36 / 64
√ナルニッサ35
しおりを挟む「いえ、男です」
「情報が漏れておる。貴族の一部はそなたを女だと知っておる」
それって、確か不味いんじゃ。思わずナルさんを見ると、彼も厳しい表情をしていた。
「すみません」
「かまわぬ。だが、済んだ事としてしまうには大き過ぎた。女ならば聖女になるだろう。勤めを果たす前の聖女が一貴族と縁を結ぶ事を良しとしない者達がいる」
「それはどういう……?」
私の質問にはナルさんが答えた。
「もしカリン様が聖女として魔王を討ち滅ぼしたとしたら、マンチェスター家は多大なる権力を持ち得る、という事でしょう。また、一部には神聖性の問題として聖女は公平公正であるべきとする者達もいます。そして、限りなく怨嗟に近い魔術を使う者もいる……。先程のアレは人為的なものということでしょう」
アッシャー達が言ってた不味い事って、これ?
「カリンには勇者の加護をすでに与えている。聖女の加護は恐らく与えられぬ。すでに変質した身体はもはや無垢では無い。だが……」
「究極、やってみないと分からないって事ですか?」
「いかにも。魔法陣の中央に参れ」
「お待ちください!カリン様への影響は?」
ナルさんの質問にクラリス陛下は軽く頭を振った。
分からない、という事だ。そりゃ、前例も無いだろう。
「ナルさん、私試してみようと思う」
「我が君」
「陛下の説明だと聖女の加護は、ほぼほぼ与えられるとは思えない。ここで聖女にはなれなかった女の勇者見習いって明らかにした方が良いと思う。これからずっと付いて回る事になるよ」
というか、断る方法が無い。凡ミスから始まってはいるけれど、それは偶然に偶然が重なってしまった事で、今現在私は狙われている位置にいるのはどうしようも無い。女王陛下は確認がしたいだけで、あえてここでこじれさせるのは良くない、と思う。いくらリオネット様に権力があっても、陛下に逆らって無事な訳はない。
「カリンに聖女の加護が無効であった事、確認が取れれば狼藉者を抑える事ができる。その後、それら不穏分子は処罰する」
ナルさんは苦しそうに「是」と答えた。
魔法陣はすでにある。というか、呼び出された時のと同じだ。その中央に立ち、来た時の様に陛下から私は加護を受ける……。
「そなたに、加護を与える」
……。
「やはり、か」
かなりドキドキしたが、何も起こらなかった。以前に加護を受けた時は多少魔法陣が光ってたけど、それもない。
「カリン様!」
「うん、大丈夫。やっぱり何も無かったみたい」
蒼白だったナルさんの顔色は戻って、彼は私を抱きしめた。
彼の犬度が増して、アンズ化していってる気がする。そして、なんか可愛いとすら思える。
「しからば、此度の結果を公表する事としよう。助力、助かった」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
これで不安点が一個減ったわけだ。リオネット様達がいなかった割に良くやったと自画自賛しておこう。我ながらハードル低いな。
「大気中のマナがまた充足して来ている。聖女は間もなく現れるだろう。その時にはカリンには黒魔道士として同行してもらう」
黒魔道士?
「サンダーランドの地での活躍、耳に入っている。あれ程の使い手は他にいない」
氷を張ったあれだろうか、と思いを巡らせる。あれ位の力が有れば役に立てる?
アッシャー達と魔王退治。兄様の問題がそれまでに片付ければ、その提案はやぶさかでは無い。
「ありがとうございます。私の力量は兄達が存じております。ご期待に添える様努力いたします」
「謙遜か。確かにリオネットの意見は聞かなくてはならぬな」
ふっと笑ったクラリス陛下に、初めて人間らしさを感じた。
「その際は補助役として、ナルニッサにも同行してもらいたい。噂は耳にしておる。カリンやリオネット達と懇意とも。こちらもリオネットの意見を聞かなくばならないが」
「ありがたき幸せ」
緊張が少しとれた陛下は、思っていたより気安い方なのかもしれない。
「黙って拐う真似をした。早々に送り届けよう。ナルニッサ、この部屋から馬車まで、何者かが邪魔だてしておらぬか確認をして参れ。帰り道に拐かされれば笑い話にもならぬ。カリンはナルニッサが戻るまではここで待て。屋敷に戻れば早々、朗報を伝えよう」
「御意」
「ナルさん、よろしく」
ナルさんは一礼して部屋を出て行った。朗報とやらが広まるまでは、それでも気をつけなければならない。屋敷ではアッシャー、心配してるだろうな。
「カリン、そなた、異世界から参ったのか?」
「え?」
「あの召喚、綻びは感じられず、異世界からの女子を呼び出した手応えはあった。けれど現れた時、カリンはこちらの言葉を知ってた。それが解せぬ」
「はい、実はこちらに来るのが2回目なんです」
「そうか、その様な者もいるのだな。前回参った時の事、わらわの耳には届いておらぬが?」
「森で動物相手に過ごしていました」
「動物相手……?」
「はい」
「……異世界では人や獣を殺めたりはしたか?」
「いいえ!全然」
「そうか……、あちらの世界はこちらと違うのだろうな」
「そうですね。魔法などもありませんから」
クラリス陛下が少し悲しげな顔になった。
「異世界人にとって、こちらはどの様な世界であろうか。わらわは正しく王として相応しいか不安になる」
見たところ若いけれど、絵本の知識通りならば陛下は不老。あの警戒感から恐らく今回の狼藉者っていうのは貴族だと思う。貴族を掌握しきれていないのが現状だろう。
「私の世界でも国をまとめる人が完璧という訳ではありません。クラリス陛下は少なくとも民のために最善を願ってらっしゃると思います」
クラリス陛下が個人的に私を守る訳がない。黒魔道士としての力が必要だという事だ。黒魔道士は強ければ強いほど、人に攻撃ができない。だから、保護されてるに過ぎない。
「いかにも、わらわはなによりも、民を愛しておる。この世界を護ること、其れが定めであり、望みでもある」
ふわっと彼女は笑った。その笑顔は女神レベル。
「カリンは好ましいな。また、話をしに参れ。次回は役目では無く」
「ありがとうございます。是非」
緊張が過ぎた後の陛下はかなり可愛らしかった。これは慕われそうだけど、同時に舐める輩もいれば、庇護欲で暴走する輩もいそう。
「リオネットも一緒にな」
「リオネット様もですか?」
「ああ、リオネットも……」
「失礼いたします。確認を終えました」
もうちょっと仲良くなれそうなタイミングでナルさんが帰ってきた。つい残念と思ってしまったけど、ナルさんは仕事をして来てくれのです。酷い主人だ、我ながら。
リオネット様も異世界育ちだから、陛下も私を気に入ったのかもしれない。そんな陛下は今は元のキリッとした女王陛下の姿に戻っていた。
「ご苦労。状況は?」
「馬車の方に術をかけようとした形跡がありました」
「ならば、ここでモタモタしているのもいけない。気をつけて行け」
「ありがとうございました」
陛下に礼をとって、ナルさんに続いて部屋を出た。部屋は二重扉になっていて、ちょうどコンサートホールの扉の様になっている。
広くは無いから、1人ずつその扉を通るのだけれど、間違いなくナルさんが抜けたはずのその扉を抜けたら、そこは森の中だった。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
囚われた姫騎士は熊将軍に愛される
ウサギ卿
恋愛
ラフラン帝国に姫騎士と称された魔法騎士団長がいた。
北方の獣人の治めるチューバッカ王国への進軍の最中思わぬ反撃に遭い、将軍の命により姫騎士率いる部隊は殿を務めていた。
何とか追っ手を躱していくが天より巨大な肉球が襲いかかってくる。
防御結界をも破壊する肉球の衝撃により姫騎士は地に伏してしまう。
獣人の追撃部隊に囲まれ死を覚悟した。
そして薄れゆく意識の中、悲痛を伴う叫び声が耳に届く。
「そこを退けーっ!や、やめろっ!離れろーっ!それは!・・・その者は儂の番だーっ!」
そして囚われた姫騎士ローズマリーはチューバッカ王国にその熊有りと謳われた、ハッグ将軍の下で身体の傷と心の傷を癒していく。
〜これは番に出会えず独り身だった熊獣人と、騎士として育てられ愛を知らなかった侯爵令嬢の物語〜
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる