法あるなら毒殺される可能性がある主人の僕なら習得するよね。
手と指をちゃちゃちゃっと動かしてから、皿に手を当てた。無表情だったヒノトがあからさまに嫌な顔になった。
「…どうやら、うちには魔人の客人に光の結晶を振る舞う阿呆な使用人がいるようです。」
ふーん。と思ったのは私だけだった。ソフィーさんは「そんな。」と絶句して震えていたし、ディナさんは表情が険しくなった。キュラスに至っては顔が白くなっている。
「光の結晶だって?」
キュラスの声が怒気を含んで震えている。これは怒りすぎて血の気が引いてるってやつだ。
「すぐに確認して参ります。」
ヒノトが出て行った。ヒノトはキュラスの護衛でもある。それが主人の側を離れると言うことはどうやら一大事らしい。
「えいこ、話聞かせてくれるね?」
一大事だからって、私にまでそんな冷たい声出さないで欲しい。美形の冷たい声はマジで冷たさを感じる。

部屋を移りまして、キュラスの私室の広い部屋。キュラスと私とディナさんとソフィーさん、それからゾイ将軍。将軍って言うと、戦じゃーって思ってたけど、なんだか警備の統括もやってるっぽい。警察と自衛隊と足した組織のようだ。
「えいこはなんで料理に結晶が入ってるって分かったの?」
「入ってるのが結晶とは知りませんでしたが、ソフィーさん、こちらのメイドさんが警告してくださったんです。」
未だ冷たい視線のままのキュラスに見られて、ソフィーさんは縮み上がってしまった。
「詳細は省きますけど、私とソフィーさんは実は友人なのです。今日の食事では、初めは口頭で警告してくれました。けれど、キュラス様が同席されたので、私が食べなくても良い理由を作ってくれたみたいです。彼女は主人の前で客人にそんな事すれば罰せられる事を知っていたのに、あえてそんな事をしたって言うことはよっぽどだと思って、料理に何かあると気づきました。」
険しい表情のまま、視線がソフィーさんにうつる。
「君は誰が何を入れたか知っていたの?」
問われてソフィーさんは必死に顔を振る。声は出ないらしい。
「ですので、しばらくソフィーさんを私共に預けて頂いても良いですか?」
「彼女が、犯人に危ない目に遭わされる可能性を考えておられるのですな。けれどいつまでもとは行きますまい。」
ゾイ将軍が軍での保護を申し出た。わたしがソフィーさんなら嬉しくない提案だ。
「彼女が自衛出来るくらいまでディナさんに鍛えて貰うのはどうでしょう?ディナさん、お願いできるかな?」
「私は問題ありません。」
ディナさんか答えると、ゾイ将軍は苦笑いした。
「ご冗談を!メイドが鍛錬を課すなど!」
ディナさんが私を見つめるので頷く。すると彼女は本来の姿に戻った。
「申し遅れましたが、私のクラスはメイド戦士でございます。常日頃は鍛錬のため、筋肉を抑える魔法を使用しております。」
一切の無駄がない鋼のような体躯を見て、将軍は絶句した。彼女は今でも暇があると体を鍛えている。
「あの時の女戦士?嘘でしょ。魔法そんなに連続でかけ続けるなんて…。」
「以前お会いしたのは、私の同僚でございます。」
ディナさんが美少女に戻る。
「ここまでにはならなくても、自衛出来るようになればいいから。大丈夫。ディナさんはとても良い先生だよ。」
キュラスの同意を得てから、ソフィーさんの事をディナさんにお願いした。
ソフィーさんは困惑気味ながら頷いてくれた。
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