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《番外編》勇者の試合 ナルニッサ視点

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 今回は異例が多い。特に攻撃能力無効化と幻影ダメージの付加など、例え術者がリオネットといえど相当な負担がかかる筈だ。

「解せない」

 しかも、シードのアッシャー以外の貴族は人数が少なすぎるという理由で個室の待合も使えないとの事。この通告で貴族で参加しているのはマンチェスターの兄弟と自分のみになってしまった。
 元々他の貴族は勇者など狙ってはおらず、この順位も家の魔力の強さの権威付け程度でしか無い。参加人数が減り、かつ上位が崩れなければ奴らに旨みは無かった。

『ナルニッサ、獣の匂いがする』

 索冥が影から話しかけてきた。珍しい。

「伝令の使役獣を持つ平民がいても、おかしくはないだろう?」
なり。ズイジュウだ』
「……誰が持っている?」
『この扉の向こう。小さき子供だ』

 まさかと思った。だが、今回これほどの異例は尽くしなのは、勇者の加護を得た原石が参加するからだ。歳の頃は16と聞いている。成人では無い。

 新たなる好敵手ライバル、それに本能が震えた。アッシャー以外に打ち合える相手かと、内に流れる獣の血が悦ぶ。どの様なスタイルだろうか。強い肉体を持つのか、しなやかな体技を使うのか。
 しかし、扉を開けるとそこに居たのは可憐な乙女だった。

 そっと、扉を閉める。

「索冥、原石は義弟と聞いていたはずだが?」
『どういう意味だ?あの子供であろ?』
「……あんな可憐な少女が男の訳が無いだろう」
『しばし待たれよ』

 索冥が影から抜けた。姿を消し中を確かめに行ったのだろう。

『我には男にしか見えぬが、確かに魔力の質は女子おなごの様だ』
「……前々から私とお前では美しさの基準が違うとは思っていたが、これほどまでとは。魔力云々の前に明らかに女性と分かったが、何故周りは騒がない?」
『魔力の質を嗅ぎ分ける能力は人には無い。ナルニッサもできぬ筈だ。こちらが何故嗅ぎ分けたか聞きたい』
「話の通じない奴だ。見た目が美しすぎるだろうが」
『は?本気の本気で、本能で嗅ぎ分けたので無く見た目で判断したと言うのか?』
「髪が短いだけで、皆分からぬ物なのか?もしあれで髪を装うなどしたら、魂を抜かれる者もいるだろう」
『ナルニッサ』
「なんだ?」
『もう一度、正面から見るが良い』

 扉を開け、中に入る。彼女は軽く目を伏せていて、その姿は神々しく目を離す事が出来ない。

「完璧な美しさとは、己の事だと思っていた。彼女を形容する言葉が存在しない」
『落ち着け、周りを見るが良い。その様な反応をしているのはお前だけだ』

 気配を探ると周りは彼女を遠巻きしている……、と言うか私達を遠巻きにしている。

「やはりサンダーランド家は勇者の加護にしか目に無い、か」
「一矢報いて、力を他の貴族に見せつけられれば仕事になるだろう」

 三下達の声を聞く限り、確かに彼女を怪しむ者はいない様だ。

「リオネットの術か何かで、皆には分からない様にしているのか?だが私には通用しなかった」
『その場合は漏れなく我もリオネットにだまくらかされている事になるが?』
「索冥ははなから美的センスが人と異なる」
『失礼な』

 どちらにしろ、彼女は性別を偽っている。アッシャーが対策をしていないとも思えないが、万一女とバレれば大変な事になる。

「まさか、それを見越して同一の待合に?」

 合点がいった。それならリオネットの異例の対応も当然と言えた。何かしらの理由で勇者の加護を受け、彼女もそれを受け入れている。そして、アッシャーとリオネットで護っている。
 事前に一言有ればと思ったが、領地に居た自分が知る機会は無く、事前に一言有れば全力で参加に反対しただろう。
 美しく、気高く、そして思慮深い瞳。彼女の本気のたたかいも見たい自分もいる。

