17 / 29
第十七話
しおりを挟む
「クリス!」
下から呼ばれて目線を下げると、そこにはウィルが居た。
「クリス、飛び降りるんだ!」
そう叫ぶウィルを見て、ウィルフレッドは笑った。
「君は何を言っているんだい?まるで僕から逃げたいみたいじゃないか。それに、クリスティーナは僕の側室になるんだ。君みたいな薄汚い人間が気軽にクリスと呼ばないでくれ」
ウィルフレッドはクリスティーナに向き直り「中に入ろう」と言って手を差し伸べる。
「クリス!」
ウィルに再び呼ばれたクリスティーナは手すりに脚をかける。スカートが捲れ上がって足が露わになると、ウィルフレッドは慌てて後ろを向いた。
「クリスティーナ、君が肌を見せていいのは僕の寝室だけだよ。早くこっちに戻るんだ」
(こんなところも王子さまで助かったわ)
横目でウィルフレッドを見た。
二階のバルコニーは地面からは高くて、いざ飛び降りようとするも足が竦んでしまったクリスティーナ。
「訓練を思い出せ!俺を信じるんだ!」
クリスティーナが両手と足に力を入れて柵を飛び越え、それをウィルが受け止めてくれる。
「お転婆な性格が役に立ったな。痛いとこ無いか?」
久しぶりに見るウィルは相変わらず優しかった。
「ありがとう。また助けられたわね。どうしてここに居るの?」
ウィルが答える前に、上から大きな声が降ってくる。
「クリスティーナ!僕の頼みを断るのかい?僕は君のことをずっと探していたんだよ。さぁ、駄々を捏ねていないで僕とイディオに帰ろう」
クリスティーナはウィルの手を取って走り出した。
城の外に向かう途中、オリバーが追い掛けて来て叫ぶ。
「ウィル!何をしているんだ!」
「悪いな」
二人はそのまま夜の暗闇に消えていった。
王城では…
怒り狂ったウィルフレッドが部屋から連れ出されるのを、ジェームズ達は隠れて見ていた。
クリスティーナの居るバルコニーにウィルフレッドが出て行くのが見えたので
慌てて助けに行こうとすると、オリバーに止められたのだ。
「私の子飼いが見ている。殿下はクリスティーナ嬢を平民だと思っているらしい。貴殿が出てしまえば気付かれてしまう。この場は任せて隠れているんだ」
事を荒立てたくないと言われてしまい、二人は見つからないように陰に隠れる。
「あの声は…」
クリスと叫ぶ声を聞いたオリバーは急いで会場を後にした。
ウィルの声だと気付いた二人は
(ウィルが居るならなんとかなるかも知れない…)
クリスティーナの無事を祈るしかなかった。
クリスティーナが攫われたと喚くウィルフレッド。
王家の使用人達に宥められ、用意された部屋に戻った。
それでも怒りは収まらない。
「クリスティーナは僕を愛しているんだ。僕のためにお洒落をして忍び込んでまで会いに来たんだ。それなのに、薄汚い平民の分際で僕からクリスティーナを奪うとは…」
「どうかお怒りを鎮めてください」
フォーリュの使者に懇願されて、ウィルフレッドは訴える。
「それならクリスティーナをここに連れて来るんだ。彼女は僕の側室だよ?薄汚い男から助け出して、僕の顔を見せて安心させなくてはいけない。わかるだろう?」
そうでなければ戦争だ。
不穏なことを言うウィルフレッドに怯えた使者はランダーズ王の元まで走る。
ランダーズとオリバーがなんとか交渉し、1ヶ月の猶予を貰いクリスティーナを探し出すと確約した。
伯爵令嬢だと知られてしまえば、婚約者のいないクリスティーナは逆らえない。
平民だと誤解されたままならば、ほとぼりが冷めるまで逃げ切ればどうにかなると思ったのだ。
とにかく、ウィルフレッドが居てはジェームズとも話ができない。時間を稼ぐことを優先した。
そして翌日の朝
ウィルフレッドは笑顔で脅しの言葉を置き土産に、イディオへと帰国する。
自分がいなくなった後にそんな恐ろしい事が起こっているとは知らないクリスティーナ。
ウィルと話しながらターナー領に向かって歩いていた。
「元気だった?」
「あぁ、クリスは?」
「私もよ。今でも羊の世話をしているの。出来た毛糸で編み物もしているわ。少しずつ売れてきているのよ?」
「そうか、頑張ってるんだな」
クリスティーナは繋がれたままの手を見る。
「どうしてあそこに居たの?」
「ちょっと野暮用でな」
「そう…。教えてはくれないのね。でも、助かったわ。ウィルがいてくれて良かった」
当たり障りのない話をして、屋敷の前まで来てしまった。
「ねぇ、ウィルはオリバー卿のご子息なの?もしそうなら、私のこん…」
「違うよ。俺は平民だ」
クリスティーナは最後まで言わせて貰えなかった。
「なんで…?どうして牧羊犬をクリスって名付けたの?」
クリスティーナは期待と不安の籠もった目でウィルを見上げる。
「あぁ、たまたまだよ。それでしか反応しなかっただけだ。特に意味はない」
まるで突き放すかのような冷たい声。
「ウィルは私の気持ちに気付いてるんでしょう?」
「気の迷いだよ。歳の近い男が珍しいだけだ。すぐにクリスに相応しい奴が現れるよ」
ウィルはそう言って握っている手を離した。
「違う。私が聞きたいのはウィルの気持ちなの。はぐらかさないで」
「悪い。クリスの気持ちには答えられない」
クリスティーナの目から涙が溢れる。
「だったら…。なんで優しくしてくれたの?なんで助けてくれるの?」
「悪い…」
ふぅ……
クリスティーナは深く息を吸って吐いた。
「ごめんなさい…。感情的になってしまったわね。送ってくれてありがとう。さようなら」
クリスティーナは無理矢理笑顔を作って、屋敷に走って行った。
