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第一三章 不タシかな燃ゆるイノチ
不タシかな燃ゆるイノチ(08)
しおりを挟む――全部、思い出した。
記憶を失ってから、しばらくすれば難しいことは考えなくなっていた。
新しくできた友人と話し、笑い、能天気な毎日を送っていた。
――逃げない
過去を忘れて居ながらも、ある意味で順調に育つ真由乃に本殿は目を付けたのだろう。
真由乃は、突如として植人の仕事に巻き込まれることになった。祖母と本殿の間に、どのようなやり取りがあったかはあずかり知らないが、人手不足が伺える中で文句は言えなかった。
――わたしは、もう逃げない。そう決めたんだ。
それに小由里と母の間に起きていたことも分からずじまいだ。わたしは、何があったかを知る必要がある。
それなのに、わたしは考えもせずに逃げていた。
そのせいで大事なモノを失った。
――もう二度と、大切なヒトを失いたくない
――もう二度と、同じ過ちを繰り返さない
――そのために、わたしは……
「――ゼッタイに、あきらめないっ」
真由乃の瞳が紅く、光り輝く――
「え? なに?」
ゆあんは、事態をすぐには把握できなかった。
炎を纏う炎環、真由乃から発する熱――
高熱を帯びた手で首元の植物を掴み、力を加えて熱を伝わせる。
「――あっっっつぅぅっ!」
植物に伝う高熱でゆあんは本体ごと怯み、掴んでいた明里や明人、そして真由乃の体をあっけなく解放する。
真由乃は、冷静に足から地面へと降り立ち、炎環を真横に掲げ、真っ赤に燃えた眼でゆあんを見据える。
「うっそぉ、だるぅ……」
「町角ゆあんさん――1つ、教えてください」
刀身の周りには複数の「炎の環」が浮かび上がる。
環っかは回転を続け、その動きに呼応して真由乃自身の周囲にも炎が巡る。
「どうして、アイドルになったんですか?」
その炎は、燃え尽きることなくユラユラと揺れ続ける。
「えー、復活とかだるぅ」
「理由があるはずです。教えて下さい」
「はあぁ……調子にのるなよ?」
しばらく動きを止めていた植物が、メキメキと動き出す。ゆあんは、再び厳しい目つきで真由乃を睨んだ。
「勝手に気合い入れちゃってさあ、勝手に舞い上がるのはいいけど……」
窓の外を張っていた植物も、ミシミシと校舎の中に圧力をかける。真由乃は全方位に警戒して炎環を構え直した。
「植物の世界で勝てると思わないでねっ!」
真由乃に向かって一斉に飛び出す植物たち――窓ガラスもすべて突き破る。先端を尖らせて一気に襲いかかり、一箇所に集中した植物で真由乃の姿はあっという間に見えなくなる。
ゆあんは笑みを浮かべていたが、すぐに顔色を変えた。
「うっわ、うっざ」
植物の僅かな隙間から漏れ出す炎――隙間から植物を焼き焦がし、その隙間を徐々に広げていく。ある程度広がったところで、今度は植物が斬り刻まれる。
細かくなった植物が燃えながら床に落ち、中からは悠然と真由乃が姿を表した。
「ゆあんさん、どうしてアイドルだったんでしょうか?」
「……うざいっ!」
ゆあんが再び手を床につくと、今度は真正面から植物が襲いかかる。だが、真由乃は動じることなく炎を纏った炎環で処理する。
「――うざい、うざういうざいうざーい!」
ゆあんは攻撃の手を緩めない。今度は、真由乃を囲むように床を突き破って植物を生やす。
「そこに倒れてる紫男も言ってたでしょ! ヒトが自分を崇めて、ヒトが自分に思い通りに動くのがキモチイイの!」
「違います、わたしが聞きたいのはアイドルになったきっかけです」
真由乃は円を描くように炎環を振り、新しく生えた植物もすぐに斬って燃やす。次々と生える植物も、すべてはゆあんに繋がっているため、多少のダメージは与えているようだった。植物を斬るたびにゆあんは苦い顔を作る。
「――おなじだよね、それは!」
