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第二四章 たったヒトリの家族
たったヒトリの家族(06)
しおりを挟む「――まゆのん!」
真由乃は、小由里を抱いたまま――2人して地面に横たわる。
明里が慌てて駆け寄ったときには、小由里は気を失っていて、真由乃も酷い火傷で呼吸が荒く、意識を失いかけていた。
「まゆのん! まゆのん?!」
反応はない。だが息はある。
そこに、あらかじめ呼んでいた救急隊が到着する。
「こ、これは……」
呼んだのは植人に縁のある救急だ。だが、さすがの異常事態に驚きを隠せないでいた。常人なら素人目でも見ただけで手遅れに思える。
「急いでください!」
だが、まだ2人とも息がある。
2人は別々の救急車に運ばれ、明里も急いで準備をした。種人とも言える小由里を事情も話さずに救急隊にお願いするのは一抹の不安もあったが、重症なのは明らかに真由乃だった。
明里は、考えるよりも先に真由乃が運ばれた救急車へと乗り込む。
「まゆのん、まゆのん……っ」
真由乃は、応急処置で全身をグルグルに巻かれていく。明里には祈るしかできない……
「……りん――」
「おい! 受け口は見つかったか?!」
車内が慌ただしい中、明里は真由乃の声を聞き逃さなかった。明里は慌てて立ち上がった。
「す、すみません! 止まってください!」
行き先も決まりそうなところで明里は大声を張った。状況が読みきれず、救急隊員たちは明里に苛立ちを見せる。
「な、何を言ってるんだ! 今は一刻を争って――」
「分かってます! でも、すみません、彼女の言葉を聞かせてください」
「なっ、意識があるのか……」
火傷の具合を見て、救急隊員としては信じられない状況だった。周囲が静まったところで、明里は真由乃の口元に耳を近づける。
「さゆ、りは……?」
「だいじょうぶ。別の救急車で運ばれてるよ」
「よかった……じゃあ、このまま――」
「何言ってるの!」
その先は聞かずとも、真由乃が何を言いたいかはすぐにわかった。でも、その真由乃のお願いを安易には受け入れられない。
「自分がどんな状況かわかってるの?! そんなんで戦えっこなんか――」
「だいじょうぶ、チョット休めば……」
「だめ! だめだよ! ぜったいだめだよ、まゆのん!」
明里は、涙を流して拒み続ける。
そんな明里を、真由乃は諭すような目で見つめてゆっくりと手を伸ばす。
「あのね、あかりん……」
「…………うん」
「明人さんが、待ってるの」
「そんな、でも……」
「みんな、待ってるの……」
真由乃の気持ちは痛いほど分かった。
親友だからこそ、真由乃の考えを理解できてしまった。
本当は頷きたく無いけど、真由乃の気持ちを汲むべきかもしれない。
迷っている明里の手に、包帯で巻かれた真由乃の優しくて暖かい手が触れる。
明里は、迷いに迷った末――
真由乃の手を優しく握った。
「あかりん、行かないと」
「……むちゃ、しないで」
「……うん」
手と手を強く握り合い、強い願いを込めて、明里は再び立ち上がった。
「運転手さん!」
本殿が未曾有の危機に直面していることは既に連絡を受けていた。誰が無事でいるかも分からない。
真由乃同様、明里も覚悟を決めた。
「……このまま、連れて行って欲しい場所があります――」
救急車は行き先を変え、真由乃は明里の勇姿を眺めながら、ゆっくりと目を閉じて体力の回復に努めた。
***
『――ぐああぁあああ゛っ!』
木片が抜けてなお、痛みに苦しむイツキ――
その横に、触手が貫いたあとの桐子と正人の体が倒れ込んだ。
「くそ、くそっ――」
明人は、近くに落ちたタネを握り、力を込めてすり潰して、その勢いで立ち上がろうとした――が、ダメだった。
中途半端に取れそうな左腕が邪魔をして、痛みも増長させて立ち上がれなかった。
『いそぐ、いそがなければ……』
「ま、まて……っ」
イツキはイツキで、余裕が無さそうに体を引きずって広間をあとにする。果たしてどこに向かうのか――気掛かりではあったが、それどころではなかった。
