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第二二章 恋をシて、愛をシて

恋をシて、愛をシて(04)

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「明里さん? どうされたのですか? そんなに汗をかいて……」

「えっ? ああ、ちょっと気晴らしに階段できたんですけど、途中からもう足がガクガクで……」

「そうでしたか……そう言えば、階段の下で女性同士が揉めていると報告がありましたが、もしかして何かご存知ですか?」

「あっ、いやー……わ、私が通ったときは誰もいなかったかなあ」

「そうですか、なんだか物騒ですね……」

 明里は、天音を前にして苦笑いしかできなかった。とにかく話題を変えようと、ただ広いだけの大広間を見回す。

「そ、それで、ご用件ってなんでしたっけ」

 めぼしいものは見つからなかった。明里は諦めて、勝手に本題へと入る。

「そうですね。お忙しい中わざわざ来ていただいたのに、これ以上お時間を取らせるわけにもいきませんね」

「あ、いや、決して催促したわけでは――」

「実は、明里さんに見て欲しいものがあるんです」

「はあ」

 天音から手渡されたのは、縦に伸びた数枚の用紙だった。日付と相談のような内容が記されている。

「警察から提供された通報履歴を抜粋したものです。どれも不可解な通報で結局解決には至ってないそうでして……」

 なるほど、確かに本殿まで出向かないと見れないような機密情報だった。今回抜粋された情報には、いずれも「小さなタネ」、そして「白髪の青年」というワードが記されていた。

「通報者の中に青年と面識がある者は1人もいませんでした。例のイツキという男と同一人物と考えていいでしょう。明里さんの周りにはいらっしゃらなかったですか?」

「はい、タネ関連の話題には気を張っているつもりなんですけど、もしかしたら警戒されているのかも」

「明里さんの身が心配です。帰りは護衛を付けましょう」

 明人や真由乃を中心に、明里たちは既に3つの原種を打ち破っている。
 その中で明里は植人の家系とはまったく無関係、元はただの一般人に過ぎない。ここは遠慮するよりも自分の身を案ずるべきだろう。

「すみません、ありがとうございます」

「なので、明里さんの方でも少し調べてもらってもよろしいですか? イツキがターゲットにしているのは精神的に弱っている多感な人間、学生が多いはずです。学生の生の声を集めるのは明里さんの得意とするところと思うので」

「はい、さっそく動いてみますね」

「よろしくお願いします。本殿でも警戒を強め、明人さんと雁慈がんじさんには近々本殿周辺に引っ越してもらおうと思います」

 南剛雁慈も明人と同じく四家の1人で、理由は分からないが最近は様々な地域を転々と移動しているらしい。その行動を制限して強力な植人を1箇所に集めるのだから本腰を入れてのことだろう。ようやく引っ越せた明人に少し同情した。

