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ウランエンド後

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 だんだんが私にマーキングした理由は分からないけれど、タイミングは分かる。多分要さんが許婚だという話の時だ。
 だんだんは……要さんの事をどう思っているのだろうか。ウランさんは身内には優しいタイプだった。要さんもそうなら、私と出会う前まではだんだんにもちゃんと優しかったはずだ。
 この世界まで来てくれた要さんに気持ちは返したい。だけど、それが返したいと思う心からでは意味が無いと思う。そこにだんだんの気持ちまで考えると、何が何だかわからなくなる。
 梅雨のせいで天気もパッとしないし、いつも以上にモヤモヤするのは気圧のせいかもしれない。

 ぼやーっと放課後になっても座席で考えていると、もっちゃんが息を切らせて飛び込んで来た。

「なんか、ヤバげ。しーまんも来て!」

 手を引かれて、祠のある方へ連れて行かれた。そこを曲がると祠が見える、という場所まで来てそこからは茂みに隠れながら近づく。どうやら祠の近くに誰かいるらしい。もっちゃんの指示とタイミングに合わせて進むと声が聞こえて来た。

「意味分かんないんだけどー?」
「貴女が原因だという事は分かっていますよ?」

 だんだんのイライラした声と要さんの少しバカにしたような冷たい声だ。なんじゃらほい。状況が分かるまではもっちゃんちの指示に従って身を潜める。

「山下さんに幻術をかけましたね?彼女の言動の不一致に、それから貴女のマーキングを確認しました」
「言動の不一致?そんなん知らない。だけど、マーキング確認したって?あんたこそ、しーまんに何したのよ?!」

 サワサワと茂みが揺れて、もっちゃんが揺らしてるのかと思った。けれど、もっちゃんは木と一体化したようになりながら、現場の方を見ていた。魔法じゃないよね?なのに、カメレオンだかアマガエルだかのように、木に馴染んでいる。
 このサワサワは風かな?

「何をしたかは貴女にお教えする必要さんはありません。そもそも、貴女の中から九尾さえいなくなれば諸問題は解決するので」
「諸問題ねぇー。わたしの力を横取りするのは諦めたんだねー」
「初めから当てにはしていませんよ」
「またまたぁー。要君が目的のために手段を選ばない冷血漢だってことぐらい知ってるしぃ?……あたしの代わり、見つけただけじゃん?」
「私の評価に異議はありませんが、えいこサンは貴女の代わりではありませんよ。私の目的そのものです。……つきましては、大人しく封じさせてもらえますか?」
「……は!笑止。稲荷の遣い風情が九尾に敵うとでも勘違いしたのかぇ?」

 だんだんの声がキンと高くなった。サワサワもザワザワになって、これは風ではなくて魔力的な何かのせいだと推測する。もっちゃんですら、少し震えているようだけど、私は何も感じない。どうやらこっちの世界でも私の器無しは健在のようだ。ドンっドンっという音も聞こえ始めた。なになになに?

 ザワザワしてるから大丈夫かな、と隠れている茂みの隙間から現場を除くと……

 おお。二人とも、耳も尻尾も生えてる!
 目は金色っぽいし、若干犬歯も伸びてるのか口元からチラチラと牙が覗く。だんだんの髪が風もなくたなびいてるのは魔力のせいだよね。
 
 一瞬うなぎ登りに上がったテンションだったが、だんだんが構えた後に発射された何かが私ともっちゃんの間を吹き飛ばしたのを見て急降下した。
 三十センチ……後三十センチ左にいたら一緒にチリになっていたかもしれなかった。

 私は自分の命が大事という感覚はあまり無い。そりゃ怪我とか死ぬのとかはそれなりには怖いけど。ただ、こちらに帰って来てからは、マリちゃんを産む体として大切にしていた。私にとって一番はマリちゃんだから。
 だけど、吹き飛んだ木の陰から見えた要さんと目があって、その隙を狙ってだんだんが再び構えたのを見て、私は無意識に要さんの前に飛び出していた。

