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サタナエンド

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※あくまでifエンドです。
小説家になろう ジャンル別日間9位記念。




寒い。それから、なんかガヤガヤうるさい。
目を開けると、知らない人達が私を覗き込んでいた。

「おい、大丈夫か?君、どこの学校の生徒だ?」

あ、と思って起き上がり、周りを見回す。
目の前には祠があって、周りは記憶にある学校の景色だ。
目の前の先生に見覚えはない。そして、その質問。

ひなたさんのパターン……か。

「桜花高校、一年五組の山下えいこ、です。」

目の前の先生が怪訝な顔になる。

「私がその一年五組の担任だ。五組に山下えいこなんていないが?大体桜花の制服じゃないだろう。」

嘘をつくなと目で責められるが、嘘じゃないから困った。自分が着ている服は飛ばされた時のものだし、制服が変わったのなんて知らない。

「斎藤先生、ちょっと待ってください!」

慌てたようにもう一人先生がやって来た。見覚えがある。けれど、記憶より随分と威厳のある様子になっていて、やはり10年単位の月日が経っている事が確定してしまった。

「山下先生?なんか、歳とってませんか?」
「山下さん、なんだね?」

理由が分かっても精一杯不思議そうな顔で聞いた。当時学年主任たった先生の名前が自分と同じだったのは幸いだ。お互い名前も存在も忘れる事が無かったから。山下先生は教頭として、今も桜花高校にいた。


私は16歳で飛ばされて17歳になる前に帰ってきた。けれども戸籍の上で私は28歳になっていた。親は一人娘が帰って来た事に泣いて喜んだ。しかも、見た目が変わっていない事や昔の事件も知っていたからか、すんなり神隠しにあったと受け入れてくれた。
それともう一つ、意外な事に警察からの追求もほぼ無かった。

月子ちゃんと大地君、海里君、三人は消えたままだった。だけど、それぞれのご両親は私を追求して自分達の子供の情報を聞き出すより、私の今後の生活を第一にと嘆願してくださったのだ。

病院で精密検査を受けたりした程度で済んだのは本当にラッキーだ。そう思って受け入れる以外無い。

世の中は多少変化があって、多少事件があって、相変わらずだった。ここは、秋穂がゲーム買った時と同じ時代として作られた世界だった。そこから12年後は秋穂が死ぬ前と変わらないような世界になっていた。



かなり大変な経験をした割に、私は特に気落ちする事なく元の世界に溶け込めたと思う。戸惑いを感じな事に逆に戸惑った。その理由は直ぐに知ることになる。

私が戻ってしばらくしてから、月子ちゃんや大地君のご両親から会いたいと打診があった。私が落ち着いていることと、大地君のお母さんである日向さんも神隠しの経験者だと言う事で、多少過保護になった両親も会う事を許可してくれた。

月子ちゃんの家で、彼らに会う。その時、私は違和感にようやく気がついた。

サンサンはスマートで、あちらの姿より歳を重ねた海里君、という容姿だった。でも雰囲気はサンサンのままで、あまり緊張は無かった。しかも、サンサン、太陽さんはあちらの出来事を日向さんはもちろん、月子ちゃんのご両親にも話してくれていた。
というのも、月子ちゃんのお父さんはモートンさんの記憶を持っていて、お母さんは日向さんに影響を受けて時間差で飛ばされた来訪者だったからだ。
太陽さんはサンサンの全ての記憶を持ち、サンサンの人格をもった転生だ。でも、月子ちゃんのお父さんはモートンさんの記憶の断片を昔から夢で何度も見ていただけの人だった。モートンさんが転生したのか、それとも何かの理由で記憶だけ受信していたのかはわからない。ただ、モートンさんとは明らかに違う人だった。太陽さんと彼に主従関係は無く、本当に友人同士であった。

太陽さんに会って私はとても久しぶりにサンサンに会ったような感覚に陥った。私の体感では数日のはずなのに、何年、何十年も離れていたような感覚。その驚きに、月子ちゃんのお母さんが答えをくれた。

「ただの来訪者にとって、あちらの出来事は夢の中のようなものなのです。その記憶は直ぐに薄れて、多くは消えてしまうでしょう。」

彼女はそれでもまだ、周りに日向さん達がいた。記憶は鮮明なものではなくても、こう言うことがあった、と言う出来事を話す機会があり、その度に話した思い出として覚えている状態だそうだ。

それを聞いて、わたしはショックだった。そうなのか、とすでに妙に冷めた感覚があったから。私の脳はすでにあの出来事を夢にしようとしていた。

それからは私は記憶を辿って日記をつけた。思い出した事と、それを書いた日の感想も。あと、何故か知らないけど異様に絵が上手くなっていたので、仲間たちの似顔絵やあちらの世界の様子もイラストに残した。
書けることは日に日に少なくなり、それについて悲しくなる事も少なくなり、何日も書けなくなった。
それから、読み返して懐かしく思うより、そうだっけ?と思う事が増えて、大学ノート1冊がギリギリ埋まらないまま、私はノートをしまい込んだ。


数ヶ月が過ぎた頃、オカルトな雑誌の記者に付きまとわれる日が続いた。家の前をうろついたり、外出すると付いて来て私に何か話させようとする。
その日は〆切がなんちゃらで、いつもより強引だった。手を掴まれて、いい加減暴れても良いかな、と思ったら、すっと細くて白い手が伸びてきて相手の手が捻り上げられた。

「流石に女の子に乱暴は見過ごせないっしょ。」

ニヤリと笑い、反対の手は忍びのポーズ。

「え?もっちゃん。」
「はぁい。私もいるよ。」

少し髪を染めたOLなだんだんも現れた。

「ふんふん、あなた〇〇のトコの人ね。りょーかいりょーかい。」

もっちゃんがいつの間にか相手の名刺を取り上げて、だんだんに渡していた。その、だんだんは何処かに電話をしている。
ギャンギャン騒ぐ記者に電話が鳴り、それを受けると彼は一目散に逃げて行った。

「おととい来やがれってね。」
「多分、もー来ないよー。」

その後二人にカラオケルームに拉致られた。
もっちゃんは現在実家の自営業の手伝いとアルバイトをしており、だんだんはOLと兼業しながら元々の趣味の活動をしているらしい。で、その趣味の活動の知り合いにさっきの人の処遇はお願いしたとか。
その趣味は怖くて聞けない。

私は神隠しにあった事を二人に正直に話した。他に言いようが無かったからだけど、二人ともすんなり受け入れてくれた。曰く、

「「その肌のアラサーはあり得ない。」」

老け顔じゃなくて良かった。
二人はそれから、私を遊びに誘ってくれるようになった。高校生な遊びから、アラサーのまったりお茶会まで色々仲間に入れてくれた。何故かまったりお茶会でも浮かない私を二人は不思議がったが、私も不思議に思った。

太陽さん達は時々、遊びに来ないかと自宅に招待してくれた。かと言って、無理矢理私から何かを話させたり、聞き出そうとしたりはしなかった。
一年ほどして、ようやく私は彼らに問うことができた。
「あの出来事は、本当にあったんですよね。私は何故忘れてしまったのでしょうか。」

日向さんは私を抱きしめてくれて、月子ちゃんのお母さんは優しく慰めてくれた。

「記憶は溢れてしまっても、心は感情は残るの。一番大事なものは、ちゃんとあるのよ。」

ああ、そうだった。私は知っていたはずなのに。

「えいこちゃん、君、何故あの世界であんなに頑張ったか覚えてる?」

月子ちゃんのお父さんに問われて、不思議に思った。確か……月子ちゃんを助けたかった、はず。あれ?なんで私月子ちゃんを助けないとダメだと思ったんだろう?普通なら月子ちゃん達を探そうと思うはずなのに?私の書き残したノートには出来事だけ書いてあった。あのノートの私は何故アキホと名乗り、色々な事を知っているかのように振る舞ったんだろう?

私の様子を見て、太陽さんは頷いた。

「もう、大丈夫だ。えいこちゃんはえいこちゃんの人生を歩める準備ができたんだ。」

そう言われると、確かにいつまでも夢に執着していてはいけないと自然に思えた。
あの出来事は確かにあった。ただ、その記憶は失われてしまった。私が忘れていく事を受け入れていけるように、彼らは見守ってくれていたのだと気がついた。

帰り際に頭を下げてお礼を言うと、いつでも頼ってくれていいと言われた。それは、今後太陽さん達からは呼び出さない、という意味だった。
もう一度頭を下げて、私は家に帰った。

私は二年で大検と大学入試を突破した。両親は通信制などでもいいから、高校生活を経験しないかと提案されたが、戻った頃は全く高校生活というものに憧れを感じ無かったから、最短で大学に入れるよう予備校に行った。その選択は間違っては無かったと思う。


