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√ナルニッサ49

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 部屋の音が隣に聞こえるのを、塞ごうかと思った。でも、辞めた。ナルさんが何も失わない様にと決めたんだから、足掻いてどうする。

「ナルさん?」
「はい。お側に」 

 夜になって声をかける。胸が苦しくて、この声が好きだったんだと感じる。

「あのね、今日リオネット様から私の体調について説明があったの」
「……はい」

 不安げな彼の声。その優しさも好きだった。

「まだナルさんに説明するには難しくて、あと少しの間考えたいと思ってる。……ナルさんはきっと心配すると思うけど、待っていて」
「分かりました。お待ちしております。貴女が私に心の荷を与えてくださるのを」

 ごめん、その日は来ない。

「それから、少し……、ナルさんに失礼にお願いをするかもしれない。でも、その時は、その時だけは私のお願いを聞いて欲しい。何も言わずに」
「それを、カリン様がお望みでしたら必ずや」
「ありがとう。私は、ナルさんの事大事だよ。それだけは、覚えておいて」
「カリン様?」
「ごめんね、今ちょっとまだ混乱してて。おやすみ、ナルさん」
「おやすみなさいませ。貴女の心がどうか晴れますよう」

 耐性で感じ辛くなっていた自分の気持ちに焦点を当てると、本当に分かりやすく私は彼が好きだったんだ。耐性があって、マスキングされていても、よく見ればちゃんとそこにある、私の気持ち。
 彼から奪い尽くしたいと思う前に、決断ができた自分を誇りに思い、それでも感じる苦しさ。

「僕がいるさ」
「そだね」

 何も聞かず丸まって私を癒してくれるアンズに慰められながら、私は眠りに落ちた。

 明日明後日までには、とリオネット様が言っていた知らせそれは翌朝1番にやってきた。

「カリン殿、朝早くからの面会、ありがたく思う」

 本当に早い。まだ朝食も摂る前の時間帯に、ナギア殿が面会を申し入れてきた。

「いえ、マンチェスターの領地より遥々ご足労いただき光栄です。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 ナギア殿がリオネット様で無く私に面会を求める理由は思いつかなかった。

「はい、昨晩公表されたお話について」
「すみません、昨晩何があったのでしょうか?」
「リオネット殿はお話になっていない?」
「ええ、すみません」
「いや、昨晩、リオネット様と女王陛下よりカリン殿が女性であった事、にも関わらず聖女の加護にあたわず、勇者の加護を受けられていた事が公表された」
「そう……でしたか。政治的な理由で隠す事と聞いておりましたが、兄上と陛下のご判断で公にする方が良いとなったのですね。ナルニッサ殿をお預かりしている身で、騙すようなことをして申し訳ありませんでした」
「ご事情がお有りなのだろう。せつに謝っていただく必要はない。ただ、以前お話しした通り、カリン殿が女性であれば、我一族は100年前の出来事が再び、という心配をしているのでな」
「ごもっともです」

 そして、時すでに遅し。

「今は問題無くとも、我が一族には相手を魅了する能力があるゆえ、いつカリン殿の心を惑わせるか分からない。何卒、ナルニッサが子を残す道を許していただきたい」
「私は……ナルニッサ殿を止めるつもりはありません。彼には……、愛する人と幸せになって欲しいと思っていますから」

 ナルさん本人がいないからか、私の口からはスルスルとセリフが吐かれていく。

「その言葉をいただけて、安心させてもらった。カリン様及びナルニッサも魔王討伐のパーティーとして陛下に拝命いただいた事も聞いている。近々、東の方へ調査に参られるとも」
「はい」
「その前に我々としてはナルニッサに機会を与えたいと思っている。1週間後、我が城でナルニッサの相手を探す内々の集まりを設けたいのだが、数時間の間ナルニッサを仕事から外していただけまいか?」

