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ウランエンド前

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 ペイッと吐き出されるように私は祠から飛び出した。寝ぼけた状態だったので、必然的に顔面着地。ヒドス。

「ちょ、しーまん!大丈夫?」

 顔面着地ポーズでしばし放心してしまった私に、懐かしい声が降ってきた。

「もっちゃん?なんでここに?」
「いやぁ、源野兄と二人で凄い勢いで走ってったから、つい?顔面からこけてたわりに怪我はなさそーだね」

 私に手を貸してくれながらも、もっちゃんは大地君を探しているようだった。
 大地君と祠に来た辺り、ね。時間軸と場所が分かる。もっちゃんは校庭側から追いかけて来たようで、月子ちゃん達の事は見ていないのだろう。祠の周囲には私達二人しかいなかった。

 彼ら三人はあちらの世界に行ったままだ。


 生徒がいなくなるのは二度目で、しかも今回は三人も消えた。それでもマスコミを巻き込んだ大騒ぎにならなかったのは、サンサン達の意向か学校側の手腕か。

 月子ちゃん達は帰ってくるのだろうか?大団円エンディングのその後を、私も秋穂も知らない。ただ、彼女達が幸せなら、それでいい。十年ちょっとして、もし帰ってきたら笑顔で『おかえり』って迎えてあげたいな。

 ……と、そんな感傷的な感想で締めくくって、この件は終わる物だと思っていました。

 それから数日して、昼休みにだんだんが生徒指導室に呼び出された。帰って来ないまま、午後の美術が始まる。その課題が何を描いてもよろしいので、という事だったので私はもっちゃんと描くものを求めてぐるっと学校を一周し、何となく祠のある方に行った。

「だーかーらー、今回はあたし関係無いんだけどー?」
「貴女のクラスメイトが行方不明ですからねぇ。監視役としては念のため確認が必要なんですよ」

 校庭から祠のある方へ進むと、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「だんだん?こんな所に何でいるんだろ?」

 そう言いながらも、もっちゃんは進む。私はもう一人の声にまさかと思いながらも、もっちゃんに続いた。

「おや?フェンスには鍵をかけたはずですが。それに今は授業中ですよ?」

 校舎の角を曲がると見える祠の向こう側にいた彼が、こちらを見る。
 髪は黒い。眼鏡もしている。服装もスーツだ。だけど、顔も声も、姿勢の良い立姿も、ウランさんだった。

「……浦西要、桜花の理事の一人。二十六歳独身」

 ぽそっと小さい声でもっちゃんが教えてくれる。遥か昔に聞いた噂のイケメン理事って彼の事だったのか……驚く私と対照的に、彼はこちらを一瞥したのみだ。

「校庭側から来ましたけど、フェンス無かったです。それから、今は美術の写生っす。ついでに、自分のモチーフはそこにいる山田さんなんで」
「そゆことー。仮にも理事が生徒のお勉強、邪魔しちゃだめでしょー?」

 スケッチブックの前回授業で描いたページを見せながら、もっちゃんはウランさんからだんだんを救い出した。完成した絵を見せてるのだから、明らかに済んだ課題なのに堂々とする二人を見てると嘘だとは思えない。
 ウランさんは、もっちゃんとセットで私を視界に入れたけれど、やはり特に反応はない。ウランさんはあちらの記憶は無いのかもしれないし、そもそも他人の空似で、彼では無い可能性もある。
 どちらにしても、それは私にとって先程までと変わらない日常が続くというだけなのに、何故か私の心を重くした。少し掠れた声で私の名を呼ぶ事は二度とない。それだけなのに。