「しーまん!?」

 何かは私に直接当たった。制服がボロリと分解して、その部分は少しだけ熱く感じた。

「えいこサン!」

 すぐに要さんが背広を脱いで私を包み、抱え込んだ。

「待って、身体!身体見せて!傷癒さないとっ!」

 だんだんの声を無視する要さんに大丈夫だからと言って、下ろしてもらう。それから、綺麗なままの身体を見せた。

「うそぉ」

 だんだんに真っ裸を隅々まで確認されたけれど、私の身体に異常は無い。器無し、万歳。可能性は感じてたけど、確信があった訳じゃ無かったけどね。

「……無機物を身につけて無くて良かった。ガラスや金属があれば破片が刺さっていたところです」

 呆然としているだんだんからそっと引き剥がされて、また背広で包まれる。なんだか、あの日を思い出すな。ノンワイヤーブラ万歳。
 
「じぃーばぁーん。ごべーん。なんも無くて良かっだー」

 へたり込んで、おいおい泣くだんだんに、私を離そうとしない要さん。そこにジャージ等ワンセット持ったもっちゃんが間に入ってきた。どこから出したの?

「まぁ、ご両人。落ち着いて話し合いましょうか?あ、しーまんこれ着ていいよ」
「話すことはありません。九尾がえいこサンを傷つけようとした。それだけです」
「いやいや、だんだんは理事に攻撃しただけじゃん。そもそも、理事の方が先に手を出したの見てたし?」
「何があったのか、私も聞きたい」

 制服を着ながら私も主張する。絶対的被害者だから意見も強かろう。ところで、もっちゃんの持ってきてくれた下着は何故ジャストサイズなんだろうか。

「……えいこサンに九尾が幻術をかけていました」
「あ、あたし、そんなんしてないしー」
「幻術ってどんな?」

 もっちゃんの問いに要さんが私を見る。何かプライバシー的な事をを気にしているのかも知らないが、私も聞きたいから続きを促す。

「えいこサンに恋しい方がいる、という幻術です。彼女には例え十年離れていても想うほどの相手がいたはずですが、いくら調べてもそんな人はいませんでした」

 だんだんももっちゃんも、ついでに私もみんなで目が点になった。

「えいこサンの周りを調べても、その可能性がある人はいない。だから、何かしらの術をかけられているはずです。えいこサンからは特別な力を感じます。恐らくそれを狙ったのでしょう……貴女に想う方がいたのは間違いない事ですから」

 ……私のせいでした。特別な力ってあれか。秋穂時代にかけらた契約の呪い的なやつか。
 さらに運悪く、ウランさんが私を所有している時に、 私の閉じ込めた想いも伝わっていたらしい。一志の事、伝ってたんだ……。

『しーまんからそんな話聞いたことないよね?』
『てか、しーまんの周りそこまで調べたの?』
『むしろ、理事が幻術かかってるんじゃね?』

 目は口ほどに物を言い。そんな声が聞こえそうな視線が要さんに突き刺さる。

「ごめん、その話、誤解があるの」
「誤解?」
「私がその話をしたのは……前世で失恋した事を思い出したばかりだったの。その、貴方が記憶を思い出したみたいに」
「それは……お相手というのは……」
「はい、前世好きだった人です。なので、どうあがいても会えません」

 要さんが白くなって、額に手を当てている。ごめん。マジでごめん。今回は私が悪いと思ってる。皆の前でOTZを披露させるのは忍びないので手を貸そうとすると、くるりと手を引かれて抱きしめられた。状況悪化。

「……じゃあ、美衣子さんは何故えいこサンにマーキングを?」
「そんなの、許婚いるの黙って気を持たせるような事する悪い男から友達守るために決まってるじゃん。要君、利益追求ならなんでもするし、失踪の件片付けるためにあんな車まで買うなんて、絶対やばいこと企んでんでしょ?だから、私への追求辞めたんでしょ?しーまんの守護霊獣の狛ねずみの価値だって、狐の血が濃い要さん君なら分かるだろうし……」

 狛ねずみ……?もしや、マリちゃん?