「母さん! 父さん!」
明人の悲痛な叫びに、母親だけがピクリと反応した。父親は完全に反応がない。
「お願いだ! 返事をしてくれ!」
「あき、と……」
「母さんっ゛!」
桐子は、微かに目を開いて明人に向く。細く開いた口から弱々しい声を発する。
「天音様は逃がした、よ……」
「イヤだ! 母さん!」
「あき、と……いき、て……」
「母さん! ダメだ! 母さん!」
「いきて、よりこ、と…………ね」
「母さん! まだ伝えてないことが――」
「…………」
「母さん!」
母親も完全に反応がなくなった。
タネを握り潰した手を更に強く握り、地面に強く打ち付ける。
「母さん……っ」
涙が止まらず、そしていよいよ明人も気を保てそうになかった。
「母さんっ……愛してるよ…………」
床を這いつくばって、なんとかイツキが逃げた方向に進もうとするが、それも限界に近い。
「くそ、くそぉ……」
悔しがっている明人だったが、しばらくして走って近づく足音が聞こえてきた。
「――アキくん!」
どこかに避難していたであろう天音が戻ってきた。後ろには、天音の祖父の衛門と妹の茜音もいる。
「大変なことに……」
「状況を話せるか葉柴よ」
衛門は冷静に明人の応急処置に取り掛かった。茜音もサポートに入り、仮縫いの準備に取り掛かる。
「イツキが、逃げました。ですが、瀕死を負っています。おそらく、裏山の方に……」
裏山の存在は、明人も噂程度でしか知らない。
本殿の最奥――裏の裏……
おおよその場所の目処もついているが、詳しい道順は知らない。それもそのはずで、裏山の詳細を知る者は、当主である天音と専属の給仕に限られる。
「やはり、最終目標は有力者の撲滅か……」
かつて当主として出入りしていた衛門も存在を把握していた。そして噂通り、裏山には植人の有力者と呼ばれる最高幹部たちが住んでいるようだ。
「切断するぞ……」
「……はい――」
取れかかっていた左腕がリスクでしか無いことを明人も承知していた。衛門は躊躇いなく左腕を完全に切り離し、止血に専念する。茜音も手際よく包帯の準備をして巻き始める。
「アキくん、依子さんたちは……?」
「姉さんは生きてる。どうか、まずは手当をして欲しい。父と母は……」
「……分かった。まずは救急を待って」
「いや、もう行く」
明人の発言に、天音はさぞ驚いた。
衛門は、真意を確かめるように明人を睨む。
「何言ってるのアキくん! そんな体で――」
「イツキの狙いが何であろうと、とっとと、トドメを刺さないと……嫌な予感がする」
事実、イツキは「急がないと」と発言していた。何か奥の手を用意しているはずだ。
「でも、無茶だよ! しばらくしたら植人の救援も……」
「ダメだ。大事になる前に、俺が――」
「アキくん!」
天音は当主の立場を忘れ、明人を好きな1人として明人を止めていた。当主として間違っていることは承知していた。
冷静さを欠いていた天音を衛門が優しく制し、茜音がそっと肩に手を置く。
「……葉柴よ、動けるのか?」
「おじいちゃんっ!」
明人はしっかりと頷いた。
「はい」
「状況を見て勝ち目がなければすぐに戻るんだ。脱出して作戦を練り直す。天音もそれでよいな?」
「はい」
「いや! だって、アキくんが……っ」
「お姉ちゃん……」
茜音が諭して、天音はやっと落ち着きを見せる。明人は応急処置を追え、左半身の激痛に耐えながら立ち上がった。
「我々は救援が来次第山を降りる。くれぐれも無茶をするなよ」
「はい……」
「アキくん」
「天音??」
「……待ってるから」
明人はもう一度頷き、イツキが逃げた方向に進んだ。きっと、真由乃も同じ行動に出るはずだ。
父と母の報いだけではない。
メアリも葵も、雁慈も頑張ってくれている。
みんなのためにも、決着をつける――
明人の足取りは、次第に力強くなっていく。
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