篠辺のお狐様

梁瀬

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師走 遠水近火

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 一人でいる時を見計らったように、柚子さんが声を掛けてきた。
「お話しておきたい事があるのですが、お時間頂いても宜しいでしょうか?」
話し方や言葉はいつもの柚子さんだが、何だか複雑な表情をしている。

「夕霧さんに何かあったのですか?」
さっきまで俯いていたのに、急に顔を向けたかと思うと暫く見合った後に、
「どうしてそう思われたのですか?」
「柚子さんご自身の事で、私に〝話しておきたい事〟なんて今更ないでしょ。相談という類いのものでも私ではなく、ご自身で解決なされるでしょうし…今日は晦日ですし、柚子さんの複雑な表情といい、夕霧さんの事で急ぎの話しがあるのではと思っただけです。」

 目を伏せ、息を長く吐いて
「夕方に執り行われる〝要石様の擬人化〟の事です。ゆうさんは酷く不安そうに自信がないと仰っていました。」
「一度出来たのに?」
「再度なさるからこそ…らしいのです。今まで一つの個体で一度しかした事がない擬人化を再びする…それが今までになく大きな不安を抱かせているようなのです。」
そうか…確かに。オレもそういう経験はない。

「私は、ゆうさんにこの姿にして頂いた事はあっても、擬人化する側の事はわかりません。…ですが、少しでもお気持ちを楽にして差し上げたくて、言葉を選び伝えたのですが、私は式神…同類でもなく、力もない。所詮、遠水近火えんすいきんかだったという訳です。私などがお願いする事自体、烏滸おこがましいのですが、どうか、ゆうさんの不安を払拭しては貰えませんか?」
…あの複雑な表情は、そういう事か。誰よりも側にいて理解しているのに、たまたま思うように役に立てなかっただけで、途端に柚子さんまで自信喪失。…で、式神の自分は遠水だと言ったのか。

「柚子さんは何て言ったんですか?」
「え?…それを聞いてどうするんですか?」
「オレも一つの個体を一度しか擬人化した事がないんで、参考になるような事は言えないと思うんですよ。だから柚子さんと同じ事をいうかも知れないので、聞いておきたかったんです。」
「ぁ…はぃ。要石様の目的は人の姿で神楽を観たいという事なので、例え同じ姿形でなくても良いのでは…と。違っていても御本人はお分かりにならないかも知れませんし…。違うお姿に戸惑うのは周囲の方々だけかと思うと。というより、昨年の顔などハッキリ覚えていないとお伝えしたのですが…。」
「ベストアンサーでしょ。他の誰の言葉も要らないですよ。」
 柚子は納得出来ないというか、自分の頼みではダメなのかも知れない…というような落胆した様子で戻って行った。

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