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第二一章 聖ナる夜に

聖ナる夜に(04)

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『はっぴー ばーすでー!!』

 明里と真由乃の元気な掛け声に、メアリと葵も合わせてクラッカーを鳴らし、明人の誕生日会が盛大に始まった。

「頼むから騒がないでくれ」

「なんでよ、隣が誰も住んでいないのは知ってるわよ」

「騒々しいのは嫌いだ」

「それ、今のまゆのんの目を見て言える?」

「当たり前に決まって――」

 真由乃は、すっかり目を輝かせて部屋中を見渡していた。明里と真由乃で先に家にお邪魔して、たくさん飾りをぶら下げてクリスマスムードを作っていた。
 その出来に自ら感動したのか、あるいは自ら演出したムードに酔いしれているのか、すっかり興奮しきっていた。

「いい部屋に引っ越せましたね、明人さん!」

「……今日だけだぞ」

 明人が諦めて座る様子に、明里も笑みを抑えきれなかった。

「私は前の家のほうが好きだ」

「葵は畳の方が似合うよね」

「言葉の意味次第では今すぐ鎖苦楽さくらを喉元に突き刺すぞ」

「や、ヤマトナデシコって意味よ!」

「……悪くないだろう」

 明里は、ホッと胸を撫で下ろした。

「前の家はジメジメで好みじゃないワね」

「フローリングの方がよっぽど落ち着かない」

 分かっていたことだが明人も畳派らしい。だが、植人の機密を守れるような秘匿性の高い住処で都合よく和室を用意できるはずもなかった。

「天音さんが超特急で用意したんだから、ちゃんと感謝しなさいよ」

「そ、そんなに、わたしの家は嫌でした?」

「そんなに哀しい眼で俺を見るな」

 明人は、気を遣うのが嫌だったわけで、真由乃の家に不満があったわけではない。

益子ましこのばあさんには度々お世話になってるから気まずいんだよ。真由乃だけなら一生住んでも良かったくらいだ」

「いっ、しょう……っ?!」

 真由乃は、爆発でもしたかのように顔を真っ赤にして頭から煙を出した。

「ダメよ、アキトはこの家でワタシとイッショウを添い遂げるノ」

「一生は勘弁だな」

「ヤンッ、ワタシとアキトのスウィートホームでしょ?」

「やめいっ!」

 明人に密着して胸を擦り付けるメアリを、明里は強引に引っがした。

「天音さん本当に苦労したのよ! メアリもちゃんと地に足つけなさい」

「なによアカリ、あの上から目線の姫様ぶったヒロインチックなオンナの肩をずいぶん持つじゃナイ」

「肩は持ってないし、まあ実質お姫様なのよ、彼女は」

「フーン、アカリはアキトがあのオンナに独占されてもいいってワケね」

「独占って、そんなことするようなヒトじゃ」

「アキトとのセッキン禁止をいつ出してきてもオカシクないワよ? アキトと2度と会えなくてもいいノね?」

「ちょ、極端だって」

「イイんでしょ? 明日からアキトに会えなくっても」

「だから、それは……」

 明里は、一瞬だけ明日から明人がいない日常を考えてしまった。
 寂しいだけじゃない。いつも明人には頼り切りで、明人がいないと心細くて、自分がちゃんと立っていられるか心配になるほど不安だった。

「……やだ、やだよ。明人がいないのなんて。明人は、ずっと傍にいてくれて、ここぞというときに助けに来てくれなきゃヤダよ――」

「美味いな、これ」

「フフン、今日は明人が好きな料理で固めてきたぞ」

「って聞きなさいよ!」

「美味しいですぅ」

「ワショクは嫌いじゃないワね」

 もう明里の話はどうでもいいらしい。メアリも真由乃も一緒になって葵の料理を頬張っていた。

「さあどんどん喰らうがいい。これでもかと作ってきたぞ」

「ラスボスみたいだな。真由乃、飲みものはあるか?」

「もちろんです! 麦茶緑茶ウーロン茶、ジャスミン茶にプーアル茶、玄米茶ほうじ茶抹茶紅茶レモネード! 飲みたい飲み物なんでも言って下さい!」

「飲み物で遊ぶな」

「シュワシュワがナイじゃない!」

 真由乃の笑顔で、明人も困惑しつつも嬉しそうだ。
 メアリはいつどこから取り出したかも分からないスナック菓子を頬張り、葵はお作法に則って抹茶を嗜む。

「……私も混ぜなさーい!」

 明里もまた、自然と笑みが溢れていた。




 ***




「――で、なんだこの格好は」

 明人は、半ば強制的にメアリに着替えさせられていた。トナカイのコスプレなのか、赤っ鼻とツノを付けた明人は、これはこれで小動物系の可愛さが増してあざとい。

「明人さん萌え萌えですー」

「ソーキュート! 今すぐソリを引きずらせたいワ!」

「そんな感情トナカイにも抱くな」

 小一時間経って、みんな場に慣れてきて盛り上がりも一層増していた。そろそろメインイベントの頃合いかもしれない。

「ではでは、誰が明人にソリを引かせるのか」

「明人にソリを……」

「明人さんがわたしのソリを……」

 明里は、冗談で言ったつもりだったが、葵も真由乃も明人にソリを引かせるのが満更でもないらしい。

「勝手に働かせるな」

「気を取り直して、今日のメインイベント――プレゼント交換会とまいりましょうか!」

 あくまで交換会としたのは、明人たっての希望だった。自分だけ貰うのが恥ずかしいらしい。
 そのため、ここにいる誰に渡っても喜ばれるプレゼントが、ある種の条件になっていた。

「みんな用意はいいわね?」

「準備よいぞ」

「ハァ、恥ずかしいワ……」

「わくわく、わくわく!」

 各々がプレゼントを持ち、そして明里と真由乃が歌い始めた。今回は細やかながら、メアリと葵も棒読みで歌に参加する。

『はっぴばーすでー とぅーゆー』

『はっぴばーすでー とぅーゆー』

 歌に合わせてプレゼントを時計回りに回していく。歌が終わったときに持っているものが自分へのプレゼントだ。

『はっぴばーすでー でぃああーきとー』

『はっぴばーすでー とぅーゆー……』

 プレゼントが巡り、各々が手元にあるプレゼントを覗く。

「……私のが、メアリのプレゼントね。これは――」

 明人に着せているものと同様、少し安っぽいコスプレ衣装だった。

「ホントはワタシが着たかったノ」

「さ、サンタコス……」

 しかもミニスカ――

「俺じゃなくて良かった」

 明里的には、女性衣装の明人も見てみたかったといえば、見てみたかった。

「きっと似合うぞ、着てみたらどうだ」

「な、茶化さないでよ! こんなの似合うわけない!」

 プレゼントだから無下には扱えないが、やっぱり恥ずかしさが勝ってしまう。メアリには申し訳無いが着るのは今度にしよう。当のメアリは、自分へのプレゼントに夢中で特に気にしていなさそうだった。

「アキトからプレゼントだなんて、やっぱり一緒に住むウンメーよね!」

「日頃の疲れを癒やしてくれ」

 明人からのプレゼントは小型のマッサージ器だった。メアリは早速開封して凝った肩を解していく。

「私のは万年筆か?」

「インクもセットよ。私の相棒とおそろい」

「そろそろレシピでも作るか」

 それなりに気に入ってくれたようだ。

「わたしのは出汁パックですか!」

「特別に明人好みのを選んでやったぞ」

「おりょうり、頑張りますっ!」

 そして、明人には真由乃のプレゼントが渡った。真由乃にとっては緊張の瞬間だ。

「……手編みか?」

「はい……」

 真由乃は恥ずかしそうに顔を伏せた。昨日の今日で、寝ずに編んだであろうマフラーは、少し短い気もしたが十分に防寒性を備えていそうだった。

「環日家特性の紐で、芯から体を温めてくれるはずです。今は、もしかしたら温かく無いかもですが――」

「あったかいよ」

 明人はさっそくマフラーを巻いて、真由乃の頭に手をおいた。

「ありがとう、真由乃」

 真由乃は、明人からは目を逸らしたまま、顔を真っ赤にしながらペコリと頷いた。葵もメアリもそっぽを向いていたが、明里だけは羨ましそうに2人を眺めていた。

「みんなありがとう。本当は世話になりっぱなしで、祝われるほど役に立っていないんだが、素直に嬉しい。いつも感謝してる」

「アキトもオトナっぽいこと言えるノね」

「ふっ、臭い明人は面白いな」

「明人さーん、感動しちゃいます!」

「……二度と言わないからな」

 イベントも無事に終わり、誕生日会は再び盛り上がりを見せる。誕生日の夜は、もう少し続くようだ――




 ***




「結局のところ、アキトはダレが1番スキなのよォ」

 メアリはいつもより口調がノロくて、手には見知らぬ空き缶を握りしめていた。場の空気に酔っているだけと信じたい。

「あひとらーん、ほはへへふらはひほー」

「ちょ、まゆのん! まさかあんたまで――」

 最悪なことに、真由乃もメアリとまったく同じ空き缶を握っていた。

「ふん、だらしない奴らめが」

「もーちゃんとしてるのは葵だけ――」

 葵は、茶道の如く正座して缶ジュース(?)を飲んでいた。やはり缶のラベルは、メアリが持っている空き缶と同じものだ。

「……まったく」

 メアリが持ってきたのだろうか、1人1本確実に消費していた。明里は、今日だけは気にしないことにした。

「答えなさいよアキト~」

「優劣はない。全員愛してるぞ」

「またまた~ あひとはんは、ふぐにほうやっへはふらはふ~」

「まゆのん、ほとんど何言ってるか分からない」

「へ? あはひんはひ~?」

「……もうおやすみ」

 明人の回答は興味深かったが、明人ははぐらかすだけで、明里も追求はできなかった。やっぱり、明人の本音を聞くのは怖かった。
 それに、明人も既に限界のようで、壁に寄り掛かって目をつむっていた。昨日は本殿の用事もあったろうから仕方がない。

「もー、明人はそうやってオンナをハベらしてー」

「おい、俺の膝で寝るな」

「あひろらん……」

 メアリは膝から降ろされてフローリングに横たわり、それを追随するように真由乃も力尽きて寝る。
 葵も驚くことに正座をしながら寝息を立てていた。寝ているのか修行中なのか、一見判別はつかない。

「……みんなおつかれね」

 ついさっきまで騒がしかったのに、嵐が過ぎ去った後のように場が静まる。メアリの手元から空き缶が滑って、落ちたときの金属音が部屋中に響き渡る。
 明人も壁に寄りかかりながら、静かに寝息を立てていた。
 明里は未だ眠たくなくて、しばらくみんなの寝顔をツマミに、缶ジュースに手を伸ばしていた。
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