周りにも恵まれ、最善を尽くしていたと思うけれど、世の中は厳しかった。

大学四年生の十月現在、内定はゼロである。単位は取ってあるから卒業は大丈夫だし、使えそうな資格も少しは取った。バイトも人並みにはやった。だけど……

「やっぱり、三十四歳新卒。理由が十二年間の記憶喪失だもんなぁ。なんとか面接にこぎ着けてもその見た目だし。」

もっちゃんの苦笑いに、だんだんがチョップを入れた。

「もっちゃんは就職活動してないでしょー。そんなデリカシーの無い言い方ひどいよー。」
「いったー。でも、事実だし。」
「事実だからダメな事もあるでしょー?」

老け顔じゃなくて良かったとあの時思った自分の顔は、二十二歳だとしても幼い方に分類される容姿に思う。面接は替え玉と思われて即終了。言い訳には鼻で笑われた。
本当の本当に困れば太陽さん達が助けてくれるかもしれない。でも、まだ何か出来ないかと人生の先輩方に相談している次第だ。

「だんだんの会社で雇ってあげるのは?」
「いや、流石にレイ感雇えるほどの稼ぎは無いよ。しーまん稀に見るレイ感だし。」

だんだんは数年前から脱サラして、元々趣味でやっていたスピリチュアルな何かをしているらしい。詳しくは怖くて聞けない。
ちなみにもっちゃんの主要な収入源はバイト先の忍者村との事。

「……てか、従兄弟くんとこは?」
「あいつんとこ?あいつんとこかー。」
「いやー、でも良い人だし?小金持ちだし?」
「いやいやいや。確かに一人社長だし、良いやつだけど。」
「こないだ会った時、手が足りないって言ってたじゃん?」

目の前の全く意味が分からない会話に多少の期待を寄せて待機した。

「しーまん、もっちゃんの従兄弟くんのセレクトショップの店員はどう?」

ずずいとだんだんが乗り出した。セレクトショップの店員?

「自分で海外に買い付け行ったりしてる人でずっとネット販売やってたんだけど、最近実店舗出したんだって。人手足りないらしいんだけど、しーまん、ビジネスメール英語の検定取ってたよね?」

そういえば、だんだんの勧めで取った気がする。もっちゃんがハッとした顔でだんだんを見た。だんだんは気にしてない風。

「……しゃあないな。手が足りないのは本当だし。しーまん、興味ある?嫌だったら言ってくれていいよ?」

ため息混じりのもっちゃんの言葉にだんだんは小さく拍手している。
こちらは選べる立場では無いし、雇ってもらえるチャンスがあるのに受けない理由は無い。
お願いしますと言うと、もっちゃんはスマホを少し触った。

「今店にいるっぽい。んじゃ、今からでいいか。」

そう言って、店の地図をメールで送られる。
いや、今日私服だし相手の都合もあるし、と言ったけれど、だんだんに「大丈夫!」と送り出された。何が?
分からないけれど、ダメ元でも行くしか無い。私は緊張しながらその店に向かった。

――――――――――――――――――――――――――

「だんだん、このつもりでしーまんに検定受けさせたんでしょ?」

じと目でもっちゃんに睨まれたけど痛く無い。

「えへへ。ごめんね。でも、絶対相性抜群だよ?!しーまんなら従兄弟くんのお眼鏡に叶うって。」

社員として、でも良いし恋人として、でも良い。最終目標はその先だ。
しーまんの幸せは勿論祈りつつも、実はこの件に関しては仕事として請け負っている事だった。お客さんはしーまんの周りをフヨフヨしている魂。しーまんに悪い虫がつかないようにしつつ、運命の相手とやらとくっつけて欲しいという依頼だ。
その子が彼ならとGOサインを送って来ている。成功報酬は破格の異世界の魔力。ウィンウィンのお仕事は楽しすぎる。それに、顧客がフヨフヨちゃんだから友情的にセーフだと思う。なんせ未来のしーまんの子供だし。

もっちゃんの従兄弟は私達と同い年。だけど、関西の賢い中高一貫に通っていた。たまたま暇だからと従兄弟の中学卒業式に来た彼を見たのがハジメマシテだ。当時から、まぁ、周りがざわつく程度にイケメンな人で目立っていた。何より、あの魔力。イケメン、イケジョは何故に魔力が高いのか。私もしっかりマークしていた。

お近づきになって、魔力のおこぼれに預かれないかなーって見ていた私は、偶然彼が無意識にしーまんに恋に落ちるのを目撃してしまった。
彼の視線がしーまんを捉えたのは数秒だったと思う。だけど魔力を孕んだ魂が大きく唸って、彼女を求めているのが分かった。
人間が恋に落ちる瞬間はあの時以外見たことがない。他人の私ですら少しゾクゾクした。何の因果か、その後に、その彼の従姉妹と運命の相手と友達になった訳ですが。
そして、しーまんはどうやら異世界に行って、フヨフヨちゃんを連れて来たらしい。従兄弟くんもしーまんも無意識無自覚、記憶無しみたいだけど、魔力が視える者からすると予定調和としか思えない取り合わせだった。従兄弟くんの魔力の匂い、絶対その世界の関係者だろうし。

「あいつ、身内や仲間には優しいいいやつだけど、他人には容赦無いからなー。ちょっかいかけてきた女達の死屍累々を見てるから、女子を紹介するのは多少躊躇われるよ。」
「ふぅん?それなら、オッケーだしたのは何で?」

私はしーまんと彼がくっつくと確信してるけど。

「奴の女を切るときの常套句が『初恋の相手以外は本気の恋愛対象にならない』なんだよねー。……実はさ、中学の卒業式んとき、奴も来てたんだ。そんで、しーまん見た瞬間やつの瞳孔が開いた。多分、しーまんが初恋の相手じゃ無いかなって。まぁ、違っても私達の友人なら初手で切ってくれるから大丈夫でしょ。これでくっ付いたら、就職先の相談に来た友人に永久就職先を紹介したことになるんかな。」

くくくと笑う友人は多分、彼女と彼の関係が私と彼の関係のように恋愛感情を一切挟まないビジネスライクな関係になると思ってるように視える。

「いいじゃん。永久就職。それにしても、そっかー、だからもっちゃん、初対面から異様にしーまんに詳しかったんだねー。前クラスの事知ってたり。」
「まぁね。ちょっと引っかかる人の事覚えるのは癖みたいなもんだから。」
「私も引っかかっちゃった側?」
「ご活躍はかねがね?」
「やだー。」

中学では派手にお仕事やってなかったのに。もっちゃんの才能はこわいこわい。
そのタイミングで仕事用のケータイが鳴った。ありゃ、これは急ぎだわ。

「もっちゃん、ごめん。後よろしく。」
「オッケー。しーまんの方は任せて。ソレ、捜し物系ならヤマモト探偵事務所をご贔屓に。」

はぁい、と返事をしてカフェの外へ出た。アブノーマルな情報まで扱ってくれてる探偵事務所は一握りだ。何かあれば頼りにしてますって。
私は仕事現場に向かった。

――――――――――――――――――――――――――

さて、セレクトショップ、と言うには怪しさ満点の店に到着した。一応開店状態の札が下がっているので、そっと戸を押して入る。

「失礼します……?」

荷物がうず高く積まれていて、奥が見通せない。これはまだオープンしてはいけない状態ではなかろうか?

「ちょお、しーちゃん、今からって急すぎやろ?」

人の気配がしなかった場所から男の人の声が聞こえて、びくっと驚いた。

「いや、自分の名前椎子やん?ってそこちゃうねん。人手は足らん言うてたけどやなぁ。」

電話中?相手はもっちゃんらしい。と言うことはこの声の主が店長さん。やっぱり言われたからといって突然来るのは失礼すぎだよね。帰ろう。いや、でもこちらに来るって連絡は入れてもらってる訳だし、一言挨拶だけはしておこう。ダメならダメで仕方なし。

ところでこの通路迷路みたいなんですけど、ゴールはどこでしょう?

「すみません。お邪魔しています。」

さっきよりは少し大きな声で存在をアピールした。この道を進めば店長さんに会えるのかな?

「お客さんや。電話切るで。……はい、いらっしゃ、い?」

曲がり角でいきなり何かにぶつかった。それは大柄な男の人で、携帯を持っている。鋭い目つきのカッコイイ男の人。私はこの人を知っている?

ついついしばらく不躾に見てしまった。はたと気づいて、頭を下げる。

「失礼しました。あの、私、山本椎子さんからご紹介を頂いた……?」

彼の顔が赤い?何故だ?風邪?それとも何か恥ずかしい事してたとか?だけど、赤みをすぐに引いた。気のせいかな。

「山下えいこと申します。お忙しいところすみませんでした。社員を募集中と伺って……ってこんな格好で説得力無いですね。」

アポ無し突撃の私服だ。辛うじて履歴書一通は持ち歩いてだけど、バイトでもあり得ないだろう。こりゃダメだと思い。もう一度不躾を詫びて帰ろうとした。

「いやいや、どーせ、椎子が無理矢理言うたんやろ?俺は山本夏樹言います。ここの店長。」
「いえ、本当に就職先探してたんです。山本さん、
えっと椎子さんには良くしてもらってて……。」
「ここで立ち話も何やな。奥行こか。茶くらいだすし。」

いつもなら、男の人、それも初対面の相手と奥まった部屋で二人きりになるなんて多少警戒するものかもしれない。でも、私は何故か不安か一切なかった。

「掃除してへんけど堪忍な。なんのお構いもよーしまへんけど。」

奥の部屋は事務所と言うより、生活スペースだった。部屋全体がムスクっぽいお香のような香りがして、生活感がある。私は勧められた椅子に座り、彼はソファに座った。そのソファはベッドがわりに使われているような気がした。

「従業員募集はホンマやねんで。」

と言われて、履歴書を手渡す。それを持って彼は更に奥に引っ込んだ。すぐに現れた彼は手にマグを持っている。
ほいっと白くて丸いマグカップを渡された。甘い香りのお茶。えーっと、私、一応面接中よね?ここまできたら、取り繕うのも無理でしょう。履歴書を確認している彼の前で、普通にお茶を頂く。なんだか懐かしい味がした。

持ってる資格の話を二、三質問された後、すぐに仕事内容の話をなった。実店舗とは言え、現在のメインは商品の保管、発送、撮影等で徐々にイベントなどでの販売というか宣伝をしたいそうだ。やる気はあるけれど、経験が無い事を念のために伝えたが、「俺もや。」と笑って返された。

「福利厚生、契約やらの書類まだ用意してへんねん。来年の四月から本採用で、それまでバイトで雇てええか?」
「採用していただけるんですか?」
「あかんの?」

キョトンとされてこちらが面食らう。
「あの、私実は高校生の時記憶喪失になっていて……。」
「あ、もしかして、体弱い?うち俺の裁量で勤務時間どうとでもできるし逆にオススメやで?」
「いや、そうでは無くて、そんな訳あり経歴なのに良いんですか?」
「ん?ええよ。うちは人手不足で困っとる。あんたは就職したい。ほら、問題あらへんやん。」

ひらひらと手を振る彼に、私は頭を下げてお礼を言った。

――――――――――――――――――――――――――

彼女をにこやかに見送ったその後、店の札を返して部屋に引き返す。事務所まで引っ込んで、ドアを閉めて、ズルズルと地べたに座り込んだ。

「マジか……。」

取り敢えず落ち着こうと、更に奥にある洗面所まで行き、顔を洗った。鏡に映る顔は耳まで赤い。
従姉妹の中学で一度、見かけただけの初恋の相手。彼女が自分の側にいることになった事にも、未だにここまで焦がれている自分にも驚き呆れてしまった。どちらかというと女性関係は淡白というか冷徹な方だった。下心のある子は避けるか利用するかで上手くやってきた。それが、コレだ。
仕事が決まったと喜ぶあの子の顔を思い出すだけで、どくどくと血がたぎる。

「あかん。身ぃ持たへんかも……。」

そう言いながら、紹介してくれた恩人にメールで採用の旨を連絡した。

――――――――――――――――――――――――――

店長さんはとても親切だ。親切過ぎて仕事にならない。
言われた仕事は本当に簡単な物ばかりで、全く役に立っている気がしない。数日観察して理由が分かる。多分、絶対、採用したかったのはガタイのいい男性だ。
商品の整理をするにも物が多くて、運ぶにも積むにも私だは丈が足りない。崩すわけにも行かないし、取り敢えず仕分けしやすいように品目を書いた付箋を貼るくらいしか思いつかない。

仕事が無くても、「時間があるんやったら、ここおいで。教えるの苦手やねん。仕事見て覚えてくのも仕事やし。」と言われたので来ているが、嘘である。伝票整理の時にやり方教えてもらったけど、天使ですかってくらい優しく丁寧に教えてもらった。

で、仕方がないから、料理と掃除と洗濯をしている。店長さんは自宅は別にあるらしいけど、ほとんど帰らずに事務所に寝泊まりしていた。しかも、食事が最悪。ご飯のかわりに「ガソリンやー。」とか言いながらお酒で済ましているレベル。

「なぁ、『店長さん』て辞めへん?一応同い年やし、敬語もなぁ。」
「では、山本さんでよろしいですか?」
「ナツキ言うて♡」
「ナツキさん?」

ん?また赤くなった?自分で呼ばせといて照れるか普通。

「あかんわ。あかんかったわ。新婚さんみたいで照れてまう。」
「えーっと、ちなみに椎子さんや山田さんには何て呼ばれてるんですか?」
「せやな、二人ともナツって呼んでるわ。……えいこサンもそうする?」
「なんで、私はさん付けで呼ばれてるのに、店長さんはアダ名何ですか。」
「ええやん。同い年っぽさが欲しいねんっ。俺だけ老けてんのが気に入らんのやっ。」
「いや、それは明らかに今までの食生活のせいです。」

「がーん。……あ、もう夕方やん。」

明らかにポーズだけど項垂れる店長さんを見て、流石に言い過ぎたかもと思った。
店は西に入口があるから、夕方はかなり眩しい。二人でブラインドを閉めていると、彼は入口を開けて外の商品を店内に入れに出た。それは普通の事で、なんの意図もない。

そう、分かっているのに口が勝手に動いた。

赤い夕日。彼の背中。絶対に絶対に言ってはいけなくて我慢して飲み込んだ言葉が、漏れた。

「ナツ、一人にしないで……。」

自分でも意味が分からなくて、口を押さえた。小さな声だった。でも、次の瞬間には彼の腕の中にいた。

「その言葉、後悔せんときや?」

ぎゅっと抱きしめられて、私はずいぶん前からこの人の事が好きだったのだと思い出した。

――――――――――――――――――――――――――


最後の戦いを控えたある日、セレスの研究所にナツが現れた。

「こーんなトコにおってんな。」
「何の用だ。」

聖女の仲間として二人は面識があった。共に戦ったこともある。けれど、セレスは基本的につるむ事を好まず、単独行動も多かった。
「どーしてものお願いがあってな。使令の解放の仕方、教えてくれへん?とある情報筋から、あんたなら知っとるって聞いてんけど。」

その、とある情報筋にセレスは心当たりがあった。絶えることのない一族の記録。そこに書かれている可能性を彼は知っていた。

「……交換条件だ。ここのセキュリティを破った方法を教えろ。」
「交渉成立やな。」

セレスはこの時小さく笑んだ。その過酷な方法をサタナが実行できないと思ったからか、それともサタナの苦しみを歓迎したからか。もしくは、それ以外の理由があったのかもしれない。

――――――――――――――――――――――――――

「我を作りし者達よ。祝福を与えよう。」

一人一人個別の空間で願いを叶えた。偽りの願いは許されない、魂の祝福。

「せやなぁ。」

一瞬だけ、最後の迷いを断ちきるように息を吸ってサタナは答えた。

「この戦いが済んだら、使令四人解放しよう思とる。それ、見守っててくれへん?」
「使令を解放するのが願いでは無いのか?」
「解放する方法はあんねん。しかもちゃんと苦しいやつ。俺がやった事考えたら、なんの苦労もなく解放してハイ終わりっちゅう訳にはいかへん。死んだ方がマシくらいに辛いんやと。望むところや。けど、自失して死んだらあかんねん。そのサポート頼むわ。」
「それは、確かに願いには違いない。だが、お前にはもっと強い願いがあるはずだ。」
「強い願い、なぁ。」

小さく諦めたように息をついて、彼は答えた。

「次の人生は誰かのために生きたい。人を救うような生き方がしたい、やな。せやけど、あいつらを解放出来ひんにゃったら意味無いねん。ここで罪は償わな。」

「承知した。ならば、お前が罪を償い、来世で人を守る生き方を与えよう。」
「二つもええんか?」
「二つでは無い。前は後のための必須だ。それから、」

すでに一つとなった自分の心の奥にある、心残りを彼に託す。

「世界を渡る時、償われた罪の記憶は取り除かれる。我の古い友人をお前に頼む。」
意味を受け取りかねているサタナを元の世界に戻す。彼はこれから想像を絶する苦痛を受けるだろう。けれど、全ての罪が流れた後は同じく罪を流した彼女の元に送られる。

あまりにも長く付き合わせてしまった友人にようやく礼が返せた。



※この続きでR18向け小説↓書きました。若干えいこ鈍感度上がってます。苦手でなければ同一作者から飛んでください。

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