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第〇八章 寵愛のユりカゴ

寵愛のユりカゴ(03)

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「ほんっとーに、ありがとうございましたぁ」

 真由乃たちは森の中にある木造の小屋に案内された。小屋の中には冷蔵庫だけでなく、冬用の暖炉まで備えてあり、年間を通して安全な生活が送れそうな空間だった。

「この森は熊だけでなく、毒蛇どくへびのような危険生物も頻繁に目撃されます。間に合って良かったです……どうぞ」

 熊に襲われたところを助けたのは、猟師ハンターの格好をした女性だった。長身でスタイルが良く、真由乃には憧れの体型――
 肩から下げた猟銃ライフルを慣れた手付きで壁に掛ける。壁にはもう1丁、より重厚感のある銃が掛けてあった。
 その女性に案内されるがまま、真由乃はゆっくりと椅子に座る。メアリは警戒しているのか、立ったまま小屋の中を見渡していた。

「それに、近頃は妙な噂も立っていますから……」

「噂ですか?」

「ええ、子供たちがこの森に迷い込む事件が起きているそうで……我々猟師たちも捜索に加担したのですが、結局行方は分かっていないそうです」

「そう、なんですね……」

「それで、あなた達は?」

「あー、えーっとですねぇ……」

 女性は、真由乃とメアリがぶら下げている植器ぶきを見ながら不安気に問う。素直に正体を明かすわけにもいかず、真由乃の額には汗がにじみ出る。

「見たところ悪い方には思えませんが……」

「そうなんです! 悪くはないんですよ! 悪くはないんですけど――」

「他国からハケンされた特殊部隊よ。行方不明になった子供の中にはワタシたちの国のヨージンもいる。これ以上は話せナイわ」

「そうですか、そんな大事に……」

「ははは、はい……」

 突拍子もないが、メアリの背格好を見れば嘘とも言い切れないのか――
 女性は思いの外、簡単に納得してくれた。

「ちなみに、お世話になっておいて失礼ですが、お姉さんは……?」

霧山きりやまかなでと申します。この森の猟会メンバーとして、ときどき様子を見に来ては、森の安全を守るボランティア活動を続けています」

「なるほどですねぇ……」

「有害鳥獣の駆除のみならず、土砂崩れなどの天災時にも出動します……あ、これどうぞ」

「あ、どうも……」

 真由乃は、出された飲み物に疑うことなく口をつける。苦手なコーヒーだったが、真由乃に合わせてくれたのか、ふんだんにミルクと砂糖が入れてあり、飲みやすくて美味しかった。
 メアリは未だ警戒を解かず、壁にかけてある2丁の猟銃をジッと見つめたまま動かない。

「奏さんは、この活動を始めて長いんですか?」

「最近ですよ。この業界に女性が進出してきたのもつい最近です。猟師の人口は減少しておりますが……」

「へぇ~ 人数が少ないと大変ですよね」

 植人の業界も人手不足が問題視されている。決してにぎわって欲しくは無いが、ヒトが足りない大変さは真由乃にも良く分かった。

「動物の駆除には批判的な声もありますから、大変でないと言えば嘘になりますね。ですが、みんなやり甲斐を持ってやっていますよ」

「か、かっこいい……」

 奏の笑顔にき込まれる――真由乃は早くも奏の姿に見惚れていた。後ろでメアリが呆れているのが分かる。

「マユノ、休憩オワり」

「えー、もうですかー」

「時間がナイの! Stand up!」

「はいぃ!」

 メアリの合図で真由乃は勢いよく立ち上がる。奏も心配そうに立ち上がった。

「待ってください。どちらに行かれるんですか?」

「ドコもナニも、この森を調べんノよ」

「もうすぐ暗くなります。夜の森は危険ですから、せめてこれを――」

「これは……」

 大きめの鈴――
 軽く揺らすと「シャリーン」と音を鳴らす。

「熊けの鈴になります。鳴らすことで自分の存在を熊にアピールし、突発的な遭遇を未然に防ぎます。彼らはヒトとの接触を嫌がりますから」

「奏さん……」

「くれぐれも、気をつけてくださいね」

「ありがとうございます!」

 真由乃の腰に鈴がくくり付けられる。初めて会ったのに、至れり尽くせりの対応だった。
 小屋の外に出て改めて辺りを見渡すと、確かに日が陰り始めていた。奏も心配そうに外まで見送りに出る。

