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第一六章 光をサす陰
光をサす陰(06)
しおりを挟む葉柴明人の教育を終え、矢剣隼はいつの間にか「最強の植人」と称されていた。その肩書きに、隼は微塵も興味が無かった。
イノチを授かったときから、武芸の才能に恵まれていたらしい。植人になるために産まれてきたと――その才能は本殿からも重宝され、明人が種子となる前は、当然のように種子候補として扱われてきた。
だからといって、行く行くは当主となる亜御堂天音には、全くと言っていいほど興味が無かった。
隼は、対象を問わず、基本的にヒトやモノに執着がない。昔から何事にも関心を持てず、その性格があらゆる武術には好転したのかもしれない。
そんな隼でも、例外はあった。
葉柴依子――彼女の『美しさ』だけは本物である。
年齢が近いからとか、一緒に稽古する機会が多かったからとか、そんな安易な理由ではない。本当に美しいモノは、趣味や興味という次元を超えて視線を集める。
隼にとっては、真っ白な砂漠に咲く一輪の花――ある意味で、隼も葉柴の『毒』に冒されていたのかもしれない。
天音にも、依子の弟と仲が良いことを知り、初めて興味が沸いた。それほど隼の目には、依子しか写っていなかった。
しばらくして、依子は消息を絶った。
そしてすぐに、本殿の大広間で、初めて弟の明人を見掛けることになる。
明人もまた、依子と同じ美しさを備えていた。
「――良かったのか、隼」
「何がでしょう父上」
明人の廻廊窟行きが決まり、その日の本殿からの帰り道で、珍しく父に心配された。
「種子のことだ。いくら天音様の提案であろうと、葉柴が相応しくないと、我こそが相応しいとは思わないのか」
「……興味がありません」
久し振りの父との会話でもあった。そのためか、思わず本音が漏れてしまっていた。
「そうか……」
「それに、葉柴は本当に相応しくないでしょうか」
「確かに、隼は長女の実力を買っていたな。だがしかし、その弟となってはあまりに非力ではないか」
「はい。非力です。非力なだけなんです」
隼は、力強く言葉を続けた。
もはや、独り言になっていた。
「力強さなど、飾りでしかありません。人間の本質は、美しさにこそ表れます。葉柴は、美しさの点では追随を許しません。植人が色濃く残していくべきは、その洗練された美しさにこそあると思っています」
つまりは、植人の繁栄を願うのであれば、明人こそ種子に相応しいと、隼は今日さっき、明人に会って考えを変えていた。
「そうか、だがヤツは戻ってこらんだろう」
「そうですね。ただ、戻ってきたときには、全力で相手したいと思います」
依子が居なくなり、隼は焦りを感じていた。だが、明人に会ってからは楽しみな気持ちが増していた。
廻廊窟から帰ってくる保証など微塵もない。そう思いながらも、「帰ってこい」「帰ってきてみろ」と、内心ワクワクが止まらなかった。生まれてから初めて抱いた感情かもしれなかった。
そして1ヶ月後、隼の期待通り、明人との再開を果たすことができた。本殿で見た1ヶ月振りの明人は、ヒドく荒んでいた。だが、美しい。
間もなくして、隼は明人の指導役に任命された。
「分別をわきまえろ」
「……だれだお前」
指導役として初めて対面した明人は、酷く心が荒んでいた。望んでもいない植人を強制的にやらされ、日々周囲から冷めた視線を向けられ、粛々と働きながらも隅に追いやられているのだから無理もなかった。
「葉柴明人、今日からお前に植人としての心得を指導する」
「必要ない」
確かに、明人は誰にも教わることなく、既に何体もの種人を始末していた。これは異例なケースで、戦闘面においてはセンスの塊であった。
問題は――
「教えるのは心得だ。植人として、己とどう向き合っていくか――」
「必要ない。より、必要ないだろ」
「なら聞くが、なぜ闘う? 葉柴明人――」
なぜ闘うのか――
なぜ種人を狩るのか――
それは、隼自身が、1番分からなかった。
