79 / 194
第一一章 オきザりの記憶
オきザりの記憶(06)
しおりを挟む「シンジさーん、お待たせしましたーっ」
辰次は、高級飲食店が立ち並ぶ駅前でユウコの到着を待ちくたびれていた。
女子大生には似つかわしくない数々のブランド品に身を包んだユウコは、口では謝りながらも特段悪びれる様子もなく近づいてくる。苛立ちで沸騰寸前だったが、キツイ香水の下から香る若さで無事に堪えることができた。
「まずは腹ごしらえだな(その後で存分に楽しめばいい)」
「私もぺこぺこ~ あっ――」
私服から覗く谷間に股間を膨らませながら、ユウコの手を無理に引いて食事へと連れ出す。店からホテルまで予約済で準備は万端である。
「何食べますかー?」
「ユウコの好きなステーキ行こうか」
「やったーっ」
値段は高くつくが、これも食事を終えた後のホテルでユウコの気分を上げるためだ。効率的な前戯と思えば納得もできた。張りのある若さに対応するためには、必要な犠牲であった――そう言い聞かせながら、ユウコと一緒に肉を頬張る。
いつもは我慢できるはずの時間が、今日はやっぱり苛立ちが勝ってしまう。
「シンジさん、どうしたの? 怖い顔……」
「ああ、気にするな」
――やはり早いところ処分しないと
――ユウコと済ませた後、さっそく……
「おいしかったぁ! もーうごけなーい」
――何を言っているんだ、本番はこれから……
「じゃあ移動しようか」
「あー、はい……」
ユウコは、返事とは裏腹に席から立ち上がろうとしない。
人差し指を合わせながら、気まずそうに俯いていた。
「なんだ、どうした?」
「今日なんですけど、、、多くもらえたりしますか?」
「……どういうことだ?」
この女は、何を言い出すかと思えば――
「ほら、最近頻度が多いじゃないですかあ」
今までどれだけの大金を費やしたと思っている。若さだけが取り柄の女にどれだけ尽くしたと思っている――
「それに、前に食事だけしたときのお金も貰ってないですし……」
どいつもこいつも――
「ふざけるな」
ふざけるのもいい加減にしろ――
「え?」
「金の事ばかり、すこしは愛情を知れ」
「えー、愛情ってぇ、どうしたんですかシンジさーん」
「冗談じゃない。今日は手持ちが無いんだ、早く行くぞ」
「……は?」
ユウコから、今まで聞いたことのない声が漏れる。聞いたことが無かっただけで、きっと今の低い声が地声なのだろう。
「どういうこと?」
「どうもこうもない。いつもいつも大金をせびって、たまには無償の愛で奉仕してみろ」
「……何言ってんのこいつ」
ユウコは、ワザと聞こえる声でぼやいている。突然のタメ口に苛立ち、手を引いて無理に連れ出そうとするが、ユウコは出会ってから初めて激しい抵抗を見せた。
「ふざけてないで、来なさい!」
「ふざけてんのはどっちだよ! 離せ!」
ユウコの若さは、その力強さにも溢れていた。辰次の老いた腕が簡単に振り払われてしまう。
そのまま距離を取り、一度呼吸を落ち着かせて鋭い目線を辰次に向ける。
「……気持ち悪いんですけど、どういうつもりですか?」
「なんだと! 今まで俺がどれだけ……っ」
完全に頭に血が昇った辰次は、今にも殴りかかりそうな勢いで捲し立てたが、ユウコは一切怯む様子が無かった。あまりの堂々とした態度を前に、返って辰次が勢いを失ってしまう。
「誰が買ったと思ってるんだ! その服も、鞄も、時計もっ!」
「シンジさんに決まってんじゃん」
「なっ……」
「貴重な学生の時間を割いて付き合って上げてるんだから、その見返りとしては当然じゃん」
「ユウコ、おまえっ」
「むしろ足りないくらい。で、今日はどうするの?」
「ぐっ……」
「お金はないの?」
「……ない」
「そっ」
ユウコはそそくさと帰り支度を済ませ、カツカツとヒールを鳴らして席を立つ。
辰次には振り向きもせず、捨てセリフを吐く――
「金のないオジサンに、価値ないから」
辰次は言い返しもできず、体の中で怒りだけが込み上げた。
○○○○○○
「――あ、明人さん」
真由乃は少し頭を冷やしたくなり、明里とも別れて1人本殿を彷徨っていた。彷徨う中で、ふと暗い1室から現れた明人に出会う。
「こんな暗い部屋で……何してたんですか?」
「……大したことじゃない」
「また濁しました、そういえば天音さんに呼ばれていましたね」
「そうだな」
以前本殿を訪れたときも、明人は天音に呼び出されて席を外していた。天音の祖父である衛門と会話したときも、結局詳しい理由は聞かなかった。
「話したくないならいいですけど、わたしだって気になって――」
――葉柴に直接聞くといい、覚悟があればな……
衛門の言葉を思い出し、真由乃は途中で言葉を切った。
今の真由乃に、覚悟と呼べる気持ちは無かった。
「……どうした?」
突然言葉を失った真由乃に、明人は心配そうに声を掛けた。
対して真由乃は、経験を重ねても、何も変わっていない――
「……何でもありません」
「……聞きたいか?」
「え?」
ふと顔を上げると、明人は苦しそうに真由乃を見つめていた。真由乃には滅多に見せない、物憂い気で弱々しい表情だった。
「明人、さん……?」
「隠すことでも無いからな。それに、真由乃が聞きたいなら、知ってほしい」
「明人さん……」
真由乃を信頼したその言葉に、素直には頷けなかった。
「ごめんなさい。聞けないんです」
「聞けない?」
「だってわたしは、自分の過去すら思い出そうとしないダメな人間ですから……だから、今のわたしが聞いてはイケないんです」
自分の過去にすら立ち入る覚悟がない人間が、他人様の過去なんて絶対に立ち入ってはいけないんだ。
「それは違うぞ」
そんな真由乃を、明人は真正面から否定する。
「何が違うんですか?」
「……あそこには、俺の姉もいた」
真由乃が妹と向き合った廃校――
あの時、明人も実姉と望まない再会を果たしていた。
「真由乃、俺が平気に見えるか?」
「少なくとも、わたしよりは平気に見えます」
「買い被りすぎだ」
その苦笑いは、確かに自分を嘲笑っていた。自信がないだけでなく、あくまで自分を卑下する明人も、真由乃にとっては初めてみる姿だった。
「俺も記憶の中で姉の存在を遠ざけていた。過去なんて基本は振り返りたくない。嫌な過去なら尚更……みんな同じだ」
「でも、みんな現実と強く向き合っています。だから明人さんは過去を忘れてなんかいません」
「向き合ってなんかいない。忘れられるならとうに忘れ去っている。本気で向き合うなら、今頃必死になって姉の姿を追っているさ」
「そう、でしょうか……」
「そうだ。だが、向き合わなくても、過去は事実だ。それだけは変わらない」
「事実……」
明人の言葉は、実に当たり前のことだった。だからこそ、明人の言いたいことが、すぐには理解できなかった。
「過去があるから今の自分がいる。それは過去を忘れていようが真由乃も同じだ」
「でも、思い出さなくてもいい理由にはなりません」
「思い出すようなことじゃない。ただの積み重ねなんだ。今の自分を知ることと何ら変わらない。覚悟なんて必要ない」
「今の自分?」
「過去を知るためには、自分を知ればいい。その自分は、今の自分でいい」
「……じゃあ今の自分を知れば」
「そうだ。自分が今どうしたいのか。それを知ることが過去を知ることにも、己の強さにも繋がる」
分かったような分からないような――
だが、少なくとも明人が何故強いのか、それは分かった気がした。
「雁慈さんや、矢剣さんも、自分を知ることで強くなったんですか」
「南剛は知らんが、隼さんは別格だ。異次元に強い」
「そんなに……」
「隼さんがいなかったら俺も腐ったままだったしな」
「腐る?」
「また今度話すさ」
「あ、濁した!」
そして、今は強くなることが過去を思い出す近道にも思えた。
今日も明人のお陰で進むべき道が見えてきたところで、離れたところから真由乃の名前を呼ぶ声がした。
「あかりん?」
「そうだ、もう1つ言っておく」
「はい?」
「1人で考えることはない。真由乃は1人じゃない」
「1人じゃない……」
奥から明里が走って近寄ってくる。その後ろには、メアリと葵の姿もあった。
「まゆのーん、なにしてるのよー」
「あかりん、どうしたの?」
「急にいなくなるから探したの。メアリと葵ちゃんにも探してもらってたの」
「メンドーかけないでちょうだい」
「明人、甘やかしすぎだ」
1人じゃない――
1人で悩むことじゃない――
今の真由乃には、みんな心強い味方だった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
催眠アプリで恋人を寝取られて「労働奴隷」にされたけど、仕事の才能が開花したことで成り上がり、人生逆転しました
フーラー
ファンタジー
「催眠アプリで女性を寝取り、ハーレムを形成するクソ野郎」が
ざまぁ展開に陥る、異色の異世界ファンタジー。
舞台は異世界。
売れないイラストレーターをやっている獣人の男性「イグニス」はある日、
チートスキル「催眠アプリ」を持つ異世界転移者「リマ」に恋人を寝取られる。
もともとイグニスは収入が少なく、ほぼ恋人に養ってもらっていたヒモ状態だったのだが、
リマに「これからはボクらを養うための労働奴隷になれ」と催眠をかけられ、
彼らを養うために働くことになる。
しかし、今のイグニスの収入を差し出してもらっても、生活が出来ないと感じたリマは、
イグニスに「仕事が楽しくてたまらなくなる」ように催眠をかける。
これによってイグニスは仕事にまじめに取り組むようになる。
そして努力を重ねたことでイラストレーターとしての才能が開花、
大劇団のパンフレット作製など、大きな仕事が舞い込むようになっていく。
更にリマはほかの男からも催眠で妻や片思いの相手を寝取っていくが、
その「寝取られ男」達も皆、その時にかけられた催眠が良い方に作用する。
これによって彼ら「寝取られ男」達は、
・ゲーム会社を立ち上げる
・シナリオライターになる
・営業で大きな成績を上げる
など次々に大成功を収めていき、その中で精神的にも大きな成長を遂げていく。
リマは、そんな『労働奴隷』達の成長を目の当たりにする一方で、
自身は自堕落に生活し、なにも人間的に成長できていないことに焦りを感じるようになる。
そして、ついにリマは嫉妬と焦りによって、
「ボクをお前の会社の社長にしろ」
と『労働奴隷』に催眠をかけて社長に就任する。
そして「現代のゲームに関する知識」を活かしてゲーム業界での無双を試みるが、
その浅はかな考えが、本格的な破滅の引き金となっていく。
小説家になろう・カクヨムでも掲載しています!
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる