上 下
9 / 27

しおりを挟む
「つまり、サミーが奥様だったって言うこと?」

大まかに女中の仕事をしている経緯を説明したサマンサは、ナタリーに聞かれて頷いた。

「私達は同僚だけど、友達だとも思っていたわ。どうして何も言っ……」

どうして何も言ってくれなかったのか。

そう言いたかったのに、困った顔のサマンサを見て、ナタリーは最後まで言えなかった。


思い返してみると、サマンサは何も言っていなかった。

「どこに行けばいいのかわからない」と言われて、配属先がわからないと勘違いして
奥様について何も言わないから、酷い事をされていると思い込んで
勝手に決めつけていたのは自分だ。

サミーだってサマンサの愛称で、全くの嘘ではない。
みんなから嫌われている奥様が自分だなんて、誰だって言えない。


ナタリーはおろおろとしているサマンサに尋ねた。

「ごめんね。私達の所為よね…。でも、サミーが噂のような酷い女性だと思えないんだけど、本当に3度も婚約が破談になったの?言いたくなかったら言わなくてもいいわよ」

サマンサは事実だけを伝えた。

「みんなが話している内容とは少し違うのだけど、それは本当よ。もう後がないって言われていたの。でも、クロード様からお話を頂いて、ここに嫁ぐことになったの」

他言無用の契約結婚については、ナタリーには言えない。

「好きに過ごしていいと言われているから、女中の制服を着て屋敷を歩いていたの。勘違いさせてしまった私が悪いのよ。でも、このことはクロード様には言わないでくれるかしら?」

サマンサは食べ物を貰いに行こうと女中の制服を着た事を、恥ずかしくて言えなかったし
契約結婚で給金を貰っているのに、女中としても給金を貰っている事をクロードに知られたくなかった。

お金がたくさん欲しいわけではないが、なんとなく悪い事をしているような気がしていたのだ。


そして、ナタリーはまたもや勘違いをしていた。

クロードはみんなが憧れるほどの美貌の持ち主だけど、女性には冷たい。
会話も接点も無くて、二人が並ぶのは夜会だけなのも知っている。

後がない自分を助けてくれたクロードを慕っているのに、サマンサには話す機会もない。
どうにかしてクロードに近付こうと考えて、女中の仕事をしているに違いない。

「わかったわ。私に任せて!」

ナタリーはサマンサがクロードとの距離を縮められるように協力しようと誓った。


ナタリーの新たな勘違いに気付かないサマンサは、夜会当日の準備をお願いした。

「もちろんよ!クロード様が釘付けになるくらいに着飾りましょう!」

(そこまでしなくてもいいのに…)と思ったサマンサだったが、お飾りの妻として恥ずかしくないように、ナタリーに委ねることにする。

「私一人では出来ないわ。あと二人連れてきてもいいかしら?口が硬い二人を選ぶから大丈夫よ」

こうして無事に夜会当日を迎えることができたのだった。



「まさかサミーが奥様だったなんてね」

「本当よ。ドキドキして損したわ」

部屋に入って来た女中二人は、口を動かしながらテキパキとサマンサの身仕度を手伝う。

「それにしても綺麗なドレスね」

ほぅっとため息を吐いてナタリーが言った。

「ドレスも宝石もクロード様のお色だわ」

「ねぇ、もしかしたらクロード様はサミーのことをお慕いしているんじゃないかしら?」

女中達が勝手に話し始めた。

「きっとそうよ。クロード様は不器用なお方だもの。どう接して良いかわからなくて、サミーに会えないんだわ」

「大切にしたいから寝室も別なのね?拗らせているクロード様も素敵ね」

経緯で二人が結婚した経緯を知らない女中達は妄想を膨らませる。


実際のところは愛のない契約結婚で、商人に言われるがままドレスを購入したクロード。

自分の色だなんて意識はしていない。
公爵家の次期当主の自分が連れて歩くのに相応しいドレスと宝石を選んだだけだった。



クロードの色を纏ったサマンサは夜会で注目を浴び
参加した貴族たちの中では、二人が相思相愛であることは揺るぎない事実になった。

終始笑顔で夜会会場にいた二人だが、往復の馬車での会話は一切無い。

エスコートされるのは会場にいる間だけ。

屋敷に戻ってからは一人で馬車を降り、先を歩くクロードの後ろを歩いて部屋へと戻る。
久しぶりの夜会に疲れてしまったサマンサだった。



翌日、サマンサは女中の服を着て屋敷の掃除をしていた。

(ドレスよりも制服の方が動きやすくて楽だわ)

鼻歌を歌いながら窓を拭いていると、次々に女中が

「頑張ってね。応援してるわ」

「噂って当てにならないのね」と言って話しかけてきた。

不思議に思ったサマンサだったが、昼休憩で事の真相をしる。

女中達はみんなサマンサが奥様だと知っていたのだ。しかも、初恋を拗らせた相思相愛の二人というオマケ付き。

「口が硬いと言っていたじゃない」

サマンサがナタリーに訴えると

「口は硬いわよ。私達しか知らないもの」

「侍女たちや他の使用人達には言っていないわよね」

と、女中達が口々に言う。


「協力者は多い方が良いわ。私達に任せて」

ナタリーが胸を張って言うが、サマンサは不安しかなかった。

「絶対に他の人には知られないようにしてね」

それしか言えなかった。



結果として、みんなの協力の下
サマンサは自分の部屋の出入りがしやすくなり、休日の奥様不在の件もナタリー達が誤魔化してくれるので、気疲れもなくなって楽になった。

みんなは変わらずサミーと呼んでくれるし、態度も変わらない。

だが、問題が一つ出来てしまった。

「サミー、クロード様のお部屋の掃除を頼める?」

「クロード様がご帰宅されたわ。お出迎えに行きましょう」

みんなが揃ってサマンサにクロードの元へ行かせようとするのだ。

(どうか気付かれませんように…)

サマンサは俯いて顔を見られないようにしていたのだが
女中達は照れているのだと勘違いして、どんどん仕事を振っていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

【完結】婚約を信じた結果が処刑でした。二度目はもう騙されません!

入魚ひえん
恋愛
伯爵家の跡継ぎとして養女になったリシェラ。それなのに義妹が生まれたからと冷遇を受け続け、成人した誕生日に追い出されることになった。 そのとき幼なじみの王子から婚約を申し込まれるが、彼に無実の罪を着せられて処刑されてしまう。 目覚めたリシェラは、なぜか三年前のあの誕生日に時間が巻き戻っていた。以前は騙されてしまったが、二度目は決して間違えない。 「しっかりお返ししますから!」 リシェラは順調に準備を進めると、隣国で暮らすために旅立つ。 予定が狂いだした義父や王子はリシェラを逃したことを後悔し、必死に追うが……。 一方、義妹が憧れる次期辺境伯セレイブは冷淡で有名だが、とある理由からリシェラを探し求めて伯爵領に滞在していた。 ◇◇◇ 設定はゆるあまです。完結しました。お気軽にどうぞ~。 ◆第17回恋愛小説大賞◆奨励賞受賞◆ ◆24/2/8◆HOT女性向けランキング3位◆ いつもありがとうございます!

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

利用されるだけの人生に、さよならを。

ふまさ
恋愛
 公爵令嬢のアラーナは、婚約者である第一王子のエイベルと、実妹のアヴリルの不貞行為を目撃してしまう。けれど二人は悪びれるどころか、平然としている。どころか二人の仲は、アラーナの両親も承知していた。  アラーナの努力は、全てアヴリルのためだった。それを理解してしまったアラーナは、糸が切れたように、頑張れなくなってしまう。でも、頑張れないアラーナに、居場所はない。  アラーナは自害を決意し、実行する。だが、それを知った家族の反応は、残酷なものだった。  ──しかし。  運命の歯車は確実に、ゆっくりと、狂っていく。

処理中です...