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最終章 種まくモノ、植えるヒト
種まくモノ、植えるヒト(04)
しおりを挟む「明人さん! 後ろ!」
真由乃の助言も借り、襲い掛かる触手をことごとく躱していく。
「前からも、2本!」
真由乃の顔で包帯から出ている箇所は右眼だけであり、実質的に隻眼での戦いを強いられているはずが、対象との距離感を完璧に把握して触手を捌いていた。もはや、戦闘中の状況把握を眼に頼っていないのだろう。
その証拠に、真由乃は決して見えないはずの後ろから飛んできた触手を、振り向きもせずに直前で斬り捨てて攻撃を躱している。
『ギョーッ!』
さらに、真由乃が持つ能力は、『不死』に対して絶大な効果を発揮する。
触手は斬られると同時に、根本に向けて一気に燃えていく。そのたびに暴食は悲鳴を上げた。
「ゆあんさんより、全然こわくないです!」
「頼もしいな、ほんとに……」
明人は戦闘中にも関わらず、思わず笑みがこぼれた。
かつて指導していた真由乃が成長し、いつの間にか自分を超える存在になっている。今となっては自分が教えられてばかりであった。
負けてはいられない――
明人も負けじと敵の懐に飛び込み、アッパーの要領で下から拳を突き上げる。飛散した『暴食』の細胞が「キューキュー」と悲痛を叫ぶ。
「いま、解放してあげます」
真由乃は近くの建物を利用して暴食の上で待ち構えていた。
明人のタイミングに合わせて深く息を吸い、大きく息を吐く。その息が炎となって飛散した細胞を燃やし尽くす。
『ギョーッ! ギョーッ゛!』
無限に発生する炎――
やがて大きな環を成して周囲を燃やし尽くす。
不浄なるイノチ、穢れを燃やし尽くし――
新たなイノチに繋ぐ炎環の煌めき――
炎の輪に触手のほとんどを焼き付かされ、暴食の本体も喚き散らし、見るからに苦しみ始めた。
「あと少しか……っ」
明人がトドメを刺そうと暴食との距離を詰める。炎環の炎は、味方である明人にとっても熱く近寄り難かった。
「くっ……」
そして、あと1歩足りなかった。
拳を繰り出す直前、悲鳴を上げていた暴食が形を変える――
下半身を地面に付け、根を張るように触手を地面に埋め込んでいく。明人は、瞬時に危険を察知して本体から離れた。
「明人さん!」
真由乃もいち早く危険を察知し、炎による気流を利用して明人の下に向かう。
そして、気流を上に向け、明人とともに地面から離れた直後――
地面が真っ黒になった。
正確には喰われていた。裏山の地面の一部がポッカリと根本から喰われ、漆黒の穴を形成していた。
『タベル スベテヲタベツクス』
ヒトや生きモノの形は成しておらず、植物の要塞と呼ぶに等しかった。
明人は、真由乃の手を強く握る。
「真由乃、俺を真ん中に……」
「明人さん……?」
要塞の中央は口が開いて中に侵入できる。侵入したところで、中がどういった構造になっているか検討もつかず、すぐに消化されてしまうことも容易に考えられた。
「頼む……」
「……わたしは?」
「待っててくれ」
「まつって、それじゃあ――」
「ああ、俺を信じて……」
真由乃は、一瞬迷ったあと、手を握り返した。
強く、強く手を取り合い――もう言葉はいらない。
明人と真由乃は見つめ合い、微笑み合い、手を離す――
そして、明人は暴食の口に飛び込んだ。
真由乃も足元に炎環の炎を出現させて地面に降り立つ。炎が暴食の細胞を押し出して真由乃が立てるスペースを空ける。
「――明人さん!」
真由乃の声を背に、明人は暴食の口元に差し掛かった。大量の唾液が分泌されており、強力な酸となって辺りを溶かしている。
「うぉりゃああああああ!!!」
明人は、過去最大級の――全力の力を拳に込め、暴食の口元にその拳をぶち込んだ。
無限の細胞を大量に吹き飛ばしながら、喉元の奥に本来は存在しない穴を空ける。
『がっボボボゴゴッ!』
「全部、ぜんぶ終わりにしてやるっ……」
『ボゴゴゴッ――』
「――これで最後だあああっ゛!」
暴食の要塞が怯み、その隙で明人は穴に飛び込んだ。直後に、破られた穴では新たに細胞が生まれ、明人は口の中に閉じ込められてしまう。
『オナカヘッタヨ』
『サミシイヨ』
――タスケテ……
『イタイヨ』
『クルシイヨ』
――タスケテ……
『クヤシイヨ』
『マケタクナイヨ』
――タスケテ……
『イキタイヨ』
『シニタク ナイヨ…………』
欲望とは、感情の膿が凝り固まってできた『タネ』である。
人間という種がばら撒いたタネは、誰かが責任を持って消化しなければならない。
「だが、人間は1人じゃない」
「誰かが地面に還せばいいんです」
それこそ人間という器の容量を超えている。
他人の欲望を扱えるほど人間は器用ではない。
「何度も言わせるな」
「人間は1人じゃないんです」
1人では無理でも2人なら、誰かと一緒なら、タネを拒むことが出来る。タネを植え直すことができる。
「誰かのために」
「誰かに寄り添い」
タネを地面に植える手伝いをする。