「依頼の無い護衛と言ったところか」
『ふむ、もしや』

 索冥は興味深そうにそう言って、影に戻って行った。

 第一、二試合、彼女は果敢にも立ち向かい、冷静に対処していた。消耗も少ない。
 だが、圧倒感が無い。これでは愚かな三下が前哨戦と称して馬鹿な揺さぶりをかけてくるだろう。
 予想通り第三試合の相手は彼女の横に席を取り、私は逆サイドに席を取った。このモヒカン頭の男は次試合の相手を知り合いと挟んで揺さぶる小物でしか無いが、小柄な彼女にとっては怖い面構えの大男に見えるだろう。その知り合いは席を私に取られても、文句一つ舌打ち一つもせずにこやかにヘコヘコしている。醜い。

「お前、そんななりで勝ったとかどんだけ運がいいんだ?ああ?」

 一人でも問題無い思ったのか、モヒカン男は彼女に凄んだ。

「……場外乱闘は禁止されている。品性を疑わざるを得ない。大体、見た目の美醜が勝敗に何の関係が?」
「ああ?!……っぁ」

 モヒカン男は私の顔を見て、青くしている。当然だ。相手が原石上がりの子供なら、元平民という事情から問題にならない事もあり得るだろう。が、相手が生粋の貴族に喧嘩を売る行為は自殺に等しい。特に力自慢で仕事を得たい者にとっては客そのもの。助けを求める様に彼女に目配せしても、当の彼女は動じてすら居ない。流石だ。そして、横顔も美しい。

 その時彼女がチラッとこちらを見た。上目遣いでほんの一瞬目があったが、私はすぐに視線を外した。一瞬でコレほどか。しばらく見つめられたら死にそうだ。いや、死んでも良いという感覚に近い。

 次の試合もその次の試合も、彼女は遠慮がちな勝ち方だった。あそこまで隠すのは慇懃すぎる。美しさを発揮すれば、もっと簡単に能力を魅せれば、勝ちはもっと容易く、場外での危険も少なくなる。

「勘違いはしないで欲しい。この男を視界に入れておく事に耐えられなかったゆえだ。貴殿の先程の試合は美しく無かった。次試合にあの様な醜態は勘弁願う」

 ……やってしまった。予想が的中し、暴漢が彼女を襲った。予想していたにも関わらず、一太刀目を防げなかった自分に心から腹が立つ。腹立ち紛れに彼女に当たってしまった。最悪だ。

 自分は一度死んだ方が良いかもしれない。そこまで思い詰めて、ハタと気がつく。これはもしかして?

「索冥」
『なんだ?』

 唯一個室になっているトイレで索冥に話しかける。試合開始からは外に出られないから、ここしか場所がない。

「彼女は、私の主人かも知れない」
『……何故その結論に辿り着いた?!』

 珍しく索冥が慌てている。

「これほどの胸の昂りは過去に無い。彼女を御守りしたいと思い、そのためには死すら恐ろしく思わない。彼女に身を捧げたく思うこの気持ちが、それ以外に思いつかない」
『他にもあると思うが?』
「例えば?」
『思慕の恋情や、子を思う親心や……』
「恋情とは、相手に想われて後に湧く愛着では無いのか?」
『その認識ゆえ、ナルニッサは25にもなりながら相手がおらぬのだろう?ルシファーの一族は色香で相手を籠絡する事が多く、その順番になる場合が多いだけなのだが』
「子を思う親も何も、彼女は幼気いたいけな少女ではあるが、立派な女性なので失礼に当たると感じる」
『話を聞くが良い』
「なんだ?」
『主人の選定は心技忠を尽くすべき相手と見定めた上で行う物。相手の力と心を見定めてから行うべきだ』
「……承知した」
『急ぐ事は無い。確信するまでは決めてはならない』
「……ああ」

 確信すれば決めて良い。早く確信したい。全身で彼女に当たりたい。素晴らしい使い手。

 本能がたぎるのを止められなかった。
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