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第〇一章 タネ宿す命

タネ宿す命(05)

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 真由乃は、気付けばバスに揺られていた。
 学校終わりすぐということもあり、バスの車内はガラガラである。
 目的地はいまだ聞かされていない。

「……ちゃんと聞いていいですか」

「なにをだ」

「今からどこに行くかです。タネガリってなんですか? それにこの――真剣かたなのことも……」

 緊張から、刀を握り締めている手は汗でびしょびしょになっている。外を歩く人から見れば部活道具にでも見えるかもしれないが、これは真剣である。
 いち学生が容易に取り扱って良いものではない。

「そうだなあ……」

 明人は、頭の中を整理するように目線を上げる。
 話す順序をまとめているようだ。

「最近起きてる、連続殺人事件は分かるか?」

「最近……あの、男女二人組が狙われてる?」

「そうだ――あの事件、人間が犯人だと思うか?」

「……どういう意味ですか?」

 ずいぶんと不吉なことを言う。
 真由乃は、質問の意味が理解できなかった。

「考えても見ろ、真夜中とはいえド派手な殺人を人目のつく公園で堂々と繰り返す――周囲には防犯カメラもあるし、その状況で逃げおおせる犯人がいるか? この国の警察はもっと優秀だ」

「でも……それじゃあ明人さんは、幽霊さんが怨念で殺しているとか、そんな風に考えているんですか?」

「あってはないが、そんなところだ」

 ますます混乱してくる。
 そもそも今現在、真由乃が置かれているこの状況と何の関係があるのだろう。

「警察の調べによると、最初の事件発生の前日、ある学校の生徒が1人行方不明になってるそうだ」

「え?」

 警察の調べという言葉が引っかかる。
 明人は気にしていない様子だが、行方不明の話などニュースでは特に聞いていない。

「なんでも最初の被害者の女は、その行方不明の生徒の恋人だった・・・らしい」

「ま、待ってください! 冗談ですか? 本当だったら、どうしてそんな情報を明人さんが?」

「……じきに分かる」

 これについても、今は答えるつもりがないらしい。
 真由乃もいい加減諦めて話を戻すことにした。

「でも、そしたら最初の被害者の男の人は……」

「浮気相手か何かだろうな。その後の被害者も、男女が正式な・・・恋人同士ではないことが分かってる。事件とは関係無さそうな人間関係まで、優秀だよ警察は……」

「つまり、明人さんは行方不明の男の人が怨霊おんりょうさんになって犯行に及んでいると?」

「怨霊よりはマシだな。声を聞ければ、触れることだってできる。ただ――」

 明人は神妙しんみょうな面持ちで真由乃に振り向き、真由乃が握りしめている刀を指差した。

炎環それでしか斬れない」

「き、る……?」

「よし、ここで降りるぞ」

 バスが停車した。
 話の途中にも関わらず明人は真由乃を置いて足早にバスを降りる。

「えあっ、ちょっと待って下さい! 話がまだ――」

 追いかける他なかった。

 なんてこと無いバス停――
 明人はドンドン歩みを進め、真由乃はそのすぐ後ろを渋々ついて行く。

「……がっこう?」

 目的地にはすぐに到着した。
 校門に校舎と見るからに学校だが、人がいる様子はない。校門も部分的にさびが目立ち、どこか物悲しい。

「廃校だ。犯人・・は逃げ足が早くてな……昨日の事件でようやく居場所が割れた」

「ここに、犯人が……」

 真由乃は生唾を飲み込み、刀をギュッと握りしめる。
 明人もどこからか取り出した薄手の小手を右手にはめる。
 紫色の模様が怪しげに輝く。

「それは?」

「俺の植器だ」

「しょく、き……」

「行くぞ」

「はい――て、え? 入るんですか?!」

 廃校のはずなのに、校門の鍵は開けてあった。
 まるで自分たちのために開けてあった。

 おびえる真由乃をよそに、明人は堂々と校門を開ける。錆びた金属がこすれ合う、イヤな音がする。

 校内に入った明人は、早歩きで探索を始める。


 教室、怪しい部室、男子トイレ、プール、プールの更衣室――


 次々と扉を開けては、場所を移動する。

「い、いないですね……」

「恋人と頻繁ひんぱんに会っていたという場所だ。事前に聞いていたんだが……次でもうラストだ」

 体育館に移動する。真由乃はただついて行くだけだった。
 窓には、廃校ならではのつたい巡り、陽の光はあまり入ってこない。不穏な空気が校舎全体を常にただよっている。

 明人は併設へいせつしてある体育倉庫の扉に手をかけた。そして真由乃に振り返る。

「大事なのは冷静さだ。婆さんに教わったことだけ考えろ」

「……お婆ちゃんに教わったこと」

 何もわからないまま付いて来てしまったが、扉の先に何があるというのだろう。

 自然と真由乃の心臓の鼓動が早まる。
 刀を袋から取り出して、再びギュッと握りしめる。

「開けるぞ」

 明人が倉庫の扉を横にスライドしていく。
 錆びた金属が擦れ合う、校門よりもイヤな音――

 中は薄暗くてはっきりと見えない。
 だが、とてつもない異臭に『クチャクチャ』と咀嚼そしゃく音が聞こえてくる。

 中の暗さに目が慣れてくる――

 やがて真由乃の目は、中にいる犯人それの姿をはっきりと捉えた――




『――ぼう゛ぇ』




 汚い嗚咽おえつの音とともに、それ・・は振り返る。

 人間で言う両目が、縦に『ムギュッ』と押しつぶされたように中央に寄り、縦長の大きなひとつ目・・・・ていしている。
 体格も大きく、手足は鋭く伸び、指先も鋭利に伸び切っていた。
 何かを食べているのか、顔全体をクチャクチャと動かしていた。




