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アンナの物語

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偉大なる光の国。それは、この世界を照らす尊き王の一族と、女神のみを主人と認める孤高の一族の血の盟約により築かれた盤石の国家だ。

幼いながらも首をかしげてしまう私はアンナ四歳。そんだけすごいなら、闇の国を併合してても良くないか?
私は孤高の一族とやらの端の端、末席も末席で生まれた。ほぼ平民と変わらない生まれだけど、現在王族も神官の一族にも未婚の女児が私しか居ない。結果、慣習とやらで私は未来のお妃様とされるべく、神官一族本筋に近い所へ養子へ出された。

お妃様教育も厳しく、神官一族としての教育も厳しく、でも、万一でも死んだらえらいこっちゃなので、なんか間違った方向に甘やかされてもいる。
にも関わらず、ワガママ爆発しないのは一重に私が特殊だから。実は私、夜になると変な夢を必ず見るんです。
繰り返し見る音付きの映像。それは不連続で飛び飛びで、多分順番もめちゃくちゃ。それでも、こちらの常識を学ぶより前に夢の常識が刷り込まれてしまったみたい。
ほとんどの映像自体も、その映像をもらった時の事も意味がわかんないから、私の中で放置している。

そんな私は義理のお母様や侍女達、先生のおっしゃる事は理解できても納得ができなかった。
一番意味不明なのは簡単に言うと『上のものは偉そうにしなくてはいけない。だから、下のものを軽んじ無くてはダメ。』って事。
下々の者は私達の糧になるためだけに生きているのだし、そうさせてあげるのが彼らの幸せなのよって、それは無いんじゃないですか?

私は思考の中では饒舌だけど、発語は微妙だ。何故なら夢の中の言語と現実の言語が違うから。頭の中では組み立ててある理論も口から出るのは幼稚な言葉だし、そもそも『権利』とか『自由』に当たる単語が分からない。

理想は「お母様、人には感情というものがあり、それは貴賎によりません。褒められるべきは褒められるべきで、それによって我が一族が尊敬を集められるよう努力はすべきだと思いますが、ただの生まれにより差別されるものでは無いと思います。」だけど、

現実はせいぜい、「おかあさま、メイドさんに意地悪しちゃダメですわ。メイドさんも心痛いのよ。私は頑張ってないから、偉い人違うの。」
義母「まぁ、なんて謙虚な子だこと。けれど貴女は妃になる身。それだけであれらを使う権利があるのですよ。」

みたいな流れになる。いや、私、生みのお母様の事覚えてるけど普通に『あれら』側の生活でしたよ?
釈然としないままに着飾られ、今日もお人形のような生活を過ごす。

――――――――――――――――――――――――――

未来の夫となる王子様とは行事毎にお会いしていた。
夫予定のクリウス様は見目麗しく、とても利発な方、らしい。あまり長く一緒にいるわけではないし、私は幼児だし詳しい話は耳に入らないからよく分からない事が多い。クラウス様は私と接してくださる時は優しいし嫌いじゃない。だけど、義母であるジーナ様しか見てない感じの人だった。だった、というのはジーナ様は昨年亡くなられたから。ジーナ様を亡くされてから、クリウス様はちょっと変だった。塞ぎがちなら分かるけど、逆。王太子としては完璧な振る舞いなんだけど妙な違和感を感じる。

ジーナ様は素敵な方だった。でも何故かちょっと怖い感じのする方。
それから、ジーナ様はキュラス様を溺愛していた。

私より二歳年上だけど、私以上にお人形さんみたいなキュラス様。人形なのは見た目だけで無く、ほとんどお話もされずにジーナ様の横に据え置かれていた。しかも、お世話のされ方が不気味。視線を動かすだけで、飲み物やら食べ物、暑さ寒さが調節される。はっきり言ってどん引く。
ドラン様もご兄弟のはずなのに、行事の時は立ったままだし、周りはそれを普通だとしているしで、とにかくみんな私の常識から見ると変だった。

そんな変な人から、お茶のお誘いが来た。
社交界の練習とかで無く、気落ちされているキュラス様を歳近い者達が個人的にお慰めするように、との事。お母様がわりのジーナ様が亡くなられてから、キュラス様は泣きも笑いもされずにお話もあまりされないとか……
いや、私の記憶では以前からそうだったんですけど?