「ごめん。実は、だんだん達にも黙ってた事があってね?失踪事件の真相、私も彼も知ってるの」
「へ?あ、いや、どうぞ続きを」

 もっちゃんは驚きの声を上げて、だんだんも怪訝そうな顔をしていた。
 要さんに「いいよね」と確認を取って、私は長い話を掻い摘んで話す。時々要さんも補足してくれた。

「ごめんね。信じてもらえないと思って言わなかったの」
「まさか美衣子さんがそこまで友情に厚いとは思っていませんでした。申し訳ありません。少し理性を失っていました」

 説明し終えてもまだ戸惑っている要さんに、だんだんは首を振った。

「ううん。あたしもちょっとテンパってたし、しーまんに自分の事とか内緒にしてたし、あたしも悪いとかあったんだと思う。でも、しーまんほどのレイ感の人って本当に貴重なの。友達になれて嬉しかったから、守んなきゃって。でも、そうか。要君、ちゃん人を好きになれたんだ……」
「レイ感?」
「えーっと、私は霊感とか分かんないけど、だんだんって何となく只者じゃない感があるんだ。多分その霊感とか魔力とかそんなんのせいなんだろうけど、取っつきにくいって疎遠にされやすいんだよ。まぁ、お互い普通は信じらんない事ばっかだしね!ちな、私は気にしてないし、今知れたから大丈夫だよ!私もちょっと変わった家業あるから気持ちわかるし!」

 私はもっちゃんちの家業が忍でも驚かない。むしろ、忍じゃなかったら驚く。

 魔力、この世界でいう霊力に全く影響を受けないタイプの人間はとても貴重らしい。霊力無効なのに、秋穂時代の呪いの力を纏い、おまけにマリちゃんの加護がを持つ私は、その道の、主に狐の一族にとっては特別だったようです。

「で、お二人さんはこれからどうすんの?まずは理事とだんだんの許婚の件なんとかするっしょ?」

 もっちゃんは、未だに私を離そうとしない要さんにちょっと呆れたように聞いた。

「そちらは解決の目処が立っています。先日うちの当主にえいこサンを紹介し、許可は取ってありますので」

 許可?何の?知らないですよ?

「許可って?」
「私自身の異世界の記憶については当主に通してあります。今の私は異世界の能力を使えば、美衣子さんが暴走したとしても抑える事は出来ますし、そもそも後五年で恐らく九尾の――あの暴走じみた事はできなくなるはずなんですよ。今の美衣子さんの様子を見る限り、私が理事のまま万一に備えれば問題ありませんね?」
「あたし、要さん君に負ける気は無いんですけど?」
「まぁ、そこは話し合いでは平行になるでしょうが、こちらには貴女の力が無効なえいこサンもいますしね。心強いお友達もストッパーになってくれるでしよう?」

 「そりゃ、まぁ、ね」ともっちゃんを見ながら、だんだんも同意した。

「なので、実質的に婚約解消は問題ありません。ただ、一族には口煩い者達もいるので、念のための保険も提示します」
「保険って何?」

 要さんは答えずに、ひょいっと私を抱きあげた。

「さて、と言うわけで美衣子さん。山本さんへの説明は頼みますね」
「要君、やっぱり目的のためには手段選ばないじゃん……」
「ええ、これに関しては余裕が無いもので」

 「え?え?」となっているもっちゃんをだんだんは引き留めているし、私も「え?え?」となりながら、要さんにどこかに運ばれる。

「やはり基本的には私に理事職は向いてないんですよねぇ」
「いや、ちょっと、どこ行くの?」

 要さんの車に乗せられて、雨は降り始めた。また、このパターン?
 しばらく走らせて、案の定、以前車を止めた辺りで大雨が降った。

「梅雨はいいですね。雲が切らる心配が無くて」
「周囲の人にはいい迷惑だと思います」
「地盤も治水もしっかりしてる場所は選んでいますよ?」

 私の座席が少し倒されて、要さんが上から覆うように手をついた。
 エマージェンシーエマージェンシー。乙女の危機発令。話題を逸らすべし。

「さ、さっきの保険ってなんですか?」
「狐の一族にとって、貴女は特別です。その貴女が美衣子さんを監視する、というものです」

 監視……言葉は悪いけど、普通につるむ分には問題ない。むしろ、もっちゃん達と三年間同じクラスは楽しそう。

「もちろん、部外者に監視を頼む訳にはいかないのでそれなりの地位に就いてもらいます。私と婚約してください」

 は、い?

「もっとも、九尾が美衣子さんに馴染んだ後も婚約は解消はいたしませんが……非常事態なので寛容な返答をお願いしますね?」

 耳朶の証の上にキスを落とされる。胸のあたりがキュっと苦しくなった。

「ずるいことは承知しています。ただ、婚約中に必ず貴女の心を射止めてみせますので……私の愛しい人」

 切なそうに言われると脳みそが吹っ飛びそうになる。良かった。雰囲気で受け入れる前に自覚できていて。
 私はマリちゃんのためだけに行動してきたけれど、要さんが危ないと思った時、要さんが傷つくのが一番嫌だと思った。体は更に正直に動いていた。そして、自分が十分彼を好きなんだと初めて自覚していた。

 手を絡めてキスをしてくる彼に応えると、驚いたようにしながらもキスが深くなる。今ここで、両想いであることを告げるのはやめよう……。多分、止まらなくなる。お互い。


 しかしながらこの後、私が要さんの前に飛び出した時に実は絶対安全だという自信が無かったことがバレて、みっちりお仕置きされたという事だけは付しておく。結果、要さんの計画は全てぱぁになったという情けない話付きで。


――――――――――――――――――――――――――

「いいなぁ、大学かぁ。ちょっと羨ましいなぁ」
「ならばえいこサンも行きますか?」

 入学早々、桜花高校では大学進学についての説明会があった。そのパンフを見ながら感慨深くため息をつくママにパパがそっと肩に手を置いて囁いている。いつものことだけど、朝から熱すぎる。娘達の存在はまるで無いがのごとくだ。

 この説明会は、過去に進学クラスにいながら失踪したり妊娠したりした阿呆がいるから手綱を締める対策が行われるようになったそうだ。
 何を隠そう妊娠した阿呆は自分の母であり、させたのが自分の父な訳ですが。
 
「意外。パパはママから離れられない病だと思ってた」
「大学には若い男の人もいるんだよー?」
「ママ可愛いから人気者になっちゃうよー?」

 二個下の妹と四個下の双子がピーチクパーチク言う。

「ええぃ、姦しい。ママが可愛いのは同意しますが、そこら辺の青二才にママがどうにかなる事はありません。えいこサン。子育てもひと段落していますし、本当に構いませんよ?」
「あははー。要さんはいつも私に甘すぎだよー」

 そう言いながらも、ママも大学に興味がありそうだ。中卒はアレだからと子育ての間に大検を取っていたのは、僕だって知ってる。

「僕も賛成だよ!ママもやってみたいならやったらいいと思う!」
「マリちゃん?高校では『私』ね?」
「あ、うん。私ももう耳とか尻尾とか出ないようにコントロールできるし、双子達もだんだん先生からも大丈夫って言われたじゃん。ママも好きな事しなよー」

 パパに負けじとママにくっつくと、妹達もくっついてきて、おしくらまんじゅう状態。

 だんだん先生は狐の先生だ。昔九尾の力を手に入れたらしくて、僕らが知る限りで、僕の次に狐に近い人。だから、幼い頃から色々教えてもらっている。双子達はだんだん先生よりは血は薄くて、二次性徴後も変わらなく尻尾も耳も出ない体質だとわかったばかりだ。

 「そうだねー」と煮え切らないママにもう一度ハグして、今日は少し早めにパパと一緒に家を出る。

「マリちゃん、これが祠に行くフェンスの鍵です。祠自体の結界は自分で何とかしてください。……えいこサンには本当に言わずに行くのですか?」
「ママ、子離れ出来てないからね。荒れちゃってもパパがいるから大丈夫でしょ?」

 この世界はとても幸せで居心地は良いしママもパパも妹達もみんなだーい好き。だけど、最近不安な事があった。
 祠に封印したはずの殺生石の気配が強くなりつつある。パパとだんだん先生二人がかりで留めないとダメなくらいに、瘴気がだだ漏れている。

 僕に前世の、あちらの世界の知識がある事。パパにも魔法の知識が残っている事。狐の血が濃くて霊力が半端ない事。全てが僕の使命を教えてくれていた。

 僕が転生した後に発見された魔法の知識もパパから伝授され済みだ。多分、僕は魔力的な意味合いでとても強くて、異質。
 それに、自分の力をセーブせずに生活してみたいし。

「好奇心も探究心も強いのは、相変わらずですからね。貴女のママは任せてください。けれど、貴女も私の大切な娘なので……健闘を祈ります」

 僕はパパに手を振って、学校に向かって走り出した。
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