「……困りましたね」

 まんまと騙された彼は祠に手を置いて、目を閉じてため息をついた。が、何かに気がついたようにすぐに目を開けた。仕草も彼そのもののように思えるのがなんだか切ない。

「まぁ、いいでしょう、今回は。美衣子さん、くれぐれも問題を起こさないように。……それから、貴女方もここは立ち入り禁止にしますので入らないように」

 彼はもう一度私達をチラリと見ると行ってしまった。これは何がしかのブラックリストに載ったかしら?いやでも、名乗ってないし大丈夫か。

「で、だんだん、どーゆー事か教えてくれるよね?」

 超楽しそうにもっちゃんに迫られて、だんだんはあははーと笑う。

「いちお、遠い親戚なのー。理事やってるんだけど、なんか神隠しの件に私が絡んでるって思ったらしくてー。不思議ー。解放してくんなくて困ってたから、助かっちゃった」

 だんだん達のやりとりを聞きながらも、私の目は彼の去った方を追っていた。

――――――――――――――――――――――――――

「理事ってさ、なんなの?」
「経営方針とか決めたりする役職じゃないかな」
「私学だからー、プロモートとかもあるらしーよ?」
「んじゃ、生徒と直接関わり合い無いじゃん?」
「経営、という面では先日の集団失踪は痛手ですね。生徒への聞き取りは普通担任を介すことになっていますが、美衣子さんは私の親戚なので。ところで、校内放送の呼び出しは聞こえませんでしたか?」

 適度な暖かさに誘われて、ピクニック風にお弁当を食べている私達の背後から、ウランさんもとい浦西理事が現れた。

「スピーカー届かなかったんじゃないっすか?」
「緊急時に備えてあるはずなんですけどねぇ。壊れているなら直させないと」
「よろしく行ってらっしゃーい!」
「美衣子さんは一緒に来るんです。そもそも、放課後逃げまわらなければこんな事をしなくても済むんですよ?申し訳ありませんが、山本さんと山下さんは山田さんの荷物を教室に持って行って頂けますか?」
「……なんで山田さんだけなんですか?うちらの方がまだ最後に源野君見かけたって理由あると思うんですけど?」

 もっちゃんが浦西理事に軽い風を装って質問する。口の端を見る限り楽しんでそうだ。

「貴女方にお教えする必要は感じません。それから、彼を最後に見たのは山本さん、貴女ではありませんね?では」

 促されて渋々だんだんも諦めて付いて行った。

「なんなんだろーね?あのイケメン理事。何がしたいのやら」
「……もっちゃん、知ってて言ってるでしょ?」
「え?なんで?」
「だって今、付いて行かなかったから。そんな興味ある顔してるのに調べないって所でお察しだよ」

 あはは、ともっちゃんは頰をかいた。

「……しーまん、結構鋭いね」
「言えない理由があるなら言わなくてもいいし、無理には聞かないよ?」
「ごめん」
「どういたしまして」

 残ったお弁当を片付けて教室に戻ると、すでにだんだんは帰っていた。

「なんか、ほんとに軽く調べたかっただけみたい?とりま、お役御免ってさ!」

 晴れやかなだんだんに、ニヤリとしているもっちゃん。疎外感感じまくりで面白くない私。だけと、カッコつけちゃったから聞き出すのもアレだ。
 野次馬な心と浦西理事の事が気になる自分を抑えて、私はにぱっと笑いながら放課後の遊びの予定を提案した。


 彼を見かけることもなく、更に幾日か経った。日直で放課後に先生の手伝いをしていた時から、雨雲がもくもくしてきたなとは思っていた。夕立ちが来そうだった。一緒に日直をやっていた男子は家が近いらしくダッシュで帰って行ったが、我が家は少し遠い。更に今日傘は持ってない。
 職員室にいた学年主任の山下先生に頭を下げて、傘の余りがあれば貸して欲しいとお願いした。

「傘は……あるけど、少し待って。――あぁ、やっぱり一雨激しいのが来そうだね。時間があるなら、少し待った方がいいよ。日直で残らされたのかな。災難だったね」

 雨雲情報を一緒に見せてもらうと、後数分で赤い雨雲の範囲に入りそうだった。けれど一時間もせずに抜ける予定でもあった。仕方ない。今日は夕食当番だけど、手抜きにしよう。

