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カナトエンド

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絶えぬ一族には莫大な量の記録が受け継がれていた。
 歴史、魔法科学、物語など、多くの書物は王宮にも、街の図書館にも保管されている。しかし、彼らが護っていたモノはそれらと根本的に異なる性質のモノだった。
 この世界には秘密がある。秘すべき真理と言っても良い。その真理はその世界の者達に知れ渡る事が無いよう、巧妙な力が働いていた。
 この一族が護り伝えてきたモノはその真理だ。彼らは、記す内容が秘すべき真理の一端が含まれていれば文字が消えて無くなってしまう事を熟知していた。それは文章中に曖昧な表現や比喩表現をある比率以上使用すると、例え秘すべき真理であっても文字は消えずに遺せる事を知っていた、とも言える。
 あえて遺せるような抜け道がある理由は定かでは無かったが、その一族はそれを己が使命だと認識していた。

 彼らの記録を読解する事は一族の神官以外には困難であった。その保管場所は明らかにされず、更にその比喩表現のため、本来の意味が分からないようになっている。
 例えば秘すべき真理の一つである悪の精霊に関して、記録内で『悪の精霊』と表記しながら別の意味を待つ単語でも表現される事で、書かれた真理が消える事は無いようにされていた。

 『待ち望まれる聖女や魔女が現れる時、悪の精霊は女神を死に追いやる。女神は世界を救う要である』

 これはある神官の書いた記録の一節だ。まるで精霊が女神となり得る聖女や魔女を討ち滅ぼそうとしているように見せかけている。けれど、その本質はまるで違った。

 この神官の書いた記録中では『女神』と『悪の精霊』は同一のものを表していた。つまり、真理を後世に遺すためにあえて混ぜられている比喩表現を取り払うと、

『世界を救う魔女か聖女が現れる時、悪の精霊と呼ばれる女性が自らを傷つける事が世界を救う要になる』

 という意味となる。
 女神が、魔女でも聖女でも無い来訪者である事は一番古い伝承でもあったから、書いた者は正しく後世に伝わると考えていた。

 しかし、歴代の神官が必ずしも優秀であったわけでは無い。記録は外に漏れる事は基本的には無かったが、凡庸なる神官の時代にはそれが起こった。結果、この記述のせいで大きな誤解が世界の各所に常識として刷り込まれてしまった。
 つまり世界を癒す魔女や聖女の中でも、もはやその枠に収まりきらない者が世界を救い、女神となると解釈されて来たのだ。
 それが額面通りの真実ならば、文字は消え、真実を知る者の記憶は消されるというのに。

 一族の記録には色々なグレードがあった。伝え聞いたもの、自らが体験したもの、考察によるものなのどだ。そして、そのそれぞれに虚偽ではないとそれを記した神官の誓いが刻まれていた。
 当然として、より真理に近いものとなる体験の記録の読解は困難を極めるものとなった。

 ある時代のある神官は、いずれ現れる女神の憂いとならないよう敵国の高官と結んで悪の精霊を処刑した。その高官の手足となる者さえ堕としたと聞く彼女を直接見たのはその最期の時であった。

 『彼女は特別であった。魔力聖力が無効化されていると報告を受けていたが、己の感知によりそれが誤りである事に気がついた。しかし、処刑を止める事は出来なかった。彼女には器が無かった。
 白い肌に黒い髪、美しさと冷たさとを持ち、けれど彼女は震えていた。強さも弱さも内包したその存在に自分は強烈な衝撃を受けて、彼女が事切れる瞬間まで、見惚れていた』

 その己の体験に基づく記録は深い後悔が滲んでいた。

 これらの記録は神官となる者か神官候補しか目にする事はない。そして、その内容の、より真理に近いものは神官以外知る事は基本的には無かった。外に伝えようとしたとしても、神官本人の記憶が消され外に広まらないからだ。
 記録から次代の神官が意図を読み取り一族を指揮する。彼らが護るべきは女神。そのために伝承や記録を綿々と守り、護り続けていた。

 神官候補として記録を初めて目にした時から、カナトは直感的に真実を理解した。それ故に、同時に記された数々の魔法科学の真理も知る事が出来、圧倒的な聖力を扱う事が出来るようになった。
 記録から魔法の技を学び取れるカナトは、記録をより正確に読み取る事が証明されたといえる。その場合は『その者に直ちに神官の本質的な全権が与えられる事。ただし、神官の国事行為は保留し得る事』が、記録により指定されていた。