戸籍上の従兄弟であるヒノト様と二人でキュラス様のお慰め役を務める事になったはいいけれど、行ってお菓子食べてお話をするだけ。キュラス様、全然笑わない。ヒノト様も笑わない。私だけニコニコ、内心ウンザリ。

「見目麗しい殿方独り占めなんて、アンナ様はお幸せですね。」

なんて、ばあやに言われて怒りたくなった。じゃあ代わってほしい。
何度か通っていると、ある日ヒノト様から怒られた。何がそんなに可笑しいのかと。

「ごめんなさい。お茶会は笑顔にっこりでいないとダメって言われました。」
「何を言っているんですか?これはキュラス様をお慰めするための会ですよ?!」
「これ、僕を慰める会なの?」

ヒノト様は言ってしまってから、しまったと言う顔になった。ばーかばーか。

「アンナやヒノトは、僕を慰めるために何度も来てくれていたの?」
「いや、あの。」
「そうですわ。キュラス様の周りの方は心配されてるのよ。」

はっきり言ったせいか、敬語が微妙なせいかヒノト様に睨まれた。でも、キュラス様は少し不思議そうにはされてるけど、不快そうではない。

「僕、落ち込んでないよ?ジーナ様が亡くなられて悲しいし、兄様達も忙しいから寂しく思うけど……一年経ったしね。それに、僕、ちゃんと言いつけ通りにいつも通りに振舞ってるんだけど。」
ですよね。お変わりないですよね。

「けれど、周りの方は以前はもっと笑ったりお話されたりしている姿を拝見したと……。」
「……ああ、ジーナ様から王族はあまり他人に心を見せてはいけないと言われていたんだ。特に使用人に向かっては気をつけるようにって。最近兄様達もお忙しくてお相手して頂けないし、僕が言いつけ通りに振舞っているから、そう見えたんだね。」

キュラス様は 困ったな。と言いながら相変わらず表情も変えずにお茶を飲んだ。ヒノト様は面食らっていた。

「キュラス様、王陛下は立派な方ですわね。」
「うん?」
「けれど、陛下はいつも優しく笑ってらっしゃいますし、臣下ともお話なさいますよ。」
「……そうだね。」
「ジーナ様が仰っていたのは、感情のままに怒ったりするのがダメって事じゃないですか?キュラス様が怒ったりすれば、周りは大変ですもの。」

考え込んだキュラス様に、兼ねてから考えていたことを話す。

「臣下だって、悲しいとか嬉しいってあります。それに私達が怒れば、お仕事無くなっちゃいます。ご飯食べられなくなっちゃう。陛下なんて泣いちゃったら、国民皆が困ってしまうもの。だから、私達は思ったまま怒ったり、泣いたりしちゃダメ。でも、笑うだけで安心してもらえるの。相手のためにお顔も変えないとってジーナ様は仰りたかったんじゃないかしら?」

相変わらず足りない言葉だけれど、一生懸命話した。キュラス様もヒノト様もちゃんと聞いてくださった。

「なるほど、アンナは賢いですね。先程は怒ってしまい、すみませんでした。」
「いいえ!ありがとうございます。」

ヒノト様と仲直りして、なんとなく二人同時にキュラス様の方を向いた。そして、固まってしまった。

にっこりと微笑を湛えた顔は、この世のものと思えないくらい美しく可愛い。一言で言うと、尊い。

「こっちの方がいい?」

と聞かれて、二人でコクコク頷くしか出来なかった。

それから頻繁に三人でお茶会をするようになった。多分それ以上にヒノト様とキュラス様お二人でお稽古などもされているご様子だったけれど、性差と年齢差ゆえ私だけ仲間はずれも仕方ないと思う。
キュラス様は意外と図太くて「この表情、結構便利だね。」と色々やらかしていった。やってる事は一見イタズラのようだけど、誰がどこまで許してくれるか、やってくれるかを測ってるようだった。しかも、第三王子だからこそ叶いづらいことを上手くねだる事で、権力以外のそういう力を磨いていた。
そして、終いには相手別攻略法まで教えてくれるようになった。でも、多分、それキュラス様しか出来ません。
王族や神官の一族は操れる力が強い。だから、ある程度の年齢になるまで魔法はセーブする方法しか学ばない。女性は更に弱いものだからと、大人になっても家政以外の魔法は学ばない。家政だって実際には使わないから、もっぱら暴発させないようにセーブする方法しか実際には使わない。
その事は私にとってすごく不満で、キュラス様達も少し不満だった。だから、キュラス様はその天使の笑顔で魔法の初歩を学び、それを私達にこっそり教えてくれた。ヒノト様は私が覚える事に難色を示したけど、キュラス様は私の不満を理解してくださった。

ヒノト様は少し頭が固い。だけれども決して私と仲は悪くない事はここではっきり言っておく。キュラス様スキーの同盟は血より濃いのだ。

こっそり教えてもらった魔法の技術を私は二人に秘密で更にこっそり高めていった。夢の記憶を元に色々試して、新しい魔法を使えるようになる事。そうして強くなれば、自分も彼らと同じようにいつかお稽古をさせてもらえるようになると思っていた。

鉢植えの花を育てながら魔法をかけて大きな花を咲かせたり、怪我をした小鳥を飼ってこっそり魔法で治したり。侍女達はまさか私が魔法を使うなんて考えでいないらしく、ただその現象を裏でこっそり気持ち悪いと言うだけだった。
風変わりで気持ち悪い、穢れのある鳥をペットで飼うお妃予定のアンナ。そんな私は表面上の言いつけは守るし、お勉強もできて先生方の覚えも良くて、一人で城を散歩しても咎められる事は無かった。

もう少し大胆な魔法が使いたくなり、こっそり人気のない庭を探索していた時、バシバシという音と人の声が聞こえた。
見つからないようにこっそり近づくと、メイドがメイド見習いをムチで叩いていた。見習いの子は小さな体を更に小さく丸めて耐えている。

「ローズ!この馬鹿者!何という失態をさらすの!」

あれは指導じゃない。理由も対策も言わずにただ罵っているだけ。止めに行くべきか。だけど、何をしたか分からないのに止めるのもいけないように思えた。ううん。本当はただ怖くて足もすくんでしまっただけ。

しばらくして、メイドはどこかに行ってしまったので、私は見習いの側に駆け寄った。

「大丈夫?」
「も、申し訳ございません!」

朦朧とした彼女は私がアンナだとわかった瞬間、恐怖で怯えて、地べたに這いつくばった。額を土に擦り付けていて、それが謝罪だと分かるのに少し時間がかかった。
私が何を言っても彼女はそのままだったから、勝手に血が滲む背中を露わにする。皮膚は裂けて、ただれもある。そして、それは生々しい傷だけではなかった。初めての経験だったけれど、人を相手に治療を施す。細胞を思い浮かべて、傷を治す事が出来るのは小鳥で経験済みだった。

「痛みは取れた?」

ただ、人は初めてだから本当に痛みもなく大丈夫かの自信は無かった。見習いの子の背中は今の傷は消えた。だけど、傷跡は消えなかった。

「あ、りがとうございます。」

呆然としている彼女を座らせて、横に座る。それから、持ち歩いていた水筒のお茶を入れてあげた。リラックス効果があるお茶だという知識が私にはあった。

「あのね、何があったか教えて欲しいの。誰にも言わないから。」

この時、私は自分の影響力を理解していなかった。

彼女はローズという、使用人の中で最も低い身分のメイド見習いだった。血筋は悪くないが、裕福ではない『あれら』側の子で、ヒノト様と同い年だった。
彼女は自分を折檻したメイドだけでなく私にも気を使って、自分が悪い事を強調しながら話した。だけど、それは彼女には一ミリたりとも非のない事だった。

