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133 ただいま

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まるで砂時計の砂が落ちるように、残された時間が減っていくのが分かる。

『めでたしめでたし大団円。そのお話の前と後。そこには何があるでしょう?』

この世界を創りながら秋穂自身が歌っていた歌。その『前』の部分が終わろうとしている。

皆で王都に着いて城に向かう。アポイントメントも無いのに、兵士達は私達を招き入れた。懐かしい中庭を通り、私だけ更に奥へ通される。マリちゃんはマリスに戻り私の肩に乗った。

サンサンの部屋は以前と大きく様変わりしていた。書斎や本棚は無く、大きなベッドに中庭に置いてあったテーブルセット。部屋はまるで外にいるかのように優しい日差しが再現されていて、植物も豊富に飾られている。

「やっと帰ってきたな。おかえり。」

一回り小さくなって、歳をとってはいたけれど、サンサンは元気そうな笑顔で迎えてくれた。

「天使様、お疲れ様でございました。」

モートンさんは深々と私に頭を下げる。

「ほんと、遅くなっちゃったけど、ただいま。サンサン、体の調子は?」
「悪かねぇ。だが、えいこサンが間に合わんかと思った。」

カラカラと笑われて、ごめんね。と謝る。

「いんや。間に合った。やっと、だな。」
「やっと?」

サンサンは私の顔を見て、うん。と唸った。

「毎回、またねって言うんだがな、帰ってきた試しが無かったな。今回が初めてだ。だから、これが最後なんだなと思った。違うか?」
「サンサンは知ってたんだね。」
「天使様のそのご様子。陛下と同じく記憶がございますのですな?」
「私は、全部じゃないけどね。サンサンは?」
「そうなのか、俺は全部だ。全部の事を今は思い出してる。毎回忘れて、毎回死ぬ前に思い出す。今回は長い長い走馬灯みたいなもんらしいな。不思議なこったが、忘れてた間も全部忘れてるわけでも無かった。えいこさんは帰ってこないだろうって予感みたいな記憶の残像みたいなんはあったんだ。テルラとの事みたいな大きな事は完全に忘れっちまってたのに、えいこさんに会った時は前も会ってる事は確信してたんだ」

 まぁ、あんなに何度も繰り返してたからな。とサンサンは私の頭を撫でた。
 それが心地よくて、私の忘れた記憶の中でのサンサンとの関係が何となく分かった。
 なんとなく、ゲームの進行に邪魔にならない記憶は消されなかったんだっけ、と私も確信していた。

「でだな。明後日から王都の祭りが始まる。それまでもつか怪しいと思ってる。多分、えいこサンも同じくらいじゃ無いか?」

そう言われて手袋が渡された。女性物でサンサンがそばに置いていたものだ。
自分の両の手を見て、ほんの少し薄くなっている事に気がついた。明後日か。思ったよりも随分早い。

「お互い、心残りの無いように過ごさないとだな。」
「お祭りを目の前でお預けされて、そんなの無理だよ。」
「違いない。」

モートンさんに後ほど話が聞きたいと言われて了承した。彼もまた絶えることのない一族であり、記録している事があるのだろう。情報の取捨選択は任せた。

応接室に戻るとサタナさんだけが待っていた。

「カナト様はいっぺん帰らはったわ。ほんでまたすぐこっち来るんやと。直通の転送円、便利すぎやな。」
「そっか。分かった。」

さて、なんてこの先のことを切り出そうか。サタナさんはまだ大団円のピース探しに来たと思ってるはずだし……

「…ピース、見つかったんやろ?」
「え?」
「手袋。ここに来る時から何や手の先白うなっとる気がしとってんけど。もう、帰るんやな。」
「うん。」
「いつや?」
「多分明後日くらいかなぁ?」
「早っ!てか、何や、そのアバウト加減。」

サタナさんは苦笑いで突っ込んだ。

「なんとなく、だからね。もしかしたら伸びるかも。」
「おんなじノリで縮まるかもって事やな。ちょお、外行かへん?」

サタナさんに連れられて、中庭に行く。そう言えばかなり長い間、二人で話すことも無かったな、と気がついた。

「えいこサンは元の世界では何やっとった人なん?」
「女子高生だよ。」

果たしてそこに戻ったとして女子高生に戻れるかは謎だが。

「じょしこーせー?」
「うん、学生だね。勉強したら、友達と遊んだり、部活っていう興味のある活動に打ち込んだり、アルバイトしたり、そんなの。」
「ええな。楽しそうや。俺もなりたいわ。じょしこーせー。」
「女子高生は女性だね。男の人は男子高生。」

あちらの世界はこちらの世界と比べて、心根の優しいサタナさんに向いていると思う。だけど、ゲームのサタナさんエンドのように月子ちゃんと帰って来ることは無いだろう。

「いや、女子高生の方がええな。そんでえいこサンと青春すんねん。『えいこ!』『もっちゃん!』みたいな。」
「もっちゃん?」
「ああ、俺な、来訪者の家系やねん。本名はサタモトナツキ15世。長すぎやし、もう何十年もサタナ名乗っとるけど、前の聖女はんは『もっちゃん』て呼んどったわ。」

もっちゃん。そういえばもっちゃんの忍びのポーズってサタナさんやモートンさんのヒゲをなで付ける動きに似ている。万が一、億が一でその願いが叶っていたりして。うわぁ。

それから、少し思い出話しをして、少し何も語らない時間が過ぎた。互いに言えないことばかりだったけれど、それで良かった。

「…あんまりえいこサン独占しとったらあかんな。明日の予定は?」
「心配かけた人への謝罪行脚。」
「律儀やな。記憶消えるんやろ?えいこサンらしいっちゃらしいけど。」
「一応、心残りなく過ごそうかと。あと、感情は消えないからね。私の記憶も無くならないはずだし…。」

少し慌てて謙遜する私に優しい眼差しが注がれているのに気づく。

「おおきに、な。」
「え?こちらがお礼言う側だよ?」
「いや、ええもんもろたわ。」

一旦ことばをきって、サタナさんの表情が切り替わった。

「記憶がたとえ無くなったとしても、それは俺の生きる支えになる。感謝している。」

「こちらこそ、ありがとう。本当に。」

お互いの大切な思い出の多くは既に無くしてしまったけれど、確かに今も大切な何かは消えずに心の中にあった。

「ほな戻るわ。またな。」
夕方の赤い空にサタナさんは消えていくのを見送って、私も自分の部屋に戻った。
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