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第〇五章 強く引くキモち

強く引くキモち(09)

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 いつもの朝、いつもの学校――

 真由乃はいつも通り席に着き、いつも通り明里と話していた。
 そんな『いつも通り』がガラッと変わる。

 教室の扉が開き、騒いでいた生徒たちは一斉に振り向いた。
 誰も声を発することはなく、教室中が静まり返る。

「……ふんっ」

 明人は明人なりに照れているようで、不貞腐ふてくされた顔で教室の中を進む。
 そして、ずっと空いていた真由乃の隣の席に、我が物顔でドスンと座る。

「明人さん……」

「……これで満足か?」

 真由乃は、涙が出そうだった。
 後ろにいる明里も満足そうに笑みを浮かべる。

「明人、ちゃんと授業についてこれるの?」

「ナメるな、読んでる本の量が違う」

 本を読む量は勉学に関係あるか、真由乃は突っ込まないことにした。
 さらに、静まった教室の窓からも声がする。

「――ふわぁ……ガッコウは朝が早いワね」

 今度は、教室中の視線が窓に向いた。
 明里や真由乃と同じ制服姿のメアリは、真由乃のすぐ横の窓――窓縁まどぶちに足を引っかけ、眠そうにしながら教室へと侵入した。

「め、メアリちゃん……ここ3階――」

「あら、座る場所がナイじゃない」

 メアリは、周囲の視線を気にすることなく堂々と辺りを見渡した。

「まだ手続きが済んでない。後で持ってきてやるから、しばらくブラブラしてろ」

「ヒドーイ、じゃあアキトも一緒にいこっ!」

「だ、だめですっ! せっかく明人さん来てくれたんですからっ!」

 真由乃たちは、周りの目も気にせずにはしゃぎ出した。

 派手な植人たちに囲まれて明里も戸惑い気味だったが、周りもすぐに慣れて教室は再び騒がしくなる。明里も真由乃たちの会話に参加した。

「そういえば明里、放課後に時間作れるか?」

「え、私? いいけど、まゆのんは?」

「いや、俺と明里の2人がいい」

「う、うん……」

 用事は分からないが、断る理由も無い。
 それに、ちょっと嬉しくて、恥ずかしかった。

 真由乃も用を知らないようで、明人に不思議そうな顔を向ける。

「どこにいくんですか?」

「ああ、直接顔を拝んでやろうと思ってな……」

 明人からはそれだけで、結局何しに行くかは教えてくれなかった。








 ******








「あたたた……最近ちょっと働き過ぎかな」

 女は腰に手を当て、思い切り伸びをする。
 今は都心にあるスタジオのレコーディングルームで、担当するタレントを待っていた。

「――お疲れさまでーす」

 レコーディングルームからは、仕事を終えた町角まちかどゆあんが頭を下げながら退出してくる。女はすぐに駆け寄った。

「お疲れ、ゆあん」

「あれ? マネージャさん、どうしたんですか?」

「初めての主演声優でしょ? 予定を確認したいんだけど、お祝いも兼ねて――」

 ゆあんは、今が1番大事な時期だった。
 それは、ゆあんのマネージャである女にとっても同じことだった。
 映画・ドラマの主演が決まり、テレビ出演は格段に増えている。動画配信も順調で、事務所としても注力して推していた。朝から晩まで仕事のオファーが引っ切り無しに電話を鳴らし、その調整に追われるばかり――
 睡眠時間も削られ、マネージャの体は限界に近かったが、同じく忙しいはずのゆあんは常に元気で仕事に打ち込んでいる。
 負けていられない。
 今が1番の踏ん張り時だった。

「どうだった、声のお仕事は?」

「楽しいです。でも、難しいです……」

 このまま行けば、美男美女が跋扈ばっこする芸能界で確固たる地位を築ける日もそう遠くない。
 だからこそ、今このタイミングでの余計な不祥事ゴシップは避ける必要がある。

「はい、これ」

「わ~ ありがとーございまーす」

 ゆあんの好物である『おしるこ』の缶を手渡すと、ゆあんは嬉しそうに飲み始める。
 いつでも渡せるよう、女のバッグには温かいおしるこが何個もストックしてあった。

「それでゆあん、来週の月曜日なんだけど……」

 ゆあんはどんな仕事でも卒なくこなし、期待以上の成果を上げてくれる。女としても文句の付け所が無かった。
 過酷なスケジュール下でも事務所やマネージャへの気遣いを忘れず、いつだって笑顔でいるゆあん――
 いつしかマネージャでさえ熱狂的なファンになっていた。でも――

「ごめんなさい。その日も行かなくちゃいけなくて……」

「うーん、そっかぁ……」

 でも、ゆあんには怪しい節がある。
 ゆあんには、必ず予定が合わない日があった。詳しく聞いても「親に会いに行く」というだけで、それは事務所に登録してるゆあんの保護者・・・とは、また違う人らしい。事務所の誰も会ったことが無かった。
 いくらついて行こうとしても、「山奥だから」と必ず断られる。ゆあんには内緒でGPSを仕込んだこともあるが、確かに山奥なのか途中で信号が切れてしまった。事務所には特に話していない。

 それに、ゆあんには警察が訪ねてくることが良くあった。
 もちろん本人にはアリバイもあるし、マネージャがその証人だった。マネージャも事務所も、あらぬ言いがかりから全力でゆあんを守った。

 しかし、マネージャもゆあんのことを信じているが、疑いの余地が無いわけではない。

 この前ニュースで見た殺人事件の被害者――
 彼は、ある日の握手会でゆあんが楽屋に呼んだファンだった。

 彼だけじゃない――
 警察が訪ねてくる事件の中で、殺害される数日前に被害者とゆあんが会っていたのも、まぎれもない事実だった。


 関係ない。
 今が1番大事な時期――


「あんまり背負しょいいこみ過ぎないのよ。困ってることがあるなら、なんでも言って」

「うん、ありがと~」

 ゆあんから空になった缶を受け取る。
 鼻歌交じりで陽気に歩くゆあんを見ると、マネージャにも自然とやる気がにじみ出る。

 そんなとき、スタジオの入り口から聞こえる怒り口調の声に、ゆあんは足を止めた。

『ちょっとっ! いい加減にしろってっ!』

 声は、どんどん大きくなる。
 ゆあんは不思議そうに入り口に向かうので、マネージャもすぐ後をついて行く。

「なんだろう?」

「ちょっとゆあん、気を付けて……」

 ゆあんは警戒することなく通路を進み、角を曲がって入り口に進む。
 こういう好奇心が旺盛なのも、不安材料の1つだった。

「なんなんだこいつっ……くそっ、止まれ!」

 入り口では、学生服姿の少年がスタッフに抑えられながら中に入ろうとしていた。少年の後ろには同じ制服姿の少女も1人――怯えながら隠れている。

「ちょっとっ! 何事?!」

「あっ、すみません。この男が勝手に――っておい!」

 マネージャは思わず大声を出す。
 スタッフの手が止まったのを見計らい、少年は強く振り切ってスタジオの中へと進む。少女も申し訳なさそうについてくる。

 少年は、ゆあん目掛けて近づいてい来る。マネージャは強い意志で間に立った。

「誰よ、あんた」

 少年はマネージャを無視し、マネージャ越しでゆあんを睨む。
 後ろの少女もゆあんに目を向けていた。

「ゆあん、だれ? 知り合い?」

「ううん、会ったことないよ」

 ゆあんの顔に嘘は無さそうだ。ゆあんは不思議そうに少年を見つめる。
 少年はゆあんを睨み続け、ゆあんと少年の目が合った。

「……お前が町角ゆあんだな?」

「そうだよ? 会うのは初めてだよね? もしかしてどこかで会ってたりする? みんな覚えてるはずなんだけど……」

 ゆあんは、失礼な態度を取る相手にも丁寧に対応する。マネージャ冥利みょうりに尽きるが、危険な行為だ。

「大丈夫? もしかしてわたし、なんかしちゃったかな?」

 ゆあんは、少年の顔を覗き込むようにして笑顔を向ける。マネージャとしては早く少年を追い出したかった。

「……ふんっ、顔を見てやりたかっただけだ」

 マネージャの心配を余所に、少年はやっと帰ってくれる。少女も周囲にペコペコ頭を下げながらついて行く。
 2人の関係も謎だが、結局はゆあんのファンだったのか――

「ゆあん、平気?」

「うん。マネージャさんもありがと」

 ゆあんは、とびきりの笑顔を見せる。

 今が1番大事な時期――
 余計な不祥事ゴシップは、避ける必要がある。
 マネージャにはどんなことでも話して欲しかった。


 ――これから何があろうと、
 ――私だけは1番のファンでいるから……


 いつだったか、マネージャはそう心に決めていた。
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