扉が閉まっても、ウィルは玄関を暫く見つめていた。
(クリスに想ってもらえる程、俺は綺麗な人間じゃないんだよ…)
下から呼ばれて目線を下げると、そこにはウィルが居た。
「クリス、飛び降りるんだ!」
そう叫ぶウィルを見て、ウィルフレッドは笑った。
「君は何を言っているんだい?まるで僕から逃げたいみたいじゃないか。それに、クリスティーナは僕の側室になるんだ。君みたいな薄汚い人間が気軽にクリスと呼ばないでくれ」
ウィルフレッドはクリスティーナに向き直り「中に入ろう」と言って手を差し伸べる。
「クリス!」
ウィルに再び呼ばれたクリスティーナは手すりに脚をかける。スカートが捲れ上がって足が露わになると、ウィルフレッドは慌てて後ろを向いた。
「クリスティーナ、君が肌を見せていいのは僕の寝室だけだよ。早くこっちに戻るんだ」
(こんなところも王子さまで助かったわ)
横目でウィルフレッドを見た。
二階のバルコニーは地面からは高くて、いざ飛び降りようとするも足が竦んでしまったクリスティーナ。
「訓練を思い出せ!俺を信じるんだ!」
クリスティーナが両手と足に力を入れて柵を飛び越え、それをウィルが受け止めてくれる。
「お転婆な性格が役に立ったな。痛いとこ無いか?」
久しぶりに見るウィルは相変わらず優しかった。
「ありがとう。また助けられたわね。どうしてここに居るの?」
ウィルが答える前に、上から大きな声が降ってくる。
「クリスティーナ!僕の頼みを断るのかい?僕は君のことをずっと探していたんだよ。さぁ、駄々を捏ねていないで僕とイディオに帰ろう」
クリスティーナはウィルの手を取って走り出した。
城の外に向かう途中、オリバーが追い掛けて来て叫ぶ。
「ウィル!何をしているんだ!」
「悪いな」
二人はそのまま夜の暗闇に消えていった。
王城では…
怒り狂ったウィルフレッドが部屋から連れ出されるのを、ジェームズ達は隠れて見ていた。
クリスティーナの居るバルコニーにウィルフレッドが出て行くのが見えたので
慌てて助けに行こうとすると、オリバーに止められたのだ。
「私の子飼いが見ている。殿下はクリスティーナ嬢を平民だと思っているらしい。貴殿が出てしまえば気付かれてしまう。この場は任せて隠れているんだ」
事を荒立てたくないと言われてしまい、二人は見つからないように陰に隠れる。
「あの声は…」
クリスと叫ぶ声を聞いたオリバーは急いで会場を後にした。
ウィルの声だと気付いた二人は
(ウィルが居るならなんとかなるかも知れない…)
クリスティーナの無事を祈るしかなかった。
クリスティーナが攫われたと喚くウィルフレッド。
王家の使用人達に宥められ、用意された部屋に戻った。
それでも怒りは収まらない。
「クリスティーナは僕を愛しているんだ。僕のためにお洒落をして忍び込んでまで会いに来たんだ。それなのに、薄汚い平民の分際で僕からクリスティーナを奪うとは…」
「どうかお怒りを鎮めてください」
フォーリュの使者に懇願されて、ウィルフレッドは訴える。
「それならクリスティーナをここに連れて来るんだ。彼女は僕の側室だよ?薄汚い男から助け出して、僕の顔を見せて安心させなくてはいけない。わかるだろう?」
そうでなければ戦争だ。
不穏なことを言うウィルフレッドに怯えた使者はランダーズ王の元まで走る。
ランダーズとオリバーがなんとか交渉し、1ヶ月の猶予を貰いクリスティーナを探し出すと確約した。
伯爵令嬢だと知られてしまえば、婚約者のいないクリスティーナは逆らえない。
平民だと誤解されたままならば、ほとぼりが冷めるまで逃げ切ればどうにかなると思ったのだ。
とにかく、ウィルフレッドが居てはジェームズとも話ができない。時間を稼ぐことを優先した。
そして翌日の朝
ウィルフレッドは笑顔で脅しの言葉を置き土産に、イディオへと帰国する。
自分がいなくなった後にそんな恐ろしい事が起こっているとは知らないクリスティーナ。
ウィルと話しながらターナー領に向かって歩いていた。
「元気だった?」
「あぁ、クリスは?」
「私もよ。今でも羊の世話をしているの。出来た毛糸で編み物もしているわ。少しずつ売れてきているのよ?」
「そうか、頑張ってるんだな」
クリスティーナは繋がれたままの手を見る。
「どうしてあそこに居たの?」
「ちょっと野暮用でな」
「そう…。教えてはくれないのね。でも、助かったわ。ウィルがいてくれて良かった」
当たり障りのない話をして、屋敷の前まで来てしまった。
「ねぇ、ウィルはオリバー卿のご子息なの?もしそうなら、私のこん…」
「違うよ。俺は平民だ」
クリスティーナは最後まで言わせて貰えなかった。
「なんで…?どうして牧羊犬をクリスって名付けたの?」
クリスティーナは期待と不安の籠もった目でウィルを見上げる。
「あぁ、たまたまだよ。それでしか反応しなかっただけだ。特に意味はない」
まるで突き放すかのような冷たい声。
「ウィルは私の気持ちに気付いてるんでしょう?」
「気の迷いだよ。歳の近い男が珍しいだけだ。すぐにクリスに相応しい奴が現れるよ」
ウィルはそう言って握っている手を離した。
「違う。私が聞きたいのはウィルの気持ちなの。はぐらかさないで」
「悪い。クリスの気持ちには答えられない」
クリスティーナの目から涙が溢れる。
「だったら…。なんで優しくしてくれたの?なんで助けてくれるの?」
「悪い…」
ふぅ……
クリスティーナは深く息を吸って吐いた。
「ごめんなさい…。感情的になってしまったわね。送ってくれてありがとう。さようなら」
クリスティーナは無理矢理笑顔を作って、屋敷に走って行った。
扉が閉まっても、ウィルは玄関を暫く見つめていた。
(クリスに想ってもらえる程、俺は綺麗な人間じゃないんだよ…)
11
お気に入りに追加
4,259
あなたにおすすめの小説
私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~
すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。
幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。
「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」
そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。
苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……?
勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。
ざまぁものではありません。
婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!!
申し訳ありません<(_ _)>
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
嘘はあなたから教わりました
菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。
大切なあのひとを失ったこと絶対許しません
にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。
はずだった。
目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う?
あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる?
でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの?
私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。
生まれたときから今日まで無かったことにしてください。
はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。
物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。
週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。
当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。
家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。
でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。
家族の中心は姉だから。
決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。
…………
処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。
本編完結。
番外編数話続きます。
続編(2章)
『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。
そちらもよろしくお願いします。
裏切りのその後 〜現実を目の当たりにした令嬢の行動〜
AliceJoker
恋愛
卒業パーティの夜
私はちょっと外の空気を吸おうとベランダに出た。
だがベランダに出た途端、私は見てはいけない物を見てしまった。
そう、私の婚約者と親友が愛を囁いて抱き合ってるとこを…
____________________________________________________
ゆるふわ(?)設定です。
浮気ものの話を自分なりにアレンジしたものです!
2つのエンドがあります。
本格的なざまぁは他視点からです。
*別視点読まなくても大丈夫です!本編とエンドは繋がってます!
*別視点はざまぁ専用です!
小説家になろうにも掲載しています。
HOT14位 (2020.09.16)
HOT1位 (2020.09.17-18)
恋愛1位(2020.09.17 - 20)
(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。
水無月あん
恋愛
本編完結済み。
6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。
王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。
私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。
※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる