篠辺のお狐様

梁瀬

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嘆き

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『なんとっ美味じゃ。夕霧と鴉山椒だけで拵えたのか?』
倉稲様のお口にあったようで、興奮気味に聞かれ
「いいえ。流石に時間がなかった事もあり、私と柚子さんも一緒に作りました。」
『そうであったか!良い腕前じゃ。此処に来るのが楽しみじゃ。』
【呼んだ覚えも、許可した覚えもないが。】
狐は、いつになく厳しい声で言い放った。

〖倉稲様に何て事を!〗
『われが来ては困るのか?』
目を伏せて、弱々しい声で聞いた。
【ああ。困る故に〝大鏡〟を仕舞ったんじゃ。倉稲、このような所へ来て何をして
おる。思い人との婚儀を挙げたのなら、あちらにて大人しくしておれ。】
狐の言葉に、倉稲様も言葉を失った。

『いつ、誰が婚儀を挙げたんじゃ?めでたい話じゃが、婚儀などあったかのぉ?』
【あの宴席で、倉稲に縁談があって思い人とやっと…と聞いた故、騒動を起こした
狐が側に居れば、話が立ち消えになるやも知れぬと思うて、後の事を他の狐に任せ、大鏡を仕舞ったんじゃ。思い人との縁談は如何した?】
 狐は、心配そうに聞いた。

『うむ。縁談の話はあったが、アレは兄上が断れずに話が進んでおったんじゃ。
思い人という話ではなく、長い事思うておったものとの話じゃ。
われが、詰まらぬ縁談などすると思うか?』
倉稲様は、忌々し気に狐にいうと
『大体、縁談相手が宴に居ったのなら、そやつが真っ先に止めに入るのなら分かる。じゃが、そやつは何も言えず、何もせず、おたおたとしておっただけじゃ。
何が長い事思うておったじゃ、笑止千万。あの時、われを背に庇うてくれたのは、
篠辺であろう。巻き込まぬようにと遠ざけてくれたのも、篠辺じゃった。一時的に、騒ぎと起こしたものと一緒に出されはしたが、そうでない事は、宴の場に居たものが見ておった故、何も案ずる事はなかった。助けにも来ず、些細な事を気にして縁談を断られたとて、困らん。そのようなものなら願い下げじゃ。』
 ここまでの流れで、皆が何となく理解した。気付かぬはのみ。

『あの後、何故、われに聞かなかった。聞かれておったなら、淀みなく話せた。
篠辺の思い込みで、われは何百年待たされた事か!そのような時だけ凡庸じゃのぉ。常に言いたい事を何でも隠さずいう癖に、いったい誰への気遣いじゃ…。
篠辺の馬鹿馬鹿しい気遣いに、われは、何百年と無駄にしたんじゃ…。
あの時の礼も言えぬまま、只々、何も映さず、何も聞こえぬ、大鏡の先を見続けて
待っておったんじゃ。』

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