「あれ、まゆのんは……?」

「真由乃さんは、実は――」

 明里は、ひょんなことから真由乃が抱えている葛藤を知ることになった。
 選択するのは真由乃だが、今すぐ後ろから抱きしめたくなった――




 ***




 ――わたしはどうすればいいだろうか……

 明里と別れてから、どうやって帰ったかは分からないが、いつの間にか実家の前までたどり着いていた。ゆっくりと扉に手をかけて、そこで立ち止まる。

 正直、心の中でどうするかは、ほとんど決まっていた。だが、そこに迷いがあった。迷いと言うよりは、恐怖とか不安に近い感情だった。

「明人さん……」

 今すぐにでも明人に話を聞いてほしかった。だが、いい加減覚悟を決めないといけない。
 いつまでも明人に教えられる立場ではいけない――

 真由乃はブンブンと首を振った。

「よし、ただいま―」

 扉を開けて、前を向く。
 すると、ちょうど祖母が玄関を通り過ぎるところだった。既に寝間着に着替えており、ちょうど屋敷の隅にある寝室に向かうところだった。

「あ、おばあちゃん」

「真由乃、天音様との話は?」

「終わったよー なんか疲れちゃったー」

「そうかい」

「お腹すいたなあ、でも良い時間だしなあ」

 外はすっかり暗くなって、食欲もあまり無かった。今日は、明日から・・に向けて早く寝ることにしよう。

「そう言えば葉柴の長男が来ておるよ。何でも荷物を取りに来たって」

「え゛っ゛!!」

 驚きすぎて喉が詰まって声が出る。

「前まで寝泊まりしておった部屋にいるわい、遅いから泊まっていけと伝えといてくれ、それじゃ――」

「あ、おばあちゃんっ……」

 祖母は欠伸をしながら寝室に入り、扉を閉め切ってしまった。何故か、急激に体温が上昇して緊張してくる。

「あ、明人さんが、ここに……」

 心臓が激しく鳴るのを必死に抑えて、真由乃はゆっくりと明人がいるであろう部屋に向かった――




 ***




「――あき、とさん?」

 明人は、ちょうど部屋の布団を押入れにしまうところだった。そう言えば明人が出ていったあとも布団は出しっぱなしだった。

「真由乃……」

 明人は、真由乃の顔を見て固まった。
 お互い喋らない時間が続き、明人はひとまず布団を床に置き直した。

「今日は、本殿に行ったのか?」

「どうして、知ってるんですか?」

「天音から聞いてる。何の話かまでは知らないが……」

 真由乃は唾を飲み込んだ。
 話すには、今しか無かった。

「……小由里さゆりが、妹がいたんです」

「ほんとか」

「はい、街の監視カメラ映像に写っていました」

 天音に見せられたのは、とある歩道に設置された、たった1つの監視カメラ映像だった。
 だが、その映像には確かに小由里の姿がハッキリと写っていた。

「コンビニの監視映像なんですけど、服は薄汚れてて、足元もフラフラで、酷く弱っている様子でした。たまたま見た店長さんが心配になって警察に届け出たそうです」

「足取りは? 他に映像は?」

 真由乃は、首を横に振った。

「近隣を捜索してもらっているのですが、まだ見つかっていません。遠くに行ったとも考えにくいんですが……」

 また、周辺にイツキの姿や明人の姉である依子の姿も確認できていない。小由里の単独行動である可能性は高かった。

「明人さんは聞いていると思いますが、今現在本殿では警戒を高めていて、さゆの捜索は打ち切ろうと考えて家うそうです。四家の人間を周辺に集めているそうなんです。もちろん、わたしも……」

「そうだな」

「でも、これだけはどうしても譲れません。わたしは、どうしても行かないといけないんです。天音さんにも、最後にして最大のワガママとしてお願いしてきました」

「そうか……」

「明人さん、わたし、行ってきます。明日から……」

「……分かった、気をつけて」

「はい……」




「…………それだけですか」

 真由乃は、喰い下がった。
 明里とも熱く語り合った。ここで引き下がるわけにも行かなかった。

「もっと掛ける言葉とかありませんか? わたし、帰ってこないかもしれませんよ?」

 ――真由乃、行くな!
 なんて言葉は期待していない。
 ある意味、人生で初めてカマを掛けたようなものだった。自分の気持ちが分からない以上、ズルいのは承知で、明人の判断に委ねてみようと考えたのだ。

「……真由乃、好きだ」

 そして、明人の返答は自分の考えを通り越して遥か先に進んでしまった。真由乃には、理解がまったく及ばなかった。

「……………………ほえ?」

「あ、いや、これを求めていたんじゃないのか?」

「え、いや、あ、え? あ、え?」

「違うなら取下げる。最初からやり直しを――」

「いやいやいや、無しです。取下げは無しです!」

「じゃあ、好きだ」

「へ?」

「好きだ、真由乃。愛してる」

「ああああああ、あ、あい?!」

 ついに真由乃の頭はパンク寸前だった。目がグルグルと回りだして今にも倒れそうだった。

「じょ、じょうだんですか? じょうだんですか?」

「ほんきだ、本気で愛してる」

「あああ愛って、愛って……じゃ、じゃああかりんは?!」

「明里は、いつも助かってる」

「ああ、あかりんのことも、すす、好きなんですか?」

「好きだ。でも違う。真由乃、好きだ」

「好きとか愛とか連呼しないでくださいーっ!」

 つい大きな声が出てしまった。
 だが、一旦冷静になりたかった。
 さっきから呼吸が荒くなって過呼吸に陥りそうだった。

「はあ、はあ、はあ……ちゃんと、説明してください」

「説明と言われても、好きなんだ。真由乃のことが――」

「わ、わたしのなにが……」

「なにとかじゃない、真由乃が好きなんだ。明里や、メアリや葵とも違う……愛おしくてたまらない、とにかく好きなんだ」

「明人さん……」

 真由乃の心臓は今にも爆発しそうだった。
 少しずつ呼吸を整えて、何とか爆発を堪える。

「あ、明人さん……」

 そして、目を閉じて……

 目を開いて、明人の瞳を見つめる。

「わたしも、好き、です……」

「真由乃……」

「明人さんのこと、その……愛してます、心の底から……」

「真由乃…………」

 それ以上は、言葉はいらなかった。
 明人は、ゆっくりと真由乃の体を抱き寄せ、片方の手を繋ぎ合わせる。真由乃は、もう一方の手をそっと明人の背中に回す。

「明人、さん………………」

 そして、ゆっくりと目を閉じて――
 2人はゆっくりと唇を重ねた……
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