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第一二章 絶えマない望み
絶えマない望み(07)
しおりを挟むゆあんは、細かく分裂するのをやめた。身体が小さいとすぐに打ち負けて再生が追い付かなくなってしまう。
なるべく纏まってより大きな身体となって再生する。ところが、大きくなって再生してもすぐに足元を鎖で掴まれ、身動きを封じられたところに刀で首を撥ねられる。そして、中のタネを斧で潰される。
――どうして
何度も捕まり、斬られ、潰される。
何度も何度も……
何度も何度も何度も、嬲られ、傷付けられる。
――どうして、わたしばっかり……
やがて、ゆあんの意識が薄れていく――
***
「――いらっしゃいませー」
昼下りのコンビニ、淡白で無機質で、機械的なゆあんの声が響く。地味なメガネ姿で商品を陳列するその顔は、正しく目が死んでいた。
幼い頃に実の親から勘当を受け、それから預けられた先は、それはそれは恵まれていなかった。植人の親戚であるはずが、金無し甲斐性無しの毒親――いや、毒保護者と呼びたい。今では顔も覚えていないし、覚えているのは、邪魔をすれば腕を掴まれて退かされた記憶しかない。
当然、義務教育が終われば面倒を見てくれることもなくなり、進学も叶わなかった。仕方なく単身で保護者元を離れ、アルバイトに明け暮れながら死んだ日々を過ごしていた。
そのアルバイト代も、地下で細々と続けるアイドル活動、レッスン代に消えていく。そのアルバイトが終わって帰宅する先は、風呂無しシャワー無し、黴びた畳に牢獄のような窓、RPGで登場するような鍵で開くドアの1ルームボロアパートだ。スマートフォンも最安のプランで契約してる。
食事は水だけの日だってある。ゆあんは、ヒトとしてギリギリであろう生活を強いられていた。
「唯衣子ちゃんさあ、なんでコンビニなんかで働いてるの」
レジを終えて客を帰し、欠伸をしながら話しかけてくる店長――唯一の頼み綱であるコンビニの長が暇潰しに近づいてきた。
ゆあんは、淡々と陳列を続けた。
「もっと手っ取り早く稼げる方法があるでしょうに」
「……」
「なんなら俺が――」
「あの」
ゴミを見るような目で、ゴミを相手にするように言葉を返す。店長は、その真っ黒な目に怖気付く――と言っても、他人のことを卑下できる立場でもなかった。
「な、なに?」
「……上がります。時間なんで」
「あ、はい」
学ナシ経歴ナシの子供を雇ってくれる店なんて皆無に近い。選択肢は、頭空っぽで物好きな店長がいる店に限られる。
店長の言うとおり、稼ぐ方法ならいくらでもあることは分かっていた。実際に同じ地下アイドルグループで手を出しているメンバーもいる。
だが、何故かその道は通らずに来て、これからも通るつもりはなかった。
男が嫌い? 方法が分からない?
ただのプライド?
いずれにしろ、ジリ貧の状況は変わらない。俯瞰して眺めれば、「どうして死なないんだろう」と自分でも疑問に思うはずだ。
そんなゆあんに生きる意味を与えていたのは、やはり「アイドル」だった。
幼い頃の記憶で怒られる以外にもう1つ――それは、テレビの奥で輝いて踊るアイドルの姿だった。その憧れの存在に近づこうと、今なおレッスンを続け、アイドル活動を続けている。
「――おはよ~」
バイト終わり、今日は久々のライブだった。ただし、お金を取れるようなライブではなく、お金を払って参加できるライブの出場権を得ていただけだ。
「ゆあんちゃんおはよー」
メンバーは、ゆあんを含めて全部で6人、みんな思い思いに夢を追いかけている。メンバーの境遇はバラバラで、ゆあん以上に生活を切り詰めて過ごす子もいれば、自身の春を売ってそこそこ裕福な生活を営む子もいる。しかし、大勢の前で歌って踊って稼ごうと、ただひたすらに夢見ていることだけは共通認識だった。
「ねえねえ1個前の地下ライブ、大手事務所のPが何人か来てたみたいだよ!」
「え! ほんと?!」
メンバーの根も葉もない情報だが、僅かな可能性でもあり、ゆあんは単純に嬉しかった。別のメンバーも興味を惹かれ、会話に参加する。
「この前……歌った曲なんだっけ」
「『アニサキス』だよ! ゆあんちゃんが作詞した曲」
さらには、ゆあんの自信曲でもあった。ゆあんの中で、期待がどんどんと膨らんでいく。
今までの努力が報われるかもしれない。ようやく花開くかもしれない。
その日ゆあんの目は、久々に輝きを取り戻していたかもしれない。
***
「――いらっしゃいませー」
何ヶ月経っただろう。
もうとっくに期待は薄れていた。
相変わらずの乾いた声が店内に響く。
「ゆあんちゃーん、レジおねがーい」
「……はい」
店長も変わらない。
何年経っても変わらないというのは、それはそれで店長が勝ち得た安心なのかもしれない。
一方のゆあんは、前回の地下ライブ以来、誰からも一切の音沙汰がない。ゆあんが得たものなど何1つない。メンバーも1人欠けて5人に減っていた。
「……温めますか?」
「あ? いらねーよ」
――親切で聞いてんだぞ
――タメ口聞いてんじゃねーよ
最近ではストレスコントロールもままならない。感情が剥き出しで顔に現れてしまい、それが災いした。
「……おい、何だよその態度」
「……はい?」
淡々と商品を袋に詰めながら無視すると、目の前の客は徐々に声を荒げていく。
「客に対する態度じゃねーだろ!」
「はあ……」
「はあ……じゃねーよ!」
客は机を大きく叩いてゆあんを威嚇する。対するゆあんは、死んだ目で机を叩く手を見つめ、それがまた客を怒らせる。
「てめえ、そもそも何勝手に袋詰めてんだよ」
「商品が多かったんで」
「ああ?!」
「ああ、キャンセルですね」
レジを手早く操作し、レジ袋代をキャンセルして袋から商品を取り出していく。ハッキリと舐めたゆあんの態度に、客はついに激昂する。
「てめえ――」
――殴られる。
本能的に目を閉じて、客が振り上げた腕から顔を逸らす。
だが、拳は一向に来なかった。
「――ださいっすよ。そういうの」
「てめえ……っ!」
暴れん坊将軍の手首を掴み、ハッキリと物申す男性客――黒い帽子を被り、整った容姿で、怪しい青色レンズのサングラスを掛けた男性――言うならばイケメン客のことを、ゆあんは知っていた。
「後ろ、待ってるんで」
「んなっ――」
客は眼前の2人しかいない。
ゆあんの前では強気だった迷惑客は、手首に感じる強い締め付けで相手の強さを感じ取った。イケメン客の細身ながらガッシリ鍛え上げられたガタイにビビり、慌てて手を振り払い、速歩きでその場を去っていく。
「かっ、ふざけんじゃねえ」
キレイな捨て台詞を初めて生で見たかもしれない。ゆあんは、しばらく客同士のやり取りに圧倒されて手が止まっていた。
「……平気?」
「あ、すみません」
慌てて商品を袋に詰め直してどかそうとする。だが、残ったイケメン客は、今度はゆあんの手を掴んできた。それも目一杯優しく、包み込むように――
「いいよ、片付けるの面倒っしょ?」
「え、でも」
「いいって、好きなもんばっかだから」
結局、迷惑客の分まで商品を購入するイケメン客――低安価な1cup焼酎を煽るようには見えないが、本人が買うと言っている以上、レジを通す他なかった。
「……あの」
「ん?」
「クロスさん、ですよね? JUDGEMEN’sの」
「おお、知ってくれてるの」
知ってるも何も、TVにも引っ張り凧の大人気アイドルだ。曲がりなりにもアイドルを志す以上、視界に入らないわけがない存在だった。
「君もヤッてるの?」
「え、どうして――」
「何となく、アイドルぽいから」
「え」
話が盛り上がってきたところで、会計が終わってしまう。クロスは、ゆあんから袋を受け取るとすぐにレジ前を去っていく。
「じゃ、またね」
レジには、拍子抜けのゆあんが取り残された。しばらく何も考えられなかった。そこに、今まで何処かに身を潜めていた店長が姿を現す。
「いやー 変な客も多いね。他人の商品買うとか、よっぽど余裕あんのかね。何がしたいんだか」
――お前は何もしなかっただろ
呆れて言葉も出ないが、今はどうでもいい。
ゆあんは、クロスの寡黙だが、どこか優しくて、どこか寂しそうで、どこか守ってあげたくなる背中をジッと見つめていた。
***
「――ねっユアちゃん!」
「わわっ、ミリちゃん?」
メンバーの1人、藤壺みりいに後ろから抱き着かれ、胸を鷲掴みにされる。メンバーの中でも問題児で、他人との距離感もバグっている彼女がゆあんは苦手だった。苦手だが、アイドルに向ける意識が高い彼女を、特別嫌ってはいなかった。
「な、なにかな」
「実はねっ、今日お食事会の予定があって、ユアちゃんも来れないかなあって」
みりいはお食事会と言い張るが、その実――現役男性アイドルや業界関係者との合コンに近しかった。異性との距離感もオカシイみりいは、定期的にゆあんを誘ってきていたが、その日はやたらしつこかった。
「わたし、お酒がまだ――」
「分かってる! でもお願い! 完全個室だからバレないし」
「うーん」
「ねっ? ビックリゲストも用意してるから」
「ゲスト?」
「マジで期待して」
「うーーーん」
本当に興味がなかった。かと言って、ここでみりいの機嫌を悪くして活動に支障が出るのも嫌だった。ただでさえ少ないファンが減りつつある今、これ以上メンバーは減って欲しくない。
「ね? ねっ?」
「んわかったよー 今回だけだよー」
「やったねっ」
何も期待することはなかった。
みりいが連れてくる男性なんて、どうせロクでもない者ばかり――
それは、概ね予想通りだった。ただ1人、例外を除いて――
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