それが本来の――
「わたしたち、植人です」
「 俺 たち、植人だ」
真由乃は全身に巻かれた包帯に手を掛け、その内側を露わにしていく。
包帯の内側には冷却剤が敷き詰めてあった。包帯と一緒に冷却剤も取れ、火傷を負った水膨れの皮膚が急激に熱を帯びていく。
「うっ……」
包帯で覆っていた方の眼が激しく痛む。
眼球は真っ黒で中心に黄色い斑点が浮かんでいた。相当の熱を帯びていて、目元からチリチリと火花が散る。
「――ふぅ…………」
今は耐えるしかない。弱音を吐く時間はなかった。
痛みに慣れたところで炎環を構え、目を閉じて精神を集中させる。
真由乃を狙って何度も黒い影の触手が襲い掛かるが、足元の「円」より内側に入るとすぐに燃やされて炭と化す。
――明人さん……
明人を信じ、明人を待つ――
真由乃は居合いの構えを維持して炎を発し続けた。
「――ちっ、どこにある……」
明人は、モゴモゴと蠢く細胞の中を押し進んでいた。全身にヒリつくような痛みが走り、呼吸も保って数分程度に思われた。
数多ある細胞の中で暴食のタネを見つけ出すのは不可能にも思える。だが、見つけるしかない。
外では真由乃が信じて待ってくれている。
「早くしないと、なっ……」
明人は、拳を振り続けてタネを探した。
時折響く体を引き裂かれるような痛みにも耐えて進む。そして、ある程度進んだところで、明人は勝負に出た。
「――すぅぅぅ……」
大きく息を吸い、全神経を自身の「毒腺」に集中させる。
そして息を吸い切ったところで、さらに息を止め、自信に眠る凶暴な「毒」を呼び起こす。
そして――
「くはああああ゛ッ!!」
一気に「毒」を放出する。
吐息や唾液に、最高濃度に凝縮した葉柴の毒を含ませ、辺り一帯の細胞に行き渡らせていく。
暴食の細胞は、すぐに反応を見せた。
『キュー! キュー!』
――ヤメロ
――イタイ クルシイ
――シビレル
――イキガデキナイ
細胞の1つ1つが甲高い声で泣き喚き、苦しみ、死滅していく。一部の細胞は抵抗して明人に喰らいつくが、それでも明人は、毒の放出をやめない。
細胞のすべてを破壊せしめようと、気力の続く限り毒を放出した。
「ぐああああああああッッッ!」
眼は全体が紫色に変色し、明人の周りまで紫色に包まれていく。対して、明人の紫色になびいていた髪は、色が抜け始めて白色に変わっていく――
『――ヤメ、ロ……ヤメ…………』
外では暴食が暴れ回り、無造作に振り回される触手が真由乃の頬を掠る。
真由乃は全く気にせず、目を閉じたまま集中を続けた。
きっと、明人が中で頑張っている。
今は、とにかく明人を信じて……
「――ガアアアッ! どこだあああ!」
髪は完全に色が落ち、放出される毒も徐々に量が減っていく。それでもなお、明人は毒の放出を続け、辺りを見渡してタネを探す。
決して諦めない。
たとえ、このイノチが尽きようとも――
――ばかじゃない?
それは、町角ゆあんの声だった。
暴食に取り込まれた『不死』の念が残っていたのか――幻のように、目の前に町角ゆあんが現れる。
――見つかるわけ無いじゃん。
――なんで?
――自分のイノチが大事じゃないの?
「……ぜったい、諦めなるかッ」
――なんか、わたしまでバカになってきた
ゆあんは、ある方を指差した。
明人が目を向けると、そこには確かにタネが存在した。不老と不死、2つのタネに齧り付いた『暴食』のタネが根付いていた。
――あんたら見てたらさ、
――こんなバカもいるんだなって
「……ちっ、動けっ!」
明人の体はボロボロだった。
動くこともままならなかったが、無理やりにでも動かしてタネに近づいた。
――こんな希望もあるんだなって
「――いくぞっ……」
なんとかタネに辿り着き、明人は拳を構えた。
全身全霊――
残っている力のすべてを毒手に込めた。
――イツキ様は連れてくよ
――だから、だからさ……
――頼んだね、わたしたちの分も…………
「おおおりゃあああああ゛ッッッ!!!」
明人の全てを掛けた全力が、暴食の内側から細胞を押し出して、タネごと外側に放つ。
そして、明人を信じて外で構えていた真由乃が、大きく目を見開いた。
「いまっ!」
暴食を覆い尽くすほどの「炎」を放出し、飛び出してきたタネを狙う。
真由乃の斬撃は、不老と不死のタネを完全に切り離して分断した。2つの原種が完全に破壊される。
「――やあああああ゛ッッッ!」
そのまま、真由乃のさらなる斬撃が放たれる。
暴食の触手が壁となって抵抗するも、炎環の炎に貫かれて斬撃が進む。
――誰かが
――誰かのために
「未来を生きるんですッ!」
暴食の残骸に倒れ込む明人――
本殿で瀕死の雁慈、意識を失った依子――
寄り添う天音や茜音――
病院に運ばれる葵、メアリ――
そして病院で眠る小由里と、手を繋ぐ明里――
みんなの思いを乗せた斬撃が暴食を斬り…………
暴食のタネは、完全に破壊される――
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