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第二〇章 自らをムスぶ縛り
自らをムスぶ縛り(03)
しおりを挟む「さあそろそろだぞー」
「楽しみだな! 楽しみだな!」
「こーら、ちゃんと座るの」
喧騒から離れた港町――
ここに、新たな家族がやってくる。
「ほら、みろ!」
「わああ!」
広大な海を背に、観光客で賑わう漁港――
家族の父親も、たまたまの旅行でこの町に魅せられた1人だった。移住を決断するのは早かった。
娘の豊かな成長、経済的な安定を考えて、母親も納得の引っ越しとなった。
「まずは挨拶だ、しっかりできるな?」
「うん!」
子供の笑顔は眩しい――
この町に新たな家族がやってくる。
ようこそ、網崎港へ――
「…………誰もいないですね」
網崎町の駅から歩いてすぐ、大きな漁港が広がっていた。漁港には市場や定食屋が立ち並んでいるが、どこもシャッターが閉まっている。
シャッターには町の宣伝ポスターが貼られているが、どれも破れかけで風に飛ばされかけていた。
「本当に、誰か住んでるんでしょうか……」
そう疑ってしまうほどヒトに出会わなかった。波の音が響くだけで、ヒトの気配すら感じられない。
港には多くの漁船が停泊しているおかげで、辛うじて人々の生活を感じられて安心できた。だが、真由乃は徐々に怖くなって、自然と葵に近づいて手を握ろうとしていた。
「こらっ」
「うぅん、葵ちゃんのけちぃ」
葵は、真由乃を無視して辺りの探索を続ける。そこで、急に海風が吹いて葵が被っていた帽子を飛ばそうとする。
駅前の売店で買った、真由乃と色違いの野球帽だった。そういえば売店も静かで、店員さんの態度もどことなく冷たかった気がする。
「うぅ……寒いよぉ」
秋も過ぎて、海の風はヒドく肌寒かった。ウィンドブレーカーを軽々突き抜けて体を震わせてくる。
「なんで葵ちゃんは平気なのー?」
反して葵は、下半身がスカート姿で、見るだけで寒そうなのに、身震い1つしていなさそうだった。何かコツがあるのなら是非とも聞いてみたい。
「あおいちゃーん」
「黙って歩け」
葵まで冷たい態度で、真由乃は落ち込んで海に目を向けた。
「ひろいなあ」
当たり前のことが、改めて見ると驚きを感じる。パノラマビューは180°以上広がり、防波堤の横には砂浜まで備わっている。
誰しもが魅了される景観――ここは、紛れもなく観光地だったはずだ。
「ん? なんだありゃ」
その砂浜で、真由乃は気になる光景を目にした。目を細めれば細めるほど、その奇妙さが増す。
「葵ちゃんも見てー」
「まったく、さっきからウルサイと――」
葵も砂浜に目を向けると、思わず2度見をしていた。
砂浜で、小型のクレーンに釣り上げられた、おおよそ2m近くの楕円形の球体――
球体全体は、『網』で包まれており、網目の隙間からはさらに網が見える。どうやら、何重にも網が被さってその物体を構成しているようだった。中心まで網なのか定かではないが、網の端は海の中にも伸びて繋がっている。
「なんだこれは」
「うぅ……気味が悪いね」
ただ網を巻いて重ねただけの『置物』――
近くまできて観察すると、より不気味さを感じられた。肌に伝わる潮風のヌメりが、さらに気分を悪くさせる。
「……真由乃、斬れ」
「ふぇええ?! い、いきなり?!」
「構わんだろう。2,3本で良い」
「な、なんで斬るんですかー」
「気持ちが悪い。原因は恐らくコレだ」
「そんな理由で、だ、ダメだよ! もしかしたらこの町の大事なモノかもしれないし――」
『お前ら! 何してるんだ!』
案の定、この置物はこの町にとって大事であるようだ――
突然降り掛かる怒号に真由乃は体を震わせる。葵はビクともせず、冷静に声のする方を向いた。
「アミガミサマに近づくな! お前らどこから来た?!」
漁師姿の男が血相を変えて怒鳴り込んでくる。葵も男を睨み返すので、間に挟まれた真由乃にも緊張が走る。
「あ、アミガミ、サマ……?」
「いいから質問に答えろ!」
「あ、いや、そのですねえ……」
「答える義理はない」
「なんだとぉ?」
「あわ、あわわ……」
葵と男が睨み合いを続け、真由乃はあたふたするだけだった。
しばらくして、葵は呆れたように顔を逸して海辺を去る。
「いくぞ真由乃」
「は、はいぃ」
男は怒って睨んだまま、特に追い掛けては来なかった。
「……まったく、気持ちが悪い」
少しだけ、葵に同感だった。
「とと、とりあえず、あの置物について考えよっか! アマガミ、サマ……だっけ?」
「くだらん信仰か知らんが、触れてもいないのに随分な怒りようだったな」
葵は未だ、怒っているようだった。
真由乃としては苦笑いで誤魔化すしかない。
「でも、名前さえ分かっちゃえばこっちのもんだね」
「……どういうことだ」
植人には、情報収集のプロフェッショナルがついている。日本全国津々浦々――町の伝統や生い立ち、昔からの「噂」にも強いはずだ。
「あかりんに聞いてみよう!」
葵も同感して頷いた。
町のヒトに話を聞けない以上、まずは違うアプローチでこの町の情報を得ることが先決である。
***
明里からの返答は早かった。
状況を整理するためにも、真由乃たちは町の宿を訪問して一晩泊まることにした。
「――あの、ひと部屋あいてますかね……?」
「……ちっ――」
無愛想で感じの悪い女将さんだったが、無事に部屋は確保してくれた。狭くもなく広くもない和室の中央に、2枚の敷き布団が並べて敷かれる。
葵は、せっせと布団を引き離して端に寄せる。
「えーっ! どうして離れちゃうんですかーっ」
真由乃は慌てて追い掛けて、再度隣り合わせで布団を敷いた。
「私は1人で寝る!」
葵は、再び離れていく。
「いいじゃないですかー」
真由乃は、再び追い掛けて隣合せにする。
「いいから早く報告しろ!」
布団を何度か行ったり来たりさせて、葵は諦めてくれた。
真由乃は満足そうに、明里からもらった情報を話す――
どうやら、「アミガミ様」と呼ばれたあの置物は、予想通りこの町ならではの神様であり、数年前から豊穣の神として、海辺に吊り下げて祀っているそうだ。
「――でもね、ちょっと気になることがあって……」
やはり、明里は期待以上のことを調べてくれていた。何でも、豊穣の神に関する記事が初めて出た数ヶ月前に、この町で女の子が行方不明になっているそうだ。今現在でも遺体すら発見に至っていないらしい。
「おかしいと思わない? そんな田舎で、それも観光地として栄えていて人目もつくのに、女の子がぱったり行方不明になるなんて……」
もちろん外部による誘拐は否定できない。
だが、明里はその置物とのタイミングを怪しんだ。植人としての見解を述べると、関係ないとは言い切れないのではないか――
以上が明里からの報告内容である。
「――葵ちゃんはどう思う?」
「そんなことだろうとは思っていたが」
結論として、考えられる選択肢はそう多くない。だが、決定的な証拠もない。
「まずは、あの置物について調べる」
「うん!」
流石に外は街灯も無く真っ暗なので、調査は明日に回すことになった。葵は着替えを準備して部屋のお風呂に向かうので、真由乃も同じく準備を始める。
「……何を考えてる」
「え? 一緒に入るよね?」
「……アホ」
ピシャリと浴室の扉が閉まり、ガチャリと鍵を掛けられてしまう。真由乃は諦めて、隣り合わせの布団で葵が戻るのを待つことにした。
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