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第五話

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(結局あの王子さまには一太刀も浴びせられなかったわね。まぁ、あの人は訓練に一度も参加しなかったのだから、そんな機会すら無かったけれど…)

クリスティーナはそっとため息を吐いて馬車の窓から外を眺めた。

国境に向かうクリスティーナ達はずっと移動を続けている。
彼らの目的地は隣の国フォーリュ。
ジェームズの知り合いが3人を受け入れてくれると言ってくれたのだ。


「イディオは治安のいい国だから心配はないと思うけど、彼らがいて良かったね」

ジェームズはクリスティーナと同じ窓から外を見て話す。

移動中の護衛を請け負ってくれたのはライラが紹介してくれた傭兵達。
クリスティーナが相談すると、快く3人を送ってくれた。

「そうね。ライラ先生には感謝しきれないわ。でも…、皆は大丈夫かしら?」

クリスティーナはこの場にはいない使用人や領民のことを憂いていた。

「こればかりは仕方がないよ。皆も納得してくれたことだからね…」

「そうよ。皆の為にも、私達はフォーリュで出来ることをやりましょう」

ジェームズとアメリアに励まされ、クリスティーナは気持ちを一新する。

「私の我が儘に付き合わせてしまうんですもの。誰よりも努力致しますわ」

そう言い終わった直後、馬の嘶く音と同時に馬車が急停止した。

「何事だ?」

ジェームズが外を確認すると、剣のぶつかり合う音が聞こえてきた。馬車が何者かに襲われていると思い、慌てて窓を閉める。

クリスティーナはその時に、傭兵達が盗賊と戦っている姿が少し見えた。

ジェームズはアメリアとクリスティーナを安心させようと、額に汗を浮かばせながら無理矢理笑顔を作る。

「体を屈めるんだ。大丈夫、何があっても私が二人を護るからね」


暫く経っても戦いの音は止まず、震えるアメリアの顔は青白くなっていく。

それを見たクリスティーナは立ち上がって、自分用の剣を手に取った。

「お父様、お母様をお願いします。私は彼らに加勢してまいります」

ジェームズの制止も聞かずに、クリスティーナは外へと飛び出した。


馬車から出て来たクリスティーナを見た盗賊たちは舌なめずりをする。

「こいつは上玉だ。お前ら、顔に傷は付けるなよ!」

飛び掛かってくる盗賊達を躱しながら剣で斬りつけていくクリスティーナ。

今までの訓練は伊達じゃない。騎士団でも渡り合えた実力があるんだからと、一人、二人と倒していく。


「何処からでもかかって来なさい!」

声高らかに宣言するクリスティーナは過信していた。

城の騎士は国一番の強者達。そこで訓練をしていた自分が盗賊なんかに負けるわけがない。


「クソアマがぁ!」

激情した盗賊が襲いかかり、その勢いを利用しようと動いたクリスティーナだったが、後ろから来た別の盗賊に捕まってしまった。

助けに行きたい傭兵達は何人もの盗賊達に阻まれてその場から動けない。

「大人しくしてろ!」

両腕を縛られて、盗賊に突き飛ばされたクリスティーナはそのまま地面に倒れてしまうと覚悟する。

しかし、誰かが優しく受け止めてくれた。


「勇ましいお嬢さんは嫌いじゃないけどね」

急に現れた男はそう言ってクリスティーナの縄を解き、次から次へと盗賊達を倒していく。

助太刀が入った事で心に余裕ができた傭兵達も盗賊達を投げ倒し、クリスティーナが呆気にとられている間に事件は収束した。


「危ない所をありがとう」

ジェームズが馬車から出てきて男にお礼を言うと、男はギロリと睨みつけて怒鳴る。

「この辺境でこんな豪華な馬車を走らせたら狙ってくれって言ってる様なものだろう!護衛も少な過ぎる!今回はたまたま運が良かったかも知れないけど、下手をすると命は無かったんだ!ましてや、乗っているのは年頃の娘だろう!もっと危機感を持てよ!」

「す、すまない…」

ジェームズはたじたじになって謝った。


「そんな言い方をしなくても良いでしょう?お父様は一番質素な馬車を選んでくれたわ!」

我慢できずにクリスティーナが男に言い返すが、男はそれには答えずに言った。

「あんたもあんただよ。多少腕が良くたって、あんたは女だ。大勢の盗賊に勝てるわけ無いだろう」


クリスティーナは悔しかった。

男が言った事は事実。
勝てると思ったのに勝てなかった。
男が居なければ自分は売られていたかも知れない。
盗賊達の慰み者になっていたかも知れない。

悔しくて、自分が情けなくて、泣きそうになった。


「まぁ、動きは良かったよ。頑張ったな」

ぽんぽんと俯くクリスティーナの頭を軽く叩いて男は優しく言う。
男は傭兵達の元へ行き、気を失った盗賊達を縛り上げた。


少し先に警備兵のいる町があるから捕まえた盗賊達を回収してもらうと言って、
男は一緒に町まで同行することになった。

男はウィルと名のり、ふらふらと旅をしながらなんでも屋の様な仕事をしていると言う。
歳は18でクリスティーナよりも4つ上だった。

4つしか変わらないのに自分を子供扱いするウィル。
仕草も言葉遣いも乱暴で、王族や貴族しか知らないクリスティーナは戸惑っていた。

物心付いた頃からウィルフレッドの婚約者だったクリスティーナは、子供扱いされた覚えがない。
両親は可愛がってくれているが、甘やかして貰った記憶はなかった。


そんなウィルの態度は新鮮で…

クリスティーナを苛立たせた。


自分がもっと歳上なら、楽に盗賊達を倒せたはずだ。
自分が男だったら簡単に捕まらなかった。
自分にもっと力があれば……


負けを認めたくないクリスティーナはウィルに近寄らなかった。

それなのに、ウィルは所構わずちょっかいを出してくる。


「馬車に乗れよ。クリスが馬に乗る必要ないだろう?」と、勝手にクリスと呼んだり…

「勝手にクリスと呼ばないで!私はここで良いのよ!」

クリスティーナはいち早く危機を察知できるように敢えて馬に乗っているのだ。


「苛々するのは糖分が足りてないからだ。これでも食っとけ」と言って飴を無理矢理口に放り込んだり…

「子供扱いしないで!」

甘い物なんかで絆されたりしないんだから。
でも、こういう素朴な甘味は初めてで美味しい…

馬車にいるジェームズは(あの様なクリスティーナは初めて見るな)と、二人のやり取りを眺めていた。



2時間ほどで町に着いたクリスティーナは、ようやくウィルから開放されたと喜んでいた。

ウィルと一緒にジェームズも警備兵の元へ行き、盗賊のことを伝えに行っている間に、傭兵とアメリアで宿の手配をしていた。

一人で戻って来ると思っていたジェームズが、ウィルと一緒に宿に戻ってくる。

「何故あなたがまだいるんですか?この度は助けて頂きありがとうございました。感謝申しあげます。もう二度とお会いすることはないと思いますが、どうぞお帰り下さい」

今まで培って来た愛想笑いを浮かべて、丁重にウィルを追い出そうと試みるクリスティーナに対し、ウィルは不敵に笑った。

「それがそうも行かなくなっちまったんだな」

「ウィル君と話していたら、彼もフォーリュに向かうらしくてね。一緒に行って貰うことにしたんだよ。彼は強いし、頼りになるだろう?」

ジェームズの言葉を上手く噛み砕けないクリスティーナは叫んだ。

「なんでよ!もう知らない!」

ぷりぷりと怒って部屋に入って行くクリスティーナの後ろ姿をジェームズとアメリアは見つめていた。
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