「……私の車で送りましょうか?ちょうど帰るところですので」

 頭から手抜きキーマカレーのレシピが吹っ飛んだ。振り返ると浦西理事。

「日直で残らされたのでしょう?気の毒ですからね」

 微笑まれて、ほんの少しの間ウランさんの声を独り占めできると思うと、私は「よろしくお願いします」と頭を下げていた。

「家はどちらですか?」
「あの、桜花駅の方へ」
「まさか。最寄りの駅から歩かせる訳にはいきませんよ」

 車に乗って、ナビで確認しながら自宅の住所を伝える。私のイケメン耐性は異世界で置き忘れてしまったのか、顔が熱く感じた。
 車は、多分良い車なのだと思う。詳しく無いけれど、フォルムが綺麗だし、座席の乗り心地も良い。新車のような香りがする。

「助手席なんて、いくら生徒とは言え彼女さんに申し訳なく思います」
「……貴女が気にするような人はいませんよ」

 ゆっくりと車は発進した。街中の線路沿いを行かなければ、比較的家は近い。車なら十五分くらいあれば余裕で着くだろう。着くはず、だった。

 発車と同時に降り出した雨は五分ほどで、滝のようになった。

「すみません。少し止めて雨雲をやり過ごします」
「はい。大丈夫です……」

 いくら人通りが少ない道路とは言え、視界が悪すぎる。予定ではそんなにこの雨が続く訳ではない。
 分かっちゃいるけど、ラッキーなのか不運なのか、何か話題を振るべきか黙るべきか、頭の中はパニックだ。

 「山下さん?具合でも悪いですか?」

 膝を見つめながら考え事をしていると、その視界に理事の顔が割り込んで来た。いや、心配して覗き込んで来てくれたんだけど。汗がブワッと湧く。

「ああ、暑かったんですね」
「すみません」

 暑くないです。むしろ適温です。とは言えずにハンカチで汗を拭う。

「いえ、私も実は少し暑くて。失礼します」

 背広を脱ぐと、彼の香りが車内に広がる。彼の物で無くなって幾久しいけれど、その香りは相変わらずで安心感すら覚える。

「ウラ……にし理事は大地君達の事を調べてらっしゃるんですか?」

 空気に耐えられず、微妙な話題を振ってしまった。でも、一応聞いてもおかしくは無い話題、のはず。けれど、彼はとても驚いた顔をした。

「大地君?あぁ、貴女は彼や平さんと友人でしたね」
「すみません。詮索しないよう以前注意を受けたのに」
「いえ、気になるのは当然です。ただ、今は答えられないので……申し訳ありません」

 今は答えられない?それは何かを知っていて、しかも、それをいつか知らせるつもりという風にも取れる。
 自分が期待しているからそう思うのかもしれない。けれど、もし彼がウランさんだとしたら、あえて私にその話題を振らないのなら理由は何故だろう?

 雨が少し小雨になってきたが、浦西理事は帰ろうというそぶりは見せなかった。

「……聞き取りの調査の中に貴女方のお話もありました。彼らが消えた日、最後に源野大地君を見たのは貴女だったようです。その時のお話を詳しく伺っても?」
「詳しく、ですか。源野君と放課後話を――裏門でフェンスが破れてるという話をしていました。その時地震のような揺れと大きな音がしたので、校庭を抜けてこの間理事とお会いした祠の方へ一緒に走って行きました。もちろん彼の方が早くて……祠の近くで転んだ後は完全に見失いました」
「その記憶は確かですか?どこか曖昧な所や記憶が抜け落ちているということは?」
「無いと思います。……雨、止みそうですね」

 そう声にした瞬間、また雨がひどくなった。
 くすっと笑うようにして、浦西理事は言った。

「酷い天気だ」

 その意地悪な笑みは私の第六感を介して、この人がウランさんである事を教えた。車に乗ったあたりから感じる違和感もカチカチと音を立ててパズルにはまっていく。私の家の所在を知らなければ、車に乗った時の受け答えは成立しない。普通は家が桜花駅近くであるのか、とか、家の最寄駅からの距離を聞かれるはずだ。それから、記憶の有無を聞く質問もおかしい。本当に記憶が抜け落ちていると思われる相手にする質問の仕方じゃ無い。あえて、違和感を与えているようにすら思える。
 そうね。魔力がこちらの世界でもあるなら、多少の天気を操れる可能性もあるわ。
 それならば、と丁度彼が座る、運転席側の髪を少し耳にかけて見せた。さり気なく。でも、彼の様子は見逃さない。

「――っ!」

 予想通り、ウランさんは私の耳から消えずにいるウランさんの証に釘付けになった。でも、予想以上にウランさんの顔は切なげだ。

「どうやってこっちに来たんですか?ウランさん?」
「――愛していたからですよ」

 方法を聞いたつもりなのにそれは理由じゃなかろかしら。日本語って難しい。
 自然な動作でウランさんの両腕の中に収められて、証に口を寄せられた。やはり、こちらでも魔法はあるのか耳の縁が熱く感じる。

「すみません。立場上このような事をしてはいけないと承知しています。嬉しいけれど少し辛い誤算でした」
「誤算なんですか?」
「予定では、後五年程は記憶が無いはずだったんですよ。私があちらの年齢より若すぎます」
「あっちって喜寿とかじゃありませんでしたっけ?」
「流石に換算年齢で、です」

 雨がより一層激しく降る。

「雨も、ウランさんがされてます?疲れませんか?」
「あちらほど精緻な魔法は使えません。今は……貴女に触れるのを咎められなければ、なんでもいい」

 エマージェンシー、エマージェンシー。貞操の危機接近中。

「不純異性交遊は反対です」
「えいこサンは異世界を超えるほどの愛を不純だと?」

 久しぶりに名前を呼ばれて、油断した隙に彼はキスをした。

「理事というお立場で、生徒に手を出すのはマズイですよ」
「知っています。けれど、貴女に愛を誓ったのも初めてキスをしたのも理事になる前ですからねぇ」
「異世界で、ですよ」
「一回は一回です」

 次はもっと深かった。

「三回もされましたけど?」
「流石に少しは自重しないとダメですね。止まらなくなる」
「いや、止めましょう。そこは」

 と、言いながらこちらも香りに当てられそうだ。雰囲気に流されそうとも言う。

「あの、離していただけませんか?」
「この顔はやはり苦手ですか?」
「いえ、そうでは無くて……」
「片想いの方に操を立ててのことでしょうか?」

 片想い……?あ、そうでした。そう説明してたんだった。

「私、ウランさんに説明しなきゃいけない事は沢山あるんです」
「要、と呼んでください」
「え?」
「二人きりの時は、要、と呼んで欲しい」
「か、要さん?」
「はい」

 ペースは完全に握られたままだ。

「私も貴女の話が、声を聴いていたい。けれど、時間切れですね」

 要さんはそっと離れて、雨音も弱まった。

「……周囲の雲を使い尽くしてしまいました。これ以上の弾幕がわりにするのは物理的に不可能です」

 天気を操る事自体がそもそも物理的に不可能です。
 車は再び動き出して、慌ててシートベルトを締めた。彼は相変わらず、らしい。お役目大事なマイペース。
 車はあっという間に家に着いてしまい、私は気持ちを上手く切り替えられずにいた。
 ただ「ありがとうございました」とだけ言って降りようとして、要に引き止められた。

「お友達の山田さんには気をつけてください。それから、山本さんにも」
「気をつける、ですか?」
「友人としてはいい子達だと思いますが……何かあればこれを使ってください」

 渡されたのは携帯電話……?

「それでは名残惜しいですが……。えいこサン、愛しています」

 にっこりと笑われて、彼は去っていった。家に帰ると鏡の中にハニワがいた。
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