止まらない植物に対して、真由乃は冷静に、余裕を崩さずに対処する。そして少しずつ距離を詰めていくが、ゆあんの攻撃はまだまだ止まらない。
「アイドルになりたい理由なんて楽しいことだけしてお金稼ぎたいか、目立ちたいだけ、自分の欲望のため、それ以外にある?」
「だから違います。わたしは、ゆあんさんの生い立ちを、本心を聞いています」
「イミわかんねえええ!」
ゆあんの怒りを乗せて飛び出す2本の巨大な幹――今までよりも太く、硬く、強靭な植物が真由乃に巻き付こうと迫る。
それでさえ、今の真由乃には一振りだった。
「……おもしろくない」
振り上げた炎環は眩く揺れる炎を放ち続ける。
「仮に、ゆあんさんの言うことが本心だとして……」
真由乃は、再び歩みを進めてゆあんに近づいていく。
「それは、ヒトを傷付けてまで叶えたい思いですか?」
「そうだよ! そんなの、ゆあんだけじゃないよね?!」
ゆあんの攻撃は一向に衰えない。だが、真由乃も決して手を緩めない。
激しい攻防がひたすらに続く。
「みんな自分が1番かわいいの! 誰かが泣いてても、誰かが苦しんでても、自分が幸せだったらそれでいいの! 何度も言わせるなっ!」
「じゃあ、歌ってる時のゆあんさんはウソだっていうんですか?」
「はあ?」
「踊っているときのゆあんさんは、ウソだって言うんですか?」
「なにが言いたいのかまったく――」
「わたしは、『本当』のゆあんさんを見たことがあります」
ゆあんの言葉を遮り、行く手を阻む植物も斬って燃やす。真由乃は、若干の優勢で戦いを進めた。
「あかりんに、親友に見せてもらった動画でした。ゆあんさんの素性を知るための資料でしたが、そこには懸命に歌って踊るアイドルさんが映っていました」
「だから、さっきからなにを言って――」
「笑顔を絶やさないで、声を枯らしてでも歌い続けて、何十分も動き続けて舞う、あの汗はニセモノだったんですか?!」
「だから、それは……」
ゆあんの攻撃が弱まる。同時に、ゆあんに合わせるように真由乃も防御の手を緩めた。
「これまでのゆあんさんの言葉に、わたしは沸き上がる思いを感じていました。わたしは、この感情について考えていました」
決して攻撃は加えず、諭すようにゆあんへと近づいていく。やがて、ゆあんも攻撃の手を完全に止めた。
「わたしは、怒っているわけではありませんでした。悲しかったんです」
「……なんで」
「それは、アイドルのゆあんさんを知っていたからです」
炎環を下げたまま、ゆあんの前に立ち、まっすぐゆあんの目を見据える。ゆあんも、戸惑いを見せながらもまっすぐ目を見つめ返す。
「ゆあんさん、どうしてアイドルになったんですか?」
「……ゆあんは」
「本当は、ヒトに元気を与えたいんじゃないんですか?」
「ゆあんは」
「ヒトに勇気を与えたいんじゃないんですか?」
「ゆあんは……」
「ゆあんさん。あなたはヒトに希望を――」
ゆあんが俯き、沈んだ肩に向かってゆっくりと手を伸ばす。
真由乃の手が届きそうな瞬間、ゆあんは口元を歪ませた。
「――くさいですよ、まじで」
顔を上げたゆあんは、白目を剥いて口を大きく開いていた。口からは筍状の触手が真っ直ぐに生えている。
その触手は、まっすぐ一直線に飛び出して、ギリギリで躱した真由乃の頬を掠る。
真由乃の頬からは、少量の血が飛び出すが、すぐに火が移って蒸発する。
「どうして分かってくれないんですかっ?!」
真由乃の呼び止めを無視し、触手は廊下の奥の壁へと突き刺さる。強力な一撃で崩れ去った壁からは、大量に蠢く植物が姿を表した。
「――もう遅いんだよ、なにもかも」
真由乃は後ろの壁に振り返るが、触手を避けた反動で炎環を構える余裕がない――
そんな真由乃に、植物の壁からは10本以上の触手が容赦なく飛び出した。
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