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囚われの乙女

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 脱走したナタリアを追いかけて、飛び出したゼインは、思い通りに動かない身体に苛立った。
「くそっ!鈍りすぎだろうこれ!」
 長期に渡る療養生活は思っていたよりも深刻な筋力低下を招いてしまったようだ。
 あの姉が、脱走した祭に見付かりやすい、歩きやすく整備された順路を進むことは考えにくい。
「手がかりみつっけ」
 植木に小さな折れた枝を見つけてゼインは同じ方角へと分け行っていく。
 レオンハルトが居れば、直ぐにでも追い付けるのだが、生憎レオンハルトはカイルが連れ出してしまっている。
「あのひとさらい、本当にいつもの間が悪い!」
 生け垣を飛び越えて泉を迂回し人影を捉え目を凝らすと、それがナタリアの物だと確認できる。
「おーい、ねぇちゃん」
 ゼインが右手を挙げ呼び掛けると同時に、黒い影が、ナタリアの背後から首元めがけて手刀を放つ。
 脱走したものの、さてどうしたものかと頭を悩ませていた後頭部に打撃と激しい頭痛がナタリアに襲い掛かる。
「何・・・・・・」
「ねぇちゃん!!」
 薄れ行く意識の端にゼインの声を聞きながら、警告も出来ずにナタリアは昏倒した。
「このやろー!ねぇちゃんに何しやがる!」
 黒衣の人物は、凄まじい勢いで自分に向かってくるゼインを確認すると、さっさとそのままナタリアを肩に担ぎ上げる。
 ヒュッ!と言う風切り音に頭に血が昇っているゼインが身構えるよりもはやく、背後に回った人物に手刀を降ろされた。
「くっ!あぶねー」
 ぬかるみに足を取られて体制を崩した為に、手刀はゼインの頸を逸れて右肩を叩く。 
「どうやら他にも居たみたいだな」
 振り返り身構えると、ナタリアを襲った者と違わない黒衣の人物が立っている。
 ゼインの警戒を嘲笑うかのように素早く懐へ飛び込んだ黒衣の人は応戦に転じたゼインの手を払い除けると、ゼインに足払いを繰り出した。
「うわっ!足を狙うなっての!」
 ギリギリで身体を捻った事で足への損傷は受けずに済んだが、バランスを崩し、転倒したゼインは背中を地面に殴打した。
「お前に用はない」
 発せられた声は低く、成人男性の声だった。
「させるかよ!ねぇちゃんを返しやがれ!」
 痛む背中を無視して、身体を起こすとゼインは目の前の男に飛び掛かった。
「大人しくしてな」
 飛び掛かってきたゼインを去なす。
「そんなわけに行くかよ!」
「仕方ない、予定には無いが一緒に来てもらう」
 素早くゼインの腕を掴み捻り上げた男は拳をゼインの腹部に叩き込んだ。
「ぐっ!くっ、くそったれ・・・・・・」
「大人しくしてな」
 意識を失ったゼインを抱えると、ナタリアを抱えたもう一人の男と共に、王城へと向かって走り出した。



 チャラン、金属音が聞こえる。
 湿気った臭いが鼻に着く、カビ臭さに顔をしかめるながら浮上したナタリアはゆっくりと目を開けた。
 両手頸に青銅の輪が嵌められている。
 腕輪には青銅の鎖がつけられ、牢獄の奥に錠で固定されていた。
 腕を牽くとチャラチャランと鎖が音を立てる。先程聞こえた金属音はこの鎖が擦れた音だったらしい。
 石造りの狭い牢には明かりとりと、換気のためと思われるささやかな小窓があるが、見事に鉄格子が嵌められていて脱走は難しそうだ。
「眼が覚めましたかしら」
 牢獄の通路側に檻のように嵌め込まれた格子越しに、声の主が姿を現した。
 牢獄のようなこの場所におおよそ似つかわしくないその妖艶なる出で立ちは、高貴な香で全ての男を惑わせる美貌を備えている。
「后妃殿下、おはようございます。ここはどこでしょう」
 ほぼ間違いなく主犯は目の前の后妃殿下だろう。
「随分と余裕がありますね。自分の身に何が起きているのか理解すら出来ないとは哀れですわ」
 びっしりと羽毛をあしらった扇子で口許を隠しながら、床に座り込んだナタリアを見下ろし、ミスティルは傍らに控えている男を呼び寄せると小さななんの飾り気もない袋を手渡す。
 男は袋の中から数枚の金貨を取り出して確認する。
「あたしを連れてきてなんの特が有るんですか?」
 一般庶民の田舎娘に、なんの特も無さそうなものだが。
「ほんにお前はあの女の娘だなぁ、その目付き!お前の母によう似ておる」
「それはどうゆうことでしょうか?」
「頭の悪さも似てしもうたようじゃな」 
 一帯何を言っているのか理解できない。
「そうして呆けている様など生き写しじゃの」
「なんであなたが私の母を知っているの!」
 后妃との間を遮る鉄格子を掴み、間合いを詰める。
 ナタリアの記憶に母の物は無い、自分ですら知らない過去を知っていると言うのか。
「そなたの母、レイス王国の王妃だった女じゃ」
 確かにカイルはナタリアの事を行方不明のレイス王国の婚約者だと言って皇帝や后妃に紹介してはいた、だからと言ってそんな証拠はどこにもないのだ。
「残念でした・・・・・・あたしは王女様なんかじゃないわ・・・・・・」
 カイルが求める婚約者とは別人・・・・・・簡単に散々否定してきた言葉が、今は苦しい。
「そうかのぅ、そなたと王宮で初めての会ったときに確信したのだがのぅ」
 どうゆうことだろう、后妃と初めての会ったときにナタリアは自分の名前を名乗っている。
「府に落ちぬと言った顔をしておるの」
「納得いきませんから」
 笑い声を上げると、ミスティルはゆっくりと鉄格子から離れていく。
「あの時私は尋ねたはずじゃ、レイスの産まれかと」
 確かにミスティルはナタリアの出身をレイスかと言っていたが、なぜ?
「あの時、そなたがして見せた礼、あれは限られた者にしか赦されぬ」
 礼・・・・・・
「そんなことしましたっけ?」
 正直どんな礼をしたかなど覚えていない。一つだけ言えるのは無意識だったということ。
「まぁ良い、これでやっと終わる」
 踵を反しながら、ミスティルは胸元から小さな袋を取り出すと、中から包み紙に包まれた球体の小さな物を取り出して、傍らに控えた男に一粒手渡した。
「あの娘を沈めてきなさい」
 ミスティルが上機嫌で命を下すと、男は虚ろな目で与えられた包み紙の中身を口の中に加え込んだ。
「私は陛下のもとへ戻りましょう、任せましたよ」
 ミスティルはそう言うと静かに去っていった。
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