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107 ハルのお願い事

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「嘘でしょ。ゲロ弱。」
結界の中で私の魔法能力を改めて披露したところ、カークは罵りながらむせび泣いた。
「信じらんない。こんなに弱いとか詐欺よ!この程度で私が僕にされたなんてっ!」
どっから出したのか知らないけれど、ハンカチを噛んできいぃっとヒステリックに騒いでいる。
「修行よ!鍛錬よ!山の主に、こんなんの下僕になったとかバレたら生きていけないぃっ!」
カークは山の主の勢力圏は見えないらしく、山にも主がいると聞いているだけだそうだ。けれど彼女のプライドは、見ず知らずでも同業者に舐められるのは堪らないようだ。
「いやっ!でもっ!こんなちんちくりん鍛えたって屁のつっぱりにもならないわっ!フユとハルを鍛えなくちゃっ!もっと強い下僕を連れてくるのよー!」
あまりの狼狽っぷりに羽わんこに戻って火を噴きまくっている。強い知り合いなんて、Dくらいだけど、そいつは私のご主人様だ。

「アキ。お出かけしよ?」
結界内はカークが暴れ狂っているため外に退避していると、マリス型のハルが私の襟を引っ張った。そういえば、そろそろ結晶を買い付けなくてはならない。
カークが落ち着くまで確かに何もできないから、カークに声をかけて出かけることにした。聞いてるとは思えなかったので、Dにも声をかけておく。

「ハルは人型じゃなくてもいいの?」
「うん、あのね、僕、外食がしたいの。」
「外食?」
「うちで作るご飯マンネリ化してきた気がして。」
ハルはDから家事免除を言い渡されていたが、気分転換になるから、と食事作りには参加していた。多分私の仕事量を慮ってくれているのだ。

というわけで、ハルが食べたいものを食べに行くことにした。
ナイロのものが食べたいと言ったので、先にアスで聖力の結晶を換金してから、ナイロで魔力の結晶を手に入れる。その間中、どれにしよーかな、あれにしよーかなと、ハルは嬉しそうに考えていた。
けれど、悩んでいた割にハルはすぐにお店に入ってテイクアウトの注文をした。作るのに時間がかかるそうで、しばらく店内で飲み物だけ先にもらって飲みながら待つ。
ハルの人型は美少女だから、ここで食べるのは確かに面倒なことになりそう。
そう思いながら、冷たいジュースを飲んでいると、音を立てて両隣同時に人が座った。

ふわっとよく知る香りがして、頭が真っ白になった。なんで、彼がここにいるの?いや、人違いかもしれないし、もしかしたら本当に偶然に横に座っただけかもしれない。そんな儚い願いはすぐに散った。

「えいこサン、久しぶりやなぁ。」
柔らかくて響く声は懐かしさと共に私を絶望を味わわせた。
どうしよう。彼との忠誠の契約はとても緩いものだけれど、ウランさんの件もあって私の事は感知しにくくしてある。なのに、何故。
「あの、えいこサン、なの?」
逆サイドからジェード君の声がした。挟まれてる、でも他に人はいない?それに、確信は持たれてないような問い方だ。
「…違う。」
さりげなく、フードを脱ぐとか?
いや、無愛想なキャラなのに、このタイミングで他人にわざわざ顔を晒すような動きは変よね?
不意に顔をグイッと向けさせられた。いきなり視界が心配そうなジェード君の顔でいっぱいになる。

あぁ、よかった。元気そうだ。つい、そう微笑みそうになる前に振り払った。
「やめて。」
「生きてたんだ。俺すっごく心配してたんだよ!みんなだって!ディナさんだ「そんなの知らない。」
元気なら、それでいい、今は。最終的には強くなってもらわないと困るけど、私の事は帰ったと割り切っておいてもらいたい。みんな、優しすぎるからこちらに残っている事はできれば知らないでいて欲しい。

ここにいるのは、あなたたちが知るえいこサンじゃない。アキなんだ。

「…話とう無いんやったらええけど、なんや困ってへんのか?」
「うるさい。」
大丈夫。サタナさんなら、私だって勘付いてもこれだけ拒否すれば距離を取ってくれるだろう。彼に私を深追いするよう命じる人はいない。忠誠の契約はまだ継続中。最悪、近づかないように命令すれば…

「うるさいって!そんなの無いんじゃ無いかな。師匠はえいこサン助けるために命捨てたんだよ?」

え?


「命、捨てた?」
「いや、生きとるし。」
「生きてるのは、たまたまヒノト様がバーストの治療に詳しかったからと結晶があったからですよ!俺にだって、師匠の事はほっとけって言って結晶飲んで、バーストして、岩溶かしたんじゃ無いですか!」

無意識にサタナさんを見てしまった。一瞬、たった一瞬だけど彼と目が合った。

「…馬鹿みたい。命捨てる様な無様なことしかできない弱虫なんて要らない。」

どうして。
サタナさんは、私だと確信している目をしていた。そして、とても暖かい、目。
自分が命捨ててまで助けようとした人間が、こんなとこで、連絡もしないで、こんな態度で、なのになんでその表情なの。怒るとか、苛立つとか、なんで。
アキの役割を全うするようそう吐き捨てて、私はその場から逃げだした。

店を出て、街から飛び出して、走った。

サタナさんが、私のために命を捨てようとした?せっかく、離れたのにっ!

「アキ!アキ!」
ハルの声がした。気がつくと、マリス型のハルが肩に乗っていた。街の門からはかなり離れていて、転送円と真逆の場所にいる。
「ハル…。ごめん。テイクアウトのご飯、貰うの忘れて出ちゃった。」
「うん。大丈夫。大丈夫だから。」
頰にハルが身を寄せているのがわかる。ほのかに暖かい。

「ママ。…サタナさん、生きてて良かったね。」
「…うんっ。」
堪らず涙が溢れた。良かった。死んでなくて良かった。助かって良かった。元気そうで良かった。

やっぱり、私はあの人が死ぬのは嫌だ。それは、ニューゲームが嫌と言うわけではなくて。
「でもっ、命っ捨てようとしたってっ。私、サタナさんに死んでほしくないっ。だから、離れたのにっ。なんで?」
ボロボロ溢れる涙は止まらなくて、彼に謝りたくて。でも、それは出来ない。

「ママ、ごめんね。」
ちゅっとマリちゃんが頬にキスをした。
「え?」
マリちゃんが謝る理由が分からなくて、マリちゃんを見つめると、私の手の上でニッコリと微笑まれた。

「僕ね、サタナ様と通じているの。」

どういうこと?と思う前に、よく知っている香りに包まれた。
大きな体は私を後ろからすっぽり包み込む。

「そーゆうこっちゃ。すまんな。」
耳元で囁かれて、頭が真っ白になった。そのまま、彼の人差し指が私の唇に当たる。
「しぃー、な。とりあえず、俺の話聞いてや。えいこサンは俺に命令することができる。俺はえいこサンの立場は知らん。せやから、俺に近づくな言うんわ簡単や。けどな、俺にも感情があるし、えいこサンの命令あらへんと勝手するで?今回は運良かったけど、そばに置いとかへんかったら、俺またやると思うわ。」

ぎゅっと抱きしめられて、切なそうにそうお願いされて、酷い。
なんで誰も彼もみんな、自分の命を盾にするんだ。

「追い詰めたいわけちゃうねん。せやけど俺があかんねん。えいこサンが、どっかで一人で泣いてるんだけは堪らん。頼むから、俺もカナト様みたいに側に置いたってぇな。」

…カナト様?
マリちゃんを見ると、高速で首を振っている。


「で、連れて来た、と。」
ほほーう。と冷たい目で主人に見られると流石に縮み上がる。
「Dが我が君に仕事を押し付けすぎなのが悪い。」
相変わらず、自分の主人の主人であるDに対してとは思えない態度で、フユは言い放った。
家のリビング的な部屋で全員勢ぞろいすると、大所帯になったなぁと実感する。
「いつの間にフユとサタナさんはそんなに仲良くなっていたの?」
私の記憶ではサタナさんはともかく、フユが誰かを信頼するとか頼るとかは無い。

「仲が良いわけではありませんが、今手に余る仕事を裁くには適任かと。」
しらっとフユはそう言うし、サタナさんは
「カナト様は、俺がえいこサンのしもべやゆうんと、自主的に身を呈してえいこサン助けようとしたんを評価してくれとんねん。」
何より人徳やな。とかボケようとするし。

「僕、フユもサタナ様と連絡とってるのは知らなかったよー。確かに、サタナ様いたらいいなって話はしたけど。」
ハルはハルでびっくりしている。

つまり、私が忙しすぎる状態を見た、ハルとフユで『サタナさん居れば助かるよねー。あの人もアキの下僕だし。』と言う会話か何かあって、それぞれでサタナさんに連絡を取っていたと。フユは確かに外へ出る事を禁止してはいなかったし、自身の使令を使って連絡を取れたかもしれないけど、ハルは一体いつどうやって連絡を取ったのか見当もつかない。

「アキ、お前、自分の下僕の管理くらい、しろ。」
「大変申し訳ありません…」
二人とも自由意志で振舞っていいと言ったのは私だものね。その私に自由意志で動いて良いって言ったのはDだけど。
こめかみを揉むDは、それでも認めざるを得ない。はっきり言って、人手は足りていない。

「そうゆう訳で、よろしゅう頼みまっさ。」
「部屋は、風呂場で我慢しろ。」

そう言ってDは部屋を出たけれど、多分居住区拡張に勤しんでくれるんだろうな、と分かる。ありがたやありがたや。

「ほんで、こちらのお綺麗さんは?」
「あら、正直者ね。」
「自覚のある美人さんは気持ちええね。俺はサタナ言います。よろしゅう。」
カークはふふふん、と得意になっている。
「アキ、やるわね。なかなかいいの拾ってきたじゃない。」
ああ、うん。何はともあれ、問題は無さそうだ。

「そういえば、あんたらがあたしを置いて言った後ちょっとフユを揉んでみたけど、思い出しさえすれば、すぐ使えるようになると思うわ。サタナも私の記憶じゃいいセンいってるはずだし。」
そっちか。というか、出かける時にDに声かけたのに、対応はフユに丸投げされたらしい。

そうだ、やる事は山積みで、私は今回を最後のニューゲームにしたい。
ダヤンのお仕事は『私が営業に出る』ことは止められたけれど、設計図を売ることには何も言われなかった。折良く揃っているみんなに、これからの事を話した。
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