 360°周囲を森が囲う中で、真由乃は近くにある井戸・・が気になった。木枠で囲われていて、ボロボロの木でふたもされている。

「奏さん、井戸あれは?」

「昔からあるようで、この小屋も井戸に合わせて作ったそうです。ただ何年もあのままで、当然水も干上がっています」

「見てもイイの?」

「もちろんです」

 メアリは、奏が返事するよりも前に井戸に近づいていた。真由乃も慌てて後ろをついていく。

「――何もありませんね」

「フンっ……」

 メアリは、悔しそうに井戸から離れて森の中に戻っていく。真由乃も仕方なく後を追いかけた。

「くれぐれも、お気を付けください……」

 奏は、小屋を出てから見えなくなるまで真由乃たちを見守ってくれていた。振り返っては手を振って別れを告げる真由乃に対し、メアリは一切構うことなく森を歩き続ける。

「奏さんかあ……良い人でしたね、メアリちゃん」

 メアリは、返事することなく森の中を突き進む――




 ***




「ふぅ……」

 奏は深いタメ息をついた。今日は小屋で1泊してゆっくり休むつもりが、心配で心が落ち着かない。

 じきに夜を迎える。
 2人の少女は、きっとこの森に慣れていない。

 心配することはない。
 きっと大丈夫――

 それでも、万が一を考えてしまう。

「……仕方ないか」

 奏は居ても立っても居られず、壁から銃を取り外して小屋を飛び出していく――




 ***




「もう無理ぃ……」

 真由乃は限界を迎え、ついに膝を地面についてしまった。手足がピリピリと痺れ、蓄積された疲労が動くのを拒む。

「隊長~ 今日は帰りましょうよ~」

「そうね、もうゲンカイね」

 暗くて地面もよく見えない。
 メアリも考え事をしながら、しばらく黙っていたが、ようやく諦めてくれたようだった。
 安心すると更に気が抜け、真由乃はお尻まで地面についてしまう。すると、お尻に敷いてあった落ち葉のさらに下に硬い感触を覚える。

「ん? なんだろう?」

 お尻の下をまさぐると、小さい靴が手に引っ掛かった。取り上げると土ですっかり汚れているが、十分に手掛かりになりそうな靴だった。

「メアリちゃん、これ」

「……カワグツね」

 汚れていても高級だと分かる革靴は、サイズから見ても直近の被害者が履いていた靴で間違いないだろう。
 それにしても、なぜ革靴なのだろうか――

「普通、自分から森に入るならスニーカーを履いてくるよね?」

「そうね」

「家出、とか……?」

「そんなハナシ聞いてない」

「じゃあ……誰かが、連れてきた」

「そうね」

 夜の森は、暗さだけでなく気温も低くなってくる。
 いつもの夜以上に不穏な気持ちにさせられる。

「マユノ、気になっているコトがあるの」

「うん」

「壁に掛かっていたもう1つのライフル――先ッポに消音器サイレンサーが付いてたわ」

「サイレンサーですか?」

 銃声を抑える役割だったか――
 知識にうとい真由乃にとって、何ら不思議に思うことは無かった。

「ワタシも詳しくナイけど、確か法律で禁止されてたハズ……じゃなくても、猟で使うにしてはシッカリし過ぎな気がするノよ」

「じゃあ、まさか奏さんが――」

 考えてもいなかったメアリの予想――
 真由乃は、体を浮かせて驚いた。腰につけていた鈴が「シャリーン」と音を鳴らす。

「――マユノッ!」

 メアリは何かを閃き、真由乃に大声を浴びせる。真由乃にはその意味が理解できない。


 ――パシュウッ!


 直後、真っ暗な森に空気を裂く鋭い音が響く――
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