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123 お馬鹿さん

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管理者から与えられた魔法は、簡単に言うとゲーム内で月子ちゃんのみが使える魔法セットだ。ただし、使用条件を満たさないと使えない所までそのまま。
攻撃魔法系だと、『瞬殺』とかあるにはあるんだけれど『薙刀の習熟度が師範以上』とかで実質的には使えない。

条件を満たしていて使えそうなのは2つ。『治癒魔法』と『動物使い』。『治癒魔法』はゲーム後半で使えるようになるチート魔法の1つだけれど、聖魔混合魔法である。車酔い必死。出来れば使いたくない。『動物使い』は王道ヒロイン限定のアレだ。野生動物に噛まれて「怖くない。大丈夫。私はあなたの味方よ。」→ペロペロからの仲良しってやつ。野生動物に噛まれた覚えはあります。で、いつ何に使えと?

戻ってきた私を皆が取り囲んだ。とりあえず、何ともない事と、管理者に会えた事を報告。聞いた内容は一度整理してから話したい、と伝えた。
ここまで来てからの、もう少し待ってと言うワガママを誰も咎めたりしなかった。

「じゃ、こんなとこいてもつまらないから、うちに帰るわよ!」
「せやな。今日の晩飯は何や?フユ?」

明るく流してくれるのがありがたくもあり、心苦しくもある。ふぅ、とため息をつくとポスンと頭に手が置かれた。

「お前は無事帰って来た。情報もある。気に病む必要はない。アイツらはお前が帰る日が近いとは知らないからあんなものだろう。特別気を使われているとは思うな。」

ご主人様ってこんなに察しが良かったっけ?

「ありがとう。帰ったら、相談していい?」
「ああ。」

そう言ったDの向こう側に、ぶすーっと膨れたハルとそれを慰めるストラスが見えた。

「ハル?ハルちゃん?」
「アキ、最近僕に冷たくない?」

ベターっと引っ付かれて、身動きが取れない。

「ハルさんはお寂しいようです…。なんせフユさんも最近はナツさんとばかり仲良く…むぐぐ。」

分体のハルがストラスのほっぺを両手で挟んでむぎゅーっとやる。

「フユは関係ないもん。ストラスのバカ。」

そういえば最近はダヤンの仕事や家事、多分鍛錬も全て一人でやっていたような。

「…お前が一人前になったから、みんな心配しなくなっただけだ。寂しいなら仕事をさっさと終わらせてからゆっくり楽しめ。」

Dはハルをひょいと持ち上げた。てっきりひっぺがすのかと思いきや、そのまま抱き上げる。腕に座らせるように持ち上げての抱き姿は、絵画並みに絵になった。

「だが、最近時間が取れなくて悪かったな。」
「いいよ。Dは遊んでくれる方だもん。」

え?Dとハルが遊ぶ?いつの間にそんな仲になったの?ハルの分体何やってんの?

「そうだね。頼りになるからって、何でも任せっぱなしになっちゃったね。帰ったら遊ぼう?」

疑問を押し込めて慰めると、ハルはにこーとなって元気に走っていった。



「それで、ハルといつの間にそんな関係に?」
「あ?お前、相談したい事ってそれか?」

うちに帰りDの研究室で時間を取ってもらった。するべき相談は別もんだけど、気になって仕方ないから先にこちらを片付けたい。

「違うけど、仮にもあの子のお母さんやってるんだもん。知らないうちに知らない交友関係が広がったら気になるでしょ?」

ずずいと迫る私の気迫に負けたのか、呆れたように机から何かを出してくる。それは…プラモデル?

「アイツは機械いじりの才能がある。ここのものを勝手に触らない代わりに与えたものだが、中々筋がいい。」

プラモデルのようなのは外見だけで中は機械のようだ。電気と魔法が動力らしい。

「納得したか?」
「はい。」

機械いじりの遊びは付き合えない。そういえば、女の子だと思っていたのもあって、いわゆるダンスィな遊びや興味は広げてあげれてなかったな、と母は反省した。

気を取り直して管理者との話をDに報告した。結局直接的な大団円への足がかりにはならなかったが、この世界の成り立ちを知る事は出来た。それをナツフユに話すかどうかが問題だ。

「記憶は無くなるとは言え感情は残るし、フユに至っては書き残せるからね。知らせるべきだと思う?」
「お前はどう思っている?」
「出来れば言いたい。」

聞かされた本人がどうにも出来ないような真実を伝える事が誠実だとは思わないけれど、単に隠し事が多くなるのが嫌だった。

「ならば、言えばいい。」
「リスク無いかな?」
「絶対無いとは言えないが、話したいと考えるお前に情報を与えたのは管理者だ。むしろ、奴らが知っておくべき内容なのかもしれない。」

フユが一族の文書として残せば、月子ちゃんが早い段階で知る事ができる。ナツとフユは信頼度が互いに高く、そしてナツの潜在的な記憶もある。世界の救い方の情報は正しく彼女に伝わるだろう。

「そうだね。そうする。それから、管理者の協力者だけど、心当たりある?」
「それを知ろうとはするな。」

短くハッキリと言われて、Dも過去の自分も知っていたのだと知る。私は、海里君じゃ無いかと考えていた。力を持っていて、愛する人を助けたかった人。だけど、いつもの確信がまだ持てない。と言うことは違うのかもしれない?

「でも、イレギュラーで遭遇するかもしれないじゃない?」
「それは無い。」

なんでやねん。と思って言い返そうとする私の顎を掴まれる。

「俺にお前を殺させるな。」

真っ黒な瞳が私を脅した。マジで怖い。そんなに怒らんでも。けれど、すぐに解放される。

「お前が会える相手では無い。忘れろ。」

それは無理だけど、どうやら確信を待ったら相当やばい事が起きるっぽい。今は置いておこう。



モンスター達の配置が終わるのは二月の頭。これらはきっと大団円を形作るピースの1つだから、そこまでやりきったらまた管理者に進捗を聞きに行こう。
一つ一つを丁寧に。そうやって光の国の祠にモンスターを配置して、祠を出たらそこにキュラスが居た。

「やぁ、久しぶり。」

居たのはキュラスとヒノト。キュラスはラフに立って居て、ヒノトは隙がなく多少警戒して居るように見えた。でも感知はされない。即戦闘のつもりはないらしい。周りにも人が隠れているわけではなさそうだと、ハルから報告がある。

「…誰かと勘違いしていない?」

人避けを施していたから油断していた。それをかいくぐるくらいには彼らは成長していたのだ。じっとりと嫌な汗が出る。

「ふーん、勘違い?じゃあ、念のため確認させてね?」

すぅっと優雅に間を詰められる。祠に逃げたらモンスターがいる。ここの担当は本人の力が強いタイプ。キュラスではまだ間違いなくやられてしまう。

「やっぱりえいこだ。相変わらず、魅力的な汗の香りだね。」

手を伸ばせば届くくらいに近づかれて、小悪魔的な笑みを見せられる。キュラスはキュラスだった。

「…ダヤンの一員になったって噂、本当みたいだね。冷たいな。一言教えてくれたらいいのに。」

ヒノトは動かない。

「そうだとして、何の用なの?」

用は大有りだろう。祠に誰かがモンスターを配置している事自体は気づかれていてもおかしくない。ただ、ダヤンが、私が配置している事がバレたら、断罪ルートもあり得る。どうやってここを乗り切るか。彼らを捕獲?2人とも捕まえる事はできるか?

「僕は何をすれば良い?」
「え?」

何を言われたかわからずに聞き返すと、呆れたような顔でもう一度言われた。

「だから、僕が君のためにできる事は何なのか聞いてるの。えいこ、君、少しバカになったんじゃない?」
「な、なんで?」
「だって、前はもっと察しが良かったでしょ?」

いや、聞きたいのはそこじゃなくて。

「何者かが祠にモンスターを放ってるのは噂になってるよ。ダヤンだって言う人もいるし、女を見たって言う人もいたよ。両方とも黙ってもらってる。ちゃんと調査するまでは変な噂流さないでねって。それで、僕が調査してるって言うていだよ。」

「キュラス様。私もそちらにお邪魔しても?」
「構わないよ。何変な気を回してるの。」

ヒノトは近くに来て、念のため感知させて欲しいと言ってきた。キュラスは顔をしかめたけれど、私は許可した。

「特におかしな魔法もかかっていませんね。」

感知系のスキルレベルも上がっているようだ。最早力を計るだけではない、ゲームの表示並みか。

「キュラスは、私が祠にモンスターを放ってるって思ってるんだよね?」
「そうだよ。だってそうだよね?」
「なのに何故捕まえないの?それどころか協力するみたいな事言うなんて。」
「やっぱり、ちょっと馬鹿になってるね。カナトもそっち側にいるんでしょ?伝説の武器をわざわざ届けておいてからのモンスター放つとか、レベル上げろって言ってるようなもんでしょ?その前からレベルアップさせようとしてたし。それとも、僕達のことを馬鹿だと思ってるの?」

ああ、ちゃんと伝わってた。
その事に驚いて、それから慌てて首を振った。

「えいこ、君、何か困っている事ある?」
「…無いよ。」

じいっと見られて一瞬たじろいだが、すぐに答えることが出来た。困ってはいない。やる事は明確で、仲間もいる。助けを請うほどには困っていない。

「そうだろうなって思った。えいこは何か、しなくちゃいけない事をやっているんだろうなって顔してる。」

キュラスはなぜか少し寂しそうな表情だ。

「闇の国には情報は流さない。彼らは僕と違う意味でえいこの事が大事みたいだから、止めようとしそうだし。」
「キュラス…なんで…」
「友達、でしょ。互いの健闘を讃えあって役割を全うするような戦友。えいこはえいこの最善を進んでいて、僕には僕の役割がある。違う?」
「違わない。違わないよ。嬉しい。」

いつの間にかヒノトの警戒は外に向けられていた。ヒノトは光の国も闇の国の者も警戒していたのか、と理解した。ヒノトはキュラスの気持ちを汲みながら、かつ護衛としても抜かりがない。いい、パートナーだ。

「それで、僕達にしてほしい事ある?」
「強くなって欲しい。来るべき破壊の神を倒せるくらい。それから、力が満ちた時にあなたの民を守れるくらいに。」
「了解。むしろ、民を守る事が僕の役割だ。そのための環境作ってくれた事を感謝するよ。祠以外には放つ予定無いよね?上手く誘導しておく。」

キュラスはそういうと「じゃあね。」と言って立ち去った。
私の数少ない言葉からこの先を予想して、やるべき事をしに行ったのだ。
迷い無く進む後ろ姿に感謝しながら、私は戦友を見送った。
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