 実質的な神官となり、自由に記録や伝承を読む事ができたカナトは、それを書いた者達の心情が手に取るように分かった。
 カナトはそれが、その者達が共通して自分と同じ性質の聖力を持っていたからだと思っていた。カナトの感知の仕方はかなり珍しく、しかし記録を遺した神官の多くも同じ能力があったと記録されていた。
 聖力の適性から考え方まで良く似た彼らの記録は、だからこそカナトの中で己の実体験に近いものに感じられるのだと思っていた。

 果たして記録と伝承どおり、記録による推察どおりに荒地に女神は降り立った。カナトの個人の予想とは多少異なったが、記録と伝承による女神にカナトは巡り会えた。

 記録と伝承は決して詳細では無い。女神のため、商人を相棒とするよう記録には助言があったが、女神をかどわしたサタナがソレかどうかを見極めるには時間がかかった。

 カナトは記録が予言的なものであると信じ、それに盲目的に従った。そうでなければ、その心を仄かにくすぐる感情が使命を挫く事に気付き始めたのだ。

 『女神は己を傷つけて世界を救う要となる』

 カナトは彼女が傷つく姿を見たくないと思い始めた。そんな想いは唾棄するべきと己を律しながらも、可能な限り彼女が、彼女の心さえ傷つかないよう無意識に努めていた。
 王妃のベッドのカラクリに気付いた彼女が殺人兵器の理論を皆に知らせざるを得ない時さえ、カナトは一言も彼女の行為を否定しなかった。そうやって彼女の心を守ろうとしていた。
 世界のために女神を守る。だから、彼女を守る。という信念ならば、殺人兵器が明らかになる事自体に何か思うはずなのに、カナトはその時すでに、彼女が傷つく事だけを恐れ始めていた。

 それら全ての想いの理由や全ての真理、隠されていたもの全てを理解したのは突然であった。

 彼女が消えて、一人で谷を探っている時に、ふと記録にある賢者の家への転送円に行ってみる気になった。その円を前にして、カナトは己の大きな勘違いに突如として気がつき、この世界の真実を前触れなく理解した。

 私が守り、我らが護っていた記録を書いた者はカナト自身であった、と。

 この世界は繰り返されていた。何百年か、何千年かスパンは分からない。自分は記録を遺し、恐らく死に、それからまた同じ境遇に生まれているのだと。その魂は変わらず、記憶は無くしながらも何かは積もっているのだと。

 自分は初めて彼女の首が処刑台から転がり落ちた時から深く彼女を愛していたのだと。

 カナトは踵を返し、全ての記録のうち恐らく己が書いたものを読み漁った。それから、今までの事を念のため記録に遺した。記録に遺す、は神官の最低限の役目である。己の役割を成し遂げてカナトはただのカナトとして、女神に逢いに行った。

『破壊神が守護神となるその時、聖女月子に付き従った者達は願いを叶えられる』

 という、記録にある彼女の発言を胸に秘めて。

 唯一記録に無い彼女の最愛の息子が、自分の計画で彼女と離れぬよう画策し、カナトは計画を務め上げた。

 そして、彼女は世界に還り、カナト達は月子を迎えて破壊神を撃って、守護神を創り上げた。

――――――――――――――――――――――――――

「そなたの望みを叶えよう」

 破壊の神は比翼の鳥の片割れであった。闘いの末、完全体となった神は守護神となり、主人の言われた通りに己の願いを叶えると言った。

「私は聖女月子を女神だとは認めない」

 月子は素晴らしい女性だ。そして、彼女の事を一度は愛したらしい自分は、彼女がネフを思い続けている事も、彼らがあちらの世界に戻れる事も記録から知っていた。

 自分の月子への想いはすでに過去のものだ。その存在も、彼女が幸せなら手放すことは容易い。

 けれど、主人を手放す事は自分には出来ないことだった。例え主人があちらに帰りたいと切望していたとしても、返す事は出来ない。

「我が主人を女神として残したい」
「……この結末ではその未来は叶えられぬ」
「つまり、可能性はあるという事か?」
「この世界のプログラムは、聖女が来る前に彼女を還すようになっている。そこを書き換える事は、できる。結末は保証できない」
「プログラムとは仕組み、という事だな?構わない。他の仕組み、前提、全てそのままであろうとも、必ず主人が残る未来を作る」
「承知した。この世界の側面を並行世界へ移行し、お前の願いを叶えよう。……これは我らの個人的な質問だが……彼女は古い友人だ。彼女を幸せにできると約束できるか?」

「愚問」

 守護神に答えるや否や大いなる風が吹いた。
 思わず目を瞑り、再び開いた目に飛び込んできたのは一面の荒野。思わず空を仰ぐ。

 人が降ってくる。女だ。
 心臓が跳ねた。

 女の降りたった辺りへ急ぐ。

「……我が君っ」

 カナトは数千年の時を超えて、初めて彼女を腕に抱いた。





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