今朝、私が着替える時、私は鏡に触れてしまった。鏡は常に磨き上げられていたから、私が触れた所は微かに曇ってしまった。それを、鏡を拭く布に不備があったからと責められていたのだ。
そんな話があるかと私は始め激怒した。だけど、彼女は自分が悪いのだから見なかった事にしてほしいと懇願されて、私はこの世界のこの国の事を初めて理解した。
私がここで怒っても、結局彼女が責められて終わる。四歳の子供。しかも、権力のない女の意見はゼロ以下だ。問題を起こした彼女を吊るし上げて、私を教育しようとされされるかもしれない。

私は彼女に謝るしかできなかった。
だけど、それだけで終わるわけにもいかない。

ローズは時々不毛な仕事をさせられている事が分かった。例えば、捨てる雑巾が真っ白になるまで洗うなどだ。城から出るゴミに私達の痕跡が残るといけないとか何とか。アホだとしか思わない命令だったけど、それを利用させてもらうことにした。
私が魔法で綺麗にする。そして余った時間で使用人達の話を教えてもらった。その内容は心が痛いを通り越して胸糞が悪すぎて我らは滅んだ方がいいんじゃないかと思うレベルだった。それでも昔よりマシだと言われて驚く。
王の城はメルク様が王妃であられた時にかなり使用人の待遇が改善されたらしい。そして、その影響をこの城も受けたため昔よりは良くなっている、と上のメイド達は言っているそうだ。

でも、その王妃だったメルク様もここ出身よね?と思ったけれど、ローズにそれは言わない。私が知りたいとなれば、彼女は自身を顧みず上のメイドに聞きに言ってしまう。それ程まで彼女は主人の絶対性を洗脳されていた。

ローズはとても頭の良い子だった。私の覚束ない言葉の意図をしっかり理解しているし、答えも的確だ。けれど彼女の生傷は絶えない。
ある時の折檻の理由が、仕事をやり忘れた、という彼女らしからぬものだった。話を聴くと百以上の細かい仕事が与えられていて、彼女はメモを取らずに全て暗記している事が分かった。
ローズは文字を習う機会を与えられていなかったのだ。教えてあげたいけれど、私だって文字はまだ全ては読めない。仕方なく、中身を知っている絵本を彼女に渡して、内容を説明してみた。数冊を数日。それだけで彼女は読み書きができるようになった。私が分かる範囲の算数もすぐ覚えた。

私はある魔法陣が描かれた紙を彼女に渡した。

「ローズ、あなたの家事のスキルは素晴らしいわ。あなたは頭も良いし、読み書きもできる。この魔法陣の紙を小さくたたんで脇に挟めば熱が上がるの。風邪だといえば穢れの嫌がる人達があなたを城の外に出してくれる。外で幸せになれるの。」

半年近くかけて彼女の『主人に絶対服従』という洗脳は解いた。自分に力があれば彼女もちゃんと助けられるのだけれど、その力が手に入るのは当分先になるだろう。だから、彼女だけでも助けたいと思った。私の夢の知識か正しければ、危なく無い宿屋や食事処など仕事は外にあるはずだ。今のところ、夢の知識は外れた事がない。

「アンナ様はいかがなさるのですか?」
「私は王妃になる。それで、いつかこのお城も他のお城でもひどい事がされないように頑張る。でも、それはずいぶん先になりそうなの。だから、ローズ、あなたは逃げるのよ。」
「嫌です。」

彼女の洗脳は解いた。だからこその私の言葉を拒否した。ソバージュの髪が揺れる。以前の面影が無いくらい意志の強さを表した瞳は、私を見据えた。

「私の主人はアンナ様お一人です。どうかお側に置いてください。」

彼女を説得すべきだったのに、私はできなかった。誰からも未来の妃としての自分しか見てもらえなかったのに、ローズが私自身を見てくれていると分かってしまって、嬉しく思ってしまった。

そして、数日後、風変わりでワガママを許される私は、たまたま見かけたメイド見習いを自分のお人形としての気に入ったから、という理由で侍女に召し上げた。
忠誠を誓った下僕に喧嘩を売るということは、その主人に喧嘩を売るということ。私に忠誠を誓ったローズは私の側仕えとなった。

――――――――――――――――――――――――――

「変わったお人形を拾ったって?」

キュラス様は初めの印象はどこへやら、小悪魔的微笑で私に尋ねた。

「お友達です。」

仕方の無い事だけれど、何故かこの二人には私がローズをモノ扱いしていない事を知っていて欲しかった。同時に私がそんな事しないも察して欲しくてイライラしてしまった。

「へぇ?」
「でしたら、ご紹介いただきたいですね。」

ヒノト様は特に茶化すこともなく、穏やかにそう提案された。

「何故ですか?」
「やだなぁ。だって僕たち幼馴染でしょ?」

え?とびっくりしてしまい、キュラス様を見た。キュラス様は先ほどのからかうような顔じゃなくなっていた。

「僕たち幼馴染だよね?」

それから、少し不安そうなお顔になった。そしたら、私の胸の奥がぎゅーって痛くなった。

「「幼馴染です。」」

痛くなったのは私だけじゃなかったみたい。
私の誕生パーティーの時にローズを紹介する事を約束すると、キュラス様は元の小悪魔的表情に戻った。いつかキュラス様が小悪魔的表情でも無くて、ご自身の気持ち通りに振る舞える相手が出来たらいいな。それが私だったら嬉しいけれど。

何をするにも力が必要だった。それは権力と魔法を使える力。私が望むほどの権力はこのままでは手に入らない。だから、後者の力を高めてもぎ取るしか無い。
どうすればその力を高められるだろうか。ずっと考えて、私はいつも通り夢の中に答えを求めた。その答えが夢に現れたのはちょうど五歳の誕生日の前夜だった。目が覚めた私は早速それを実行した。夢の中の私と聖人である私には重大な違いがある事に、この時は少しも気がついていなかった。

カークがしてくれたように、自分で回路を開く。方法は体感として残っていた。そして、色々な魔法やスキルの体感も蘇って、あっという間にガス欠になった。だけど、聖力が切れてしまった後、回路の閉じ方が分からない。そもそも、夢の中の私はガス欠になったことが無い。辛うじて聴覚を残して私の他の機能は低下してしまった。

――――――――――――――――――――――――――

初め周りはバタバタしていた。お見舞いやら名だたる魔法使いやらが引っ切り無しに訪れて色々やっていく。だけど、例え聖力が注がれても少量ではすぐに回路が開く方に使われてしまい変化無しである。
だんだんと訪れる人が減り、悲しい事にキュラス様達も異性であるから、あまりこちらにはいらっしゃる事が出来なくなったらしい。
聞こえている事を伝えるさえ出来れば良かったのに、指先すら動かない。
そうなってもローズは毎日私に語りかけたりマッサージを欠かす事は無かった。今日が何日で天気はどうだったとか、国内での出来事も私は知る事が出来た。それに、色んな本を借りてきては私に読み聞かせてくれた。

意識の無い者への読み聞かせは一定の効果があるとか、意識が無くても実は聞こえているとか、そう言う教えが悪の精霊の秘技として伝わっていたそうだ。悪の精霊の教えを実践する事は国教の教えに反する。だけど、ローズは自分が読んでいると言うていで欠かさなかった。数年経つと、ローズはいつのまにかメイド達を掌握していた。

私は暗闇で夢を見放題だった。それから、ローズの語りかけで年相応に物を考えられるようにもなった。
だから、自分がホムンクルスである事を理解できるようになった。

私の一番初めの記憶は産みの母の胎に入る前からあった。ずっと意味が分からなかったから、放置していたけれど、今の理解力と夢の知識、それからローズが読んでくれた魔法学の知識でその時の意味が分かった。


――――――――――――――――――――――――――

「未練があっちゃ、ダメなのよね。」

金髪碧眼の美しい男性、カークはそう言いながら育つ事ができなかった子供の元に魂のビー玉を送った。
そのビー玉が私だ。その時代は偶然、特殊な古代の魔法文字の遺跡が再建されていたせいで、王都の中心では女児が生まれないようになっていた。
カークはえいこ、夢の中で私自身だった子から彼女のこの世界への未練と髪を最後に抜き取っていた。彼女が行くべき世界へ間違いなく行けるようにしたのだ。
私はその未練の記憶と髪、それにカークの魂のかけらを練って作られた。そして、私はえいこの未練を晴らす事ができて、育たない子供の元があり、かつ大団円を邪魔しない個体に送られた。おそらく、新世界の誰かとして生まれて、この世界の不条理を晴らすだろうと考えられていたんだと思う。

まさか、時間を逆行したとはカークすら思うまい。


夢の記憶通りにキュラス様と婚約し、私は女の証が確認された後は王の城に送られた。王子様方がそういう事に興味が湧いた時のための様な事を言われて、ウヘァと思う。だけど、記憶のイメージどおり彼らは私に無体を働く事は無かった。キュラス様が時折、声をかけてくれるようになったのは嬉しかった。

ローズは私の世話をするためについてきてくれていたけれど、やはり王の城の中でも地位を築いていたようだった。ジョアンナと言う家政婦長がローズを気にかけてくれていたようだけれど、ローズは完全に心を閉ざしていた。それから、私はこれから起こる事に恐怖した。

クリウス様とドラン様の死はローズから知らされた。知っていた事だけれど、どこかで違うかも知れないと期待していた。彼らの最後を思うと辛い。キュラス様の事を思うと悲しい。それから、ローズのこの先を思うと……

「アンナ様!やはり、聞こえてらっしゃるのですね!?」

ほぼ絶叫のようにアンナが叫んで、どうやら私の目から涙が流れたらしい事が分かった。でも、私ができる事は何もなかった。

アンナは私を護ると宣言して、それからしばらくして私の側から消えてしまった。アンナの事を思うと胸が潰れそうになって、私は泣き続けた。

――――――――――――――――――――――――――

またしばらくして、私は元の城に戻された。ローズと一緒に。そして、キュラス様と私は婚約が解消された。
ローズは私と契約しているので、ローズが私に危害を加える事は無い。だけど、王子の客を害した罪は消えない。だから、主人である私が婚約解消する事で償う事にしてくれたのだ。ついでにローズの派閥の子達も一緒だった。

お妃予定だったから大切にされていた私の処遇は、相応のものになった。養子は解消できないらしく、冷たい塔が私の部屋になり分かりやすく冷遇される。けれどローズ達が献身的に支えてくれた。

私の中の回路は徐々に聖の力で満たされていった。カークのかけらのおかげか、他人より器は大きいように思う。それから、ローズの読み聞かせのおかげで魔法もどうすればいいか分かる。そして、これ以上ないタイミングで城がモンスターに襲われた。

「キュラス様!アンナ様はこちらに!」

ローズの叫ぶ声がして、煙の臭いが強くなった。ぐっと抱き抱えられて、とても懐かしい香りがする。
彼から力が流れて、ついに回路が満たされた。

「キュラス、様?」
「アンナ?嘘でしょ、このタイミングで眼を覚ますの?」

えいこの記憶より大人っぽい予想はついていたけれど、私の想像以上に彼はかっこよくなっていた。もう、これで恋に落ちないとか無い。

ライバルは聖女と悪の精霊か。

とりあえず、えいこの未練を晴らす事を優先しましょうか。月子ちゃん達と世界を救い、新しい世界で月子ちゃんが寂しくないようにお友達になる事。新しい世界にアホみたいな慣習を残さない事。

それから、えいこの戦友を今度は側で支える事。

キュラス様以外への想いが私の中に無い、と言う事はえいこはそれらを持って行ったのでしょう。

テントで寝かされた私はそれだけの事を考えて、魔法を錬成する。体を回復させて、テントから出る。
遠くで皆が戦っている。今の体はえいこほど瞬発力やらないけれど、えいこより魔法は使える。皆に補助魔法サポートをかけた後、狙い澄ませて巨大な火の玉をモンスターに降らせた。
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