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第十六話

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その日の夜、クリスティーナは机の奥に仕舞っていた髪飾りを取り出した。

ウィルに見せて以来、一度も着けずに大切に仕舞っている。
辛くなった時に、そっと眺めて自分を勇気付けていた物。

「なんで教えてくれなかったの?なんでクリスって名付けたの…?」

クリスティーナは髪飾りに話しかける。
そうすれば、ウィルに届くような気がした…。



翌日、クリスティーナが牧場に行くと、牧羊犬クリスは今日も元気に走り回っている。

「クリス、羊たちをこっちに誘導して!」

クリスは言われた通りに動いて、良く躾けがされていた。


ひと仕事終えたクリスが駆け寄って来て、クリスティーナは頭を撫でた。

「ありがとう。いい子ね」

クリスはもっと撫でて欲しいと強請る。

「あなたのご主人様はどこに行ってしまったんでしょうね。やらなくてはいけない事って何だったのかしら…?」

悲しむクリスティーナを心配してか、クリスは顔をぺろっと舐めた。

「心配してくれたの?優しい子ね。二人で頑張っていきましょうね」


同じ頃、王城で働くジェームズに悪い知らせが届いていた。

「何と言うことだ…」

「こればかりはどうしようもない。我々も出来る限りの事はするが、君達も充分に注意してくれ」

オリバー宰相に言われ、ジェームズは重い足取りで帰路につく。



その日の夕食の時間。
ジェームズは一言も喋らずに、難しい顔をしていた。

「お仕事で何かあったの…?」

アメリアが尋ねると、ジェームズは意を決して口を開いた。

「実は…、今度王城で夜会が開かれるんだよ。貴族は全員参加しなければならないんだ」

「まぁ、私も参加できるのね?楽しみだわ!」

喜ぶクリスティーナを見て「そうじゃないんだよ…」と、ジェームズは首を横に振った。

「その夜会にウィルフレッド殿下がいるんだ…」

アメリアとクリスティーナは目を見開いて驚く。

「私達が…、クリスティーナがフォーリュにいる事を知っているの…?」

アメリアの言葉にジェームズはまたしても首を横に振る。

「いや、偶然だろう。だが、夜会で気付かれるかも知れない…。オリバー卿が協力してくれるそうだが、見つからないようにしなくてはいけない」

クリスティーナの夜会デビューが大変なものになってしまった。


しかし、クリスティーナは悲しむどころか喜んでいた。

自分の為に両親が色々と案を練ってくれる。
イディオにいた頃は自分で考えて報告して、二人が協力してくれるだけだった。こうして相談し合える事は初めてで、一緒になって考える事が、何よりも嬉しい。

3人で考えた結果、当日は薄い色のドレスを着て、化粧も薄くして目立たないようにする事。
以前のクリスティーナは派手なドレスにハッキリした化粧をしていたので、正反対の格好をすれば気付かれないと考えたのだ。



そして迎えた初めての夜会。

クリスティーナは勇気をもらおうと、ウィルの作った髪飾りを着けて夜会に臨んだ。


目立たないように壁の花になろうとしたクリスティーナだったが、そうは問屋が卸さない。

「ねぇ、あの方が例の…?」

「きっとそうよ。新参者の癖に伯爵位を授かった家の令嬢よ」

「いくら他国で功績を上げていようと、この国では何もしていないでは無いか」

「それなのに伯爵とは納得できない」

突然現れたターナー伯爵家。
隣国の公爵家だろうと、荒れ果てたゴミのような領地を賜わろうと、気に食わない。

子爵家や男爵家の目は特に厳しいものがあった。


「これでは何処にいても目立ってしまうわ…」

クリスティーナは小声でジェームズに訴えた。

「困ったな…。王家からの挨拶が終わったら、バルコニーにでも出てやり過ごそう。今日は私達が挨拶回りをするから、クリスティーナは隠れていなさい」

会場の隅で王家の挨拶を聞き、終わってすぐにクリスティーナは誰もいないバルコニーへと出る。

(初めての夜会がなんとも寂しいものになってしまったわね…)

外を眺めてそっとため息を吐いた。後ろから楽しそうな話し声や音楽が聞こえてくるのに、そこには行けない。
次回から自分も一緒に挨拶回りをして、他家との溝を埋めていこうと思った。


その時、誰かがバルコニーに飛び出してくる。

「クリスティーナ、会いたかったよ!」

聞きたくなかった声を聞いてしまったクリスティーナは、深呼吸をして心を落ち着かせた。

「ご無沙汰しております、ウィルフレッド殿下…」


会場に入ったウィルフレッドは、高い場所から城内を見渡していた。

ここに居る誰よりも自分は美しい。
貴族達の称賛の声を聞きながら悦に浸っていると、壁際に立つクリスティーナを見つけた。

(平民のクリスティーナが何故ここに…?あぁ、僕に会いに忍び込んだのか。駄目じゃないか)

クリスティーナが外に出ていくのを横目で見ながら貴族達に挨拶をする。

「ダンスを楽しまれては?」と言われても
「僕は可憐なマリーとしか踊らないと決めているんだ。まぁ、僕に相応しい令嬢が居れば考えるよ」
そう言って令嬢達を躱した。

群がる貴族達が居なくなって、ウィルフレッドはバルコニーに向かったのだ。



「クリスティーナ、駄目じゃないか。平民の君が城に入ってはいけないよ」

ウィルフレッドはクリスティーナに近付いていく。

「どうしたんだい?感動して言葉にも出来ないのかい?」

クリスティーナは後退って、ウィルフレッドとの距離を保った。

「今日の君は美しい。僕のために努力をしていたんだね。今なら僕の隣に立つ資格は充分にあるよ」

クリスティーナはバルコニーの角に追いやられてしまい、もう一歩も下がれない。それでもウィルフレッドは近付いてくる。

「君が居なくなって初めて君の大事さに気が付いたんだよ。大切にしてあげるから、一緒にイディオに戻ってくれるね?前みたいに一緒に仕事をしよう。僕のために頷いてくれるよね?」

ウィルフレッドがクリスティーナの目の前に立つと、木彫りの髪飾りを見つける。

「僕の側室になるのに、この髪飾りは美しくない。精一杯のお洒落をしたことは認めよう。僕が綺麗な髪飾りを贈るから、見窄らしい物は捨てるんだ」

「触らないで!」

クリスティーナはウィルフレッドの伸ばした腕を払った。

「クリスティーナ…、いくら優しい僕でも流石に怒るよ?照れ隠しはそれくらいで止めるんだ」

ウィルフレッドは一歩下がって笑顔で話すが、その目は笑っていない。


クリスティーナに逃げ場は無かった。
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