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120 チリンチリン

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同僚の深いため息か聞こえるのは何度目だろうか。
「いい加減、気が滅入る。落ち込みたいなら他所でやってはもらえないだろうか?」
「いや、すまんな。せやけど、やられた思て。」
そう言いながら、またため息をつかれた。

ナツが何故ため息をついているかぐらいは察しがつく。

我らが主人であり最愛の君は、先日仲間を失った事で心が傷ついていたようだった。清廉なる彼女の気持ちを晴らしたのは、同じく僕であるカークだった。

ナツの主人への忠誠は紛う事なきものであったが、自分とナツには決定的な違いがある。彼は個人として主人の役に立ちたいと願っている節があった。もちろん、自分も主人の役に立ちたいとは思うが、彼女の問題が解決するならば必ずしも自分が、とまでは思わない。

「我らが主人に笑顔が戻ったならば、何も問題はあるまい?」
「問題大アリや。アキの心が晴れたんは、カークが慰めたからやない。アキが何かを決意したからやねんで?その決意をさせたのが…」
「ならば、ソレが私やDならば良かったのか?」
「あほぬかせ、Dの旦那やったらこんなトコで心穏やかに鍛錬に精を出せるかいな。」

どこが心穏やかなのかとは思うが、ため息以外は確かに鍛錬に手は抜いてはいない。
魔と聖の力を打ち合わせる。一歩間違えば死をも覚悟すべき手合せだが、効果は絶大だ。この方法を他人とやる勇気は流石に無い。

バースが消えて、彼女はやはり動揺していた。予想される事態だったからバースも実行しない手筈であった。けれど、モンスターにはモンスターなりの使命があるのだろう。自分が彼女を最優先にするのと同様に、彼らも使命を優先しただけだった。批判できる立場では無い。

確かにパーティーで敵を倒すのと比べると、1人で倒した場合の経験値は桁が違う。体感として知ってはいたが、Dに教えられた能力の数値化をするとそれはより明確になった。しかも、相手は格上も格上のバースだ。予想されるテルラの能力値は最早闇の国の王の絶頂をも凌ぐだろう。対峙せざるを得ない場面が来た時に、自分は捨て駒くらいにはならねばならない。そう思い、自分を磨く。欲を言えるならば、使い捨てではなく、役に立ちたいが。

「主人様の深いお考えまでは私には分からないが、道は示されている。悩む余地は無い。」

魔属性の火を聖の属性を併せた水の刃で切り捨てる。ただの火や水の魔法とは威力が違うが、その力のコントロールは更に難しい。

カークと戻った彼女の目には強い意志があった。今までの彼女は少し遠慮がちな、薄い紙一枚隔てたようなところがあった。それが消えたように思えた。
そして、彼女はその場にいたDにモンスターを自分が各祠に配置したいと申し出たのだ。
モンスターの選出は相談するけど、と前置きしたが問題はそこでは無い。バン達も今回の事で思う所があったようで、一度祠に配置された後はもう戻らないと宣言していた。つまり、死地に赴く彼らの最期を自らの手で、という申し出だったのだ。

「かまわない。」とDは彼女の瞳を確認するように見た後答えた。それから「よろしく頼む。」と言い、彼女もそれを驚きもせずに受け止めた。

ナツはカークの動きを気にしているようなそぶりをしているが、Dと彼女の関係の方が私には気になる。Dは何を考えているのかが読めない。さりとて今は何かをするわけでは無いが。

己の役割以上を望まない自分に、相棒は甘い。そこはナツの美徳だとは思っている。

「フユもたまには自分の事、お役目やら一族の悲願やら取っ払った自分の事も考えてみた方がええで?聖人は俺らより寿命も短いんや。やりたい事やらな後悔先に立たずやで。」

「お前は、悪いやつだとは思わないがやり方が少々回りくどい。本当はお前自身は気落ちなぞしていないのだろう?私の事まで抱え込もうとするな。潰れるぞ。」

鍛錬を切り上げて戻る自分の耳が「なんや、バレとったんか。」と言うナツの声を拾った。





ストラスからバースが居なくなって空席になった祠に、黒犬さんを配置して欲しいという話があった。黒犬さんの纏う魔力を引っぺがすには、まず黒犬さんに本気になってもらって魔力を出しきらせなくてはダメらしい。魔力を全部使わせれば残った魂のかけらは輪廻に戻っていくはずだと分かったそうだ。
それに残念ながら、モンスター格同士の戦闘は不可だそうでカークやストラスが手を出すことはできないのだとか。
だから、黒犬さんは一番最後にニアメに配置する事にした。

黒犬さんは魔人、それも敵意を持った人に攻撃されると昔の怨みが再燃して凶暴になる。そこを保護されたわけだが、魔人の多いニアメなら大地くんもいるから、手がつけられなくなるくらい暴れても倒してもらえる。大地くんが魔人なら言う事なしだったんだけど、彼は来訪者だ。黒犬さんを切れさせる人が別に必要かもしれないから、ダメならナツにお願いする。今すぐではナツの力が少し足りない。
それに、世界の力が少し満ちて来ている。黒犬さんは元々こちらの世界の魔獣だったから、想定外に祠から離れても動けるかもしれない。
すべき事を粗方済ませてから臨む方がトラブルにも対応できるだろう。

モンスター達を祠に運ぶ魔法陣は独特だった。魔法陣で呼び出すのは簡単だけれど、魔力と聖力がごっそりやられると言う。おまけに最中は人払いをしなければならない。神の領域の魔法だ。運営側からすると簡単に使えるけど、普通の魔人やらにはおいそれとは使えないねってやつ。
つまり、今度は一人で祠を回らなければならない。一緒に行動するのはハルだけ。カークは送り出す側でサポートしてもらう。
元々Dがやるつもりだったみたいだけれど、私に任せてくれて感謝しか無い。しかし以前の事があるから、休養はしっかり取ることを約束させられた。
後はやるだけ。それと、管理者に会うこと。それで私の仕事は大体終わってしまう筈だ。

TO DOリストを眺めていて、1つ気がつく。そういえばフユに任せていた伝説の武器ってどうなったんだっけ?
折良くフユが鍛錬から戻ってきたから、捕まえる。

「ごめん。着替えた後でも良いんだけど、お願いしていた伝説の武器ってどうなったか教えてもらえる?」

フユは何故か少し驚いた表情になったけど、すぐにいつも私に向ける優しげな顔になった。

「ご報告が遅れまして申し訳ありませんでした。キュラス様とヒノトの手にそれぞれ送付済みでございます。」
「送付?」
「はい。特別郵便で。」

え?郵送?伝説の武器郵送したの?

頭の中で郵便局のおっちゃんが自転車で通り過ぎた。ちりんちりん。

「何か不都合がありましたか?」

不思議そうに首を傾げられて、フユはハルのクセが移ってるな、と思った。

「ちゃうねん。ちゃうねんで。アキ。」

フユの後ろからナツが追ってくる。どうでも良いけど汗まみれなのに汗臭くない二次元ヒーロー達はやっぱり嘘くさい。別に汗臭くなくても良いから残念な香りとかして欲しい。カツ丼とか。
あれ、デジャビュ?

「光の国の神官らが使う特別郵便て、闇の国で言う郵便やない。直属の僕同士を介して運ぶ方法や。ついでに指令の護衛付き。」
「それって…行方不明の次期神官からそんなの来たら、事情聞かれたり後つけられたりしないの?」
「こればかりは我が一族の特権ですので。」

神聖不可侵。王ですらノータッチだそうだ。
…それなら初めから闇の方のもその人達に頼んでも良かったんじゃ?いやでも、キュラスまでは信頼して届けられてもその先が難しいか。
とりあえず無事に届いたなら良し、だよね?
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