 怨霊なんかじゃない、≪怪物≫だ――




「――くるぞ」

 明人は冷静だった。倉庫の出入り口から横にそれるよう真由乃を促す。

『グガア゛ァァ!』

 真由乃が横にそれた途端――怪物は、中から出口に向かって、人間技ではない跳躍ちょうやくで猛突進する。
 体育館の中程で止まったが、倉庫からそこまで地面には、鋭利な指先でつけられた深い切り傷が残る。

「あ、明人さん……ど、どどどうしたら」

「落ち着け! 何を学んできた、刀を抜け!」

 怪物は顔全体をパクパクと、花弁はなびらのように開いて閉じてを繰り返す。
 花弁の隙間からは、真っ赤に染まった大量のヨダレが垂れた。

 恐る恐る刀を鞘から抜いていく。
 手が震え、うまいこと抜けない。

「はぁ、はぁ、はぁ……なに、これ――」




 動悸がとまらない――

 やっと抜けた――


 白銀色の刃からは、淡い赤色のようなオーラが滲み出る。


 ――重い、怖い、あれは何?

 これは刀?
 斬る? あれを? どうやって?




「――おいっ!」

『ガア゛ァァ!』

 大きい声に反応したか、怪物は向きを変え、口を大きく広げて明人に突進する。

「くそっ――」

 明人は咄嗟に上へ跳び、バスケットゴールにぶら下がって突進を避ける。そのままクルンと体勢を変えてゴールの上に乗る。

「目を閉じろ! 深呼吸だ!」

 明人は真由乃に声をかけ続けた。




 ――私は何を持っている
 刀? 斬る? あれ?




「はぁ、はぁ……」

 ブルブル震える両手で刀を支え、怪物に向き合ってみる。

「――だめっ……」

 口からは弱音だけがあふれてくる。




 ――どうすればいいんだっけ?

 ――振る? これを? あれに向かって……?




「――まゆのっ! よけろっ!」

 怪物が突進してくる。
 間に合わない。何も、出来ない――




 怪物が真由乃をくわえようとした瞬間、真由乃の体はフワッと明人に抱えられる。
 怪物は、明人のすぐ横を通り過ぎた。

「……にげるぞ」

 明人は、真由乃を抱えたまま体育倉庫に入り、急いで扉を閉めた。
 直後に『ドンッ』という衝撃が倉庫内に走る。
 しばらくドンドンと衝撃は続いたが、やがて音は収まった。


「――いやっ、どうしてっ、こんなっ……」

 真由乃を抱えた明人の左肩は、制服が破け、血がみ出ている。怪物の口がかすめたようだ。

「すぐ治る」

「どうしてっ、こんなことに――」

 理解が追いつかない、どころではない。
 震えが止まらない。
 眼からは涙がこぼれる。

「真剣は使ったことあるな?」

 涙を流したまま、コクリと頷く。

怪物やつは何も考えず突進してくる。そこを斬れ。ただ、待てばいい」

「むりだよっ、どうして――」

「やるんだ」

 明人は真剣な眼差しで訴えかける。

「……やるしか、ないんだ」

 徐々に呼吸が整ってくる。
 怪物の声はしない。

「はぁ、はぁ……ふぅ――」

「落ち着いたか?」

「……うん、少しだけ」

 心臓の鼓動はまだ収まらない。

「……怪物あれは、ヒトなの?」

「違う、断じて違う」

「……わたしが、やるの?」

「そうだ」

「……できるかな」

 物心ついたときから、剣術はみっちり学んできた。
 真剣だって何度も触ったし、もちろん居合術も習得している。

「できる。できなきゃ、また被害者が出るだけだ」

「……うん――」

 まだまだ聞きたいことが山ほどある。
 でも、このまま何もしなければ、怪物あれは今後も事件を起こし続ける。
 新たな被害者が生まれるのだと、初めて意識した。

「あとで、ちゃんと説明してください」

「ああ、もちろんだ」

 真由乃はゆっくりと立ち上がり、刀を鞘に収め直した。

「開けるぞ」

「うん」

 倉庫の扉がゆっくり開かれる。

 怪物は、体育館の中央をウロウロしていた。
 扉がきしむ音にすぐ気づき、こちらを居向く。

 真由乃は、ゆっくりと体育倉庫を出た。

「……ふうぅぅ――」

 ゆっくりと深呼吸をし、目を閉じる。


 様々な流派があるが、居合の基本は感覚・・だ。
 視覚、そして可能な限り聴覚を遮断しゃだんし、空気の流れを読む。
 相手が迫ったとき、流れに沿って斬る――
 それだけだ。

 お婆ちゃんに習ったことを思い出す。
 それだけ――


 真由乃は目を閉じながら居合の構えに入った。

 怪物は警戒しながらも、真由乃に向かって徐々に距離を詰める。
 真由乃までの射程距離を探り、そしてピタリと止まる。
 ギリッと、体育館の床と怪物の指先が擦れ合う音が鳴る。その直後、怪物は今まで以上のスピードで突進してきた――




 ――いまっ!

 真由乃は目を見開き、鞘から刀を抜く。

 刀が肉の隙間・・に入り込む。
 怪物の体は、上下に綺麗に斬り裂かれる。

 同時に、大量の血しぶきが真由乃の顔を覆った。


「……よくやった」

 明人の足元にコロコロと転がる一粒のタネ・・――

 怪物から出てきたものだった。
 明人はそれを拾い上げ、小手をした右手で思い切り握り潰す。

 真由乃は刀を振ったまま、目を開いたまま、固まっていた。


 目の前に拡がる、大量の血とハラワタ――


 血塗ちまみれの真由乃は、しばらく何も考えられなかった。
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