それは、植人によって答えは変わるであろう。それしか分からない。
そして、分からないからこそ、闘う理由を見失ったときに、どうなってしまうかを、隼は1番理解していた。
「答えが出るまで指導は続ける。以上だ」
明人の指導役となり、隼にとっては安心した側面が大きかった。まるで生きながらえた感じ、生きる理由を与えられた心地である。
明人の指導役を終えたとき、また全てが元通りだ。
何の為に闘い、何の為に生きるのか――
また空っぽな人生が待っている。
***
「世のため? ヒトのため? 違う。キミは全く興味がない。興味を持つことができない。それはキミが生まれ持った性質なんだ」
目の前で悠然と構える白髪の青年は、隼の空っぽな心を見透かすように話を続ける。
「だがキミは闘うことしか知らない。それしか教わっていないからだ。
キミの本質は空白、『空虚』そのものだ。ゼロがイチや二に変わることはない。せいぜい外から持ってきた数字を足すだけだ。だが、本質がゼロのキミは、周りに興味を持てないから、足すモノも見つからない。そして、ようやく見つけたイチも、すぐにどこかへと去っていき、キミは再びゼロに戻る。そうして、再び当てもない数字探しへと旅立つ」
「それが本質なら、そう生きていくしかない」
「キミのその考えが間違いなんだ!」
目の前の、『虚無』のタネが白く光り輝く――
隼は、その存在も不確かなタネを、青年の手から思わず掴み取ってしまった。
「探す必要なんてない。何も無い世界を生きればいい。生きて、楽しんで、堪能すればいい!
ゼロの世界は、むしろ人類の憧れ、到達点でもある」
「ゼロ……」
「キミは、その世界への切符を、今掴んでいる」
隼がタネを握り込むと、その存在は増々分からなくなった。だが、なぜか心が満たされていく気がした。
「選択するのはキミだ。でも、いつか見てみたいな。キミの世界――」
イツキを為していた植物は、元の蔦の形状に戻り、シュルシュルと地面に戻っていく。そして、何事もなかったように、道場には元の静けさが戻った。
「虚無……」
植人として処分し続けたタネが、今手の中にある――はずだった。
白髪の青年に心をほだされた訳では無い。今でも周囲の警戒は怠らず、常に攻撃の準備はできていた。だが――
「ゼロの、世界……」
隼は、握り込んだままの右手を、まじまじと見つめて立ち尽くした。
***
――ピンポーン
葉柴家の呼び鈴が鳴る。
周囲からは敬遠されがちの葉柴家だが、仮にも四家である家は、来客は少なく無かった。
だが、モニターホンの映像は真っ暗で、右上に小さい赤字で「コシヨウチユウ」と表示されている。
別室の監視カメラの映像を確認するが、同じく真っ暗な画面で故障していた。
そこで、再び呼び鈴が鳴る。
「はーい」
葉柴家の雇われ使用人として勤めて初めての出来事だった。もう帰ろうとしていた頃合いだが、大事なお客さんだったらと、使用人は渋々玄関に向かった。
当然、覗き穴も真っ暗で、使用人は一気に警戒心を高める。
「すみませーん、モニターが故障しているようでして、大変失礼ですが、お名前とご要件をお伺いして宜しいですかー?」
扉の向こうからは返事がなかった。
だが、確実に誰かがいる気配はあった。
「あのー」
「ちっ、めんどくせえな」
突如聞こえる舌打ちと野太い声――
そこからはあっという間だった。
「ひっ゛!」
大きな衝撃とともに、ドアノブが内側に飛び出して、扉には円形の穴がカッポリと空く。穴からは、穴と同じサイズの太い腕が飛び出して、この時点で使用人は尻餅をついた。
筋肉質で力強い腕は、扉をガッシリと掴み、鍵など存在しなかったように、無理やりに抉じ開けてしまう。
扉の奥からは、日焼けした肌に、入れ墨が彫られた鋭い顔、そして筋肉隆々な肉体の男が怪しく微笑んで現れた。
「よお、葉柴明人のお宅で間違いねえか?」
葉柴家の使用人として勤めて幾年――
女は、声も出せず、立ち上がることも出来ずに体を震わせていた。
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