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第一〇章 結び集まるイシ
結び集まるイシ(07)
しおりを挟む廃校での戦闘の後、真由乃たちは揃って本殿に集められていた。各人には休憩の自由時間が与えられ、明里の容態は明人が見守ってくれている。それでも心配になって明里を探したが、広すぎる本殿の敷地で真由乃は若干の迷子になってしまっていた。
「あかりん、大丈夫かなあ……」
敷地内をウロチョロしている間に時間だけが過ぎる。
実は、真由乃自身も他人の心配をしている場合では無かった。昨日までよりはマシだが、熱を感じられるほど頭痛が続き、体も気怠くて重い。
結局、明里のことは見つけられないまま再集合の時間になってしまい、真由乃は重い体を引き摺って本殿の大広間に入る。
「あぅ……」
部屋の中は、体よりも重苦しい雰囲気だった。
メアリや葵だけでなく、四家の隼や雁慈も離れて座る。そして、正面の一段高い位置に天音が鎮座していた。
「こんにちは真由乃さん。お体は休まりましたか?」
「は、はい……」
気まずい空気に耐えながら、オロオロとメアリの隣に座る。メアリでさえ真剣な顔で、いつもの天真爛漫な態度は見当たらなかった。隣にいる葵も寡黙に座っている。
「ねえ葵ちゃん、体は大丈夫なの?」
「ふんっ、あの一般人と一緒にするな。この程度なんでもない」
「ホントはアオイも看病して貰いたかったんでショ?」
「そ、そんなわけないっ!」
小声で雑談に花を咲かせていると、しばらくして明人が明里を引き連れて部屋に入ってくる。明里は体調が万全ではないのか、どこか熱っぽく頬が紅色染まっていた。
「あかりーん。よかったよぉ」
「お、落ち着いてまゆのん」
会って早々明里に抱き着いて隣に座らせる。数週間ぶりに再開した感覚だった。一方の明人は、隠れるようにして一番後ろで顔を俯ける。天音も複雑に表情を曇らせる。わざとらしい距離感は相変わらずで、ただならぬ関係が伺えた。
「遅いぞ葉柴、また女にうつつを抜かしているのか?」
雁慈の挑発にも明人は反応を見せなかった。顔を俯けたままで、明里も心配そうに後ろを向く。
やがて天音は立ち上がり、全員に視線を向けて口を開く。
「皆さん、急な呼び出しにも対応いただいたこと感謝します。
お集まりいただいたのは、ご存知の通り、植人にとっての『脅威』が現れたからに他なりません」
タイミングを見計らい、巫女が2人掛かりで壇上に大きなモニターを運ぶ。近代的な横文字の機具が並ぶと、和室の広間には実にアンマッチな光景だった。
「ここ数カ月で近辺の種人が絡んだ事件が急増しています。ついには、ここ本殿でもタネが植えられ、凄惨な事件が起きてしまいました」
天音は、数々の事件で亡くなった人々を悼みながらも、淡々と話を続ける。
「そして、明里さんの調査のお陰で、その原因の一端となるモノたちに辿り着きました。
改めて感謝します、明里さん」
「い、いえ……」
「植人の対抗として、大きな1歩になったことでしょう」
天音が巫女に合図をすると、大きなモニターに人物を切り取った写真が数枚映し出される。まずは目つきの鋭い筋肉質の男の姿が映し出された。
「明里さんが追っていたのは、難波怜央琉という男――現在彼には、違法なクスリを複数人の男女に売り付けた斡旋行為のみならず殺人教唆の容疑まで掛かっています」
「はっ、それだけか?」
雁慈は「それだけ」というが、真由乃には十分すぎる重罪に思えた。天音は首を横に振り、雁慈の問いに淡々と答える。
「いいえ、彼が漬け込んだのはクスリだけじゃない。恐らく、タネを撒いていた。それも大量に……そうですね、
明里さん?」
明里はゆっくりと、確かに頷く。
「結局写真は残せてないけど、私が見たのは確かに大量のタネでした」
「ハンマー女が倒した種人も、タネは1つじゃなかったワ」
「剛槌という立派な名前がある。覚えておけ金髪小娘」
「フン」
メアリと雁慈は、とことん相性が悪そうだ。天音は動じることなく話を再開する。
「そうですね。真由乃さんとメアリさんが入ろうとした教室にも、そのタネがいくつも散らばっていました」