 これが、リオネット様が言っていた方法、なんだね。

「ええ、構いません。ナルニッサ殿も必要は理解していると思います。……私からも勧めておきましょう」
「……ありがたい。ご協力感謝する」

 言えた。話している自分をもう1人の自分が後ろから見ているような感覚がする。表の私は笑顔で快諾していて、耐性の加護って凄いなとぼんやり考えていた。

 ナギア殿は朝食をこちらでご一緒する事もなく帰って行かれた。

「おはようございます。兄が我が君に面会を願い出たと聞きました。兄は何を?」

 そして、入れ替わるようにナルさんが。

「おはよう。ナギア殿にはお会いしなかった?」
「いえ、急いでいるので私へは後ほど手紙で知らせると言ってそそくさと帰って行きました。何か私に知らせると不都合な事でも我が君に願い出たのではありませんか?」

 その通りです。ナギア殿、逃げたな。

「……1週間後にナルさんのお相手を見つける会を開くんだって、その数時間ナルさんが参加するのを許して欲しいって言われたの」

 ナルさんは呆れた顔をした。

「また、あの兄は。お時間を取らせて申し訳ありません。兄には私めから言っておきます」
「何を?私は構いませんって返事したよ?」

 手を額に当てて、ため息をついていたナルさんは、目を見開いて固まった。さぁ、ここからが、勝負どころ。

「昨晩、陛下とリオネット様から私が女だって事と、聖女の加護に能わなかった事が公表されたんだって、だからサンダーランドとしては100年前の事が心配になるのは不思議じゃない」
「しかし、その件は私に任せていただけると以前……」
「以前とは状況が違う。私が女性というのが明らかな状態で、ナギア殿の申し出を断れば私がナルさんを束縛したいと思ってる様に見えてしまう。私はナルさんをサンダーランドから取り上げたい訳じゃないし、円満でもいたい。それならお預かりしている私が断る訳にはいかないんだよ」
「……でしたら、私の意思で」
「私が断らせた、と思われてしまうよ。ナルさんが素敵な人に会う機会は悪いことでも何でもない。家のことを考えると、大事な事でもある。私のお願い、だよ。その会に出て、……あなたの愛する人を探して来て」
「それが、昨晩仰られていたお願い、ですか?」
「そう、だね。こんな形になるとは思ってなかったけど」

 ナルさんは……、特にショックを受けている顔では無かった。少し考えている表情ではあったけど、傷ついてもいない。
 身勝手だけど、少しも彼が傷つかない事が私には希望が無いのを自覚させて、苦しい。

「……分かりました。ただ、東へ立つのが、その分遅くなりますが?」
「それは構いません」

 案の定です。案の定、盗聴してましたね、リオネット様。

「おはようございます。カリン、ナルニッサ」
「おはようございます。リオネット様。1週間の遅れは問題ありませんか?」
「ええ、むしろ待たなくてはいけませんでした。実はアッシャーが……、思う事があり数日時間が欲しいと出て行きました」
「え?出て行った?」
「はい、ケリをつけに行ったんですよ。自分の心に」
「……、それは、あの?」
「はい、心の問題は私の見た限り、もう大丈夫です。後はアッシャーを信じて待つだけです。その点はナルニッサも変わらないはず」
「……、アッシャーはしたたかです。カリン様がお隠れになった事さえ、アッシャーは糧にした。そういう事だと思います。私も……、待つしかないと思います」
「分かった。2人が言うなら、間違いないと思う。私も信じて待つよ」

 結局何も力になれなかった事に、妹として申し訳無く感じた。常に手放してはいないとは言え、アッシャー人形を受け継ぐ資格はあったのか……。

「と言うわけで、ナルニッサは心置きなく花嫁を探してください。『これからの戦い』のために」

 リオネット様がそう言うと、ナルさんはピクッと反応した。

「……分かりました。今ここで兄を安心させるのも私の勤め。善処しましょう。それでは御前を失礼いたします」

 あっけなく、ナルさんは部屋を出る。あっけなさすぎて、涙も出ない。

「……場所はサンダーランド城です。開催は夕方より。当日の朝までに主人より大切にするまじないを施した魔具をご用意しましょう。……、それを使用する事をナルニッサに命令できますね?」
「……やるよ」

 リオネット様は私の左手を取りキスをした。そこは、よくナルさんがキスしてくれていたところで、苦しい。

 こうやって、全てにナルさんを思い出して、苦しんで、私は生きていくのだろうか?

「本当に苦しい時は、助けて差し上げますよ?」

 リオネット様はそう囁いた。


 
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