「いくつもって、どれくらいなんですか?」
「自然に発生するには有り得ない量、誰かが持ち込んだと考えなければ説明がつかない量です」
「どうして、そんなにたくさんのタネを……」
真由乃の疑問には誰も答えなかった。誰も答えを持ち合わせていなかった。
「明人さんからは、最終的には『致命傷』を与えて追い返したと聞きました。しかし、彼は自らの肉体で植器を壊したそうですね、葵さん?」
「うん。私の鎖苦楽が……」
怜央琉に千切られた葵の植器は、現在植人の職人によって修復中だそうだ。気のせいかもしれないが、植器を持たない葵は、心ここにあらずといった具合で常に不安気だった。
「植器を壊すことができるのは唯一、種人しか考えられません。明人さん、町角ゆあんからは確かに触手が出ていたのですね?」
「はい」
「つまりは?」
そこで初めて隼が口を開いた。隼の鋭い質問に、天音以外の全員が口をつぐむ。
「……話を変えますが、彼の素性については本殿でも調べがつきました」
「はっ、仕事が早いな。もったいぶらないで教えて欲しい」
「そうですね。では――」
天音は全員に居直り、言葉を選んで慎重に語る。
「難波怜央琉は、代々植人家系である難波家の嫡男に当たります」
それは、予想していながらに衝撃の事実だった。全員が言葉を失うのを余所に、天音は話を続ける。
「難波だけではない。町角ゆあんもまた、植人の家系でした」
「やっぱり……」
明里も、今までの事件を思い返して納得する。
「本名を高嶺唯衣子――高嶺家2人目の子供であり、能力の低さを言い訳に幼い頃から遠い親戚に預けられていました」
モニターに映し出されたゆあんの写真――
それらには、唯衣子としての写真は1枚も見当たらなかった。
「それから、町角ゆあんとともに現れたという女性――彼女もまた植人の家系であり、私や矢剣もよく知る人物です」
モニターには、紫色の髪を下げた美しい女性――
見るモノ全てを魅せ、思わず引き込まれてしまう美貌は、正しく明人の美しさとそっくりだった。
「彼女の名前は葉柴依子――植器を受け継ぎ、種人を狩るはずだった存在。間違いないですね、明人さん?」
明人は顔を俯けたまま頷きもしない。モニターに映る画像さえ見たくなさそうにしていた。
「もしかして、この方は明人さんの……」
「はい、実姉にあたります」
「そんな……」
「明人さんの植器、毒手も元々は彼女の物でありました。しばらく行方をくらましていましたが……思わぬ再会でしたね」
明人は、相変わらず顔も上げず返事もしない。それだけ衝撃的な出来事なのかもしれない。雁慈は、その様子を呆れたように見つめていた。
「……はっ、『呪われた血』は健在だな」
「南剛っ! 口を慎みなさいっ゛!」
「はっ」
天音が珍しく大声を張る。当主としての強い剣幕に、雁慈も苦笑いで顔を逸らした。
「こほん、失礼しました……話を戻します」
咳払いのあと、再び全員に向き直り、天音はゆっくりと結論を繋ぐ。
「あの日あの晩、あの場所に現れたモノたちは、全員植人関係者であると考えられます。それでいながら、タネを撒き、植器を壊し、触手を生み出す――正しく種人とも言えます」
「植人でありながら、種人……」
「待て、もう1人、いや2人いただろ?」
雁慈は笑みを浮かべながら割って入った。まるで、もう1人が「誰か」を知っているようだった。天音も仕方なしに側の巫女に指示を送る。
モニターには、白いワンピースの少女が映し出される。
真由乃の火照った頭に、ズキズキと頭痛が走る。
「もう2人の内、眼鏡を掛けた女性については正体が分かっていません。また、皆さんが最後に聞いたという青年の声についても調査中です」
「それで、そいつは?」
「……彼女については、詳細が判明しております」
天音は、ゆっくりと真由乃に向く。
悲しそうな目で、真由乃の目を見つめる……
「真由乃さん、まだ思い出せませんか?」
それは真由乃が蓋をした記憶の断片――
「彼女は、環日小由里――」
亡くしていた大事な記憶――
「あなたの、妹です」
思い出さないといけない記憶――
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